閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

文字の大きさ
12 / 20
第5章

12

しおりを挟む
 それから、遊は貴弥の部屋に来なくなった。賑やかしだった彼がいないことで、家に帰っても静かで、何か物足りない。それが五日目になると、貴弥は心配になって思わず久詞に聞いてしまう。

「なぁ、遊戻ってこないな」

 朝食を食べながらの会話。相変わらず綺麗な所作で食事をしていた久詞は箸を止めた。

「立て込んでいるんだろう。自分の家には帰っているようだから大丈夫だ」

 気になるのか、と聞かれたので、貴弥は正直に頷く。そのあとの沈黙が耐えられなくなって、ご飯を味噌汁で流し込んだ。今までこんなふうに考えたこともなかったのに、妙に二人きりということを意識してしまう。

(家族は……こんなに意識しないよな)

 久詞と二人でいるのが苦痛というわけではない。むしろ仲良くしたいと思っている。なのに、遊がいないだけで落ち着かないのだ。

「……明日、休みだろう。一緒にどこかへ出かけるか?」
「え……」

 意外な発言に貴弥は顔を上げると、柔らかい視線でこちらを見ている久詞がいた。貴弥はすぐに視線を外し、残りの味噌汁を飲み干す。

「なんでまた急に……」
「ここに来てから、休日らしい休日を送ってないだろう」

 息抜きだ、と言う久詞は、それ以上の意味を含ませてはいないようだ。
 確かに、ここに来てからは必要なものを買え揃えたり、「特別な手続き」をして借りていた部屋を解約したりして、まともに休めていなかったなと思う。でもそれも久詞と遊は付き合ってくれていたし、彼らも同じなのだから自分にかまっている場合じゃないのでは、とも思った。

「それを言うなら久詞も。一人時間とか欲しくないのか?」

 ずっと付き合ってもらうのは申し訳ない。家族と思えばいいというのはあくまで例えであって、仕事がスムーズにいくための方便だろう。それに、家族であっても一人時間は必要だ。

「ほら、例えば彼女とか。デートは定期的にしないと……」

 そう言ってから、貴弥はどうしてこんな例えをしてしまったんだと後悔した。久詞に彼女がいるかなんて聞いたことがないし、決めつけにも程があるだろう、と。

(確かに、凛々しい顔してるし、モテなくはなさそうだけど)

 貴弥は今のなし、と両手を振った。そういえば久詞のプライベートなことなんて、ほとんど知らないことに気付いたのだ。余計なお世話だった、と席を立ち、片付けを始めると、久詞も立ち上がる。

「彼女はいない」

 静かな彼の声に貴弥はドキリとした。動揺を悟られないようにしようと腹に力を込める。

「そ、そうなんだ! 意外だなぁ。久詞男前だし、とーぜんいるものだと……!」

 力を込めすぎたせいか思ったより大きな声が出た。それが恥ずかしくて黙ると、久詞は貴弥が持っていた食器を奪う。

「俺が大事にしたいのは、貴弥だけだ。……出会った時から、ずっと」
「……っ」

 まるで愛の告白のような言葉に、貴弥は硬直してしまった。そして、今までこんなに真っ直ぐに、自分を想ってくれた人はいただろうか、と胸が熱くなる。でも、それと同時に酷く動揺した。大事にされて嬉しいのに、それを素直に受け取ることができなかったのだ。

「出会ったって……つい最近だろ?」
「忘れたか? 前に一度会ってる」

 そう言われて、貴弥はすぐに思い出す。確かに、久詞にどこかで会っていないか、と聞いたことがあった。いつだったのか、貴弥はまだ思い出せていないけれど。

「その時から、俺は貴弥のために生きると決めた」
「……なんで……」

 思わず口から出たのは質問だ。前に会っていると言われても、貴弥にはまったく記憶がない。それなのに、こんなに熱い言葉をかけられる理由がわからないのだ。

「思い出せないならいい。貴弥にとって良くない思い出だろうから」
「……」

 貴弥は今度は言葉も出なかった。確か、久詞と前にもこうしたことがある、と思った場面は彼のケアをした時だったなと思う。思い出しかけた嫌な記憶を振り切るように、貴弥は思いつくまま言葉を繋いだ。

「ど、どのみち、男の俺にじゃなくて、女の子に言えよ、そういうのは……」

 もしかして、という動揺と、久詞の真っ直ぐな眼差しを向けられて動揺し、貴弥は台拭きを持ってきてテーブルをガシガシ拭いた。愛の告白みたいだぞと言うと、そうだが、といつものトーンで返されて、思わず手を止めてしまう。

「貴弥がまだ受け止めきれないのなら待つ。俺は貴弥が幸せなら、なんだっていい」
「え、……ちょ……」

 あまりの衝撃に、貴弥はとうとう思考も動きも止まってしまった。今までも冗談だろ、と躱していたはずなのに、まさかずっと本気だったとは思わず固まる。

「ひょ、ひょっとして、あれか? 遊に対抗してる……とか?」
「貴弥が遊を選ぶというなら受け入れよう。けど、奴が貴弥を泣かせるようなら容赦はしない」

 貴弥は口を開けたまま久詞を見つめる。先程からうるさい心臓は、落ち着くどころかもっと大きく脈打っている。どうやら本当に本気らしいとわかり、どうしていいのかわからなくなった。
 そもそも男同士だし、とか歳も結構離れているし、とか考えたけれど、多分久詞は関係ないと言うだろう。真顔で人をからかいはするものの、ここまでのことを冗談でするような人ではない。

(俺は、どうしたいんだ?)

 確かに、久詞には父親に対する憧憬をほんのり向けていたことは認めよう。でも、恋愛と家族愛は違う。
 すると、フッと久詞が笑った。

「すまない、困らせるつもりはなかった」

 ポン、と頭を撫でられ、そのあとスッと離れていく久詞を貴弥は見上げる。
 ――貴弥はいい子だなぁ俺と違って。俺がいなくても大丈夫だな。
 唐突に、そんな父親の言葉が蘇った。貴弥はヒュッと息を飲み、反射的に久詞のシャツの裾を掴む。

「あ……」

 振り返った久詞を見て貴弥は我に返った。どうしてこんなことをしてしまったのだろうと思うけれど、掴んだシャツは離せない。

「ごめ、なんか……」

 ぎこちなく謝ると、すぐに長い腕に囲まれた。すると久詞の感情が、貴弥の中へと流れ込んでくる。
 ――大事にしたい。
 ――笑っていて欲しい。
 ――俺が支えたい。
 また胸が熱くなった。それは苦しいほど強い感情で、貴弥は彼の腕の中でギュッと目を閉じる。
 ガラガラと、自分の中で何かが崩れたような音がした。貴弥は自らも腕を回し、久詞の広い背中でギュッとシャツを握る。
 こうして、自分を想って支えてくれる存在が、ずっと欲しかったのだといまさら気付いた。けれど、また父親のようにいつの間にかいなくなることが怖くて、求めることを諦めていたのだと、痛む目頭を目を閉じてやり過ごす。

「……甘えていいぞ」
「……」

 返事の代わりに腕に力を込めた。なぜここまで久詞がしてくれるのかはわからない。でも、自分でも気付かなかった身内を永遠に失う恐怖を、彼はわかってくれている。それだけでいい。
 若いのに偉いね、とよく言われてはいた。仕方がない、仕方がないと選択肢を狭められ、その中でも強くなってやろうと決めたのに。
 どうしてきつく閉じた目から涙が滲むのだろう?

「……今日、サボるか?」
「なんでだよ……嫌だよ……」

 貴弥が最優先だ、と言われて首を振る。その代わり、恐る恐る久詞の胸に擦り寄った。

(あったかい……)

 人肌って、こんなに安心するものだったのか、と貴弥はそっと息を吐く。久詞の手が後頭部にきて、優しく撫でられた。

『――戻ってこい』

 不意にそんな声がして、ハッと久詞を見る。そして貴弥は酷く動揺した。なぜならそれは、貴弥が【ガイド】として発現した時の記憶だったからだ。

「あ、……あれ……?」

 貴弥は久詞から離れると、自分の両腕を抱きしめる。

「やっぱ久詞、前に会ったの……俺の能力が発現した時……?」
「……」

 久詞は何も言わない。彼は以前に質問した時には否定しなかった。貴弥の味方だと言われて、詳しい話ははぐらかされたことに気付く。
 思えば久詞のケアはどこか既視感があったのだ。忘れているというなら、記憶がないその時期を真っ先に疑えばいいのに、それをしなかったのはあの時の恐怖が蘇るからだ。

「無理に思い出さなくていい。貴弥のトラウマになっているなら、なおさら」

 思い出さなくても、貴弥の味方であることは変わらないから、と久詞は言う。
 確かにそれはありがたいし嬉しい。けれど理由もわからずそう言われるのは気持ち悪い。
 そんなことを考えていると、リビングのドアが開いた。驚いてそちらを見ると、遊が疲れた様子で入ってくる。

「あ……遊、おかえ……」

 貴弥が挨拶をして彼を迎え入れると、遊は真っ直ぐ貴弥の所まで来て、貴弥を抱きしめた。力強い抱擁に戸惑った貴弥は、彼の背中を軽く叩くと、途端に息苦しくなる。

(何これ……遊?)

 この息苦しさは、遊のものだ。共感能力と読心能力で、遊が感じているものが貴弥にも移っているらしい。

「あ、遊……?」

 何も言わない彼に戸惑っていると、久詞が静かにリビングを出ていった。遊は疲れているみたいだし、ケアが必要なのかなと察し、ゆっくりと彼の背中を撫でる。

「疲れたのか?」
「貴弥だと回復が断トツなんや。……すまん、もう少し……」
「ちょ……っ」

 そういうやいなや、遊は抱きついたまま貴弥をリビングに連れていった。貴弥はそのままソファーに押し倒され、身体全体を押し付けられる。

「重い……っ」
「貴弥……!」

 文句を言おうとした口は、遊の悲痛な声に止まってしまった。

「なぁ、俺と契約してくれ。不自由はさせへん、一緒にここを出ようや……」

 どうして、という前に、貴弥の脳裏に破裂音が響く。驚いて大きく身体を震わせ息を詰めると、目の前に血を流した女性が見えた。そして、すぐにその人を抱きとめる遊の姿――……。
 遊が周りをめつけた瞬間、ある方向に向かって彼は銃を発砲する。そしてすぐさま女性が撃たれた箇所を手で押さえ、叫んだ。

『おい! なんで無茶したんだ!?』

 標準語だ、と貴弥は思う。これは遊の記憶なのだろうか? そう思いながら様子を見ていると、女性は血を流しながらも、苦しそうに微笑んだのだ。

『撃つより盾になったほうが早い思て……』
『だからってこんな……! ダメだ、敵に囲まれる前にここから離れないと!』
「……まさか」

 貴弥は思わず呟く。その様子に遊は気付いたのだろう、はあ、と深いため息をついた。

「……読んだんか?」
「……少し。関西弁の女の人……」

 貴弥がそう言うと、遊はまた長いため息をつく。この短い記憶だけでも、遊と女性は信頼していた間柄だったのだとわかる。しかし遊の様子からして今しがた見た光景が、良い結末を迎えているとは思えなかった。

「俺の、【ガイド】だったんや……。そして、……大切な人やった」

 大切な人、と発した遊の声音は、今までにないくらい柔らかい。それだけで、遊が本当に彼女のことが好きだったんだな、と貴弥は胸が締めつけられる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...