16 / 20
第7章
16
しおりを挟む
「お前を失いたくない。だから……頼むからここで大人しくしていてくれ」
「……」
今しがた考えかけた貴弥の思考を読んだかのように、久詞は腕に力を込めてきた。彼らしくない縋るような声に、貴弥は彼の腕を撫でる。
「……相性は、俺と久詞は百パーセントなんだよな? それって良くあること?」
「……そんなパートナーに出会える確率は、一生をかけてもないくらいだ」
そっか、と貴弥は笑った。また久詞が頬を擦り寄せてきたので顔を上げると、吸い寄せられるように彼の顔が近付き、唇を啄まれる。
「久詞……好き……」
「ああ……」
もう一度、唇が触れた。胸がきゅう、と締めつけられ、これは自分の感情なのか、久詞の感情なのか、わからなくなる。
――愛おしい、好き、大事だ。
肌から伝わってくる感情が、貴弥の感情とも混ざる。これだけ大事にされているのに、どうしてさっきは疑ってしまったのだろう、と貴弥は久詞の胸に顔をうずめた。
相性が良いから心地よいのか、それとも好きだから嬉しいのか、どうでも良くなるほど気持ちが凪ぐ。
これは久詞と自分が精神的に繋がったんだ、と思っていると、久詞の手が貴弥の頬を撫でた。ゾワッと総毛立ち肩を竦めると、首筋に温かいものが当たる。
「ひさ、……っ」
驚いたのは、久詞の吐息と唇が熱かったことだ。肌の弱いところを辿るそれは、すぐに貴弥の身体を熱くさせる。
「ち、ちょっとまて……っ」
全身が痺れたように震えた。
このままでは自分も流されてしまう。こういう触れ合いも含めて久詞といたいのか、まだわからないのに、このまま身を委ねるのは不誠実だろう。
するとインターホンが鳴った。それほど大きな音でもないのに、二人とも大袈裟にビクつく。
「……すまん」
スッと離れた体温を、貴弥は思わず追いかけそうになった。客が来たんだからダメだ、と息を吐いて身体を落ち着けると、モニターの前に立った久詞を見る。
「久詞?」
「わざわざなんの用だ?」
聞いたことがないほどの低い声が彼からして、貴弥は驚いた。そんな態度を取る相手とは誰だろう、と貴弥もモニターに近寄る。
画面を覗くと、そこには腕組みをした神津がいる。前に見た時と同じ、鋭い目付きでこちらを見ていた。
「わかってるだろう、そこにいる【ガイド】と話がある」
俺? と貴弥は首を傾げる。久詞を見上げると、彼は人差し指を唇に当てたので、貴弥は黙って話を聞いた。
「一課に貴弥はやらん」
「ずっとという話ではない。それにこれはお願いじゃなく、命令だ」
神津の強い口調にドキリとしながら、貴弥は久詞の言葉を待つ。先ほどの、「貴弥はこのタワービルにとっても貴重な存在」という言葉が、神津の登場で本当のことなのだと思い知らされた。
「……俺がここのトップを降りた理由がわかってないらしいな。……籾山のことは、一課でなんとかしろ」
「犯罪者を野放しにする気か? お前は良くてもそこの【ガイド】はなんと言うかな」
「貴弥は関係ない」
ピシャリと言い切った久詞は、そのままモニター画面を切る。その顔が今までになく強ばっていたので、貴弥は彼の腕に触れた。
「久詞……」
「貴弥、だめだぞ」
何も言っていないのに、と貴弥は苦笑した。けれど神津の言うことはもっともだと思うし、久詞が自分を心配する理由もわかる。
しかし、神津の「犯罪者を野放しにしておくのか」という言葉には、はっきりとノーと言いたい。ろくでもない父親だったが、彼はそういう輩に殺されたわけだし、自分に人を守れる力があるなら活かしたい。
「ん、そう言うと思った。でも、俺も誰かの役に立ちたい」
「それならほかの方法があるだろう。わざわざ危険な所に飛び込む必要はない」
即答で返ってくる正論に、貴弥は負けじと久詞を真っ直ぐ見上げた。
自分が感情だけで発言している自覚はある。訓練を受けてもいない自分が、一課の捜査についていけるはずがない。けれど、必要とされているならできる限り応えたいと思うのは普通だろう。
すると、またインターホンが鳴った。モニターに映し出されたのはやはり神津で、先ほどと変わらない腕を組んだ姿勢で立っている。
「作戦は立ててある。中に入れろ」
まるで貴弥たちの会話を聞いていたような神津の口ぶりに――本当に聞こえていたのかもしれないが――久詞は乱暴にモニターを切り、イラついたように鍵を開けに行った。
◇ ◇ ◇
五日後。貴弥は繁華街を一人で歩いていた。
時刻は深夜近い時間。眠らない街で、賑やかな照明が歩く人々を照らす。
籾山はどうやら警戒心が高いらしく、なかなか尻尾を掴ませてくれないのは本当のようだ。ここ数日、貴弥がこうして目星を付けた繁華街を一人でうろついているにも関わらず、奴の仲間にすら出会えない。
(やっぱり、囮作戦は安直すぎたかな)
いくら籾山が貴弥を狙っているとはいえ、餌が堂々と食べてくださいと言わんばかりに置いてあるのは、不自然だろう。今日もだめかな、と思いかけたその時。
「おにーさん、お店探してます?」
「いえ、まだお酒飲めないので……」
客引きの男が近付いて来た。見た感じは普通の夜職のスタッフという風貌だが、そもそもここは客引き禁止区域だ。わざわざ声をかけてくるのは、取り締まりを甘く見ている店か、それとも貴弥本人に用があるのか、どちらかだ。
するとその男はそっかー、と残念そうに貴弥に付いて歩いてくる。
「……ここで客引きしてて良いんですか? あまり付きまとうと通報しますよ?」
「よく知ってるねぇ。でもそっちも声をかけられるの、待ってたんだろ?」
後半、客引きの男は声を落とした。当たった、と貴弥は内心ガッツポーズをする。
きっと、貴弥の見えないところで、久詞をはじめ一課の捜査員が自分たちの動向を監視しているはずだ。彼らにも聞こえるように、なるべく情報は口に出していくことにする。
「……あなたに付いていけばいいですか?」
「とりあえずは」
男の言葉に貴弥はわかりました、と大人しく付いていった。黙るのはなんだか落ち着かなくて、久詞たちに何か情報を渡せないか、質問してみることにする。
「店はどこなんです?」
「この先」
短くしか答えない男に、貴弥はじれったさを感じる。抽象的な答えでは、久詞たちには伝わらないかもしれない。この先って? と聞いてみるものの、やはり男は答えない。
「あ、あの角のお店、ゲームタイトルみたいなお店ですね、おもしろ~」
あはは、と貴弥は笑ってみせるけれど、男は無反応だ。
そうこうしているうちに、繁華街の端まで来てしまった。これ以上進んでも店はないのに、男は迷わず進んでいく。
貴弥は内心焦った。てっきりどこかの店に案内されると思っていたが、どうやら違うらしい。
「あの、どこまで行くんです?」
「飲めないなら店に行っても意味ないだろ?」
しまった、と貴弥は思った。簡単にこちらの情報を渡してしまっていたことに、今になって気付く。
(でも、ついて行くしかない)
目的は籾山に会うことだ。それまでは久詞たちが追ってきてくれていることを信じて、行くしかない。
しかしそこから十分ほど歩いたところで、後ろから走ってきたバンがそばに停まる。スライドドアが開いたのでまさかと思っていたら、案内していた男が車の方へ貴弥を押した。
「え?」
「乗れ」
やはり短い言葉で言った男は、貴弥にピッタリとくっついてくる。腰に鋭利なものが当てられてそれが何か確かめられないまま、素直に乗り込んだ。
中にはもう一人男がいて、貴弥は後部座席の真ん中に座らされる。二人の男に挟まれ、身体を縮こまらせた貴弥は、両隣の男が【ガイド】か一般人だと気付いた。
(さすが警戒心が高いだけある。易々と会わせてくれないか)
相手は犯罪グループだ、【センチネル】なしで行動するとは思えない。危険察知能力は【センチネル】のほうが断然高いのだ。貴弥の力を無効化するためにこの男たちで固めたのなら、黒いカーテンの向こうの運転手は、恐らく【センチネル】だろう。
「……どこに行くんですか?」
「黙れ」
答えてくれるとは思っていなかったけれど、すぐさま腰にまた何かを当てられて貴弥は黙る。仕方なしに外の景色を確認しようと思ったけれど、スモークになっている上に夜なので、ぼんやりとした光しか見えない。
「おい、手を縛っておけ」
「はい」
「え、俺喧嘩もしたことないから縛らなくても……」
さすがに身体が不自由になることには抵抗すると、頬に衝撃が走った。一瞬目が眩み、頭を振ってやり過ごすと、手早く後ろ手に縛られる。
「黙れと言っただろ」
隣の男が静かに言う。静かに脅してくるのは会話を聞かれることを警戒しているのか、と貴弥は喋ることを諦め、大人しく目的地に着くまで待つことにした。
(大丈夫、久詞たちはちゃんと俺を追ってきてる)
そう自分に言い聞かせ、自身の内側から湧き上がる不安と戦う。まだ本番じゃない、籾山に会うまでは大人しくするしかない、と縛られた拳を握った。
◇ ◇ ◇
それから、どれくらい走っただろうか。車はある所でとまり、貴弥は男二人に挟まれながら車を降りる。
どうやら場所は車庫だったらしい。すでにシャッターは下ろされていて外を見ることはできなかったが、車庫内の扉から建物の中に入れるようになっていた。貴弥はそこから中へと連れていかれる。
勝手口らしい小さな扉と上り階段を通り、玄関に着く。車庫は地下にあるらしいことはわかったが、外の景色が見えないので、ここがどこなのか見当もつかない。
(だいぶ車で走って来てたけど……久詞たちは付いてきてくれてるのかな)
目星を付けていた繁華街ではなく、そこから車で連れ去られるとは思っていなかった貴弥は、跳ねる心臓を必死に抑え込む。大丈夫、久詞だけじゃなく、一課の人たちや神津さんもいるわけだし、そう易々と自分を見失うことなんてない、と自分に言い聞かせた。
玄関から廊下を歩かされ、ある部屋に通される。
そこは見たところ、リビングのようだった。広くて内装や家具は品があったが、酷く甘ったるい匂いがする。なんの匂いだと思いながらも、貴弥は部屋の真ん中に置かれたソファーに座った人物を見ると、本能的に逃げ出したくなった。そこには忘れもしない、あの男が座っていたからだ。
「よぉ。三年? 四年ぶりか?」
話しかけてきた男は籾山だ。貴弥が能力に目覚めた時と見た目が変わったのは、髪の毛が完全になくなっていたくらいだが、鋭い目付きは変わらない。歳は四十代くらいだろうか、Tシャツにジーンズといった普通の格好だが、纏う雰囲気が普通ではない、と貴弥は感じる。そんな籾山は両手に女性を侍らせ、彼女らの腰や肩を撫でていた。
「やっと会えた……探したぞ」
「あの時ケアを拒んだのはアンタのほうじゃん」
なぜ今頃になって自分を探し始めたのか。そう貴弥が聞くと、わからないのか、と籾山は笑う。
「聞いたんだろ、久詞という奴から」
「久詞?」
どうして彼の名前が出るのか皆目見当もつかず、貴弥は眉根を寄せた。しかも籾山のその呼び方は、なんだか含みを持っていて嫌な予感がする。久詞の名前を知っているのは、予想通り貴弥の声が聞こえていたからだとは思うけれど。
「……」
今しがた考えかけた貴弥の思考を読んだかのように、久詞は腕に力を込めてきた。彼らしくない縋るような声に、貴弥は彼の腕を撫でる。
「……相性は、俺と久詞は百パーセントなんだよな? それって良くあること?」
「……そんなパートナーに出会える確率は、一生をかけてもないくらいだ」
そっか、と貴弥は笑った。また久詞が頬を擦り寄せてきたので顔を上げると、吸い寄せられるように彼の顔が近付き、唇を啄まれる。
「久詞……好き……」
「ああ……」
もう一度、唇が触れた。胸がきゅう、と締めつけられ、これは自分の感情なのか、久詞の感情なのか、わからなくなる。
――愛おしい、好き、大事だ。
肌から伝わってくる感情が、貴弥の感情とも混ざる。これだけ大事にされているのに、どうしてさっきは疑ってしまったのだろう、と貴弥は久詞の胸に顔をうずめた。
相性が良いから心地よいのか、それとも好きだから嬉しいのか、どうでも良くなるほど気持ちが凪ぐ。
これは久詞と自分が精神的に繋がったんだ、と思っていると、久詞の手が貴弥の頬を撫でた。ゾワッと総毛立ち肩を竦めると、首筋に温かいものが当たる。
「ひさ、……っ」
驚いたのは、久詞の吐息と唇が熱かったことだ。肌の弱いところを辿るそれは、すぐに貴弥の身体を熱くさせる。
「ち、ちょっとまて……っ」
全身が痺れたように震えた。
このままでは自分も流されてしまう。こういう触れ合いも含めて久詞といたいのか、まだわからないのに、このまま身を委ねるのは不誠実だろう。
するとインターホンが鳴った。それほど大きな音でもないのに、二人とも大袈裟にビクつく。
「……すまん」
スッと離れた体温を、貴弥は思わず追いかけそうになった。客が来たんだからダメだ、と息を吐いて身体を落ち着けると、モニターの前に立った久詞を見る。
「久詞?」
「わざわざなんの用だ?」
聞いたことがないほどの低い声が彼からして、貴弥は驚いた。そんな態度を取る相手とは誰だろう、と貴弥もモニターに近寄る。
画面を覗くと、そこには腕組みをした神津がいる。前に見た時と同じ、鋭い目付きでこちらを見ていた。
「わかってるだろう、そこにいる【ガイド】と話がある」
俺? と貴弥は首を傾げる。久詞を見上げると、彼は人差し指を唇に当てたので、貴弥は黙って話を聞いた。
「一課に貴弥はやらん」
「ずっとという話ではない。それにこれはお願いじゃなく、命令だ」
神津の強い口調にドキリとしながら、貴弥は久詞の言葉を待つ。先ほどの、「貴弥はこのタワービルにとっても貴重な存在」という言葉が、神津の登場で本当のことなのだと思い知らされた。
「……俺がここのトップを降りた理由がわかってないらしいな。……籾山のことは、一課でなんとかしろ」
「犯罪者を野放しにする気か? お前は良くてもそこの【ガイド】はなんと言うかな」
「貴弥は関係ない」
ピシャリと言い切った久詞は、そのままモニター画面を切る。その顔が今までになく強ばっていたので、貴弥は彼の腕に触れた。
「久詞……」
「貴弥、だめだぞ」
何も言っていないのに、と貴弥は苦笑した。けれど神津の言うことはもっともだと思うし、久詞が自分を心配する理由もわかる。
しかし、神津の「犯罪者を野放しにしておくのか」という言葉には、はっきりとノーと言いたい。ろくでもない父親だったが、彼はそういう輩に殺されたわけだし、自分に人を守れる力があるなら活かしたい。
「ん、そう言うと思った。でも、俺も誰かの役に立ちたい」
「それならほかの方法があるだろう。わざわざ危険な所に飛び込む必要はない」
即答で返ってくる正論に、貴弥は負けじと久詞を真っ直ぐ見上げた。
自分が感情だけで発言している自覚はある。訓練を受けてもいない自分が、一課の捜査についていけるはずがない。けれど、必要とされているならできる限り応えたいと思うのは普通だろう。
すると、またインターホンが鳴った。モニターに映し出されたのはやはり神津で、先ほどと変わらない腕を組んだ姿勢で立っている。
「作戦は立ててある。中に入れろ」
まるで貴弥たちの会話を聞いていたような神津の口ぶりに――本当に聞こえていたのかもしれないが――久詞は乱暴にモニターを切り、イラついたように鍵を開けに行った。
◇ ◇ ◇
五日後。貴弥は繁華街を一人で歩いていた。
時刻は深夜近い時間。眠らない街で、賑やかな照明が歩く人々を照らす。
籾山はどうやら警戒心が高いらしく、なかなか尻尾を掴ませてくれないのは本当のようだ。ここ数日、貴弥がこうして目星を付けた繁華街を一人でうろついているにも関わらず、奴の仲間にすら出会えない。
(やっぱり、囮作戦は安直すぎたかな)
いくら籾山が貴弥を狙っているとはいえ、餌が堂々と食べてくださいと言わんばかりに置いてあるのは、不自然だろう。今日もだめかな、と思いかけたその時。
「おにーさん、お店探してます?」
「いえ、まだお酒飲めないので……」
客引きの男が近付いて来た。見た感じは普通の夜職のスタッフという風貌だが、そもそもここは客引き禁止区域だ。わざわざ声をかけてくるのは、取り締まりを甘く見ている店か、それとも貴弥本人に用があるのか、どちらかだ。
するとその男はそっかー、と残念そうに貴弥に付いて歩いてくる。
「……ここで客引きしてて良いんですか? あまり付きまとうと通報しますよ?」
「よく知ってるねぇ。でもそっちも声をかけられるの、待ってたんだろ?」
後半、客引きの男は声を落とした。当たった、と貴弥は内心ガッツポーズをする。
きっと、貴弥の見えないところで、久詞をはじめ一課の捜査員が自分たちの動向を監視しているはずだ。彼らにも聞こえるように、なるべく情報は口に出していくことにする。
「……あなたに付いていけばいいですか?」
「とりあえずは」
男の言葉に貴弥はわかりました、と大人しく付いていった。黙るのはなんだか落ち着かなくて、久詞たちに何か情報を渡せないか、質問してみることにする。
「店はどこなんです?」
「この先」
短くしか答えない男に、貴弥はじれったさを感じる。抽象的な答えでは、久詞たちには伝わらないかもしれない。この先って? と聞いてみるものの、やはり男は答えない。
「あ、あの角のお店、ゲームタイトルみたいなお店ですね、おもしろ~」
あはは、と貴弥は笑ってみせるけれど、男は無反応だ。
そうこうしているうちに、繁華街の端まで来てしまった。これ以上進んでも店はないのに、男は迷わず進んでいく。
貴弥は内心焦った。てっきりどこかの店に案内されると思っていたが、どうやら違うらしい。
「あの、どこまで行くんです?」
「飲めないなら店に行っても意味ないだろ?」
しまった、と貴弥は思った。簡単にこちらの情報を渡してしまっていたことに、今になって気付く。
(でも、ついて行くしかない)
目的は籾山に会うことだ。それまでは久詞たちが追ってきてくれていることを信じて、行くしかない。
しかしそこから十分ほど歩いたところで、後ろから走ってきたバンがそばに停まる。スライドドアが開いたのでまさかと思っていたら、案内していた男が車の方へ貴弥を押した。
「え?」
「乗れ」
やはり短い言葉で言った男は、貴弥にピッタリとくっついてくる。腰に鋭利なものが当てられてそれが何か確かめられないまま、素直に乗り込んだ。
中にはもう一人男がいて、貴弥は後部座席の真ん中に座らされる。二人の男に挟まれ、身体を縮こまらせた貴弥は、両隣の男が【ガイド】か一般人だと気付いた。
(さすが警戒心が高いだけある。易々と会わせてくれないか)
相手は犯罪グループだ、【センチネル】なしで行動するとは思えない。危険察知能力は【センチネル】のほうが断然高いのだ。貴弥の力を無効化するためにこの男たちで固めたのなら、黒いカーテンの向こうの運転手は、恐らく【センチネル】だろう。
「……どこに行くんですか?」
「黙れ」
答えてくれるとは思っていなかったけれど、すぐさま腰にまた何かを当てられて貴弥は黙る。仕方なしに外の景色を確認しようと思ったけれど、スモークになっている上に夜なので、ぼんやりとした光しか見えない。
「おい、手を縛っておけ」
「はい」
「え、俺喧嘩もしたことないから縛らなくても……」
さすがに身体が不自由になることには抵抗すると、頬に衝撃が走った。一瞬目が眩み、頭を振ってやり過ごすと、手早く後ろ手に縛られる。
「黙れと言っただろ」
隣の男が静かに言う。静かに脅してくるのは会話を聞かれることを警戒しているのか、と貴弥は喋ることを諦め、大人しく目的地に着くまで待つことにした。
(大丈夫、久詞たちはちゃんと俺を追ってきてる)
そう自分に言い聞かせ、自身の内側から湧き上がる不安と戦う。まだ本番じゃない、籾山に会うまでは大人しくするしかない、と縛られた拳を握った。
◇ ◇ ◇
それから、どれくらい走っただろうか。車はある所でとまり、貴弥は男二人に挟まれながら車を降りる。
どうやら場所は車庫だったらしい。すでにシャッターは下ろされていて外を見ることはできなかったが、車庫内の扉から建物の中に入れるようになっていた。貴弥はそこから中へと連れていかれる。
勝手口らしい小さな扉と上り階段を通り、玄関に着く。車庫は地下にあるらしいことはわかったが、外の景色が見えないので、ここがどこなのか見当もつかない。
(だいぶ車で走って来てたけど……久詞たちは付いてきてくれてるのかな)
目星を付けていた繁華街ではなく、そこから車で連れ去られるとは思っていなかった貴弥は、跳ねる心臓を必死に抑え込む。大丈夫、久詞だけじゃなく、一課の人たちや神津さんもいるわけだし、そう易々と自分を見失うことなんてない、と自分に言い聞かせた。
玄関から廊下を歩かされ、ある部屋に通される。
そこは見たところ、リビングのようだった。広くて内装や家具は品があったが、酷く甘ったるい匂いがする。なんの匂いだと思いながらも、貴弥は部屋の真ん中に置かれたソファーに座った人物を見ると、本能的に逃げ出したくなった。そこには忘れもしない、あの男が座っていたからだ。
「よぉ。三年? 四年ぶりか?」
話しかけてきた男は籾山だ。貴弥が能力に目覚めた時と見た目が変わったのは、髪の毛が完全になくなっていたくらいだが、鋭い目付きは変わらない。歳は四十代くらいだろうか、Tシャツにジーンズといった普通の格好だが、纏う雰囲気が普通ではない、と貴弥は感じる。そんな籾山は両手に女性を侍らせ、彼女らの腰や肩を撫でていた。
「やっと会えた……探したぞ」
「あの時ケアを拒んだのはアンタのほうじゃん」
なぜ今頃になって自分を探し始めたのか。そう貴弥が聞くと、わからないのか、と籾山は笑う。
「聞いたんだろ、久詞という奴から」
「久詞?」
どうして彼の名前が出るのか皆目見当もつかず、貴弥は眉根を寄せた。しかも籾山のその呼び方は、なんだか含みを持っていて嫌な予感がする。久詞の名前を知っているのは、予想通り貴弥の声が聞こえていたからだとは思うけれど。
21
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる