【完結】たんぽぽ!

大竹あやめ

文字の大きさ
18 / 35

18

しおりを挟む
それから十日後、いよいよ月成作品の初公演となった。

彼の作品は他のAカンパニー作品と違って、公演期間が七月と八月の二ヶ月間と短い。集客数が上がる夏休みとはいえ、他の作品が半年から一年かけて集める客数を、彼の作品は二ヶ月で集められるからだ。
Aカンパニーが所有する専用の会場で、英たちは毎日公演を行う。

「いいか、怪我だけには気を付けろ。後は思い切ってやれ。以上」

月成の言葉に全員元気よく返事をし、それぞれ配置につく。

「蒲公さん、お水はこの辺に固めて置いてくださいね」

スタッフが机を用意し、小物や飲み物をまとめて置いておく。すると、小井出も水をその机に置いた。同じペットボトルなので、すぐに誰のものか分かるように、名前が書いてある。小井出の字は丸くて可愛い。

「はい。あ、小井出さん、よろしくお願いします」

「……」

あれから英は、小井出に話しかけてはいるが、ずっと無視され続けている。取り巻きも諦めたのか大人しいが、ちらりとも合わない視線に、若干不安を覚える。
しかしもう後はやりきるしかない。

そうこうしているうちに開演の本ベルが鳴った。英はすぐに意識を切り替え、鷲野として舞台へ出ていく。
しかし、やはり神様は英を、すんなりと成功への道へ行かせてはくれなかった。

舞台の途中で、英はスイッチが勝手に切れたことに気付く。今まで何回も通して、途中で集中力が切れたことなどなかったのに、大量の汗で思わず顔を拭う。

(何か、暑い……)

舞台の上は光の嵐だ。スポットを浴びるとなればさらに熱量は増すが、そればかりではない異常な暑さに、英は困惑する。しかも呼吸が浅くなって、しっかりと息を吸えなくなっていた。

観客も英の変化に気付いたのだろう、少しざわついたが英は気力で持ち直し、演技を続ける。

月成は客席にいるはずだ。彼も気付かないはずがない。

(くそ、何でこんな……)

大事な初演でこんなことになってしまったのか。悔やんでもしょうがないので、今この公演を乗り切ることだけを考える。
体の中から噴き出るような熱さは、どんどんひどくなり、英の意識を遠ざけようとする。共演者も、観客には見えないところで気遣ってくれた。

「英っ、ふらふらしてるけど大丈夫か?」

「はい……すいません、最後までもたせますから」

舞台袖で水井に声を掛けられ、情けない、と英は悔しくなる。完全に集中力が切れてしまっていて、取り繕うのもかなり難しくなっている。これでは、倒れるのも時間の問題だ。

(この公演だけでいいから。もってくれよ、オレの体)

汗で失った水分を補うために、自分のペットボトルから水をがぶ飲みする。すぐに舞台上に出て、演技を始めると、客席の月成がこちらを見ていた。

(監督、ごめんなさい……)

せっかくの初公演をこんなことにしてしまって。心で謝りながら、英は最後まで踏ん張る。やっとの思いで終演を迎えると、カーテンコールでは支えられながら歩くのがやっとだった。

「英、もうちょっとだから頑張れ」

笹井に隣でささやかれ、精一杯のお辞儀をする。観客も同情してくれたのか、何とか拍手をくれたが、英は申し訳なくて頭が上げられなかった。
その意思を汲んでか、キャストも全員頭を下げたまま緞帳どんちょうが降りる。

(……終わった)

緞帳が完全に降り、ホッとしたのをきっかけに英の中の糸が切れ、同時に意識も手放したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

僕の歓び

晴珂とく
BL
道弥と有一は、交際一年半。 深い関係になってからは、さらに円満なお付き合いに発展していた。 そんな折、道弥は、親に紹介したいと有一から打診される。 両親と疎遠になっている道弥は、有一の申し出に戸惑い、一度は断った。 だけど、有一の懐の深さを改めて思い知り、有一の親に会いたいと申し出る。 道弥が両親と疎遠になっているのは、小学校6年生のときの「事件」がきっかけだった。 祖母に引き取られ、親と離れて暮らすようになってからはほとんど会っていない。 ずっと仄暗い道を歩いていた道弥を、有一が救ってくれた。 有一の望むことは、なんでもしてあげたいくらいに感謝している。 有一の親との約束を翌日に控えた夜、突然訪ねてきたのは、 祖母の葬式以来会っていない道弥の母だったーー。 道弥の学生時代の、淡く苦い恋が明かされる。 甘くてしんどい、浄化ラブストーリー。 === 【登場人物】 都築 道弥(つづき みちや)、25歳、フリーランスデザイナー 白川 有一(しらかわ ゆういち)34歳、営業部社員 常盤 康太(ときわ こうた)道弥の同級生 === 【シリーズ展開】 前日譚『僕の痛み』 時系列 『僕の痛み』→『僕の歓び』

処理中です...