上 下
34 / 43

34

しおりを挟む
夏休みも終盤を迎えた頃、純一は一人で近くの本屋に来ていた。

滅多に出ない漫画の新刊が、発売になったからだ。

(あ、あったあった)

純一は目的の漫画を手に取ると、レジに向かう。会計を済ませたらすぐに店を出た。

「ねぇ君、ちょっといい?」

店を出てすぐ、大人の男性に声を掛けられる。

見ると、金髪の長い髪を後ろで一つにくくり、清潔感のある髭を蓄えた人だった。シルエットが綺麗なグレーのスーツをノーネクタイで着ており、一時期流行ったちょいワルオヤジのような出で立ちだ。

そんな人が、俺に何の用だろう、と不思議に思っていると、いきなり顎をくい、と上げられた。

「うん……君可愛いね。どう? ちょっとモデルやってみない?」

「ええ?」

純一はびっくりして変な声を上げる。モデルって、背の高い人がやるんじゃなかったっけ? と混乱し始めた頭で考えた。

「ちょっと待って、今ものすごく良いインスピレーションが……ああ、君は名前なんて言うの?」

「川崎です……」

「違う下の名前」

「純一です……」

純一が名乗ると、その人は天を仰いだ。

「素晴らしい! 君といるとアイディアが溢れ出てくるよ! ちょっとだけ付き合ってくれ」

「え、ちょっと!?」

変な男に絡まれたな、と純一は思った。彼は純一の意志を無視して、近くに停めてあった車に乗せられそうになる。

さすがに怖くなった純一は、男に引っ張られる腕を振りほどいた。

「何なんですか? 嫌ですよっ」

正体も分からない人に、ついて行く訳にはいきません、と純一はハッキリ言うと、男は大袈裟に額を押さえて天を仰いだ。

「僕としたことがうっかりしてた。こうやって、街を歩いてモデルのスカウトをしている、しがないスタイリストだよ」

いちいち動きが大袈裟で胡散臭いな、と純一は思う。

「あー……あいにく名刺を切らしていて……でも、こんな逸材逃したくないし……ん?」

名前も知らない男は、純一の手に紙袋を持っている事に気付く。それ、本だよねと聞かれて純一は頷いた。

「漫画ですけど」

「漫画好き? 僕と趣味合うかも! なんて言う本?」

純一は今しがた買った本の、題名を言った。

「え!? それ発売したんだ!? ちょっと、仕事抜きで君とその漫画について語りたい! 大好きなんだ、その漫画」

あ、その前に発売したなら買わなきゃ、と男は純一に待つように言って、本屋に走っていく。

「……」

純一は逃げようかな、と思った。けれど、この漫画が好きだと言う人に初めて出会ったので、話してみたい気もする。

そうこうしているうちに、男が戻ってきた。手にはしっかり漫画を持っている。

「あ、良かった、待っててくれたんだ。いやー、君に会わなかったら最新刊、手に入れられなかったよー」

純一はこの、出で立ちはちょいワルオヤジなのに、子供っぽい言動の男に、少し好感を抱いた。

「ね、本当にアイディアが止まらないんだ、いてくれるだけでいいから、職場に来てくれない?」

職場に行けば、身分を証明するものがあるし、と怪しさ満点の男。

「んー、じゃあ、僕の名前はるい。スマホの番号、教えるから信用してくれない?」

純一は迷った。怪しさ満点には変わりないけど、スマホの番号と職場が分かれば何かあっても訴えられる、そう思ったので車に乗ることにした。

「やった! ありがとう!」

子供のように喜ぶ姿は、見た目とのギャップで何だか可愛らしく見える。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,431pt お気に入り:2,215

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:449

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:385

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:4,184

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,390pt お気に入り:90

処理中です...