【完結】たんぽぽ!

大竹あやめ

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「英、気付いたか?」

英は目を覚ますと、心配そうに覗いていた笹井に声を掛けられた。

白い天井、白い壁、白いベッド。周りを見回すと、英がいるところは病室だと気付く。

いまいちまだはっきりしない頭で考えると、自分は初公演の緞帳が降りたのと同時に倒れたことを思い出す。

「……公演は?」

笹井は、何も言わず苦笑いをする。その様子だと、成功したとは言えないようだ。

「体は、何ともないか? さっき社長と監督で犯人を捜してた」

「はん……どういうことですか?」

嫌な単語に英は起き上ろうとすると、頭がくらくらした。笹井に寝てろ、と言われ、再び横たわる。

「医者に聞いたらお前の体から薬が検出されたってよ。その、違法性はないけど、ちょっと体が熱くなるやつ……」

言いにくそうな笹井の反応に、英もすぐにピンときた。嫌がらせの定石はバレリーナに画びょう、歌手に下剤と言うが、英はどうやら媚薬を飲まされたらしい。そして英に対して悪い感情を持っているとすれば、一人しか思い当たらない。

「監督たちは?」

「多分ロビー辺りで事情を聞いてると思うが……あ、おい!」

英はふらつく足を堪え、病室を飛び出す。

「うわあっ」

しかしすぐに、誰かにぶつかって大胆に転んだ。

「ったく、じっとしてられねぇのか、お前は」

見上げると、呆れた顔の月成がいた。

「監督、すみませんでした!」

すぐに廊下で土下座をする英。病室を出てきた笹井はそれを見て声を上げる。

「英、なにやってんだよっ」

「せっかくチャンスをくれたのに、初公演を台無しにしてすみません!」

笹井の言葉を無視して月成に謝ると、月成は落ち着いた声で言った。

「小井出との仲を修復しなかったお前にも多少落ち度はある。だから……小井出、こっちに来い」

月成はある方向へ視線をやると、英もそちらを見る。小井出がしゅんとした表情で木村とこちらに来ていた。

「小井出さん、今日はすみませんでした。あと、フォローありがとうございます」

英が先手で謝ると、小井出はもう言う言葉を失くしたのか、黙っている。

「お願いします、監督の名誉のためにも、明日からの公演、一緒に挽回をしてくれませんか? オレ、小井出さんの演技には助けられてばかりですけど、あなた以外の鶴見は嫌なんです」

お願いします、と再び土下座をすると、小井出は泣きだしてしまった。

「僕こそ、ごめん……」

小井出から発せられた言葉はそれだけだったが、十分に気持ちは伝わってきた。公演の後だというのにまだ少し仕事があるから、と木村と一緒に去って行く。

「笹井、俺はこれからたんぽぽと話があるから、先に帰っていいぞ」

月成の言葉にドキリとしながら、英は去っていく笹井を眺めていると、いつまで座ってる、と冷たい声が降ってくる。

「手、貸すか?」

「いりません」

ついつい反発して突っぱねてしまうが、月成は楽しそうに笑うので気にしないでおく。ふらふらと病室に戻ってくると、二人きりになってしまったことに、今更ながら気付いた。

(話ってなんだろ)

ダメ出しか罵倒か、それとも嫌がらせのセクハラか。

英はベッドに座ると、月成はそばの椅子に座った。この病室が個室なのは、飲まされた薬のことを考えてなのか、と妙な考えが浮かぶ。

「小井出だが……」

月成の口から小井出の名前が出て、英はがっかりした。しかし、何を期待してがっかりしたのか、自分でも分からない。

「アイツは母親がマネージャーみたいなことをしてるんだが……あれはあれでいろいろあるんだ。社長が母親から小井出を独立させようとしてるんだが、うまくいかん」

良くある話だ、と英は思う。母親が子供を芸能界で活躍させるべく、マネージャー業に徹してしまうこと。子供は愛情が欲しくて、精神を病んでしまうことがある。

「あれもああいう性格だから、甘えたがりなのは分かっていたが、それを良いことに脅されてたみたいだな」

「脅す?」

物騒な単語に思わず月成を見ると、彼は静かにうなずいた。

「さらに厄介なことにあれの性格はプライドも高い。巻き込まれた以上お前には話すが、他人に言うなよ?」

「言いませんよ、そんなこと……」

小井出の性格なら、よくある話だと笑っても、自分がその泥沼にはまっていることが許せないに違いない。

「さ、お前が目を覚ましたら、帰っていいって言われてたんだ。何なら、一発抜いてからにするか?」

「結構です帰ります」

デリカシーのない物言いは嫌がらせでわざとだろうが、一度襲われているのでさっさと帰りたかった。まだ足元はおぼつかないが、薬も残ったり依存したりするものではないのだろう。

「じゃ、帰るか」

そう言って、月成はさっさと病室を出ていく。こっちは全快じゃないんだよ、とイラッとするけども、病室の外で振り向いて待っていた。

「さっさとしろ」

「そう思うなら手くらい貸してくれたっていいと思いますが」

「嫌だね」

「だったらあんまり喋らせないようにしてくれませんか。しんどいんで」

「……可愛くねぇ」

言いながら、英は前にも、こんな風に言葉の応酬で心地良いと感じたことがあったな、と思い出す。その時も、月成は英の容赦ない言葉に、楽しそうに返していた。演劇が絡むと、もっと辛辣な言葉になるから、今はリラックスしているのかもしれない。だとしたら、これが普段の月成光洋なのか。

(歳が離れた兄貴みたい)

英に兄弟はいないが、兄がいたらこんな風なんだろうな、と思う。と言っても、その年の差は一回りも違うのだが。

その後、寮に帰った英は早めに休むことにし、久しぶりにぐっすりと眠ったのだった。
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