悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第56話

「ジェオ君、もうリィナは……」
「あぁ、助からない、真っ当な手段だと」

　禁忌に触れる覚悟を済ませて、疲れた様子のフィアにマナ回復薬の使用を勧める傍かたわら、治癒魔法での延命措置も指示して継続させる。

　戸惑いつつも従う侍祭の娘を見届け、自身に水魔法の適性があるのを感謝しながら、それを寄こせと背後のサイアスに向けて、小さく左手を掲げた。

「ははっ、やはり蕃神ばんしんの力を求めるか、これを回収するために港湾都市の下水道を探し廻り、思わぬ森の奥地で見つけて喜んでいたのだがな」　

　やれやれといった雰囲気で嘯うそぶき、師は外法げほうの狂気に溺おぼれるなよと一言だけ添えて、“意志ある粘液ショゴス” の核より漏れて形を成なした魔導書、『ルルイエ異本』とやらを手渡してくれた。

　重厚な装丁の本を掴み、自身のマナを純粋な魔力に換えて注そそいだ途端とたん、眩暈めまいが引き起こされてふらつく。

　“ふんぐるい むぐるうなふ死セル クトルゥフ るるいえ うがふなぐる ふたぐんルルイエ 微睡ノ中 時ヲ待ツ”

　名状し難がたい言語による一文が脳裏へ浮かび、呪物から逆流する膨大な水属性の魔力に乗せて、知り得るはずもない数多あまたの知識が雪崩れ込んできた。

「ぐっ、うぅ」

　栄華を極めた海底都市、そこに君臨する異星の神々等、情報の過多に呻き声が零れるも、感覚的には輪廻転生の狭間で延々と見せられた “邯鄲かんたんの夢” に近しく、お陰で然さほどの不快感はない。

　軽々けいけいに良し悪しが判断できず、見識のありそうなサイアスに視線を投げると、微妙に残念な感じで肩を竦すくめられた。

「いざ精神や肉体を浸食されたら、片腕ごと切り離してやろうと思ったが、存外にあっさりと認められたものだな、つまらん」

　一言多いのは兎とも角かく、ある種の選別を確かに越えたらしく、左の掌中にあった魔導書が水銀のような流体となり、左腕に纏わりついて鈍色にびいろの籠手を構築する。

　明らかに怪しい代物しろものではあれども、その権能が水属性及び無属性魔法の補助全般だと、何故か感覚的に理解できてしまった。

「…… 都合が良すぎて、どうにも腑ふに落ちない」

　作為的な要素を感じるとは謂いえ、差し迫ったリィナの容態もあるため、彼女の傍に屈み込んで革製ホルダーから投擲用のナイフを外す。

　鋭い刃で欠損部の端肉はにくを抉えぐり取れば、適宜てきぎに傷へ回復薬を振り掛け、意識のない幼馴染に寄り添っていたクレアが眉を顰しかめ、非難がましく睨み付けてきた。

「さらに傷つけて、どうする！！」
「“人体錬成” だよ、ホムンクルスの製法をなぞらえる」

　完全に魂こんと魄はくが乖離かいりした場合、蘇生の難易度は想像を絶するものになるが、今なら肉体を補おぎなうだけと軽口を叩き、真下に広げた魔力波の定位反射で付近の地下水脈を探り当てる。

　そこと掌上を空間魔法で数秒ほど繋ぎ、溢あふれ出た水を属性魔法で球状に留とどめて、斥候の娘より拝借した彼女自身の一部を放り込んだ。