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第三十一話

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 店に戻った透は店内に入る。すると肇はすぐに気付き、「時間通り来たな、合格だ」と告げられる。
 どうやらまともに働く気がない人は、そもそも戻って来ないし、店の雰囲気や業務内容も知りたがらないだろう、という肇独自の見解らしい。

「……仕込みするから自由に見てていいぞ。それと……」

 肇はじっと透を見つめながら言った。

「何かヤバそうならすぐに呼べ。あと俺はひとつ年下だから、そんなにかしこまらなくていい」
「あ……はいっ、ありがとうございますっ」

 無愛想な表情なのに、掛けられた言葉は優しい。透は胸と同時に顔も熱くなって、思わず表情筋が緩む。そこで初めて、自分がとても緊張していることに気付いた。
 それもそうだ、透は久々の就活だったのだから。

(もしかして、オレが緊張してたの、ほぐすため?)

 まさかここまで気を遣ってもらえるとは。

 ──申し訳ないと思ってしまった。

 これは普段の業務に影響が出ないだろうか? 負担になるようなら、応募を取り消した方がこの店の為になるのではないか。そう考えてしまう。

「──おい? スイッチ切れたか?」
「……え?」

 ネガティブな思考にハマりそうになっていると、そばに肇が来ていた。

「何だ無事か。……それで接客業やれるのか?」
「……っ、やっぱり、ご迷惑かけそうなので……」
「ああ悪い、そうじゃなくて……」

 肇は応募を取り消そうとした透に気付き、言葉を遮る。やはり彼はひとの機微にさといようだ、透の表情が晴れないのを気にしていたらしい。

「もっとお前に向いた仕事ないかなって話。俺もお前みたいなのは初めてだし、口が悪いのは自覚してっから」

 悪いな、と謝る肇に、透は首を横に振った。

「院上がりの元気な奴の扱いは慣れてんだけど……それじゃ、こっち来てくれ」

 彼の言う院とは、恐らく少年院のことだろう。透は促されるまま、バックヤードの事務所に通された。

 狭い事務所はパソコンと机、椅子があって、あとは伝票などがあるだけの部屋だ。透はなぜ彼がここに連れて来たのか検討がつかず、また促されるまま椅子に座る。

「店長は俺の叔父なんだ。社会から弾かれた叔父を見捨てずにいてくれた義理の姉……俺の母親への恩返しのつもりでこの店を始めた」

 だから少しでも社会に貢献できるように、と訳ありなひとを拾っては採用していたようだけれど、そもそもひとつのことが長続きしないひとが多いらしい。なので、わざわざ見学を勧めて続きそうなひとを見極めている、と。

「猪井はちゃんと来て、見学してくれたから大丈夫。採用すると決めた以上、こちらからは見捨てないし、お前が働きやすい環境を作るのが、俺たちの役目だからな」

 ひとに迷惑を掛けない奴はいない。だからここで頑張ってみないか? と問われ、透はこくりと頷いた。

「よし。じゃあ、この部屋の整理整頓から頼む。出勤は……」
「え、待ってください。……そんなことでいいんですか?」

 あまりにも簡単な仕事に、透はそれだけで給料はもらえないと思って口を挟むと、肇は少しこちらを鋭く見る。

「お前な……焦る気持ちは分かるが、骨折してたのにいきなり走り出す奴がいるかよ?」

 リハビリだ、リハビリ、と言われ、透は腑に落ちないながらも返事をした。
 とりあえず透の仕事は、伝票を日付順に並べ、月ごと、年ごとにまとめる作業からだ。

 その後、透の出勤日の相談もして、まずは週二からスタートすることになった。


 ◇◇


「──……透?」

 気付いたら家のリビングにいて、伸也が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「……おかえり」

 彼は微笑んで抱きしめてくれる。その温もりにホッとしつつも、また意識が飛んでしまっていたのか、と自分が嫌になった。

「しんちゃん……」

 透は甘えるように伸也の背中に腕を回し、擦り寄る。大丈夫だよ、と伸也は頭を撫でてくれて、透は全身の力が抜けていった。

「ちょっと、透?」

 重たい、と笑う彼に、透は脈絡もなく今日の面接のことを話す。伸也はうんうん、と相槌を打ちながらずっと頭を撫でてくれて、自分が予想以上に疲れていたことを知る。

「頑張ったね」
「……しんちゃんはオレを甘やかし過ぎだよ」
「ふふ、そう?」

 人に比べたら、オレのやってることなんて、と呟くと、彼は頭を撫でていた手を止めた。

「透。少なくとも僕は透にすごく助けられてるし、目に見える能力だけが、その人の全部じゃないからね?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。さ、ご飯一緒に作ろう?」

 ずっと存在を疎んじられてきた透にとって、いるだけでいいと言う伸也の言葉は信じ難いものだ。そして、自分の存在意義を他人に決めてもらうのも、依存に繋がる考え方らしいけれど……そうすぐに直せるものでもない。

「しんちゃん……えっちしたい……」
「……透……そうやってすぐに快楽へ逃げるの、よくないよって先生にも言われたでしょ?」
「違うもん、普通にしたいだけだもん。だってオレら、付き合ってるのにまだキスしかしてないじゃんっ」

 同棲までしてるのに、と透はギュッと抱きしめる腕に力を込めると、大きなため息が聞こえた。

「……流される僕も僕だなぁ……。でも、明日も仕事だから、最後まではしないよ? それでもいい?」
「……っ、うん!」

 伸也の言葉に透は元気よく返事をすると、二人でソファーから立ち上がる。我ながら現金なやつだと思うけれど、俄然動く気が出たからいいだろう、と開き直った。
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