悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第94話

　祖父と孫ほど年齢差のある二人が去って暫しばらく、学生達に紛まぎれて講堂の外に出る。

　午後の日差しが降り注ぐ構内を歩き、正門の外にある馬車留め付近まで赴おもむくと、女司祭の法衣を纏ったフィアが周囲の目を集めつつも静かに佇たたずんでいた。

「悪いな、少し待たせてしまった」
「いえ、私が早く着いただけです、気に病まないでください」

　柔らかく微笑んだ司祭の娘は王都に於おける地母神派の本拠、聖マリア教会での着任挨拶が思ったよりも早く済んだと嘯うそぶき、大司教から授さずかった辞令状を見せてくる。

　窺うかがい知る限りでは将来的に政治の中枢へ喰い込みそうな傑物を懐柔するため、教会各派が遣つかわせる専属司祭は教区に縛られ難がたいことから、比較的自由に所属の変更ができるようだ。

「妥当だとうではあれども、必要な手続きは一つ減ったな」
「残っているのは王都の冒険者組合へ籍を移すことくらいでしょうか？」

　活動拠点の変更に伴ともう諸々もろもろを思い浮かべ、抜けはないかと他愛ない会話も交えて、迎えを待つ僅わずかな間に確認する。

　その傍かたわらに街路の奥を眺めていれば、これから会う相手の所有物であろう立派な黒塗りの馬車が進んでくるも、待ち人は背後から軽かろやかに歩み寄ってきた。

「丁度、良い具合に着きましたね、イングリッド」
「ん… 直前の講義が長引いたのは怪我の功名」

　雁首揃がんくびそろえてフィアと振り向いた先、普段使いのドレスを着熟きこなす主従の少女が近い距離に立ち止まっており、こちらと視線が合った瞬間を逃さずに会釈してくる。

　若干、見覚えのある二人に記憶を呼び起こされ、星拝せいはいの祭壇に纏まつわる場景など思い出していたら、相手方の一人が桜唇おうしんを開いた。

「エミリア・アシュネルと申します、クライスト家の方々で間違いありませんか？」
「あぁ、貴女の父君には製紙工場の件で世話になっている」

「紙幣や麻紙の話は詳しく知らないのですけど… 少しの間だけ、私と侍女のイングリッドが相手を務めさせて貰もらいます」

　澱よどみのない台詞せりふを並べながら、公爵たる宰相閣下の一人娘は付き添う従者を見遣みやり、鋭く細められた眼差まなざしに絶句する。

　原則、爵位は個人に与えられるため、身内は貴族に当たらないという判断から、畏かしこまるような態度を取らなかったのが不服らしく、血気盛んな黒髪の侍女は大気中のマナに干渉する形で威圧を放ってきた。

「どうにも言葉遣づかいが粗あらい性分でな、非礼があっても許して欲しい」
「勿論もちろん、構いませんよ、同じ学院の専門課程に通う身ですから」

　肩を竦すくめて “飼い主” の令嬢に請こえば、あっさりと快こころよい言葉が返され、物々しい雰囲気は一瞬の下に掻かき消える。

　何やら雇用主クライアントには忠実だが、やや面倒そうな黒髪少女が敵意を収おさめたのに合わせて、こちらも屋敷まで同伴させるフィアの紹介を手短に行い、促されるまま御者が開いたドアを潜くぐり抜けて馬車に乗り込んだ。