閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

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第4章

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 それから貴弥は、積極的に見回りに参加するようにした。すると久詞が地域を見守る警察官と挨拶をさせてくれる。やはり彼らは久詞のことを知っていて、妙にかしこまっていたので思わず笑ってしまったが。

「そりゃそうやろ。四課の寒川久詞と言ったら、特務機関のトップやった男やからなぁ」
「えっ?」

 遊の言葉に貴弥は思わず久詞を見る。久詞は多分バレたくなかったのだろう、嫌そうにため息をついた。
 遊といい久詞といい、二人とも元々は優秀な【センチネル】だったと知り、貴弥は素直に驚く。

(いや、【センチネル】としての優秀さは、俺もなんとなくわかってたけど……)

 ではなぜ、今は給料泥棒と揶揄される四課に、身を置いているのだろう?

「……もしかして、四課って初めからあったわけじゃなくて、途中からできた……?」

 貴弥の質問に、久詞も遊も黙って苦笑した。それが答えだと悟り、どうして、と口を開きかけた瞬間。

「……あかん、ひったくりや」
「えっ? 遊っ?」

 とある方向を見て呟いたかと思えば、遊は勢いよく借りるで! と自転車で走り出す。追いかけようとした貴弥は腕を引っ張られた。見ると久詞が、今しがた挨拶をした警察官に指示を出している。

「犯人は上下黒の服に黒い不織布マスク。抹茶色のハイブランドバッグだ。〇〇交差点から東に自転車で逃走中」

 バタバタと慌ただしく自転車で追いかける警察官たち。自分も何かしなきゃ、と思っていると「焦るな」と言われてしまう。

「俺たちは被害者の女性のところへ」

 久詞は貴弥の腕を離さないまま、早足で歩き出した。貴弥たちがいた所から道を真っ直ぐ行くと、半泣きになりながらスマホで連絡している女性がいる。

「怪我はないですか?」
「あ……」
(……この人)

 近くに来た瞬間、貴弥は困惑と焦りと恐怖の声を聞き取った。間違いない、彼女は【センチネル】だ。

「私たち、バッグを持ち去られたのを見ていました。連れが追いかけているので安心して」

 久詞が落ち着かせようと声をかける。けれど女性は声も出ないようで、大粒の涙を落とし始めてしまう。貴弥はすかさず彼女のそばに寄った。

「大丈夫です。落ち着いて」

 貴弥は女性のスマホを持つ手に触れる。スマホ画面は一一〇番だったので、断ってからそのスマホを久詞に渡した。

「事件です。住所は……ああはい、特務機関第四課、寒川です。たまたまひったくりの現場近くにいました。被害者が混乱中なので私が……」

 彼が事件の詳細を伝え始めたところで、貴弥は女性を見る。

「びっくりしましたよね。怪我はないですか?」

 自分の能力を使いながら話しかけると、女性は次第に落ち着いてきたのだろう、答えてくれた。

「はい。……すみません、取り乱してしまって」
「いえ。ゾーンになる前でしたから、大丈夫」

 見たところ、彼女は貴弥より上、久詞ほどはいっていない年齢だろうか。落ち着いたら犯人への怒りが湧いてきたらしく、ご褒美バッグが、と脳内で聞こえた。

「ご褒美?」
「あのバッグを買うために、色々頑張ったんですよ! なのに!」

 女性がそう叫ぶのと同時に、彼女が思い浮かべているであろう光景が、貴弥にも流れてくる。ハイブランドのバッグに憧れて、貯金を頑張って、やっと買えたバッグだったらしい。

「大丈夫ですよ。【センチネル】と警察官が犯人を追いかけていますから」

 通報を終えたらしい久詞がスマホを女性に返す。すると久詞は今度は自分のスマホで、犯人の位置を遊か警察官に伝えていた。

「これ以上離れると俺でも……いや待て。……貴弥」

 通話をしながら久詞が手を出してくる。真っ直ぐ貴弥を見る視線に、貴弥もこれが重要なことなのだと悟った。
 【ガイド】は、【センチネル】の能力を制御する者。だから暴走することなく、力を最大限発揮するには、貴弥の能力が必要だ。
 久詞が自分を頼ってくれている。それなら先日決心したように、久詞の役に立ちたい。そう思って貴弥は彼の手を握った。
 その瞬間、深い海に落とされたような感覚に陥る。深く、深く潜っていくようなそれは、初めて久詞をケアした時と、同じ感覚だ。

(でも、今ならわかる。これは久詞が極限まで集中しようとしてるから……)
「――近くにコンビニがある。犯人は興奮状態で叫びながら自転車を走らせているな。遊の声も聞こえる」

 もう少しだ、と久詞は目を閉じる。どうやら今は耳をすまして、犯人の周りの音を聞いているらしい。

「応援に伝えてくれ。あと十秒ほどで△△交差点に侵入する」

 久詞は様々な音を聞き分け、場所を特定しているらしい。そんなことまでできるのか、と驚いていると、彼の額に汗が滲み始めた。

「……逃したか。では東側に回り込んで……ああ。グレーのビルの交差点だ」

 どうやら懸命に追いかけているものの、なかなか追いつけないらしい。久詞の指示通りにした警察官が、近付いたけれど捕まえるまでには至らなかった、と言っているのが聞こえる。
 遠くでパトカーのサイレンの音がしてきた。応援が来たようだ。しかし久詞は眉間に皺を寄せ、サイレンを止めるように指示している。

(そうか。サイレンの音が大きすぎて、聞こえないんだ)

 確かに、犯人の音を頼りに追いかけているなら、大きな音は邪魔だろう。貴弥は久詞がもっと集中できるように、目を閉じ集中する。

「……大通りに入ったな。応援が丁度その通りにいる。……ああ、北に向かってる」

 サイレンの音が消えた。遊はどこまで追いつけているのかわからないし、今は久詞の能力が頼りだ。

「犯人の進行先に応援到着。……あとは任せた」

 そう言って久詞は通話を切ると、貴弥の手をギュッと握る。慌ててケアに集中すると、深い海から急激に浮上するような感覚に襲われた。

「う……」

 なるほど、これはやはり久詞の意識らしい。耳鳴りと目眩に貴弥の足元がふらつくと、繋いだ手を支えられる。

「悪い、無茶させたな」

 いや、と貴弥が久詞を見ると、彼の息が上がっていた。犯人を捕まえるためとはいえ、一瞬でこれほど深く繋がったのは初めてだった。気付けば応援の警察官が被害者女性のそばにいて、どきりとする。
 貴弥は警察官が来たことに、気付かなかったのだ。

「犯人は無事、確保されたそうです」

 そう女性に話す警察官は、久詞と少し言葉を交わしたあと、女性を交番まで連れていった。貴弥は自分も行かなくていいのかと久詞を見上げると、彼は疲れた様子で頷く。

「あとは遊に任せる。第一発見者でもあるからな」
「そうなのか?」
「それより戻るぞ。もう少しケアが必要だ」

 久詞に腕を引っ張られ、貴弥はちょっと! と声を上げた。しかし彼は聞いていないようで、ズンズンと歩いていく。
 大股で歩く久詞に必死で付いていきながら、貴弥は思う。久詞がこんなふうに強引にするなんて珍しいな、と。

 しばらくしてタワービルに戻ると、四課に入るなり抱きしめられた。その力は強く、貴弥はそんな久詞に縋るような感情を感じ取ってしまう。

(まさか、まだ集中状態から抜け切れてない?)
「貴弥……」

 はあ、と息を吐いた久詞はしんどそうだ。貴弥はすぐに久詞の背中に腕を回し、再度ケアに集中する。

『お前の声だけはよく聞こえる。聞かせてくれ』
「うん……」

 はたから見たら、男同士がきつく抱きしめ合っているのは異様な光景だろう。しかしここは部屋に二人きり。遠慮はいらない、と彼の服を握った。

「どうすればいい?」
『周りの音がうるさい。貴弥の声だけ聞きたい』

 貴弥は口頭で、久詞は貴弥の読心で会話する。喋っているのは貴弥だけなので、それも不思議な光景だな、と思うけれど。
 貴弥は耳をすました。けれど自分が感じることができるのは、しんとした静寂だけだ。やはり久詞は、まだ余分な音まで拾っているらしい。

「久詞、あんたがこんなふうになるなんて。いつも何にも動じなさそうな顔してるからさ」
『さっきは貴弥と繋がったからだ。全力を出したから戻すのに苦労してる』
「なるほど」

 それではやはり、久詞は限界まで能力を発揮したのだろう。無茶したのはどっちだよ、と胸が締めつけられた。

「……こうなるのわかってただろ。どうして……」
「犯人を捕まえないと、貴弥が悲しむだろ……?」

 大きく息を吐いて、少し離れた久詞は貴弥を柔らかい視線で見下ろす。途端に頬が熱くなったのを感じて、貴弥は顔を逸らした。

「そりゃあ……目の前で犯罪が起きてて、何もできなかったら後悔するじゃないか……」
「ああ。貴弥はすぐに女性のケアにあたると思っていた。そしたら、バッグを取り戻して彼女を安心させたいと思うだろう?」

 貴弥は黙る。どうしてか頬は熱いままだし、久詞の顔も見ることができない。彼の腕の中にいるのも落ち着かなくなり、身動ぎする。
 しかし、久詞は離してくれなかった。

「……もういいだろ、離せよ……」
「まだだ」

 まだケアは終わっていない、と言われたら、貴弥は大人しくするしかない。確かに久詞は落ち着きつつあるけれど、彼の言う通りまだケアが必要なようだ。

(……広い胸)

 貴弥はその胸に耳を当てる。穏やかに脈打つ心臓の音を聞いていると、貴弥も落ち着いてきた。

(父親が……まともだったら、こうして抱きしめられることもあったんだろうか)

 久詞の心音を聞きながら、そう思ってすぐに心の中で否定する。たらればを言っても無駄なことだし、成人した今では、例え父親が生きていてもハグすることはない。

(でも、そうか……こんな感じなんだ)

 他人の体温は温かくて気持ちがいい。
 家族ってこういう温かさなのかな、とそのままでいると、久詞からポジティブな感情が流れ込んでくる。
 ――貴弥が大事だ。ずっと見守っていたい。

「……ふふ」

 その感情がくすぐったく感じて笑う。久詞を見上げて離れると、彼も大人しく離れてくれた。

「なんか照れるな。こういう家族みたいな関係って、俺には縁がないと思ってたから」
「…………そうか」

 なぜか間を置いた久詞。貴弥は首を傾げると、彼は何かに気付いたように部屋のドアを見る。

「貴弥ぁ、ケアしてーな」
「うわっ」

 勢いよくドアを開けるなり、部屋に入ってきて貴弥に抱きつく遊。疲れたぁ、と体重をかけてくる遊に、貴弥はたたらを踏みながら背中に手を回した。

「遊は、歳上なのに子供みたいだな」

 でも頼られるのは悪くない。背中をトントンと叩いて笑うと、遊はガバッと勢いよく顔を上げる。

「え、凄ない? この一瞬で疲れが吹き飛んだ……」
「え、そうなのか?」

 身体を離した遊は貴弥の両手を握っている。うん、と彼は頷いた。やっぱ貴弥すげぇ、と遊の心の声が聞こえて、貴弥はそんなものなのか、とその声を受け入れる。
 すると久詞が貴弥の手を握った。そして丁寧に遊の手を剥がしていくので、またかよ、と貴弥は笑う。

「前向きにケアしようという、その気持ちが俺たちの回復や能力の調整を早める」
「せや。貴弥、俺たちを信用してくれてるみたいで嬉しいなぁ」

 そっか、と二人の言葉を聞いて貴弥は納得した。意外にも、身体の触れ方で相手への好意はわかってしまうもの。どう心を向ければ相手のためになるのか、自分は今までの経験から、体感で理解しているつもりだ。

「……」

 でもこの、胸が熱い感覚はなんだろう? 施設で働いていた時にはなかった感覚は、このタワービルに来てから何度も経験している。そしてやっぱり、ここで【ガイド】として、やっていきたいと思うのだ。連れてこられたからじゃなく、自分の意思で。
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