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櫂斗の仕事場は、駅前徒歩三十秒というのが売りの、全国展開している塾だ。櫂斗は中学生を対象に、高校受験をする生徒を指導している。駅チカという事もあって評判も良く、有名進学校への合格者や、高学歴有名人を多く輩出していた。
櫂斗は生徒からはもちろん、何故か保護者からの人気もあり、授業への参加倍率は言わずもがなだ。
櫂斗が教室に入ると生徒たちが無言で席に座り出す。ピンと空気が張り詰めて、生徒たちのやる気を肌で感じた。
「こんにちは。じゃあ授業を始めます。前回の続きから……」
櫂斗はテキストのページを指示すると、生徒たちもテキストを開く。
櫂斗が教えるのは国語だ。と言っても中学生相手なので、高校受験に役立つ知識と対策を中心に教えて行くだけだ。それほど力を入れて仕事をしていないにも関わらず、塾長からの信頼も厚い。
櫂斗は淡々とテキストを読み上げ、問題の説明をしていくと、視界の端で誰かがそっと教室を覗くのに気付いた。
「──なので、この動詞に係る部分は……」
見覚えのあるヤツだなと思ったら、先程駅で会った眼鏡の男と塾長だった。櫂斗は思わず固まってしまう。
(何でアイツがここにいるんだよ!?)
そんなことを思っていたら、数人の生徒が固まった櫂斗に視線を向けた。櫂斗は気を取り直して授業を続ける。
眼鏡の男はカメラを構えると、数枚写真を撮っていた。どうやら授業風景を撮っているらしい。生徒に気付かれずに撮るとは、腕が良いんだな、と思った。
その後はいつも通りに仕事をしていると、授業はあっという間に終わる。彼は急いで塾長の所へ行った。
職員室へ行くと、真っ直ぐ塾長の元へ進む。
「写真を撮るなら事前に言ってもらえませんか、塾長」
塾長は櫂斗の不機嫌な声も気にせず、おおらかに笑った。
「ごめんごめん、普段通りの風景を撮って欲しかったから。ホームページ用の写真をそろそろ替えようと思ってね」
昔は鬼講師と呼ばれていたらしい塾長は、薄くなった頭とふくよかな身体を揺らしてまだ笑っている。まったく、と櫂斗は怒る気も失せた。しかし、よりによって何故彼なんだ、と思わないでもない。
「……で、彼は今どこに?」
「ああ、講師の顔写真を撮ってもらってるよ。堀内先生も撮ってもらって。隣の教室だよ」
分かりました、と櫂斗は隣の教室へ向かう。中では塾長の言う通り、ヤツが白い壁を背景に、講師の写真を撮っていた。
「さっきはどうも、堀内先生」
眼鏡の男はニッコリ笑って櫂斗を迎え入れる。名前は塾長から聞いたのだろう、櫂斗は心の中で舌打ちした。
「カメラマンの、来島亮介です、よろしくお願いします」
丁寧に名刺を渡され、櫂斗はそれを受け取ると、見もせずポケットにしまう。さっさと撮影を終わらせたくて、自ら白い壁の前に行くと、亮介はため息をついた。
「堀内先生は随分緊張していらっしゃいますね」
「そりゃそうだろ」
「……ふーん?」
不意に、亮介が近くに来る。身体が触れそうな距離まで近付くと、彼は櫂斗をじっと見つめた。
櫂斗はその強い目力に、射すくめられてしまう。強い眼差しに、心の中まで見透かされそうで櫂斗は顔を逸らした。
「さっきの事、バラされたくないんだろ?」
櫂斗はその声にゾクリとする。身体の近さと、話の内容に彼は慌てた。
「ちょっと、距離が近い……」
「そんなこと言ってて良いのか? 先生、今どんな立場なのか分かってる?」
櫂斗は肩を震わせた。そしてじわじわと身体が熱くなっていく。
(話の内容もだけど、コイツの声、すごくやらしい……)
櫂斗はこんな時なのに、感じてしまっている自分にブレーキをかけようと、ぎゅっと拳を握る。その様子に気付いた亮介はフッと笑った。
「あれ? もしかして先生感じちゃってるの? 脅されてるのに?」
「……っ」
「とんだ変態だな」
亮介の突然落とした、蔑むような声のトーンに、櫂斗は誤魔化しようもなく身体をビクつかせて壁にもたれる。その様子を面白そうに笑った亮介は、櫂斗から離れた。
「良いよ、遊んでやる。撮影するぞ、ちゃんと立て」
櫂斗はこの状態で撮影なんかできるか、と思ったけれど、言うことを聞かないとバラされそうなので、壁から身体を離した。
それから素早く撮影を終えると、連絡先を教えろと言われる。嫌々教えると、早速仕事の後ホテルへと誘われた。
「流石に遅い時間になるし、それはちょっと……」
授業は終わっても、その後の高校生の個別指導や、自習していく生徒の質問を受けたりしているので、帰りはいつも深夜になる。それからホテルへ行けば確実に終電を逃すので、できれば避けたい。
「ん? 先生拒否権あると思ってるの? それともわざとそう言って、おしおきを待ってる?」
「……っ、違う」
「じゃあ仕事終わりに。俺も今日は終わりまで撮影してるし、一緒に帰るぞ」
「……」
櫂斗は口を開きかけたが諦めた。どう足掻いても逃がしてくれそうにない。遊んでやると言われたのだ、何回か付き合えば、そのうち飽きるだろうと、櫂斗は頷く。
すると、亮介は機嫌良くカメラを構え、無防備な櫂斗の顔を何も言わずに撮った。
「ちょ、何撮ってるんだよ」
「個人的に先生の写真が欲しいと思ったから。横流しはしないから安心しろ」
なんだよそれ、と櫂斗はため息をつく。そして、もしかしてこの人は、自分と相性が合うのかも、と思った。普通、脅されて感じるなんてしないし、そこを見抜いたのは彼がサドっ気があるからでは、と。
「……何もの欲しげに見てんだよ」
そんな事を考えていたら、亮介にニヤニヤされる。櫂斗は視線を外すと、彼に「また後で可愛がってやるから、ちゃんと待ってろよ」なんて言われたので、櫂斗は顔を赤くし、無視して教室を出た。
櫂斗は生徒からはもちろん、何故か保護者からの人気もあり、授業への参加倍率は言わずもがなだ。
櫂斗が教室に入ると生徒たちが無言で席に座り出す。ピンと空気が張り詰めて、生徒たちのやる気を肌で感じた。
「こんにちは。じゃあ授業を始めます。前回の続きから……」
櫂斗はテキストのページを指示すると、生徒たちもテキストを開く。
櫂斗が教えるのは国語だ。と言っても中学生相手なので、高校受験に役立つ知識と対策を中心に教えて行くだけだ。それほど力を入れて仕事をしていないにも関わらず、塾長からの信頼も厚い。
櫂斗は淡々とテキストを読み上げ、問題の説明をしていくと、視界の端で誰かがそっと教室を覗くのに気付いた。
「──なので、この動詞に係る部分は……」
見覚えのあるヤツだなと思ったら、先程駅で会った眼鏡の男と塾長だった。櫂斗は思わず固まってしまう。
(何でアイツがここにいるんだよ!?)
そんなことを思っていたら、数人の生徒が固まった櫂斗に視線を向けた。櫂斗は気を取り直して授業を続ける。
眼鏡の男はカメラを構えると、数枚写真を撮っていた。どうやら授業風景を撮っているらしい。生徒に気付かれずに撮るとは、腕が良いんだな、と思った。
その後はいつも通りに仕事をしていると、授業はあっという間に終わる。彼は急いで塾長の所へ行った。
職員室へ行くと、真っ直ぐ塾長の元へ進む。
「写真を撮るなら事前に言ってもらえませんか、塾長」
塾長は櫂斗の不機嫌な声も気にせず、おおらかに笑った。
「ごめんごめん、普段通りの風景を撮って欲しかったから。ホームページ用の写真をそろそろ替えようと思ってね」
昔は鬼講師と呼ばれていたらしい塾長は、薄くなった頭とふくよかな身体を揺らしてまだ笑っている。まったく、と櫂斗は怒る気も失せた。しかし、よりによって何故彼なんだ、と思わないでもない。
「……で、彼は今どこに?」
「ああ、講師の顔写真を撮ってもらってるよ。堀内先生も撮ってもらって。隣の教室だよ」
分かりました、と櫂斗は隣の教室へ向かう。中では塾長の言う通り、ヤツが白い壁を背景に、講師の写真を撮っていた。
「さっきはどうも、堀内先生」
眼鏡の男はニッコリ笑って櫂斗を迎え入れる。名前は塾長から聞いたのだろう、櫂斗は心の中で舌打ちした。
「カメラマンの、来島亮介です、よろしくお願いします」
丁寧に名刺を渡され、櫂斗はそれを受け取ると、見もせずポケットにしまう。さっさと撮影を終わらせたくて、自ら白い壁の前に行くと、亮介はため息をついた。
「堀内先生は随分緊張していらっしゃいますね」
「そりゃそうだろ」
「……ふーん?」
不意に、亮介が近くに来る。身体が触れそうな距離まで近付くと、彼は櫂斗をじっと見つめた。
櫂斗はその強い目力に、射すくめられてしまう。強い眼差しに、心の中まで見透かされそうで櫂斗は顔を逸らした。
「さっきの事、バラされたくないんだろ?」
櫂斗はその声にゾクリとする。身体の近さと、話の内容に彼は慌てた。
「ちょっと、距離が近い……」
「そんなこと言ってて良いのか? 先生、今どんな立場なのか分かってる?」
櫂斗は肩を震わせた。そしてじわじわと身体が熱くなっていく。
(話の内容もだけど、コイツの声、すごくやらしい……)
櫂斗はこんな時なのに、感じてしまっている自分にブレーキをかけようと、ぎゅっと拳を握る。その様子に気付いた亮介はフッと笑った。
「あれ? もしかして先生感じちゃってるの? 脅されてるのに?」
「……っ」
「とんだ変態だな」
亮介の突然落とした、蔑むような声のトーンに、櫂斗は誤魔化しようもなく身体をビクつかせて壁にもたれる。その様子を面白そうに笑った亮介は、櫂斗から離れた。
「良いよ、遊んでやる。撮影するぞ、ちゃんと立て」
櫂斗はこの状態で撮影なんかできるか、と思ったけれど、言うことを聞かないとバラされそうなので、壁から身体を離した。
それから素早く撮影を終えると、連絡先を教えろと言われる。嫌々教えると、早速仕事の後ホテルへと誘われた。
「流石に遅い時間になるし、それはちょっと……」
授業は終わっても、その後の高校生の個別指導や、自習していく生徒の質問を受けたりしているので、帰りはいつも深夜になる。それからホテルへ行けば確実に終電を逃すので、できれば避けたい。
「ん? 先生拒否権あると思ってるの? それともわざとそう言って、おしおきを待ってる?」
「……っ、違う」
「じゃあ仕事終わりに。俺も今日は終わりまで撮影してるし、一緒に帰るぞ」
「……」
櫂斗は口を開きかけたが諦めた。どう足掻いても逃がしてくれそうにない。遊んでやると言われたのだ、何回か付き合えば、そのうち飽きるだろうと、櫂斗は頷く。
すると、亮介は機嫌良くカメラを構え、無防備な櫂斗の顔を何も言わずに撮った。
「ちょ、何撮ってるんだよ」
「個人的に先生の写真が欲しいと思ったから。横流しはしないから安心しろ」
なんだよそれ、と櫂斗はため息をつく。そして、もしかしてこの人は、自分と相性が合うのかも、と思った。普通、脅されて感じるなんてしないし、そこを見抜いたのは彼がサドっ気があるからでは、と。
「……何もの欲しげに見てんだよ」
そんな事を考えていたら、亮介にニヤニヤされる。櫂斗は視線を外すと、彼に「また後で可愛がってやるから、ちゃんと待ってろよ」なんて言われたので、櫂斗は顔を赤くし、無視して教室を出た。
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