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仲間
感情は弱さ
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夜──静寂の部屋
イリナとラナードはそれぞれ布団で熟睡していた。
レヴィアは、隣で静かに息をしているマチルダを腕の中に感じながら、ようやく目を閉じる。
──しかし。
「ッ……!? はッ……は、ぁ……」
急な肩の震えと小さな喘ぎ声に、マチルダは目を開けた。
「……マチルダ?」
マチルダが勢いよく起き上がり、胸を押さえていた。額には汗、肩は小刻みに揺れている。
「……ごめ……何でも、ない……」
「嘘つけ」
即座に返す。
マチルダは一瞬だけ言葉に詰まり、それでも搾り出すように小さな声を落とした。
「……ちょっとだけ、出掛けてくる」
「こんな時間に1人で?」
「うん」
「理由は? どこへ行くつもりだ」
レヴィアの問いかけに、マチルダは震える指先を握りしめた。
「……夢で……アルカの墓を掘り起こされた。……誰かが……荒らしてた。だから、不安で……」
レヴィアは無言のまま少しだけ顔をしかめ、静かに布団をめくる。
「……俺も行く」
「え」
「元殺し屋でいくら強いとは言え……俺がお前を1人で行かせるわけねぇだろ」
マチルダの目が揺れる。
「……レヴィア……」
「見るだけだ。長居はしねぇぞ」
「ん……ありがとう……」
そのやりとりだけで、マチルダの震えはすっと落ち着いていく。
⸻
真夜中の地下街
イリナとラナードを起こさぬよう、マチルダとレヴィアは足音すら消すように家を出た。
地下街の通りは、昼とは打って変わってひどく静かだった。石畳が湿っているせいで足音は吸われ、二人の影だけが街灯に淡く揺れる。
マチルダはレヴィアの袖をそっと摘んで歩いていた。
それは幼い子どもが怖い大人に囲まれたときのような、ほんの小さな“不安”のサイン。
レヴィアはその感触を、言葉の代わりに確かめるように黙って受け取っていた。
⸻
地下の外れ──小さな墓地
月の光も届かない湿った通路を抜け、ふたりはぽつりと立つ小さな墓標の前にたどり着いた。
――アルカ
古びた石板に掘られたその名前は、苔に覆われながらも、しっかりとそこにあった。
マチルダはゆっくりと膝をつき、そっとその表面に手を添える。冷たい墓石。指先が小さく震えた。
「……」
目を伏せたまま、何も言わずにしばらく墓を撫で続ける。
(……アルカ……ごめん……)
(こんな弱いお姉ちゃんで……私は……結局、感情を捨てきれなかった……)
胸の奥に、ひりつくような罪悪感が押し寄せてくる。
(……もう会えないのに、会いたいって思う……)
それは、殺し屋だった頃にはなかった感覚。
必要な感情を選び取る訓練をされてきたはずなのに――
いつの間にか、こんなにも“人”になってしまっていた。
(……弱いね……こんな感情なんて、消えちゃえばいいのに……そしたら、何も辛くないのに……)
ぽつりと、吐き出すように呟いたその言葉は、風に紛れてほとんど聞こえないほどだった。
しかし、隣に立つレヴィアの耳には確かに届いていた。
その視線に気づいたのか、マチルダは急に顔を上げて、作ったような笑顔を浮かべた。
「……えへ、何でもない! 一緒に来てくれてありがとう、レヴィア」
レヴィアはしばらくマチルダをじっと見つめたまま、黙っていた。
やがて一歩近づき、そっとマチルダの頭に手を置く。
「……感情があるのは、弱さじゃねぇ」
「捨てるもんじゃねぇよ。……捨ててたのを、取り戻しただけだ」
マチルダの笑顔が、少しだけ揺らいだ。
「……でも、苦しくなるだけなら、要らないよ……」
「俺がそばにいれば、苦しむ暇なんかねぇよ」
「……レヴィア」
「辛くても、思い出しても、泣いてもいい。……俺は全部、見ててやる」
その言葉に、マチルダは小さく瞬きをして、視線をそっと落とした。
やがて――
「……うん」
と、小さく返事をして、再び墓標に手を添えた。
その姿は、ひとつ前に比べてほんの少しだけ、肩の力が抜けて見えた。
イリナとラナードはそれぞれ布団で熟睡していた。
レヴィアは、隣で静かに息をしているマチルダを腕の中に感じながら、ようやく目を閉じる。
──しかし。
「ッ……!? はッ……は、ぁ……」
急な肩の震えと小さな喘ぎ声に、マチルダは目を開けた。
「……マチルダ?」
マチルダが勢いよく起き上がり、胸を押さえていた。額には汗、肩は小刻みに揺れている。
「……ごめ……何でも、ない……」
「嘘つけ」
即座に返す。
マチルダは一瞬だけ言葉に詰まり、それでも搾り出すように小さな声を落とした。
「……ちょっとだけ、出掛けてくる」
「こんな時間に1人で?」
「うん」
「理由は? どこへ行くつもりだ」
レヴィアの問いかけに、マチルダは震える指先を握りしめた。
「……夢で……アルカの墓を掘り起こされた。……誰かが……荒らしてた。だから、不安で……」
レヴィアは無言のまま少しだけ顔をしかめ、静かに布団をめくる。
「……俺も行く」
「え」
「元殺し屋でいくら強いとは言え……俺がお前を1人で行かせるわけねぇだろ」
マチルダの目が揺れる。
「……レヴィア……」
「見るだけだ。長居はしねぇぞ」
「ん……ありがとう……」
そのやりとりだけで、マチルダの震えはすっと落ち着いていく。
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真夜中の地下街
イリナとラナードを起こさぬよう、マチルダとレヴィアは足音すら消すように家を出た。
地下街の通りは、昼とは打って変わってひどく静かだった。石畳が湿っているせいで足音は吸われ、二人の影だけが街灯に淡く揺れる。
マチルダはレヴィアの袖をそっと摘んで歩いていた。
それは幼い子どもが怖い大人に囲まれたときのような、ほんの小さな“不安”のサイン。
レヴィアはその感触を、言葉の代わりに確かめるように黙って受け取っていた。
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月の光も届かない湿った通路を抜け、ふたりはぽつりと立つ小さな墓標の前にたどり着いた。
――アルカ
古びた石板に掘られたその名前は、苔に覆われながらも、しっかりとそこにあった。
マチルダはゆっくりと膝をつき、そっとその表面に手を添える。冷たい墓石。指先が小さく震えた。
「……」
目を伏せたまま、何も言わずにしばらく墓を撫で続ける。
(……アルカ……ごめん……)
(こんな弱いお姉ちゃんで……私は……結局、感情を捨てきれなかった……)
胸の奥に、ひりつくような罪悪感が押し寄せてくる。
(……もう会えないのに、会いたいって思う……)
それは、殺し屋だった頃にはなかった感覚。
必要な感情を選び取る訓練をされてきたはずなのに――
いつの間にか、こんなにも“人”になってしまっていた。
(……弱いね……こんな感情なんて、消えちゃえばいいのに……そしたら、何も辛くないのに……)
ぽつりと、吐き出すように呟いたその言葉は、風に紛れてほとんど聞こえないほどだった。
しかし、隣に立つレヴィアの耳には確かに届いていた。
その視線に気づいたのか、マチルダは急に顔を上げて、作ったような笑顔を浮かべた。
「……えへ、何でもない! 一緒に来てくれてありがとう、レヴィア」
レヴィアはしばらくマチルダをじっと見つめたまま、黙っていた。
やがて一歩近づき、そっとマチルダの頭に手を置く。
「……感情があるのは、弱さじゃねぇ」
「捨てるもんじゃねぇよ。……捨ててたのを、取り戻しただけだ」
マチルダの笑顔が、少しだけ揺らいだ。
「……でも、苦しくなるだけなら、要らないよ……」
「俺がそばにいれば、苦しむ暇なんかねぇよ」
「……レヴィア」
「辛くても、思い出しても、泣いてもいい。……俺は全部、見ててやる」
その言葉に、マチルダは小さく瞬きをして、視線をそっと落とした。
やがて――
「……うん」
と、小さく返事をして、再び墓標に手を添えた。
その姿は、ひとつ前に比べてほんの少しだけ、肩の力が抜けて見えた。
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