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19 ひよっ子、軟禁される

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「勝手に部屋を出るなと言ったはずだが?」
「え、いやあの……っ」

 ヤンが声を上げると、まとわりついていた使用人たちはサッと離れる。自分が言っても離れてくれなかったのに何で、と少々恨めしく思ったが、それよりも今はレックスとの会話だ。

 しかしヤンが口を開くより早く、レックスはヤンの腕を掴んで強く引く。そのままレックスの部屋へ連れていかれ、ソファーへ投げ出された。

「ハッキリ言おう。お前はここに来て男娼まがいのことをするのが目的か?」
「そ……んな、つもりはありません……っ」

 思ってもみないレックスの発言に、ヤンは思わず彼を見上げる。レックスは分かりやすく怒っていて、それが部屋を出るなという命令を聞けなかったからだと悟った。

「そんなつもりはない、か……。それも嘘かもしれない。どう証明する?」

 レックスの言葉にヤンは俯く。命令に何度も背いたのは自分だ。それで信じてくれなんて、都合がよすぎることは言えない。

「証明は……できません。ですがこれだけは聞いてくださいっ」
「主人の言うことが聞けない従騎士の言葉など、誰が聞く?」
「猫が……! ベンガル猫のアイツがうろついてます!」
「それは近々討伐隊を出すとハリア様が仰っただろう」

 ダメだ、とヤンは唇を噛む。このままではヤンの言うことを信じてもらえない。どうしたら、と思ったその時、何かが乾いた音を立てて床に落ちた。見ると、先程拾った花モチーフの飾りだ。

「あ……」

 ヤンがそれを拾おうとするより早く、レックスが勢いよくそれを拾い上げる。そしてさらに強い視線でヤンを睨んだ。

「……どこでこれを拾った?」
「え、あ、あの……っ」

 あまりの視線の強さに、ヤンはすっかり竦んでしまう。

「答えろ。どこで拾った?」
「し、寝室……」
「寝室に入ったのか!?」

 ヤンはレックスの迫力に、思うように言葉が出なくなった。フルフルと首を振ると、レックスはきちんと答えろ、と金の瞳でヤンを突き刺してくる。

「ど、ドアの前に……落ちてました……っ」

 中には入っていません、と震えながら言うと、レックスはそれをポケットにしまった。持ち主を聞こうと思っていたけれど、今の状況では聞けないし、レックスから持ち主へ返してくれることを願う。

「……命令だ。今からお前は俺の書斎から一歩も出るな」
「え……?」
「安心しろ、食事は持ってきてやるし、シュラフも持ち込め。命令に背いたことを反省するまで、書斎から出ることは許さん」

 それはいわゆる軟禁というやつではないか。そうしたらレックスの世話もできないし、本当に穀潰しになってしまう。

「……ああ、ダガーも没収だな」

 そう言ったレックスはヤンが拒否するよりも早く、ダガーを取り上げてしまった。そして再び強い力で腕を引かれ、書斎にシュラフと一緒に放り投げられる。ヤンはどうする事もできずに、大人しく従うしかなかった。

 ――信じてもらえなかった。
 その事実がヤンの胸を重くし、目頭を熱くする。
 言葉遣い以外のマナーは知らずチグハグ、男娼まがい……レックスはヤンの出自に気付いたのだろうか。それなら信じてもらえないのも頷けるし、城にいて甘い汁をすするのが目的と思われても仕方がない。

 いずれにせよ、レックスを怒らせてしまったのは間違いない。
 ここに来て、やっぱり自分には騎士は向いていなかったと自覚させられた。虹の橋を渡った『家族』の仇を討つこともできず、それどころか、今は剣さえ持つこともできない。

「レンシス様……っ」

 ヤンはここに来て初めて、声を上げて泣いた。思えば『家族』と別れてから、ちゃんと彼らを想って泣く機会がなかったと気付けば、申し訳なくてまた泣けてくる。
 彼らは、ヤンにひとの温かみと優しさを教えてくれた。決して裕福な暮らしではなかったけれど、ヤンが素直に育つほどには、情を傾けてくれていた。そんなひとたちを遊び半分で傷付けたのはあのベンガル猫だ。そして、泣いて冷静になった頭で思うのは、やっぱりアイツを許せない、という気持ちだ。

「……」

 ひとしきり泣いて、幾分かスッキリしたので顔を上げる。辺りを見回すと書斎は小さな部屋で、ヤンにとっては心地よい広さだった。壁掛け式折りたたみテーブルがあったのでそれを広げると、下には丁度いい隠れ場所ができたので、そこにシュラフを持ち込んで入った。

 書斎の名の通り、本しかない空間。辺りはしんとしていて怖くなる。気分を紛らわせるために本でも読むことができればよかったけれど、ヤンは字を読むことができない。

 すると、部屋の外が騒がしくなった。身体を縮こまらせて警戒していると、微かに声が聞こえる。レックスとアンセルの声だ。

「レックス!? 何やってんの!?」
「悪い。でももう限界だ」

 疲れたような主人の声に、ヤンはドキリとした。やはり自分が至らないせいで、レックスに無理をさせていたというのが、分かってしまったからだ。

「だからって……きみも……ハリア様……だろ?」
「分かってる。けど……なかった」

 そのあとは声を抑えたのか、所々しか聞こえなくなってしまう。けれどそこでヤンが思ったのは、やっぱり二人は仲がいいんだな、ということだ。たとえそれがヤンの愚痴でも、それを言える程には。

 ――僕には、笑いかけもしないのに。

 そう思ってハッとする。レックスは騎士団長だ、ヤンの主人である彼が、自分に笑いかけるなんてこと、する訳ないじゃないか、と首を振った。常に模範的であろうとする真面目な彼が、ただの従者に心を開くわけがない。
 ただ、アンセルと二人きりの時は、素が出ているようだけれど。

 いいなぁ、と思った。ヤンには『家族』以外に、心を許せる友達はいなかった。そもそも、『家』の外に出られる機会なんて、そうなかったけれど。

 思えばここに来て、レックスたちに剣の腕を認められて、『家族』では埋められない何かが埋まったような気がしていたのだ。でもそれは、世間からすればごく当たり前のことで、本当に、自分は何も持っていないのだと自覚させられる。

 でももう、何も持っていないからこそ、ここでやるしかないのだ。家も、家族も、学も身分もない自分が、生きていられる唯一の方法。

 やっぱり、自分にはこの道しかないのだ、とそんなことを考えながら、ヤンは膝を抱えて眠った。
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