148 / 155
第148話 ~とある領主夫妻の会話~
しおりを挟む
本館の応接室を兼用する居間から、愛娘と跡取り息子がいる前庭の光景を窓越しに眺めて、身なりは良くとも年齢的に少しだけ腹が出てきた壮年の貴族、ディアス・クライスト・ウェルゼリアが呟く。
「ジェオの奴… 伝書鳩の手紙にあった通り、王都から半日で踏破してきたのか」
「えぇ、馬車の姿はありませんものね、徒歩なのでしょう」
例え、常識の通用しない規格外の息子であろうと、自身の腹を痛めて産んだ故か、何ら憚らずに彼の妻であるフローディアは軽い態度で言葉を返した。
素っ気ない返事をされた伴侶が鼻白むのに構わず、“英雄の類とはそういうものです” と嘯き、もう諦めて受け入れるように諭す。
「よくある物語の中なら気にしない、のだがな」
現実世界に出て来られた場合、大半の為政者は横紙破りな存在の処遇に困り、日陰で苦悩するに違いない。
取り分け、世襲によって実力と関係なく地位を得た者達など、普段なら意識しない劣等感を刺激されて反目するのは必至だ。
父親である彼ですら、領内外の要望で魔物討伐へ赴いた兵卒らが憧憬を滲ませて語る賞賛や、港湾都市の碩学という市井の評価を聞くたび、少しもやっとするのを否定できない。
恐らく、自己利益を確保しつつも巧みな領地経営を行い、中途半端な凡愚どもより上手く民草を導いている認識があったのだろう。
「なるほど、道理で守銭奴呼ばわりされても気にならないわけだ」
「衆愚におもねて得る名声に価値はない、でしたっけ?」
訥々と胸の内を晒したディアスが呆れたように肩を竦めると、妻は今更でしょうと微笑み、若い頃の伴侶が熱く語った言葉を紡ぐ。
“民衆の支持は税率を下げれば取り付けられるが、いざという時の蓄えが足りずに戦乱や天災で自滅するのみ、大衆迎合を是とする無責任な屑にはなるまい” と。
もっと言うなら、本来は思想信条の違う人々が集まり、一様に掲げられる意見なんて互いの譲歩で形骸化したゴミでしかなく、政治には反映できないとも宣っていた。
「うぐぅ、自分以外の口から聞くと、反感を抱かれそうな物言いに聞こえるぞ」
「多分、顰蹙を買っているでしょうね、けど……」
愛息も “大衆的な発想は受容され易いものの凡庸に過ぎず、平均的な知識水準の制限も受けるため、最善の結果を導くことは殆どない” と断じており、似た者親子だとフローディアは笑う。
それに加えて意志決定の過程や、共感的な理解が効果の最大化より重要な時もあると添え、柔軟な態度を示したことに言及すれば、相手は苦い顔つきとなった。
「妙に達観しているな、我が息子ながら」
「ふふっ、貴方も泰然自若にしていたら良いのです」
将来的な発展に寄与するものなら、突飛に思えたモノでも受け入れて真価を見定めるべきと、最近は悩みがちな伴侶に夫人が物申す。
ただ、独立都市イルファの自領編入と国家紙幣の発行に喰い込んでいる件もあり、利害が絡んだ多方面から当て擦られ、気苦労の絶えない御仁は小さな溜息を零した。
「ジェオの奴… 伝書鳩の手紙にあった通り、王都から半日で踏破してきたのか」
「えぇ、馬車の姿はありませんものね、徒歩なのでしょう」
例え、常識の通用しない規格外の息子であろうと、自身の腹を痛めて産んだ故か、何ら憚らずに彼の妻であるフローディアは軽い態度で言葉を返した。
素っ気ない返事をされた伴侶が鼻白むのに構わず、“英雄の類とはそういうものです” と嘯き、もう諦めて受け入れるように諭す。
「よくある物語の中なら気にしない、のだがな」
現実世界に出て来られた場合、大半の為政者は横紙破りな存在の処遇に困り、日陰で苦悩するに違いない。
取り分け、世襲によって実力と関係なく地位を得た者達など、普段なら意識しない劣等感を刺激されて反目するのは必至だ。
父親である彼ですら、領内外の要望で魔物討伐へ赴いた兵卒らが憧憬を滲ませて語る賞賛や、港湾都市の碩学という市井の評価を聞くたび、少しもやっとするのを否定できない。
恐らく、自己利益を確保しつつも巧みな領地経営を行い、中途半端な凡愚どもより上手く民草を導いている認識があったのだろう。
「なるほど、道理で守銭奴呼ばわりされても気にならないわけだ」
「衆愚におもねて得る名声に価値はない、でしたっけ?」
訥々と胸の内を晒したディアスが呆れたように肩を竦めると、妻は今更でしょうと微笑み、若い頃の伴侶が熱く語った言葉を紡ぐ。
“民衆の支持は税率を下げれば取り付けられるが、いざという時の蓄えが足りずに戦乱や天災で自滅するのみ、大衆迎合を是とする無責任な屑にはなるまい” と。
もっと言うなら、本来は思想信条の違う人々が集まり、一様に掲げられる意見なんて互いの譲歩で形骸化したゴミでしかなく、政治には反映できないとも宣っていた。
「うぐぅ、自分以外の口から聞くと、反感を抱かれそうな物言いに聞こえるぞ」
「多分、顰蹙を買っているでしょうね、けど……」
愛息も “大衆的な発想は受容され易いものの凡庸に過ぎず、平均的な知識水準の制限も受けるため、最善の結果を導くことは殆どない” と断じており、似た者親子だとフローディアは笑う。
それに加えて意志決定の過程や、共感的な理解が効果の最大化より重要な時もあると添え、柔軟な態度を示したことに言及すれば、相手は苦い顔つきとなった。
「妙に達観しているな、我が息子ながら」
「ふふっ、貴方も泰然自若にしていたら良いのです」
将来的な発展に寄与するものなら、突飛に思えたモノでも受け入れて真価を見定めるべきと、最近は悩みがちな伴侶に夫人が物申す。
ただ、独立都市イルファの自領編入と国家紙幣の発行に喰い込んでいる件もあり、利害が絡んだ多方面から当て擦られ、気苦労の絶えない御仁は小さな溜息を零した。
11
あなたにおすすめの小説
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
神眼のカードマスター 〜パーティーを追放されてから人生の大逆転が始まった件。今さら戻って来いと言われてももう遅い〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね」
Fランク冒険者のアルディンは領主の息子であるザネリにそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
父親から譲り受けた大切なカードも奪われ、アルディンは失意のどん底に。
しばらくは冒険者稼業をやめて田舎でのんびり暮らそうと街を離れることにしたアルディンは、その道中、メイド姉妹が賊に襲われている光景を目撃する。
彼女たちを救い出す最中、突如として【神眼】が覚醒してしまう。
それはこのカード世界における掟すらもぶち壊してしまうほどの才能だった。
無事にメイド姉妹を助けたアルディンは、大きな屋敷で彼女たちと一緒に楽しく暮らすようになる。
【神眼】を使って楽々とカードを集めてまわり、召喚獣の万能スライムとも仲良くなって、やがて天災級ドラゴンを討伐するまでに成長し、アルディンはどんどん強くなっていく。
一方その頃、ザネリのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
ダンジョン攻略も思うようにいかなくなり、ザネリはそこでようやくアルディンの重要さに気づく。
なんとか引き戻したいザネリは、アルディンにパーティーへ戻って来るように頼み込むのだったが……。
これは、かつてFランク冒険者だった青年が、チート能力を駆使してカード無双で成り上がり、やがて神話級改変者〈ルールブレイカー〉と呼ばれるようになるまでの人生逆転譚である。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
(更新終了) 採集家少女は採集家の地位を向上させたい ~公開予定のない無双動画でバズりましたが、好都合なのでこのまま配信を続けます~
にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
突然世界中にダンジョンが現れた。
人々はその存在に恐怖を覚えながらも、その未知なる存在に夢を馳せた。
それからおよそ20年。
ダンジョンという存在は完全にとは言わないものの、早い速度で世界に馴染んでいった。
ダンジョンに関する法律が生まれ、企業が生まれ、ダンジョンを探索することを生業にする者も多く生まれた。
そんな中、ダンジョンの中で獲れる素材を集めることを生業として生活する少女の存在があった。
ダンジョンにかかわる職業の中で花形なのは探求者(シーカー)。ダンジョンの最奥を目指し、日々ダンジョンに住まうモンスターと戦いを繰り広げている存在だ。
次点は、技術者(メイカー)。ダンジョンから持ち出された素材を使い、新たな道具や生活に使える便利なものを作り出す存在。
そして一番目立たない存在である、採集者(コレクター)。
ダンジョンに存在する素材を拾い集め、時にはモンスターから採取する存在。正直、見た目が地味で功績としても目立たない存在のため、あまり日の目を見ない。しかし、ダンジョン探索には欠かせない縁の下の力持ち的存在。
採集者はなくてはならない存在ではある。しかし、探求者のように表立てって輝かしい功績が生まれるのは珍しく、技術者のように人々に影響のある仕事でもない。そんな採集者はあまりいいイメージを持たれることはなかった。
しかし、少女はそんな状況を不満に思いつつも、己の気の赴くままにダンジョンの素材を集め続ける。
そんな感じで活動していた少女だったが、ギルドからの依頼で不穏な動きをしている探求者とダンジョンに潜ることに。
そして何かあったときに証拠になるように事前に非公開設定でこっそりと動画を撮り始めて。
しかし、その配信をする際に設定を失敗していて、通常公開になっていた。
そんなこともつゆ知らず、悪質探求者たちにモンスターを擦り付けられてしまう。
本来であれば絶望的な状況なのだが、少女は動揺することもあせるようなこともなく迫りくるモンスターと対峙した。
そうして始まった少女による蹂躙劇。
明らかに見た目の年齢に見合わない解体技術に阿鼻叫喚のコメントと、ただの作り物だと断定しアンチ化したコメント、純粋に好意的なコメントであふれかえる配信画面。
こうして少女によって、世間の採取家の認識が塗り替えられていく、ような、ないような……
※カクヨムにて先行公開しています。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
転生先の説明書を見るとどうやら俺はモブキャラらしい
夢見望
ファンタジー
レインは、前世で子供を助けるために車の前に飛び出し、そのまま死んでしまう。神様に転生しなくてはならないことを言われ、せめて転生先の世界の事を教えて欲しいと願うが何も説明を受けずに転生されてしまう。転生してから数年後に、神様から手紙が届いておりその中身には1冊の説明書が入っていた。
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる