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しばらくして、春輝は地面に落とされる。その衝撃に呻くものの、まだ世界が回っていて、脳しんとうを起こしたのかも、とか思う。

「俺ねぇ、有沢先輩のシンパとか言われてるけど、そんなのどうだって良いんだよねぇ」

そう言って、抵抗できない春輝の制服のボタンを外し始めた。

「なん、で……」

春輝はそれだけ言うと、茶髪はペチペチと春輝の頬を叩いた。

「……意外と綺麗な肌してんだな。これならいけるか」

何の話だと思いながら、春輝は懸命に意識を落とさないように踏ん張る。次第に上にいる茶髪の笑みが見えてきて、ゾッとした。

「間宮には優しくしてもらったか? ん?」

「アンタには関係ないだろ……っ」

力の入らない身体でもがくと、頬を叩かれる。間宮の時と同じシチュエーションに、春輝は胃から込み上げたものを吐いた。

「関係あるよー。けしかけたの俺だもん」

「…………は?」

何でお前が、と茶髪を見る。すると春輝の表情に満足したのかニッコリと笑った。

「水野が気に食わない奴らと、一之瀬が好きな奴を一緒にしたらどうなるか、見てみたかったんだよねぇ」

そしたらアイツら話が弾む弾む、と面白そうに言う。茶髪の言う貴之が気に食わない奴らとは、角刈りの二人のことだろうか。

「人の使った箸を盗むだけだったキモイ奴が、自分の中でどんどん愛憎を大きくしていく姿、面白かったなぁ」

じゃあコイツのせいで、春輝は間宮に襲われたと言うのか。春輝は茶髪を睨む。

「……証拠が取れるまで泳がせておくやり方も、頭が良いとは言えないよ、水野」

するといきなり茶髪は誰もいない方向へ喋りだした。何故そんな所に、と春輝は思っていると、すぐに理由は分かる。

「気付いているなら早く一之瀬から離れろ」

思ってもみない方向から貴之の声がして、春輝は視線を巡らせた。そこには手のひらサイズの機械を持った貴之がいる。

「一之瀬ー!!」

宮下の声もした。茶髪は観念したのか春輝の上から離れて両手を挙げる。

「すまない一之瀬、遅れた」

「何で……」

ここが分かったのか、とは言えなかった。むせてしまい、貴之に抱き起こされる。辺りを見たら、体育館裏だったのだ。ここなら誰も来ないと、間宮に進言したのもコイツか、と茶髪を睨んだ。

「他の二年生も、明日付けで退学だ。お前も近い内に処分が下る」

「はいはい。アンタも、せいぜいゲームに負けんなよ」

「そもそもゲームに参加しているつもりはない」

「春輝!」

睨み合う貴之と茶髪。そこへ冬哉と宮下がやってきた。茶髪は楽しかったよ、と笑って去って行く。

「一之瀬、無事か?」

抱き起こされたままの体勢で聞かれ、頷くと貴之はそのまま春輝の膝を掬い、抱きかかえられた。

「えっ、ちょっと……降ろせよっ」

この体勢は嫌だと暴れるけれど、貴之はお構いなしに歩き始める。冬哉と宮下も無言で付いてきた。春輝は貴之の顔を見て言葉が出なくなる。彼は、今までに無いくらい怒っていた。

「水野先輩っ、僕が吾郎先輩の所に行こうって……っ」

「悪かった水野、俺がもっと早く気付けばよかった!」

冬哉と宮下もフォローするけれど、貴之は無視だ。

なんだかんだでそのまま寮の部屋に連れてこられ、床に下ろされた。

「あ、あの、貴之……?」

春輝を下ろした貴之は自分も腰を下ろし、春輝の身体を触り、怪我が無いか確かめている。

「何であんな無茶をした? アイツが空手部だって知ってたか?」

「……」

春輝は怒った顔の貴之から顔を逸らした。知らなかったし、迂闊な行動だったと、今なら思う。

「敵の事を何も知らないくせに、勝手に動くな」

「……何も知らないって……何も教えてくれないじゃないか」

そもそも、貴之がいずれ話すと言ったから、春輝は自分で探ろうと思ったのだ。

「なぁ教えてくれよ。じゃなきゃ、オレはオレで氷上先輩の事を調べるからな」

春輝はそう言って、汚れた顔と口を洗いに行く。

「……頼むから」

後ろから、珍しく弱々しい声がして、春輝は振り返った。すると貴之は何故か苦しそうな顔をしているのだ。

「……頼むからお前は俺のそばから離れないでくれ」

「……氷上先輩は守れなかったから?」

貴之の肩が震えた。こんなに弱々しい貴之は初めてで、春輝は洗面所で汚れたところを洗うと、貴之のそばに座る。

「……オレだって、貴之を守りたいんだよ。確かに迂闊だったのは認めるけど……」

何かに巻き込まれているのに、何も知らされないんじゃ、自衛もできないと言うと、貴之はため息をついた。

「………………敵は誰かは特定できないんだ。前寮長と俺との間で揺れてる生徒を、前寮長のシンパが操作してる」

「だから、何でそこまで貴之に嫌がらせする必要があるんだよ?」

いくら前寮長がよくできた人でも、そこまでする必要はないのでは? と春輝は疑問に思う。

「春輝は前寮長……有沢先輩の事を知らないからそう言える。本当にすごい人だったから」

「それは噂で聞いた。……なぁ貴之、ちゃんと質問に答えてくれ」

春輝は貴之を真っ直ぐ見つめた。けれど彼とは視線が合わない。

春輝は立ち上がる。

「ああそうかよ。そこまでして言わないなら、オレは勝手にこの問題の原因を探る」

「……」

貴之は黙ったまま動かなかった。

春輝は制服から部屋着に着替え、部屋を出た。
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