【完結】天使の愛は鬼を喰らう

大竹あやめ

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それから……

エピローグ

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 満月の夜。

 鷹使は庭に作ったベンチに座り、緋嶺と二人で月を眺めていた。

 ここのところ残暑が厳しかったけれど、今日の夜は過ごしやすい。柔らかい月の光と、あちこちで聞こえる虫の声が、心を落ち着かせた。

「寒くはないか?」

 鷹使は肩を抱いた緋嶺の顔を覗く。彼は僅かに目を細め、小さく頷いた。

 あれから八十年。二人は濃密で穏やかな日々を過ごした。
 
 緋嶺の濡れたように黒かった髪はすっかり白くなり、顔や手には深い皺が刻み込まれている。しかし鷹使を見る瞳はあの頃からずっと変わらず、意志の強い光をたたえていた。

 対して鷹使は少し老けたものの、人間でいう四十代と変わらない見た目をしている。髪は鬱陶しいので後ろで一つにまとめているけれど、今も健全そのものだ。

 静かで穏やかな空気が流れる。

 緋嶺が空を見上げた。鷹使もつられて見上げると、所狭しと星が輝きを競っている。

「……良い月だなぁ……」

 緋嶺は呟いて鷹使の肩に頭を預けた。信頼されているな、と胸が温かくなり、肩に回した手で彼の頭を撫でる。緋嶺の身体はあの頃よりも細くなったけれど、温かい。そして小さくぷつん、と何かが切れる音と感触がした。同時に、あれだけ鳴いていた虫の声も聞こえなくなる。

 鷹使は大きく息を吐くと、緋嶺の顔を覗き込む。

 彼は目を閉じていて、まるで眠ってしまったかのようだ。

「ああ……そうだな……」

 鷹使は月を見上げ、再び緋嶺の肩を抱いて力を込めた。今までの事を思い返し、骨まで染み入るような寂寞感せきばくかんと幸福感を噛みしめる。

「……緋嶺……」

 鷹使の声が震えた。

 再び緋嶺の顔を覗き込むと、その唇にキスをする。生気を感じられなくなったそこは、まだ温もりが残っていて、堪らず両腕できつく抱きしめた。

 緋嶺が産まれてひと目見た時から、自分の感情に色を付けてくれた彼。大人になった緋嶺に会えた時、この時はいつか必ず訪れると分かっていたのに、それでも一緒にいることを選んだ。

 後悔はない。

「愛してた……幸せだった……ありがとう」

 鷹使は動くことを止めた緋嶺に、最後のキスをする。


 そしてそのまま、彼の体温が感じられなくなるまで、鷹使はずっと緋嶺を抱きしめていた。



[天使の愛は鬼を喰らう 完]
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