閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

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第5章

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「目ぇつけとったテロ組織が不穏な動きしとってな、公安のサポートで駆り出されてん」

 遊とその女性――ふうというらしい――は、テロ組織がアジトにしている場所から数キロ離れた場所を見回っていたという。山の中にある廃屋に、テロ組織の一部がいるという情報を手に入れ、ほかの仲間と共にそこを叩こうとしていたのだ。

「俺らは基本、訓練は受けとるものの、あくまでサポートなんや。突撃とか交渉は、やっぱその道のプロがおるしな」

 けど、と遊は苦笑する。

「俺の能力が風夏を殺してしまった」

 なんでや、思い出すこともそんなになかったのに、と遊は顔を伏せた。
 貴弥が先程から感じる息苦しさは、遊の自責の念と後悔だ。貴弥は自ら彼の肩に腕を回し、慰めることに専念する。いつか「あんたのせいじゃない」と伝えたことがあったが、こんなことがあれば不安定になるのも無理はない、と目頭が熱くなった。

「相手を探すのに集中し過ぎた。敵が近くに来たのも気付かないくらいに。それがどれだけ危険か、わかってたはずなんやけどな……」

 過集中に陥った【センチネル】は、周りが見えなくなるため無防備になる。貴弥も【センチネル】ではないけれど、先日似たような場面があり、その危険性を身をもって知った。危険な場面じゃなくて本当に良かったと思う。
そして、敵意にいち早く気付いたのは風夏だったそうだ。

「風夏さんは……現場にいたんだ?」
「ああ。タワービルに出向しとる、公安やったからな」

 貴弥は言葉が出なかった。優秀な人同士、相性が良ければパートナーとしては最強だろう。これこそ本当の意味での相棒で、遊が心を寄せるのもわかるな、と胸が苦しくなる。

「……好きだった?」
「ああ、……結局想いは告げられへんかった……」

 職業柄、危険を伴うことが多いため、【ボンド】には慎重になる【センチネル】は多いと遊は言う。もし不幸なことが起きた場合、相手の命を削っていくことになりかねないからだ。

「もう、パートナーなんてうんざりやって思ったんや。一課の、【ガイド】の代わりはいくらでもいるって体制にも吐きそうだったしな……」

 でも、と遊は顔を首筋に寄せてくる。吐息がかかって貴弥は反射的に身を捩ると、すん、と匂いを嗅がれた。

「え、ちょっと?」
「風夏が俺の心にいれば、それでええかと思ってたけど……やっぱ【ガイド】なしでは生きられへん」

 そのまま温かい吐息が首にかかって、貴弥は内心慌てた。この体勢はまずい、といまさらながら気付き、もがくもののまったく動けない。
 確かに【センチネル】は、力が強いほど【ガイド】のサポートが必要になる。能力は高いが一人では生きていけない遊は、風夏以外の【ガイド】が受け入れられなかったそうだ。

「パートナーとして割り切れなかった?」
「……そういう単純な話やないんや。ケアしてくれようとしても、弾いてまう」

 そう説明されて、貴弥は自分の能力が発現した時のことを思い出した。こちらがケアをしようとしても、【センチネル】が拒否してしまえば、ケアどころかダメージを負う。遊は彼なりに受け入れようとしたけれど、上手くいかなかったという。

「そんな時、四課におった久詞のパートナーと試しにやってみたんや。すでに彼女には婚約者がおって、退職時期も目処がついとったしな」

 ああ、と貴弥は相槌を打つ。貴弥がここにくる直前までいたという【ガイド】だ。

「けど、俺との相性は十パーセント。なんとかケアは受け入れられたものの、充分に能力を発揮できんくて……」

 いないよりかはマシな状態で、当然遊は本来の力を発揮できなかったらしい。当然一課にいられなくなり、四課に移動した。
 そして貴弥が来て初めてケアをした瞬間、目の前が比喩でなくクリアになったという。

「それだけやない。あんたの能力ちからは……風夏によう似とる」

 ――なんや、男も悪ないな。
 貴弥が初めて遊のケアをした時、彼がそう言ったのを思い出した。あの時、遊が貴弥のケアを受け入れられたこと自体も、珍しいことだったのだ。

「貴弥……俺はあんたを【ボンド】の相手にしたい」
「……っ」

 唇が首を掠める。しかしそのまま遊は動かない。どうやら貴弥の返事を待っているようだ。
 でも、貴弥と風夏が似ていたところで、遊が契約をしたがる理由がいまいちわからない。貴弥は、風夏の代わりにはなれないからだ。
 貴弥は一つ息を吐いて、遊の腕を叩く。

「遊、……肝心の理由を聞いてない」
「……やっぱ流されてくれへんか」

 そこでようやく、遊は顔を上げた。眉を下げ、困ったように笑っている。

「なぁ貴弥。俺はあんたを死なせたくない」

 普段の彼からは想像できないほどの弱々しい声。共感能力でまた胸が締めつけられるけれど、これと貴弥の気持ちは別だ。

「もう、大事な人を失いたくないんや。俺と契約して、ここを出てのんびり暮らそう?」

 縋るような声だけれど、なぜか貴弥は、自分が縋られている気分にはならなかった。遊が風夏と貴弥を重ねて見ているのは明白だし、それになにより、貴弥はここで自分の能力を活かしたいと思ったからだ。そして同時に浮かんだのは、久詞の顔。

「遊、……俺はここで、できる範囲で人を助けるのは悪くないって思ってるよ」

 遊は息を飲む。貴弥は手を伸ばして、遊の頬に触れた。

「遊、俺は遊のことが好きだ。けど、それは恋愛感情じゃない。まともな家族がいなかった俺に、大事にされることのくすぐったさを教えてくれた」

 遊は優しい。ひったくり犯をすぐに追いかけたのも、仕事というのもあるけれど、そもそも正義感が強くなければこの仕事に就いていないだろう。

「ここにいるのが辛くて離れたいのなら、俺は止めない。けど、本当にそれでいいのか、ちゃんと考える必要があると思う」

 一時いっときの感情に流されるのも悪いことではない。大事なのは、本当にこれでいいのかと、深く考えることだ。

(そう、俺も選択肢がなかったけれど、今までの行動に後悔はない)

 父親には多少恨みつらみを聞かせてやりたかったけれど、もしぶつけたとしても流されるだけだろうなとわかっている。

「後悔してもいいよ。でも、同じ後悔を繰り返さないほうが、もっと大事だ。矛盾してるかもだけど」

 こうする、と決めて行動しても、後悔しないとは言いきれない。けれど、失敗から学ぼうとする姿勢さえ忘れなければ、人はその場所で綺麗に咲ける。
 貴弥は真っ直ぐ遊を見上げると、彼は顔を歪ませた。そのまま嗚咽し始めたので、貴弥は腕を回して引き寄せる。

『ああ……風夏ならきっと同じことを言う。やっぱ俺は、この子を手放せない』

 遊からそんな意識が流れ込んできた。多分、遊の貴弥への情は、恋愛感情ではないものの、限りなく近いものなのだろう。それでも顔を上げた彼は、泣いて目は赤いが、憑き物が落ちたような表情をしていた。

(もう、大丈夫)

 彼はただ現状が苦しくて逃げたい自分と、仕事に誇りを持っていたい自分で戦っていたのかもしれない。それは、父親と暮らしていたころの自分も、持っていた矛盾と葛藤だ。

「貴弥ぁ、好きや~」
「うわっ、……あはは、やめろって!」

 多分泣いた自分が恥ずかしかったのだろう、茶化す遊に胸元で頭をグリグリされて、貴弥は笑う。それでも、それだけの元気が出たんだと、貴弥は安心した。

「弟に慰められるなんてなぁ。女々しい兄貴やろこんなの……」
「ううん、風夏さんは素敵な人だったんだなって伝わってきたよ。それに、家族が悲しんでいたら、慰めるもんなんじゃないのか?」
「……はは、ホンマに貴弥にはかなわんわ」

 遊が貴弥の上から退いたので、二人でソファーに座り直す。しかし遊はまだ話したいらしく、彼は身体ごとこちらを向いた。

「わかった、貴弥をここから連れ出すのは諦める。俺はこの仕事をどうしてやりたかったのか、改めて考えなあかんな」

 そう言って笑った遊の笑顔は綺麗だ。

「でもな、貴弥を危険な目に遭わせたくないのは本音や。……貴弥も、長生きせなあかんやろ?」

 大事な人のためにな、とウインクする彼は、もういつもの調子だ。貴弥はなんだよそれ、とそっぽを向くと肩を抱かれる。

「俺は【センチネル】やで? 気付かんとでも思っとったか?」
「だ、だからなんのことだよ?」

 遊はニヤニヤ笑いながら、「目ぇな」と自分の目を指さす。

「俺を見る時の目と、久詞を見る時の目、違うで?」
「えっ、……うわ、うそっ?」

 内緒話をする時のような小声で、遊はくすぐったそうに笑う。

「瞳孔がな、開くねん」
「え、それってよくないんじゃ……」

 貴弥は眉根を寄せた。一般的に瞳孔が開くと聞けば、命が終わった時だ。久詞を見る度死にそうになってたのか、と貴弥は唸っていると、ちゃうちゃう、と遊は手を振る。

「俺は目がいいから離れててもよう見える。人間はな、興味があるものを目の前にすると、本能的に瞳孔が開くようになってんねん」
「なんでそんなとこ見てんだよ……」

 確かに、好きなものを前にした時、目がキラキラするという表現がある。それが瞳孔が開いているせいだと言われれば納得はするけれど。
 無自覚に観察されていたと知って、貴弥は頬が熱くなった。
 遊は笑う。

「職業柄やな。目の動き、仕草……色んなところに心理状態は出てるんやで?」
「うう……」

 恥ずかしい。他人に言われて自分の気持ちを自覚させられるなんて。久詞を見ている時の自分の顔が、そこまでわかりやすかったのかと思うと、穴に入りたくなる。

「あはは、安心せえ、普通の人やったらわからへん」
「う、確かに久詞本人にも心臓の音がどうこう言われたしな……」

 やっぱりバレバレじゃないかと思うと、遊は背中を優しく叩いてくれた。そして柔らかい視線でこちらを見つめてくる。

「……久詞が好きか?」
「…………そうだね」

 最初は家族として、貴弥は久詞を父親みたいに見ていた。でもすぐに、それとは違うぞと感じ始めて、自分でも答えを掴みあぐねていたことは確かだ。彼に甘えたいと思うのは、自分がそういう愛情に飢えていただけであって、それを満たすだけの単なる欲求だと思っていた。

(けど、相手が誰でもいいわけじゃない。久詞がいいと思うんだよな……)

 遊には失礼だけれど、彼相手にはそこまで欲は湧かない。この違いが恋愛感情があるなしの違いなら、もう納得するしかない。
 遊が顔を覗き込んで笑う。

「なんや、意外と冷静やな」
「そう? なんか……うん、遊が好きって気持ちと、久詞に対する気持ちを考えてみたら、なるほどなって」

 すると遊は貴弥の頭を撫でてきた。

「俺じゃ役不足かもしれんけど。……もっと甘えてええんやで」
「え、充分だよ?」

 ちゃうちゃう、と遊は苦笑する。

「だって貴弥、ここに来てもすぐに馴染もうとしてたやろ? 貴弥を守るためとはいえ、強引に連れてきたんや、もっと文句が出てもおかしない」
「それは……そうするしかなかっただけで……」

 今までもそうしていたから、それは貴弥にとって普通のことだった。けれど遊はそれを違う意味に捉えたらしい。

「しっかりしてる子っていうのはな、理不尽をノーと言える子やで?」
「……」

 ――しっかりしてんなぁ貴弥は。
 貴弥の脳裏に先日思い出した、父親の言葉がまた蘇る。

「我慢強いのは美徳に見えるけど、自分を傷付けてるだけってこともあるからな。……貴弥は、もっと我儘になってもええ」
「……うん」

 貴弥の胸がじわりと温かくなる。
 どうしてこの人たちはこんなに優しくしてくれるのだろう? こんなに優しくされたら――甘やかされたら、一人では何もできなくなりそうで怖い。
 けれど貴弥は改めて久詞たちの優しさをありがたいと思ったし、自分にできることで返したいと思った。

(俺ができることと言ったらやっぱり)

 自分のケアで、二人のサポートをすることだろう。先日ひったくりから救った女性の安堵した顔を思い出し、貴弥はやっぱりここは自分の居場所だ、と拳を握った。
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