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第21話

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「友嗣!」

 駿太郎は【ピーノ】のドアを開けると、いつも通りカウンター内にいた友嗣に声をかける。

「あ、シュン来てくれたんだ、嬉しい」

 満面の笑みを見せる彼に、駿太郎はいつもの席に座って身を乗り出した。

「ありがとうな、おせち。嬉しかったし美味かった」
「ふふ、どういたしまして」

 嬉しそうに笑う友嗣は慣れた手つきでさりげなくお冷を出す。こういう所作からも、友嗣はただ色々緩いだけじゃないんだなと思った。ちゃんと彼を見ていなかったことを反省する。

「なんだよ、俺の存在は無視かぁ?」

 呆れたような声がして見ると、声とは裏腹に笑っている将吾がいた。完全に浮かれて彼の存在を忘れていた自分に気付き、駿太郎は慌てる。

「あ、すみません将吾サン。……って、その焼き海老……」
「ああこれ?」

 将吾の前には駿太郎が自宅で見たものと同じような、焼き海老が置いてある。まさか同じもの? と友嗣を見ると、彼は眉を下げた。そして将吾を見たので、駿太郎もつられて将吾に視線を戻す。

「今日仕入れた海老だ。友嗣に連絡した時シュンは寝てたみたいだから」

 いやあ、相当お疲れだったみたいだなあはは、と笑う将吾に、駿太郎は一気に顔が赤くなるのを自覚した。なんで話したんだ、という顔で友嗣を睨むと彼は肩を竦める。

「“慰めて”あげたら“疲れて”寝ちゃった……って言っただけだよ?」
「あはは、シュンが友嗣に慰められるなんてな!」
「あっ、う……っ」

 しっかり甘えられて良かったじゃないか、と将吾に言われて駿太郎は言葉が出なかった。意味を成さない呻き声のようなものが口から出るけれど、反論はできていない。
 それに、美味しくいただいた海老を、将吾が仕入れたと言ったのが気になる。というか、いまさらだけど将吾が何をしている人なのか、友嗣との関係はなんなのか、そのあたりもきちんと聞かないとな、と思った。

「恥ずかしい……」

 人前でのイチャイチャは痛いと思っているけれど、二人きりなら存分にベタベタしたい。将吾の存在を本当に忘れてしまった自分を反省し、熱い顔を水を飲んで冷ます。

「将吾サンがくれた海老でしたか。美味しかったですありがとうございます」
「心がこもってねぇなぁ。友嗣に言ったみたいに言ってくれよ」

 ニヤニヤと笑う将吾はからかってきた。もういいですって、と顔を手で隠すと、彼はクスクスと笑う。

「っていうか将吾サン、海老を仕入れてきたって言ってましたけど、卸業者か何かですか?」

 これ以上からかわれたくない、と駿太郎は話題を変えた。思えば会って二年も経つのに、自分から将吾や友嗣のことを聞いたことがなかったな、と反省する。今まで自分のことばかり語る駿太郎に、嫌な顔せずに付き合ってくれた将吾には感謝だ。

「俺? んー……俺の本業って何だろ? 友嗣」
「ええ? どういうことですか?」

 考えるような素振りを見せた将吾に、駿太郎は思ったことをそのまま言う。将吾に聞かれた友嗣も、「なんだろ?」と首を傾げているので、どうやらいくつもの仕事をかけ持ちしているらしいとわかる。

「何で稼いでるかっていうなら答えられるぞ? 不動産に飲食店経営、株と人材派遣とコンサル……」
「ちょっ、と待ってください。情報が多いです」

 眉間を押さえて手のひらを見せた駿太郎は、まだ話し続ける将吾を止めた。彼の自宅は高級住宅地だったし、毎日【ピーノ】にいるから不労所得があるのは予想の範囲内だけれど。

「って言っても、不動産は親から引き継いだものがほとんどだよ。ほかはそれを活かそうとした結果だな」
「なる、ほど?」

 将吾の意外な一面に、駿太郎は呆気にとられる。それを知ってか、将吾は苦笑した。

「俺不器用だからさ、これを始めるのにアレが必要だって思ったら、じゃあ自分で事業を立ち上げればいいんだって思っちゃうんだよね」
「いや、それで回ってるなら全然不器用なんかじゃ……」

 スケールが違いすぎてよくわからなくなってきた駿太郎は、いいタイミングで出てきたカルーアミルクを煽る。出してくれた友嗣にお礼を言うと、彼はにっこり笑った。

「ちなみに。ここのオーナーです」

 そう言って、友嗣が手のひらで指し示したのは将吾だ。駿太郎は危うく口に含んだものを噴き出しそうになり、慌てて飲み込む。

「はあ!?」
「あはは! いいリアクションするなぁ!」

 笑う将吾は上機嫌だ。【ピーノ】って松を意味するんだよ、と言われ、彼のフルネームが松本将吾だと思い出し、カウンターに突っ伏す。
 聞かなかったのもあるけれど、こんなにも安易につけられた店名に気付かなかった、自分の鈍さにへこむ。では、友嗣は将吾に雇われている、ということか。

「あ、あの……余計なお世話ですけど。ここ客入ってるところ見ないですよね?」
「ああ。ここは俺の趣味みたいなものだから」
「しゅみ……」

 趣味でお店を経営するのか、と思うけれど、将吾がいつも落ち着いているあたり、ほかで採算はとれているのだろう。駿太郎はオウム返しすると、そう、と将吾はビールを煽る。彼はグラスの中身を全部飲み干すと、そろそろ行くわ、と立ち上がった。

「え? まだ色々聞きたいことが……」
「残念シュン。俺も話したいところだけど、気ままに事業を広げた結果、こんな時間でも仕事をしなきゃなんだよ」

 そう言いながらも、どこか楽しげに会計を済ます将吾。またな、と爽やかに手を振って去っていく彼を、駿太郎は呆然と見送ることしかできなかった。

「……なんで黙ってたんだよ?」

 色々情報処理が追いつかなくて、将吾と友嗣の関係を聞きそびれた。咎めるように駿太郎は友嗣を見ると、彼はごめんね、と眉を下げる。

「将吾に口止めされてるんだ。取引に影響出るとかで……どこで情報が漏れるかわからないからね」

 言われてみれば納得する理由だし、教えてもらえたということは、信用されているのだろう。しかし友嗣からは、情報を引き出せなさそうだ。

「友嗣はここで将吾サンに、雇われて店長やってるってことだな?」
「そうだよ」

 どうしてそんなことになったのか、そこが聞きたいけれど、友嗣は話さないだろう。自分が友嗣の特別なのと同じく、将吾も特別だと彼は言っていたからだ。将吾に口止めされていたことをきちんと守っていた友嗣だから、駿太郎が聞き出そうとしても無理かもしれない。

(その『特別』が、恋愛って意味じゃなきゃいいけど)

 お世辞にも繁盛しているとはいえない店で、友嗣を働かせている理由はなんなのか。そんなことを考えていると、カウンターから出てきた友嗣に、顎を掬われ唇を啄まれた。
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