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第6章
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「うー……」
仕方なしに貴弥は久詞の肩口に顔をうずめた。注目されているのは密着した久詞が聞いている音でわかる。早くここを去りたいけれど、集中し過ぎて疲れ、ふらついた身体ではままならない。
「ごめん……」
「なぜ謝る? 俺はとても貴弥が誇らしい。冷静な対応だった。おかげで俺も救急車を呼べたしな」
「……」
ストレートに褒められて、顔が熱くなる。返事の代わりに抱きつく腕に力を込めた。
――偉いぞ。
貴弥の頭の中で久詞の声が響く。しかしそれは久詞が今、考えていることを読んだわけではなかった。久詞に腕を撫でられ、温もりが肌を伝って心に届いた、三年前の記憶……。
「……」
貴弥は顔を上げた。これは、貴弥が病院で寝ている時の記憶だ。
心臓が高鳴った。今までの久詞とのやり取りで感じた既視感、あれは嘘ではなかったのだと。
「久詞、あの……」
「すまん、なるべくここから早く離れたい」
久詞の声にほんの僅かに焦りが滲んだ。彼は注意深く周りの音を聞いていることに気付き、貴弥は降ろすように言う。
「もう歩けるから」
それなら自分を抱いて歩くより、自らも歩いたほうが早いだろう。そう思って降ろしてもらうと、いきなり後ろから誰かがぶつかってきた。
「あ、すみません!」
見ると背の高い、茶髪の男だった。彼は申し訳なさそうに片手を上げて去っていく。チャラさが気になったものの、服装なども含めて夜職の人みたいだったので、当たり障りなく笑顔で返した。
『見つけた』
しかしぶつかった瞬間、彼は態度とは別のことを考えていた。見つけたとはどういうことだろう、と思って貴弥は男を見つめていると、急に腕を強く引かれる。
「ちょっと! なんだよ痛いだろっ?」
「今の奴、知ってるか?」
知らないよ! と叫ぶものの、久詞は大股で歩き出した。彼からはやはり焦りを感じて、どうしたんだと尋ねるもまたスルーだ。
「なぁ! なんなんだよ!?」
グイグイと強い力で手を引かれ、結局タワービルに戻る。事務所に戻るかと思いきや自宅に帰り、久詞はジャケットを脱いだところでやっと落ち着いたらしい、ため息をついた。
「おい、仕事は……?」
久詞のただならぬ態度に、貴弥は掴まれていた腕をさする。
「しばらくはこの部屋から出るな。買い物も俺が行くからいい」
「は? なんだよそれ!? 理由を説明してくれよ!」
それでは軟禁じゃないか、と貴弥は騒ぐと、久詞があれは半グレだ、と言い切る。だからといって、どうして自分が軟禁されなければいけないのか、わからない。
「そりゃ見た目はチャラいっつーか、ホストみたいだって思ったけど」
「忘れたのか? お前はここに来る直前、夜職をやらされそうになったことを」
「……」
確かにそうだった、と貴弥は大人しくなる。それでは、奴が「見つけた」と思っていたのは、貴弥を探していたということだ。そして久詞が半グレと言ったのが本当なら、貴弥を夜職に誘った奴らと関係している可能性も高い。でもなぜ?
「アイツとぶつかった時、『見つけた』って……」
「……まさか」
久詞の目が見開かれる。彼がそんな顔をするのは珍しく、悪い予感が当たっているらしいと悟った。
でも、やはり自分を探していた理由がわからない。それを知りたくて、久詞を見上げてじっと見つめると、観念したように彼はため息をついた。
「……一課が追っている半グレ集団がいる。【ガイド】ばかりを狙って詐欺を働き借金を負わせ、クスリの売買や強盗、殺人もさせるんだ」
「え……なんで、【ガイド】ばっかり……」
「……人とは違うものを、特別視するべきだと考える人がいるんだ」
つまりは文字通り、【ガイド】を駒扱いする集団がいる、と久詞は言う。
貴弥はドキリとした。弱みを握り従わせ、犯罪で稼いでいる輩がいるという。このタワービルでも数十年前まで、【ガイド】の立場が弱かったと聞いたが、今でもそんな考えの人がいる……しかも犯罪までしていると聞いて、貴弥は顔を顰めた。
「でも、どうして【ガイド】? 一般人相手でも良いだろ……良くはないけど」
「さあ……。しかしここのところ、そいつらの動きが活発になってきている。……正確に言えば、貴弥が働く予定だった、キャバクラのガサ入れから」
「……っ、え? 俺? 何もしてないぞ?」
先ほどの男の「見つけた」というセリフといい、犯罪集団の動きといい、まるで自分を狙っているみたいじゃないか、と震える。すると久詞は頭を撫でてくれて、貴弥はなんとか冷静さを保った。
「ああ、貴弥が何かしたとは思っていない。しかし、向こうは恐らく貴弥を狙っている」
「……」
どういうことだ、と貴弥はますます混乱する。狙われるようなことなんてしていないし、ここに来る前は大変でも平和な生活をしていたのに。
「貴弥」
座ろうか、と久詞にソファーに促され貴弥は座る。多分不安な顔をしていたのだろう、貴弥はそっと久詞に抱き寄せられた。
とく、とく、と心臓の音が聞こえて安心する。貴弥は小さく息を吐き出すと、久詞は話を続けた。
「ここに来た時、相性を測っただろう?」
「うん」
「貴弥は稀に見る、特徴のある【ガイド】だ。ここにいる【センチネル】と、相性はどうだったか覚えているか?」
そう言われて、貴弥は思い返した。計測した時はパソコンの画面がピンクから濃いピンク色ばかりに変わって、相性がとても良い相手しかいなかったことを。
「あれは偶然じゃない。貴弥は誰とでも相性よくケアができる、特別な存在なんだ」
貴弥は口を開けたまま黙ってしまう。自分がそんな存在だったなんて知らなかったし、今まで見回りでケアをした人たちも、貴弥だったからできたことだった、ということだろうか? ――まったく自覚がない。
「え、いや……俺は特に何もしていないし……」
「能力の高低で相性の善し悪しが決まるわけじゃない。体質みたいなものだから、貴弥はこのタワービルにとっても、貴重な存在だ」
そして奴らにとっても、貴弥は欲しい人材なのだろう、と言われて息を詰める。
なるほど、都合よく扱える駒が欲しいのか、と貴弥は口をへの字に曲げた。
「やだよ、犯罪に加担するなんて」
「ああ。貴弥が真っ当に生きてくれていて良かった」
でも、と久詞は貴弥の手を握る。まるで恋人のような密着具合に、貴弥は少しドギマギしてしまった。しかし彼から伝わるのは温かい、自分を慈しむ感情だ。どうして自分がここまで想われているんだろう? と貴弥は久詞の気持ちを言葉で聞いてみたいと思った。
(でも……怖いな)
これだけ甘い雰囲気を出していても、実は全部嘘でしたと言われるのが怖い。それなら、心の支えなど必要ないくらいに、強くなれたらいいのにと思う。
(……おかしいな。前までは、自分は強いと思ってたのに)
悲観しない、置かれた場所で咲いてやる、がモットーだったはずだ。それなのに、置かれた場所を追い出されるかもなんて、今まで考えることもしなかった。
「貴弥、いつでも俺を呼んでくれ。どこにいても、何をしていても駆けつけるから」
「……ん」
でも、嘘でこんなことを言うだろうか、とも思う。そんな思考も、自分の期待が混ざっているだけかもしれない、と思うと、貴弥は言葉が出なくなってしまった。
(確かな言葉が欲しいと思うのは、俺が弱いからだ……)
結局、貴弥はまだ久詞を信じきれていないのだ。のらりくらりと躱す父親のように逃げられたら、自分が傷付くから。
「俺はあの日、貴弥と出会ってから、お前を守ると……大事にしたいと決めた」
「……ん。それは前に聞いた……」
でも、それがどうしてなのかは聞いていない。そこまで聞いていいのか貴弥は躊躇う。また、嫌な思い出だろうから聞かないほうがいい、と言われたら多分ショックを受けるだろう。
(どうした自分。なんでこんなに弱くなった?)
貴弥は視線を落とす。人から嫌われることなど今まで考えたことがなかったし、どうでもよかったはず。なのに、久詞に本音を話したり聞いたりするのが怖いと思っている。
「俺が思い出さないと、その理由は話してくれないのか?」
思ったより、緊張して声が震えた。しかし久詞から返ってきた言葉は、貴弥が想像していなかった、予想外のものだった。
「できれば、この半グレ集団と方を付けてからにしたい」
「え……?」
久詞の言う通り、確かに仕事が一段落してから、と考えるのは妥当だろう。けれど彼の考えは、そう単純なものではないようだ。
「その集団を仕切っているのは、籾山篤……貴弥の能力が発現したきっかけの、【センチネル】だ」
貴弥の心臓が大きく脈打った。どうして、というより生きていたんだ、という気持ちのほうが大きく、それからなぜ、という疑問が浮かんでくる。
「あの時、俺は貴弥の声を聞いた」
久詞は貴弥が能力に目覚めた時、たまたま近くにいたという。すぐに【センチネル】が暴走しかけていることに気付き、応援を呼びつつ駆けつけたのだ。
「しかし俺が到着した時には、二人とも気を失った状態でな。危機的状況だと思った」
久詞は貴弥に触れ、意識のやり取りができるか試みる。けれど反応がなく、通りがかった人を巻き込んで救助したのだとか。
「俺は【ガイド】としかやり取りできない。最悪【センチネル】のほうはダメかと思ったが、病院に運ばれて、二人とも安定し始めたからホッとした」
貴弥にとってそれは初耳だった。そして貴弥は無事退院し元の生活に戻る。
「しかしそれから、貴弥の声が離れていても聞こえるようになったんだ。何を言っているか、はっきりとはわからないけど、俺はずっと、その声をBGMのように聞いていた」
時折はっきり聞こえる貴弥の声は、苦労はしているが懸命に生きている、そんな印象だったという。月日が経つにつれ、声がはっきり聞こえる時は物理的な距離が近いからだと知ると、いつもそばにいるような感覚になったのだとか。
「え、ちょ……マジでいつでもどこでも聞いてたってことかよ……」
貴弥の頬がかあ、と熱くなった。以前にストーカーかと揶揄したことはあったけれど、本当に四六時中自分の声を聞いていたなんて。
しかし、だからこそ、貴弥が夜職に飛び込もうとした時に止めることができたのか、と納得する。それまで危険はなさそうだから見守っていた、ということならば、久詞の発言も信頼できた。
――俺は、貴弥が幸せならそれでいい、と。
しかし、久詞が見守るだけでは済まなくなったから、貴弥はここにいるということだ。それがなんなのか、ため息をつきながら呟く。
「俺をここに呼んだのは、籾山も俺を探し始めたってこと……?」
「ああ」
予想は当たったものの、やはりなぜなのかはわからない。わからないことだらけで少しイライラするけれど、貴弥は一つずつ、聞いていく。
「俺が稀な【ガイド】なのはわかった。籾山が俺の能力を欲しがっていることも。でも、どうして……」
「これは憶測だが。籾山と貴弥の相性も良いのかもしれん」
それならなぜあの時はケアを拒否した、と貴弥は言いたくなる。けれど先ほどの女子高生も、パニックに陥り貴弥を一度は拒んだ。ケアの知識もなかったあの頃なら、仕方がなかったのかもしれない。
「というのも、先日のひったくり犯が籾山のことを仄めかした」
「えっ?」
そういえば、ひったくり犯は久詞が能力を使って追いかけたが、犯人が捕まったあとは遊に任せていた。ほかにも警察官がいたし、久詞も疲れていたのであの場を離れたが、籾山がひったくり犯をけしかけたのだとしたら……。
「あれは計画的犯行だったってこと?」
「借金が返せなくて盗むしかなかった、と犯人は言ってたらしい。金なら作ろうと思えばいくらでもあるだろ、と言われたと」
そしてやるならこの地域で、と指示されたそうだ。
そんなふうに教唆するなら犯罪グループの可能性が高いと、取り調べを続けたら籾山の名前が出たらしい。そして、貴弥が捜査を免れたキャバクラのガサ入れでも、籾山の名前が出てきたようだ。
「半グレは反社会勢力とは違って、その時々でつるむ相手を変える。籾山は【センチネル】だし、捜査員が近付けば逃げてしまう」
おかげで尻尾が中々掴めん、と久詞はため息をついた。
貴弥が猫を捕まえている時も、道案内をしている時も、裏でそんな捜査が行われていたなんて知らなかった。どうして教えてくれなかったんだと視線を落とす。
(狙いは俺……それなら)
「貴弥」
呼ばれて久詞を見上げると、頭を引き寄せられる。頭に頬ずりされて、今までになかった甘い仕草にドキリとした。
仕方なしに貴弥は久詞の肩口に顔をうずめた。注目されているのは密着した久詞が聞いている音でわかる。早くここを去りたいけれど、集中し過ぎて疲れ、ふらついた身体ではままならない。
「ごめん……」
「なぜ謝る? 俺はとても貴弥が誇らしい。冷静な対応だった。おかげで俺も救急車を呼べたしな」
「……」
ストレートに褒められて、顔が熱くなる。返事の代わりに抱きつく腕に力を込めた。
――偉いぞ。
貴弥の頭の中で久詞の声が響く。しかしそれは久詞が今、考えていることを読んだわけではなかった。久詞に腕を撫でられ、温もりが肌を伝って心に届いた、三年前の記憶……。
「……」
貴弥は顔を上げた。これは、貴弥が病院で寝ている時の記憶だ。
心臓が高鳴った。今までの久詞とのやり取りで感じた既視感、あれは嘘ではなかったのだと。
「久詞、あの……」
「すまん、なるべくここから早く離れたい」
久詞の声にほんの僅かに焦りが滲んだ。彼は注意深く周りの音を聞いていることに気付き、貴弥は降ろすように言う。
「もう歩けるから」
それなら自分を抱いて歩くより、自らも歩いたほうが早いだろう。そう思って降ろしてもらうと、いきなり後ろから誰かがぶつかってきた。
「あ、すみません!」
見ると背の高い、茶髪の男だった。彼は申し訳なさそうに片手を上げて去っていく。チャラさが気になったものの、服装なども含めて夜職の人みたいだったので、当たり障りなく笑顔で返した。
『見つけた』
しかしぶつかった瞬間、彼は態度とは別のことを考えていた。見つけたとはどういうことだろう、と思って貴弥は男を見つめていると、急に腕を強く引かれる。
「ちょっと! なんだよ痛いだろっ?」
「今の奴、知ってるか?」
知らないよ! と叫ぶものの、久詞は大股で歩き出した。彼からはやはり焦りを感じて、どうしたんだと尋ねるもまたスルーだ。
「なぁ! なんなんだよ!?」
グイグイと強い力で手を引かれ、結局タワービルに戻る。事務所に戻るかと思いきや自宅に帰り、久詞はジャケットを脱いだところでやっと落ち着いたらしい、ため息をついた。
「おい、仕事は……?」
久詞のただならぬ態度に、貴弥は掴まれていた腕をさする。
「しばらくはこの部屋から出るな。買い物も俺が行くからいい」
「は? なんだよそれ!? 理由を説明してくれよ!」
それでは軟禁じゃないか、と貴弥は騒ぐと、久詞があれは半グレだ、と言い切る。だからといって、どうして自分が軟禁されなければいけないのか、わからない。
「そりゃ見た目はチャラいっつーか、ホストみたいだって思ったけど」
「忘れたのか? お前はここに来る直前、夜職をやらされそうになったことを」
「……」
確かにそうだった、と貴弥は大人しくなる。それでは、奴が「見つけた」と思っていたのは、貴弥を探していたということだ。そして久詞が半グレと言ったのが本当なら、貴弥を夜職に誘った奴らと関係している可能性も高い。でもなぜ?
「アイツとぶつかった時、『見つけた』って……」
「……まさか」
久詞の目が見開かれる。彼がそんな顔をするのは珍しく、悪い予感が当たっているらしいと悟った。
でも、やはり自分を探していた理由がわからない。それを知りたくて、久詞を見上げてじっと見つめると、観念したように彼はため息をついた。
「……一課が追っている半グレ集団がいる。【ガイド】ばかりを狙って詐欺を働き借金を負わせ、クスリの売買や強盗、殺人もさせるんだ」
「え……なんで、【ガイド】ばっかり……」
「……人とは違うものを、特別視するべきだと考える人がいるんだ」
つまりは文字通り、【ガイド】を駒扱いする集団がいる、と久詞は言う。
貴弥はドキリとした。弱みを握り従わせ、犯罪で稼いでいる輩がいるという。このタワービルでも数十年前まで、【ガイド】の立場が弱かったと聞いたが、今でもそんな考えの人がいる……しかも犯罪までしていると聞いて、貴弥は顔を顰めた。
「でも、どうして【ガイド】? 一般人相手でも良いだろ……良くはないけど」
「さあ……。しかしここのところ、そいつらの動きが活発になってきている。……正確に言えば、貴弥が働く予定だった、キャバクラのガサ入れから」
「……っ、え? 俺? 何もしてないぞ?」
先ほどの男の「見つけた」というセリフといい、犯罪集団の動きといい、まるで自分を狙っているみたいじゃないか、と震える。すると久詞は頭を撫でてくれて、貴弥はなんとか冷静さを保った。
「ああ、貴弥が何かしたとは思っていない。しかし、向こうは恐らく貴弥を狙っている」
「……」
どういうことだ、と貴弥はますます混乱する。狙われるようなことなんてしていないし、ここに来る前は大変でも平和な生活をしていたのに。
「貴弥」
座ろうか、と久詞にソファーに促され貴弥は座る。多分不安な顔をしていたのだろう、貴弥はそっと久詞に抱き寄せられた。
とく、とく、と心臓の音が聞こえて安心する。貴弥は小さく息を吐き出すと、久詞は話を続けた。
「ここに来た時、相性を測っただろう?」
「うん」
「貴弥は稀に見る、特徴のある【ガイド】だ。ここにいる【センチネル】と、相性はどうだったか覚えているか?」
そう言われて、貴弥は思い返した。計測した時はパソコンの画面がピンクから濃いピンク色ばかりに変わって、相性がとても良い相手しかいなかったことを。
「あれは偶然じゃない。貴弥は誰とでも相性よくケアができる、特別な存在なんだ」
貴弥は口を開けたまま黙ってしまう。自分がそんな存在だったなんて知らなかったし、今まで見回りでケアをした人たちも、貴弥だったからできたことだった、ということだろうか? ――まったく自覚がない。
「え、いや……俺は特に何もしていないし……」
「能力の高低で相性の善し悪しが決まるわけじゃない。体質みたいなものだから、貴弥はこのタワービルにとっても、貴重な存在だ」
そして奴らにとっても、貴弥は欲しい人材なのだろう、と言われて息を詰める。
なるほど、都合よく扱える駒が欲しいのか、と貴弥は口をへの字に曲げた。
「やだよ、犯罪に加担するなんて」
「ああ。貴弥が真っ当に生きてくれていて良かった」
でも、と久詞は貴弥の手を握る。まるで恋人のような密着具合に、貴弥は少しドギマギしてしまった。しかし彼から伝わるのは温かい、自分を慈しむ感情だ。どうして自分がここまで想われているんだろう? と貴弥は久詞の気持ちを言葉で聞いてみたいと思った。
(でも……怖いな)
これだけ甘い雰囲気を出していても、実は全部嘘でしたと言われるのが怖い。それなら、心の支えなど必要ないくらいに、強くなれたらいいのにと思う。
(……おかしいな。前までは、自分は強いと思ってたのに)
悲観しない、置かれた場所で咲いてやる、がモットーだったはずだ。それなのに、置かれた場所を追い出されるかもなんて、今まで考えることもしなかった。
「貴弥、いつでも俺を呼んでくれ。どこにいても、何をしていても駆けつけるから」
「……ん」
でも、嘘でこんなことを言うだろうか、とも思う。そんな思考も、自分の期待が混ざっているだけかもしれない、と思うと、貴弥は言葉が出なくなってしまった。
(確かな言葉が欲しいと思うのは、俺が弱いからだ……)
結局、貴弥はまだ久詞を信じきれていないのだ。のらりくらりと躱す父親のように逃げられたら、自分が傷付くから。
「俺はあの日、貴弥と出会ってから、お前を守ると……大事にしたいと決めた」
「……ん。それは前に聞いた……」
でも、それがどうしてなのかは聞いていない。そこまで聞いていいのか貴弥は躊躇う。また、嫌な思い出だろうから聞かないほうがいい、と言われたら多分ショックを受けるだろう。
(どうした自分。なんでこんなに弱くなった?)
貴弥は視線を落とす。人から嫌われることなど今まで考えたことがなかったし、どうでもよかったはず。なのに、久詞に本音を話したり聞いたりするのが怖いと思っている。
「俺が思い出さないと、その理由は話してくれないのか?」
思ったより、緊張して声が震えた。しかし久詞から返ってきた言葉は、貴弥が想像していなかった、予想外のものだった。
「できれば、この半グレ集団と方を付けてからにしたい」
「え……?」
久詞の言う通り、確かに仕事が一段落してから、と考えるのは妥当だろう。けれど彼の考えは、そう単純なものではないようだ。
「その集団を仕切っているのは、籾山篤……貴弥の能力が発現したきっかけの、【センチネル】だ」
貴弥の心臓が大きく脈打った。どうして、というより生きていたんだ、という気持ちのほうが大きく、それからなぜ、という疑問が浮かんでくる。
「あの時、俺は貴弥の声を聞いた」
久詞は貴弥が能力に目覚めた時、たまたま近くにいたという。すぐに【センチネル】が暴走しかけていることに気付き、応援を呼びつつ駆けつけたのだ。
「しかし俺が到着した時には、二人とも気を失った状態でな。危機的状況だと思った」
久詞は貴弥に触れ、意識のやり取りができるか試みる。けれど反応がなく、通りがかった人を巻き込んで救助したのだとか。
「俺は【ガイド】としかやり取りできない。最悪【センチネル】のほうはダメかと思ったが、病院に運ばれて、二人とも安定し始めたからホッとした」
貴弥にとってそれは初耳だった。そして貴弥は無事退院し元の生活に戻る。
「しかしそれから、貴弥の声が離れていても聞こえるようになったんだ。何を言っているか、はっきりとはわからないけど、俺はずっと、その声をBGMのように聞いていた」
時折はっきり聞こえる貴弥の声は、苦労はしているが懸命に生きている、そんな印象だったという。月日が経つにつれ、声がはっきり聞こえる時は物理的な距離が近いからだと知ると、いつもそばにいるような感覚になったのだとか。
「え、ちょ……マジでいつでもどこでも聞いてたってことかよ……」
貴弥の頬がかあ、と熱くなった。以前にストーカーかと揶揄したことはあったけれど、本当に四六時中自分の声を聞いていたなんて。
しかし、だからこそ、貴弥が夜職に飛び込もうとした時に止めることができたのか、と納得する。それまで危険はなさそうだから見守っていた、ということならば、久詞の発言も信頼できた。
――俺は、貴弥が幸せならそれでいい、と。
しかし、久詞が見守るだけでは済まなくなったから、貴弥はここにいるということだ。それがなんなのか、ため息をつきながら呟く。
「俺をここに呼んだのは、籾山も俺を探し始めたってこと……?」
「ああ」
予想は当たったものの、やはりなぜなのかはわからない。わからないことだらけで少しイライラするけれど、貴弥は一つずつ、聞いていく。
「俺が稀な【ガイド】なのはわかった。籾山が俺の能力を欲しがっていることも。でも、どうして……」
「これは憶測だが。籾山と貴弥の相性も良いのかもしれん」
それならなぜあの時はケアを拒否した、と貴弥は言いたくなる。けれど先ほどの女子高生も、パニックに陥り貴弥を一度は拒んだ。ケアの知識もなかったあの頃なら、仕方がなかったのかもしれない。
「というのも、先日のひったくり犯が籾山のことを仄めかした」
「えっ?」
そういえば、ひったくり犯は久詞が能力を使って追いかけたが、犯人が捕まったあとは遊に任せていた。ほかにも警察官がいたし、久詞も疲れていたのであの場を離れたが、籾山がひったくり犯をけしかけたのだとしたら……。
「あれは計画的犯行だったってこと?」
「借金が返せなくて盗むしかなかった、と犯人は言ってたらしい。金なら作ろうと思えばいくらでもあるだろ、と言われたと」
そしてやるならこの地域で、と指示されたそうだ。
そんなふうに教唆するなら犯罪グループの可能性が高いと、取り調べを続けたら籾山の名前が出たらしい。そして、貴弥が捜査を免れたキャバクラのガサ入れでも、籾山の名前が出てきたようだ。
「半グレは反社会勢力とは違って、その時々でつるむ相手を変える。籾山は【センチネル】だし、捜査員が近付けば逃げてしまう」
おかげで尻尾が中々掴めん、と久詞はため息をついた。
貴弥が猫を捕まえている時も、道案内をしている時も、裏でそんな捜査が行われていたなんて知らなかった。どうして教えてくれなかったんだと視線を落とす。
(狙いは俺……それなら)
「貴弥」
呼ばれて久詞を見上げると、頭を引き寄せられる。頭に頬ずりされて、今までになかった甘い仕草にドキリとした。
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