【完結】たんぽぽ!

大竹あやめ

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月成作品の効果というのは、英の生活を百八十度変えるほどだった。

舞台が始まるまで、彼の作品に関しては一切の情報を開示しないこともあってか、公演が始まると同時に取材のオファーが相次ぎ、メディアの進出の話も多くなった。

英はできる限りそれらを片っ端から受けていったが、何故か、舞台で得られたような高揚感がないのだ。その上、事務所がらみの制約があって、面倒なことこの上ない。

(これは社長に相談しないとな)

今日は演劇雑誌のグラビア撮影だ。月成作品絡みとあって気分は楽だったが、同じ見られる仕事をしていても、楽しめない。

「お疲れ様でしたー」

淡々とこなす仕事に飽きてきて、スタジオを出てため息をつくと、声を掛けられた。

「おや、今や人気絶頂の英くんじゃないか」

「社長……やめてください、その呼び方」

英が肩をすくめると、社長は笑う。英が今の状況を喜んでいないのは、彼も分かっているはずだ。

「マスコミの月成熱が冷めるまでだよ。私だって、英くんをメディア方面に売り出そうって思っていない」

もう少しの辛抱だ、と頭を撫でられると、英は反論できなくなってしまう。

「ところで、急で申し訳ないけど、今からちょっとデートしないかい?」

「デート?」

木村は予定が変更になって、今から時間が開いてしまったという。今日のところは英も終わりだったので、付き合うことにした。

「じゃ、車に乗って。ちょうど今日、従弟のコンサートがあるんだよ。ほら、前に話したことがあっただろう? 今日は行けないかと思っていたけど、英くんと行けるなんてラッキーだね」

英の返事を聞いて上機嫌になった木村は、この前乗ったのと違う型の車に案内する。
前の車はどうしたのか聞くと、気分で乗る車を選んでいる、だそうだ。金持ちはスケールが違う。

会場に着くとすでに公演は始まっていて、休憩中に席に滑り込むと、そこは周りに観客がいない、貴賓席になっていた。

「あ、ああの、オレたち、ここに座っちゃって良いんですか?」

「いいんだよ。私たちは招待されているし。言っただろう、出演者は私の従弟だって」

「なら、良いんですけど……」

すると、木村は肘掛にあった英の手を握ってくる。びっくりして木村を見ると、彼は困ったように笑った。

「そんなに緊張しないで。未就学児も聴ける気楽なコンサートだから。……それとも、私がこうして手を繋いでいることを意識してる? それなら、私は嬉しいけれど」

木村はそう言って、英の指に自分の指を絡めた。まるで恋人同士が繋ぐような形に、英は何故か動揺する。

「あの、もう始まりますけど」

「そうだね」

そう言いながら一向に手を放してくれない木村は、にっこりと微笑んでいるだけだ。

「手、放してくれませんか?」

「私の話を聞いてくれたら」

英は困った顔になる。これでは落ち着いてコンサートを聴ける訳がない。そして、そのために人気のないここに座ったんだと思い知る。

「……何でしょう?」

木村の態度にまさかとは思っていたが、昨日まで彼の態度は紳士的で、いち俳優にちょっと思い入れがある程度だと思っていた。
しかし、端々に英をまるで女性でも扱うような態度や言葉があり、ただ優しかっただけではないことも、薄々だが気付いている。今日の木村はやけに英に触れたがるし、好きだということも隠そうとしていない。

「そんな困った顔をしないでくれ。これでも私は気が小さいんだ、せっかくの決心が揺らぐ」

舞台では一人の青年が入ってきて、演奏を始める。しかし、今の英にはそれを見ている余裕がない。

「気が小さくて、社長が務まるとは思いませんが……」

「それとは話が別だ。私は、英くんの前だと一人の男になってしまうからね」

「……」

「勿論、私の話を聞いた後、その返答がどうであれ、君への扱いは変わらない。私は社長としても、君を一番に売り出したいと考えている」

それを聞いて、英は小井出が社長を嫌っている理由が分かった気がした。彼の性格を考えると、社長の一番の座が欲しかったのだろう。しかし、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

「私は英くんが好きなんだ。君が可愛くて、気になって仕方がない」

(何でこんなに気になるんだか……)

英は、月成がそんなことを言っていたことを思い出す。その時重ねた唇の感触も不意に思いだし、何でこんな時に思い出すんだ、と月成を記憶の隅に追いやった。

「何で……オレなんですか」

思えば月成からは演技に関してボロクソに言われた身だ。才能に惚れたはずがその人まで好きになってしまったというならまだしも、英にそんな才能はない。好きだと言われてもただ困惑するだけで、嬉しいとも、嫌だとも感じられない自分が申し訳なかった。

そんな英を見て木村は心情を察知したらしい、苦笑すると繋いだ手にもう片方の手を重ねる。

「ごめん、困らせる気はなかった。ただ、こうやって時々デートに付き合ってくれるだけでいいんだ、ダメかい?」

ずるい、と英は思う。英がちょっと困った顔を見せただけで、すぐに引いて下から言われてしまっては、ますます断りづらくなる。

「オレ、今は……社長がどうこうって訳じゃなく、誰かと付き合うってことが想像できないんです。役者として、もっと勉強がしたい……こんな返事では、ダメですか?」

懸命に言葉を探して見つけた理由がそれだった。木村は手を放すと、シートに深く沈み込む。

「……次の月成作品、話はできているそうだ。また出てみたいかい?」

英は驚いた。監督業も暇ではないはずだ。いつの間に書き上げたのだろうか。

「はい、是非」

そう答えると、木村は深々とため息をつく。しかしその後に小さく笑ったのだ。どうしたのだろうと見つめていると、思ってもみないことを言われる。

「君も、素直じゃないね」

「え?」

どういうことだろうかと尋ねようとすると、社長はこの話は終わりだとでも言うように、せっかくだから一曲くらいは聴いていこう、と舞台を眺める。

舞台では、主人公を惑わすカルメンの曲が演奏されていた。
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