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第閑−2話 獣人の思想

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 崖の上に建てられた城。
 城内。
 赤い絨毯が敷かれた広間の中心に、手、足、頭、胴体。数十人の身体のパーツが、一つも揃うことなく積み上げられていた。
 それはまさに屍で出来た山と言うに相応しい。

 頂きに腰を下ろす男。
 彼だけが唯一生きていた。
 返り血よりも赤い深紅の衣服を纏った男は、自身の鬣《たてがみ》に付いた血を拭い舐める。
 その姿はどこか気高い。

「逆らわなければ、殺しはしないと忠告したのに挑むとは……。まさか、本気で俺に勝てると思ったのか?」

 血に塗《まみ》れた男は、自らが殺した屍たちに問う。
 当然、返事など帰ってくるはずもない。

 代わりに返事をしたのは、メイド服を着た女性・・だった。入口に立つ彼女は、呆れた表情で扉を閉じると、ゆっくりと屍に近づいていく。

「答えるわけないでしょう? レテオ。自分が殺したんですから。それにここを私たちの拠点にするから、なるべく綺麗にお願いしますって言いましたよね? ああ。こんなに血で汚して……。これなら最初から私が殺してから帰れば良かった」

 屍が発する匂いに顔を顰め、眼鏡の位置を直した。

「悪かったよ、アム・・。だが、お前にはお前で別の任務があった。だから、俺が対応した。違うか?」

「そうですけど……。女装までして頑張っている私の身にもなってくださいよ」

 アムは肩まで伸びた髪を後ろで一つに纏める。すると、黒い毛で覆われた鋭い耳が惜しげもなく晒された。

「しかし、何故、長い時間をかけてまで、彼女を【獣人】にさせる必要があったのでしょうか? 流石に数年も二重生活は面倒でしたよ」

 クレスを【獣人】に変化させること。それがアムに与えられた任務だった。

 そのためにアムはフォンテイン家の侍女として、性別を偽り潜入をしていた。
 理由も分からぬまま、何年も生活することは苦痛でしかなかった。

「さあな。それよりも折角任務が終わったんだ。パーティーと行こうじゃないか」

 山から飛び降りてアムの横に並び立つ。

 レテオが降りた山の中から、「パーティ、どこ!? どこでやるの! これ以上のご馳走があるっていうの!?」と。前髪を一直線に揃えた少女が、死体の山から顔を覗かせた。

 海獣のような牙にヒレ。
 死体の海を泳いで満足した少女の笑顔は輝いていた。

「マーマル。久しぶりですね。あなたも帰っていたのですか?」

「うん! ちょっと前にね。ずっと姿が見えないから、アムは死んじゃったかと思ったよ!」

「……あなたじゃないんです。私がミスをするわけないでしょう?」

「やだなー。私の方がミスはしないよ。だって、私のお陰で【獣人】は増えてるんだからさ!!」

「……そうですけど」

 少女――マーマルの成果を渋々と認める。
 その姿に牙の付いた口を大きく開いて笑う。

「ほら! 私のお陰じゃん」

「いえ、任務という点では同じです。むしろ、長期間の任務をこなす方が難しいです。他にも私はそれ以外にも色々任務はありましたからね。数は圧倒的に私です」

「べーだ。数より質だもん! ね、レテオもそう思うよね?」

 顔を近付けて互いの手柄を主張し合う2人。
 このままでは拉致が明かないと思ったのか、少女――マーマルは見守るレテオに聞いた。

「はっはっは。つもる話はこの馳走を平らげてからだ。久しく3人が揃ったんだ。盛大に祝おうではないか」

 三人の獣人たちは雄たけびの如く笑うのだった。
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