閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

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第4章

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「なんや貴弥、感動しとるんか?」
「……違うし」

 ニヤニヤ笑っている遊に言われ、貴弥はそっぽを向いた。けれど顔が熱いのは自覚しているし、遊もわかっているのか、笑みを引っ込めない。

「貴弥が俺らに懐いたってことで、今日は飲もうや」
「あ、俺まだ飲めないんで」

 上機嫌に貴弥の肩を抱いた遊に、貴弥は真顔で返す。親父が悪い人と付きうてたのに真面目ちゃんやな、とからかわれたので、貴弥は口を尖らせた。

「父親と俺は違う。一緒にすんな」
「おーおー怖いね、反抗期?」
「違うっ」

 そう言いながら、貴弥は今までこんなふうに言い合える人がいなかったことに気付く。父親に言ってもその場をかわされ、また、そんな父親のせいで友達もできなかった。働くようになってからはビジネスライクな付き合いばかりで、貴弥が過ごせなかった子供らしい時間を、埋められる人はいなかったのだ。

(今まで出会った人に、感謝はしてる。けど……)

 こんなふうに、家族と思えばいいと言ってくれる人は、久詞と遊だけだ。

(良いのか? もっと近付いても)

 確かに、この二人のために能力を使いたいと思い始めた。精神的な繋がりが能力を高めるなら、貴弥のほうも久詞たちを信頼しなければならないだろう。
 すると、貴弥の頭に何かが乗った。見ると久詞が頭を撫でている。

「心の拠り所は、あっても良いと思うぞ」
「……」

 貴弥は内心戸惑った。いつもなら頭を撫でられたらすぐに振り払うのに、できなかったからだ。それどころか顔が熱くなって、心臓がドキドキし始めた。これはなんだと思いながら、二人とも早く離れろ、と言葉にすることもできない。

『……所詮、相性百パーセントには勝てないのか』

 そんな遊の声がして、ハッと彼を見る。すると遊はすぐに離れて「飲み物でも買ってくるわ」と笑顔で部屋を出ていった。
 貴弥は久詞を見上げる。彼の手はまだ頭の上にあるけれど、そこから伝わるのは温かい愛情だ。

「遊が、相性には勝てないって……。もっと撫でて欲しいって思うのは、関係あるのか?」

 そもそも、遊が貴弥を【ボンド】にしたい理由もわからない。けれど、少なからず好かれているのは言動だけでも伝わってくる。

(それなのに、俺は……)

 久詞と出会って、足りなかった幼少時代の愛情を、彼に求めるようになっていることに気付く。それが相性のせいだと言うのなら、今も頭にある久詞の手を払えないのは当然なのかもしれない。

(でも、最初は嫌で払ってたし)
「貴弥、お前は俺に、父親を求めているんだと思う」
「……うん、多分……。それは否定しないよ」
「それなら、遠慮しなくていい。俺たちは、家族だから」

 ん、と貴弥は短く返事をした。だからと言って素直に甘えるには、自分は大きくなりすぎてしまっている。

「本当は、寂しかったのか?」

 ゆっくりと頭の上を移動する手を意識しながら、貴弥は考える。そして小さく首を横に振った。

「わからない。あんな父親になるかって、そのために生きるのに必死で……」

 そう、スマホが買えないのも、家をなかなか借りられなかったのも、近所や友達に噂されたのも、悪い人に騙されそうになったのも、全部父親のせいだった。でも、それは仕方のないことで、自分さえまともであれば、周りの人はそこそこ良くしてくれたのだ。その人たちのためにも、置かれた場所で咲くしくない、貴弥はそう思っていた。
 父親への反骨精神で生きてきたけれど、いなくなってもなお、負の遺産のせいで生きづらかった。こうして自分のいた生活圏から連れ出してくれなかったら、借金まみれになって父親と同じ道を辿っていただろう。

「貴弥」

 不意に上にあった手が離れ、腕を引かれる。抵抗せずにいたらいつの間にか、久詞の腕の中におさまっていた。
 ――愛している。
 そんな声が聞こえてギクリとした。腕の中で身動ぎして久詞を見上げると、優しくも、熱い視線でこちらを見る瞳とぶつかる。

「どうした?」
「どうした? じゃない。愛してるなんて言わないだろ……」
「家族なら言うと思うが?」
「……」

 おかしい、と貴弥は思う。確かに家族同士で言うこともあるだろう。それなのに、その視線の熱さはなんなのか。そして、その視線が嫌だと思えない自分もなんなのか。

「そんなもん?」
「……そんなもんだ」

 戸惑っててかわいい、とそんな久詞の心の声がした。貴弥は口を尖らせて腕の中から抜け出すと、久詞はクスクスと笑っている。

読心能力テレパスで聞こえたか? 離れてても、俺は貴弥のことなら大抵わかるぞ」
「だから、そのストーカーっぽい言い方やめろって……」

 なんだろうこの雰囲気、と貴弥は身体ごとそっぽを向いた。

「ストーカーといえば。貴弥、身の回りで変わったことは起きてないか?」
「ここに来てから変わったことだらけだよ」

 睨みながら振り返ると、久詞は「そうか」と笑う。大体、このタワービルに来てからはずっと久詞たちと一緒なのに、どうしてそんなことを聞くのだろう?

「何かあったらすぐに俺を呼んでくれ。どこにいても駆けつける」
「はいはい。大体いつも一緒だろ? 呼ばなくてもそばにいるじゃないか」
「貴弥」

 先程からの妙な雰囲気に耐えきれず貴弥は茶化すと、久詞は思いのほか低い声で貴弥を呼んだ。

「本当に。俺は貴弥の声だけは、どこにいてもはっきりと聞こえるから」

 だからすぐに呼んでくれ、と念を押す彼を、貴弥はまともに見られなかった。
 普通の人ならば、いつでも貴弥の味方だと示すための比喩だと思うだろう。けれど久詞は【センチネル】、本当に貴弥の声だけは聞こえると言われたら、その通りなのだと思う。

(俺の声が聞こえるから、気にしてくれてんのか)

 貴弥は拳を握った。
 ――落ち着かない。久詞に父親の代わりを求めているなら、普通は落ち着くはずではないのか。それなのに仮の親子でも向けないであろう熱い視線のせいで、もっと久詞の心の奥を覗いてみたいと思うのだ。

「なぁ、ひさ……」
「すまん、神津さんに捕まってしもて……って、なんや? そんな真面目な顔して」

 貴弥が口を開こうとした時、遊が賑やかに戻ってきた。先程彼の傷付いたような心の声を聞いていたから、わかりやすく切り替えに部屋を出たのだと気付く。その証拠に、貴弥は遊の神経が昂っているのを感じた。

『ったく、ふざけんじゃない』
「遊」

 遊の不機嫌な感情が流れ込んできて、このままでは良くない、と貴弥は彼に近付く。缶コーヒーを三本机に置いたところで腕をそっと掴むと、遊は笑顔で貴弥の手を離した。

「……ええよ。ちーと、神津さんとやり合っただけや」
「でも」
「すまん貴弥、気持ちはありがたいけどな、野暮用で出なあかんねん」

 ケアは? と言う貴弥から離れ、遊は手を振って部屋を出ていこうとする。貴弥は眉を下げると、そんな顔せんといてや、と彼は苦笑した。

「コーヒー、飲んでええから。お父ちゃんの言うこと聞いて、ええ子にしとき」
「遊っ」

 貴弥は再度止めようと声をかけるも、遊は手をヒラヒラ振って部屋を出ていってしまう。久詞を振り返ると、彼は短くため息をついた。

「上からの指示だ、仕方ない」

 久詞の様子と遊の態度で、それは本当のことなのだと悟る。けれど四課は閑職で、タワービル内の人とは仲が悪いのではなかったのか。
 それになにより、貴弥は遊の様子が気がかりだった。上からの指示なら仕方がないとは思うが、彼の不安定な部分が出ていて心配になる。

(遊は、不安定さを誤魔化している節があったから……)

 過去に何かがあったと思わせる言動もあった。本人に言う気がないなら聞くつもりはなかったけれど、と貴弥は唇を噛む。
 遊は深く傷付いている。先程一瞬触れた折に、そこまで感じ取ってしまったのだ。何もできずやんわり離れられたのが悔しい。

(なんだよ……兄だって言ったの自分なのに)

 すると、また頭に手が乗った。そのままくしゃくしゃと髪の毛を混ぜられて、貴弥はそのまま受け入れる。

「遊が話すまで待ってやってくれ」
「……久詞、遊に何があったのか知ってるんだ?」
「まあ、元上司だからな」

 そうだった、と貴弥は苦笑した。久詞も遊も一課にいたのなら、二人はその時からここで働く【センチネル】としていたはずだ。

「遊の好意に甘えよう。コーヒー飲んで休憩したら、報告書を書くぞ」
「……うん」

 なんとも言えないモヤモヤを抱えながら、貴弥はソファーに座る。それは、「あれで良かったのだろうか」という、初めてのケアで大失敗した時の、後悔のような……そんな気持ちだ。

(俺に……俺が役に立てるならいいんだけど)

 二人が自分を大切にしてくれている。それなら自分ができることは【ガイド】として二人を支えることだと、先日はそう思っていた。
 どうしたら、二人の気持ちに応えることができるのだろう?
 そう思いながら、貴弥は報告書を書く準備を始めた。
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