oldies ~僕たちの時間[とき]

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2.――“troublemaker” [1]

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2.――“troublemaker”



「…オマエ、もしかして友達いねえの?」


 そう葉山に訊かれたのは、――あれから何日くらい経ってからだろうか?
 とりあえず、そう日は経っていないような気がする。
 あれ以来、自分から『また聴きにきてもいいか』と言った言葉通り、葉山は放課後、部活が終わってから毎日、声楽室に顔を出しにくるようになった。
 グランドピアノに寄りかかるようにして、僕が弾いている間、何を言うでも無く邪魔をするでも無く、じっと静かに聴いていてくれる。
 そうして一曲終わるごとに、休憩しがてら、ぽつぽつと他愛も無い世間話をするようになり……そういう時に訊かれたのだ。これも。


「――『友達』……?」
「あ、いや、なんてゆーか、その……周りの誰に聞いても、オマエと親しい人間なんて知んねー、って答えばっかだったから……どうなのかな、と……」
 言いながらバツの悪そうな表情で軽く目を逸らした葉山をキョトンと見つめ、ほとんど相槌のように「友達ねえ…」などと呟きながら、しかし考えるまでもなく即答で、僕は答えを返した。
「…居たことがないな」
 アタリマエのように軽く応えた僕のことを、葉山は一瞬、驚いたように瞠った瞳で見つめ返して。
 やおら、「ふうん…」と鼻を鳴らすように呟く。
「てーか……じゃあ欲しくねえの? 友達」
「別に。『欲しい』とか『欲しくない』とか、考えてみたこともないし」
「何で?」
「『何で』って言われても困るけど……出来ないものは仕方ないだろう?」
「いっつも一人でいて、淋しくねえの?」
「――『淋しい』とかって云うことが、そもそもよくわからない」
「…ヘンなヤツ」


 ――はっきり言ってしまえば……僕は葉山が苦手だった。
 僕と違い、何でもかんでも、思ったことはストレートに口に出す。ストレート過ぎて、時に不躾で人を傷つけてしまうこともあるんだろうけど。でも、それゆえに、いつだって人の輪の真ん中に居る。…そんなヤツ。
 だから苦手だった。
 葉山は、きっと“諦める”という言葉なんて知らないのだろうと思えるから。
 こいつは何事でも諦めることなく意志を貫き通し、ついには成し遂げることが出来るだろう。――そう感じさせるオーラみたいなものを放ってる部類の人間、だった。
“可能性”という言葉が良く似合う。…そんな人間。
 それゆえに、これほどまでに自分にも誰に対しても正直で、真っ直ぐで、一生懸命で、いられるのだろうと思う。
 こうして向き合って話していても、僕は常に何かしらの齟齬を感じざるを得なくて。
 それが、ひどく眩しく感じられる時もあり。…また羨ましくさえも思ってしまう時もあり。
 ヤツに近付くことは、だから僕にとって、多分“危険”なことだった。――諦めたはずのものを、思い出してしまいそうになるから。
 しかし、それが解っていながら……でも僕はヤツから離れられなかった。
 こうして毎日ピアノを聴きに訪れてくれることが、何となく嬉しかったのだ。
 ヤツの言葉は真っ直ぐ過ぎて“苦手”だし、“危険”でも、あるのだけれど……何故だろう、決してイヤでは無かった。


 ――きっと僕は……知らず知らずのうちに、“人間”でいることを望んでいるのかもしれない……。


「ところで……その、いつも弾いてる曲。――なんてーの、名前?」
 どこかで聴いたことがあるんだけど…なんて首を傾げるヤツの様子が、如何にも芝居がかっていて。
 思わず小さく苦笑が洩れた。
 葉山なりに、気を遣って話題を変えようとでもしてくれたのだろう。
 まさか僕に友人が居ないなんてこと、ある筈も無いと考えていたに違いない。誰かしら親しい人間くらい居るだろう、と。
 しかし返ってきたのは予想外の返答だったから……悪いこと訊いちまった、くらいのことは思ったのかもしれない。
 でも、話題の転換がアカラサマ過ぎてミエミエで、むしろ笑えるんだけど。
 知らず知らず込み上げてきた僅かな苦笑を噛み殺しながら、僕は「ショパンの『即興曲 第四番』」と簡潔に返した。
「――ってよりも、『幻想即興曲』と云う呼び名の方が、世間様には有名かな」
 これを付け加えた途端、葉山が「ああ…!」と思い当たったように両手をポンッと打ってみせる。
「その曲名なら聞いたことあるぜ! なんだ、この曲のことだったんだ。意外に知られてる曲なんだな」
「そうだね。ショパンのピアノ曲の中でも人気がある方だし、このメロディも、『幻想即興曲』って名前も、かなり有名だからね。映画やらドラマやらCMやらと色んなトコロで使われてもいるし。多分、誰もがどこかで一度は耳にしたことのある曲だよね」
「そうだよな。別にショパンなんかカケラも知らない俺でも、どこかで耳にしたことがあるくらいなんだもんな」
「うん。そのくらい、誰にでも馴染みのある皆に愛されてる名曲。――にも拘らず、そんな“名曲”が、作ったショパン本人には“駄作中の駄作”とされて、あやうく闇に葬られてしまうところだった、なんて……信じられる?」
「え、マジ……?」
 軽く言った言葉に、葉山は短く驚きの反応を僕に向けた。
 僕も軽く笑み、「意外だろ?」と返すと、先を続ける。
「作曲した本人が“駄作”とした曲が、後世、作曲者本人もあずかり知らぬところで素晴らしい“名曲”となって、皆に愛されつつ世に残るんだ。この先、たぶん永遠に。…それって充分、皮肉だよね。自らが“駄作”と定めた曲に、望んでもない名誉を、死んでから後に得ることとなってしまうなんてさ。――そのことをショパンは、一体どう思っているんだろうね……」
 まあでも死んだ後に何を“思う”も無いだろうけどさ。…ポツリと独り言のように付け加え呟いた僕に向かい。
 葉山も「そうだな」と、神妙なカオで…でも相槌を打つように軽く、同意をくれて。
 そうしてから、ふいに訊いた。何気ない調子で。


「オマエも好きなのか、この曲?」


 ――それは、まるで“不意打ち”のように感じられた。


 咄嗟に自分が何を訊かれたのかが分からなくて。
「え……?」
 キョトンとした目を向けて黙ってしまった僕を見つめ、葉山も不思議そうに言葉を投げる。
「だからさ、こう毎日毎日弾いてるからには、オマエもこの曲、好きなのかな? って、思ったんだけど……?」
「『好き』って……?」
 僕が……? この『幻想即興曲』を弾くのが……? ――『好き』、だって……?
「考えてみたことも無いけど……」
 即座に思わず洩れてしまった呟くような本音に、途端、“はあ!?”とでも言いたいような表情になって葉山が言う。心の底から呆れたように。
「じゃあ何でオマエは、そんな好きでもない曲を、そー毎日毎日弾いてんだよ!?」
「え、だって、これコンクールのための曲だから……練習、しないとだし……」
「――はあ!? 『こんくぅる』だー!? てーか、そんなもん出るのかオマエ!?」
「…あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてねえよ、ひとっことも!」
「そうだったっけ? …まあ、いいじゃない。別に言うほどのことでも無いし。したところで面白くもないよ、そんな話」
「てめー、ワケわかんねえっ……!!」


 ――バンッ……!!


 ふいに、そこで葉山の両手がグランドピアノの上に叩き付けられた。
 軽くビクッとした視線を向けた僕を、驚くほど強い瞳で真っ直ぐに見つめ返し…と云うより、もはや“睨み付け”て。
「…それ、すっげえムカつくっ!」
 低い声で呻くように、ヤツは言った。
「ようやく解ったぜ。オマエがピアノ弾いてるワケ」
「え……?」
「オマエ……なに考えて弾いてんの、ピアノ?」
「『なに』って……」
 突然そんなこと問いかけられても……そう咄嗟に返答なんて出来るモンじゃない。
 考えていることなら、多分、きっと幾らでもある。――そう…例えば、さっき言ったショパンの『幻想即興曲』に対する評価のこととか。あと、どうやったら楽譜通り正確に指を動かすことが出来るかとか。僕の苦手とする部分は何処だろうとか。
「――確かに、さ……オマエのピアノ初めて聴いた時、すっげえ感動したよ……」
 しかし、それらを僕が言葉にして口から出す前に、葉山の方が先に、まるで被せるようにして言葉を紡ぐ。
「オマエが弾いてた曲が、すげえ難しそうだから、とか、名曲だから、とか、そんなんじゃなくて。長い間、真剣に練習を積んできた人間の得た“成果”ってヤツを、オマエの弾くピアノに感じたから。オマエの出す音は、そういう人間じゃないと出せない音だと思ったから。――だから感動したんだ。すげえと思った。でも……」
 そして葉山は、そこで一旦、言葉を止めた。
 相変わらず僕を睨み付けているような強い…それでいて果てしなく真剣そのものの瞳で、――静かに告げる。


「ここで聴きながら、いつも思ってた。――オマエ……すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」


 ――ずくんっ……!!


 その言葉を聞いた途端、何かが僕の胸の内側、鈍く…でも鋭く、爪を立てて蠢いた。
 痛い…と感じた。
“何が”痛いのか、“何故”痛いのか、――それがどうしても分からないけど。


 それでも……代わり映えの無い日常に飽いている自分の図星を突かれたことは、確実だった。


「おまえのそーいうとこ、すっげえ気に食わねえっ……!」
 言葉を失った僕の様子になど気にも留めず、吐き捨てるような調子で、葉山が続ける。
「仮にも自分が、そうやってコンクールにまで出られるくらい、真剣に打ち込んできたものに対して……! そこまで無関心でいられるオマエの心根が、さっぱりワケ分かんねえよ! その態度、真剣に生きてる人間に対して、おそろしく失礼だって思わねえのかよ!?」
「――『真剣』とか『無関心』とか……そうゆうこと、そもそも僕には分からないから……」
 ようやく僕は、そこでヤツの言葉の合間に独り言めいた呟きを差し挟んだ。
 それを聞き止めて、つられたように葉山の激昂した言葉も止まる。
 俯いて、目の前の鍵盤の白と黒を見つめながら。
 やはり独り言のように、僕は続ける。
「『気に食わない』のは、お互い様だろ? ――だって僕も君が苦手だ。君の、そんな真っ直ぐで熱くてうっとおしいトコロ、気に食わない」
「なんだとっ……!?」
 噛み付かんばかりに目を向いて、そして何か反論しかけたヤツの言葉を、僕は顔を上げることで遮って。
「…だって、そうだろう?」
 先んじて告げた言葉。


「最初から相容れられるハズなんてないんだよ。――君は“人間”で、僕は“機械”だ」


「…………!?」
 言ってのけた僕を見つめたまま、ぐっと葉山が言葉を飲み込んだのが分かった。
 それでも、僕は淡々と続ける。ヤツの顔を見つめたまま。
「『つまんない』とか『おもしろい』とか『好き』とか『嫌い』とか……そんなもの知らない。僕のピアノには最初から無いんだ、そんなもの。だって僕のピアノはオートマチックだから。僕はピアノを弾くためだけの“機械”だから。――僕も『幻想即興曲』と同じだ。一見すると優秀で将来有望なピアニストに見えるかもしれないけど、本当はただの機械、つまりピアニストとしては“駄作”なんだよ。こんな“駄作”な機械が弾くピアノなんかで無駄な『感動』までさせてしまって……むしろ申し訳なかったよね……」
 ――でも、それを『聴きたい』と言ったのは、君の方だろう……?
 やおら自然に浮かんできた微笑みと共に告げた途端、ヤツはぎりっと唇を噛み締めた。
「『幻想即興曲』と違うところは……僕のピアノなんて所詮、誰にでも愛されるものにはなり得ない、っていうトコロかな……」
「もう、いい……! もう黙れよ、聞きたくねェ……!」
 相変わらず低い声で、まるで唸るように呟き、僕の言葉を遮った葉山は。
 そのまま身を翻すようにして、声楽室から出ていった。


 ――そうやって一人この場に残された僕には……訪れた静寂の中にある、この気持ちが何なのかすら分からない。


「…だって、僕は“機械”だから」


 果てしなく“人間”でいることを、知らず知らずのうちに望んでいる“機械”―――。
 感情すら持てない、ただピアノを弾くだけの“機械”に、一つだけ、夢をみることが赦されるのであるならば……、


 ――葉山、僕は君の“友人”になりたかったんだ。



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