【完結】たんぽぽ!

大竹あやめ

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それから半月後、舞台は公演を開始した。月成作品にしては珍しく、分かりやすいハッピーエンドではなかったので舞台の評価は分かれたが、公演が終わるころには欠点を抱えた人たちの純愛、とまぁまぁ良い評価をもらっていた。

英も奮闘し、初稽古で期待外れだと言われたマスコミを黙らせ、さらに「報われない英が可愛そう」という声もあり、英を主役でスピンオフを作ることになったのだ。

驚いたのは、月成がそれを予想して、すでに設定を作っていたことだ。英が先日見たノートは、まさにそれだったらしい。

そして、いつものように社長の自宅で打ち上げし、盛り上がっていた。

「英~」

「ちょ、東吾さん、離れてください」

酔った東吾があれこれと絡んできて、正面に座る月成の眉間の皺が取れなくなっている。しかし、酔っ払いとは厄介で、しばらくすると注意されたことも忘れてまた絡んでくるのだ。

「妬くくらいなら注意すれば良いのにねぇ」

「え?」

耳元に寄せられた東吾の口からそんなセリフが聞こえ、思わず聞き返すと、東吾はふふ、と笑って離れて行った。

「たんぽぽ。場所を変えるぞ」

それを見ていた月成は、英の意思を無視して立ち上がる。そんな月成に、東吾はからかうように声を上げた。

「英のこと飽きたら俺にちょうだい」

何を言い出すんだ、と英は冷や汗をかく。しかしそれで月成の機嫌はさらに悪くなったらしい、無視して会場を出て行ってしまった。

「あの、東吾さん。後でオレが怒られるのでやめてもらえませんか」

「えー? やだ」

「おら、たんぽぽ早く来い!」

相変わらず飄々と困ることを言う東吾に、多分話していることすら気に入らないのだろう月成が、早く来いと急かしてくる。間に挟まれた英は、とりあえず監督の機嫌を優先した。

英も会場の部屋を出ると、月成はもう廊下を長い足で歩いている。その方向からするに、以前にも訪れた、社長のリビングだ。

「そういえば、木村社長は?」

走って追いついた月成に聞くと、月成はまた機嫌を悪くしたらしい。どうしろというんだ、と途方に暮れていると、すぐに目的地に着く。

「やあ英くん。光洋も」

見覚えのある部屋に入っていくと、バーカウンターには木村が座っていた。一人で飲んでいたのだろうか。

「たんぽぽが社長の事を心配してハゲそうだってよ」

「はぁ?」

木村の隣に座った月成は、さらに隣に変な声を上げた英を座らせる。そして、カウンターにあった酒を勝手に注いで飲んだ。

木村はその言葉に苦笑し、月成の空いたグラスに酒を注ぎ足す。

「みっともない嫉妬をするくらいなら、ちゃんと二人で話し合いなさい。私もそうできた人間じゃないのでね。ごちそうさま」

早口で告げた木村は、今日は少し酔っているようだ。ザルだと聞いていたのに酔っているとは、一体どれだけ飲んだのだろう。

「雅樹……」

月成が木村を呼んだ。いつもの役職ではなく、名前で呼んだことに、英はハッとさせられる。

「……悪かった」

英には何の話か分からなかったが、気まずそうに謝る月成に、木村はため息をつく。そういえばこの間、二人は何かの約束をしていた。そしてきっと、月成がその約束を破ったのだろう、と直感的に思う。

ああ、良いな、と英は思った。この二人と友人になれたら良かったのに、と少し寂しい気持ちが沸いてくる。この二人は信頼関係で繋がっていられる、それがうらやましいとも思った。

「さぁ、一人にしてくれないかい? 気持ちの整理が必要なんだ」

木村のその言葉に、月成も英も逆らわなかった。

その後、英は月成と木村邸を出て、帰り道の途中にあるコンビニで酒とつまみを買った。まだ飲むのか、と正直思ったが、まだ一緒にいられる、と浮かれたのは内緒だ。

しかし、道中ずっと月成は無言で、また何か怒っているのかと心配になってくる。

とうとう話しかけられずに寮の前まで来ると、月成が「来い」と自宅へと歩き出した。これは月成監督の仕事場が見られるかも、とテンションが上がる。

「良いんですか? お邪魔しても」

しかしその言葉ににやりと笑った月成を見て、英はすぐに後悔した。

「お前のいやらしい声が、隣近所に漏れても良いならそっちにするが?」

「な……っ」

やっぱりろくなことを考えていなかった月成に絶句していると、ズルズルと家の中へと引きずられる。

「あ、アンタっ、そのために家で飲みなおそうって……!」

「ああ? それ以外に何があるんだ。まさか言葉通りに家飲みするだけだと思ったか? どこのお子様だ」

良いから入れ、と玄関に投げ入れられた英は、家の中を見て言葉を失う。

部屋から流れて来たらしい本の山が、床を埋め尽くしていた。はっきり言って、汚い。

「最近本棚が足りなくってな。放置してたら雪崩れた」

「雪崩れたって、どれだけ放置してたんですかっ」

靴を脱いで器用に本を避けて入っていく月成に習い、英も奥へと進んで行く。リビングまでに二つの部屋があり、二階へ続く階段もあったが、どこも本だらけだ。

しかし、一歩リビングへ入ると、そこは綺麗に片づけられた、普通の空間だった。

「何なんすか、この家……」

ぐったりしてソファーに座ると、正面にテレビがある。何となくデッキを見ていたら、とんでもないものを発見してしまった。荷物を放り出して近づくと、間違いない、『美女や野獣』のDVDだ。

(うそ、これ売ってないのに!)

しかしそこにあるのはきちんと装丁もされたDVDで、貴重なものに出会えた嬉しさに思わず月成に視線を送る。

「目ぇキラッキラさせやがって……言っとくがそれは俺の脚本じゃねぇんだぞ」

見ても良いかと尋ねると、呆れた声でオーケーの返事がもらえたので、さっそくデッキに入れる。

見覚えのあるAカンパニーのロゴが出てきて、本編が始まった。

「せっかくだから飲め」

「ちょっと、静かにしててもらえませんか」

せっかく貴重な映像を見せてもらえるのだ、見逃すものかと見ていると、隣で月成が背もたれに凭れて舌打ちをする。

画面には、貴族の恰好をした月成が出てきた。英が十年前に見たものと、寸分変わらず記録に残っているのが嬉しい。

「その舞台はな……」

月成が、どこか遠くを見るような目で呟いた。

演出が気に入らなくてあれこれ口を出したこと。しかもプロの演出より月成の演出の方がウケて、その演出家から睨まれるようになったこと。そして、その人は演劇界でも重鎮だったらしく、俳優を辞めさせられたことを話した。

だが、そこで諦める月成ではなく、だったら、頭でっかちなジジイを追い出してやろう、と脚本家の道を選んだのだそうだ。こういう業界はコネと伝手の力がものをいう、一から始めるのは相当大変だっただろう。

英はいつの間にか映像そっちのけで、月成の話に聞き入っていた。

「だから、俳優時代の俺の映像がないのも、あのジジイの嫌がらせだ」

その時に木村もだいぶ奮闘して、DVD作成まではこぎつけたが、販売には至らなかったらしい。

そして、見本として残ったのがこれだということだ。

「だって、良いものは売れるんですから。その人は怖かったんでしょうね」

「……だろうな」

そこで、月成の顔が近づいてきて軽くキスされた。久しぶりの行為に、英はドキドキしてしまう。

どうもこういう雰囲気には慣れず、話を逸らす。

「ところで、社長とは何の約束をしてたんですか?」

英は言ってから、しまった、と思った。近くにあった顔の眉間に、皺ができる。

「この場面で他の男の話をするとは、いい度胸してるな」

「あ、いや、その……」

ソファーの上で、じりじりと寄ってくる月成を避けるように、英は後ずさった。

「そもそもお前のせいで、俺が謝る羽目になったんだ。責任取れ」

「はぁ? どういうことですかっ」

端に追い詰められた英は、月成に両腕を捉えられ、押し倒される。

「お前、雅樹に話しただろ」

「な、何を?」

「お前と両想いになるまで、お互い手は出さないと約束してたんだ。それなのにベラベラ喋りやがって」

勝手な言い分に、英はムッとした。そもそも、気持ちが通じ合ってないのに手を出す方が悪い、と月成の下で暴れる。

「あれだけ俺の事好きだと視線で言っておきながら、両想いじゃねぇって? ふざけんな」

英にしてみればそのセリフこそふざけるな、だ。月成の顔が再び近づいてきたので顔を背けたら、耳を噛まれてビクッとなる。

「大体、お前は俺に憧れてこの世界に来たんだろ?」

そのまま耳元で囁かれて、ゾクゾクと背筋に何かが走った。そのまま耳の中に舌を入れられ、声を上げる。

「ひぃ……っ」

「色気のねぇ声だな」

緊張ですくみ上る英から少し離れた月成は、呆れ顔だ。

「わ、悪かったですねっ」

「できれば演技のためにも、男女問わず三人くらいと付き合え……と言いたいところだが、しょうがねぇ、俺が全部教えてやる」

後半にやりと笑った月成は、やはり獲物を狙う肉食獣のような眼をしていた。そして、自分が飲んでいた焼酎を口に含むと、英の口にキスをする。

(こ、これって……)

飲めということだろうか。英は少しずつ月成から移されるアルコールを飲んだ。独特の香りがある焼酎だったみたいで、鼻につんと抜ける。喉、胃が熱くなってクラッとしたが、徐々に性感を高める月成のキスは、それだけで十分酔えた。

(そっか、前もこうなったけど……)

月成はキスが上手いのだ。英の口からこぼれた焼酎が顎を伝い落ちていくが、それも気にならない。

「……ん」

じわじわと頭がしびれるような感覚があり、自分が立っているのか横になっているのかも分からなくなる。

(気持ちいい……)

ふわふわとした意識の中で、月成が仕掛けてくるキスはあくまで優しく、強い刺激は与えてこなかった。いつの間にか舌を絡め、深いキスになっていたのも気付かなかったほどだ。

しかし唇も性感帯、じっくり時間をかけて高められれば、息が上がってくる。

「ちょ、苦しい……」

まだ続きそうだったキスの合間に首を振ると、月成は満足げに英を見た。

「ま、初めてに等しいならこのくらいか。初心者には、気持ちのいいことだけ教えてやる。親切だろ?」

経験が浅いことを強調するセリフはやめてほしかったが、突っ込む気力も奪われてしまっていた。

息を整えながら黙って月成を見ていると、最後に軽くキスをされる。

「とりあえず、風呂入るぞ」

キスの余韻でふわふわしていた英は、それに素直に頷いた。
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