やり直し皇女は母国に帰りたい

どこどこ

文字の大きさ
74 / 111
知らない時間

73:名無しの男

しおりを挟む
「ネスキオ氏とおっしゃっておりまして、皇女様がカエオレウムに来てからお知り合いになった方でしょうか?」

私が毒を飲めば、毒を置いた人かそれに近しい人が様子を観に来るのでは、と考えていたけど、全く想定していない人がきたわね。
ネスキオと言えば私の知る限りそれはノーメン・ネスキオしかいない。そしてそれはドゥ伯爵夫人の夫だから、毒はドゥ伯爵夫人が持って来たってこと?ドゥ伯爵夫人とカリドゥス、それにポリプス公爵との繋がりが分からないとなんともできないわね…。
でもこのタイミングで、それも面識のない私の所に顔を出してしまえば、それこそ怪しまれしかしないハズ。仮にもゴシップ等を扱っている人間がそんな間抜けなことをするかしら。

「お断りしましょうか?」
「ーーいいえ。ーーこんな状況でもよろしければ、とお伝えして問題ないようだったらお通しして。興味深い方よ、この国で有名なゴシップ小説の達人」
「ゴシップ…はぁ、かしこまりました。アガタが聞いたらまた驚きますねぇ」
「フルクトス様はここで引き続き本を読まれて行かれますか?」
「いいえ、ちょうど良いので私も今日は戻りましょう。セルブスに身代わりをさせ続けるのも可哀想だ」
「そうですか。では気になる本を何冊か持って行って下さい」
私が部屋を出ようとすると後ろからフルクトスの礼を言う声と、それから
「また一人でやろうとしないで下さい」
という忠告が耳に入った。
閉まって行く扉の隙間から、私は了解したというように微笑を浮かべてみせた。


さて、どう出れば良いかしら。
アガタとコラーロに服を整えてもらいながら考える。
ただ具合が悪いということにして時間があったからお会いした体とするか、毒のことを伝えてネスキオ氏の反応をみてみるか、いっそゴシップ記事にしてもらうっていうのもいいかしらね。
哀れな他国から来た皇女が王宮で毒を飲まされたなんて格好のネタだし。王宮での私の立場を伝えるには最高の出来事だわ。
「ねぇ2人は私の今回の出来事がゴシップとしてカエオレウムに広がったらどうなると思う?」

するとアガタとコラーロは少しだけ手を止めて顔を見合わせた。
「そうですねぇ、少なくとも王家のメンツは丸つぶれになって、皇女様の自由はなくなるでしょうね~」
「それならまだマシでしょう。オケアノスあの男のことです、きっと皇女様が狂言で毒を飲んだとでも言いますよ」
確かに…。どちらも有り得るわね。特にアガタの指摘した後の意見は、過去にも似たようなことがあったの忘れてた。私の料理に苦みがあるという話をして、その後酷い貧血になったら『構って欲しくて嘘をついた』だの『公務をサボりたくてそんなことを言うのだろう』だの散々だったわ。今回飲んだお茶の味からするに同系統の毒が入れられてたんでしょうね。
「盲点だったわ……ありがとう2人とも。ゴシップにならないように注意して、毒の件は一切話さないようにするわ」
「お会いしない手はないのでしょうか」
「味方ではないにしろ顔をあわせておいた方が良いのよ」
不安そうな顔でいる2人を右腕にアガタ、左腕にコラーロを抱きしめた。
「大丈夫よ、危ないと思ったらすぐに出て来て止めていいわ」



◆◆◆◆◆◆

「お待たせしました。ノーメン・ネスキオ様でしょうか?」
用意ができた私は私の部屋の客間にいる人に挨拶を始める。目の前にいたのは初老の少しふくよかな、元々は金髪だってであろう髪が薄くなり始めている男性だった。
勝手な想像で神経質そうな人間をイメージしていたけれど、むしろ真逆の人の良さそうなおじさんといった風貌だ。この人があんなにも暴露ばかりのゴシップを書いているなんて、にわかには信じられない。しかし、過去の経験がある私はその顔に見覚えがあった。
公の場では一度も見た事がない。私的な集まりがあると王の近くにやって来ては何かを耳打ちして去って行く姿を何度も目にしていた。この人は確かに王宮に出入りをしている高位貴族なのだ。

「突然の訪問、失礼しました。まさか皇女様にお会いさせていただけるとは」
「ビックリしましたが・・・実は私ノーメン・ネスキオ様の本の大ファンなのです。これはもう絶対お会いしなければ!と侍女を急かして用意しましたのよ」
「それはそれは…恐縮です」

私のお世辞にネスキオ氏は形ばかりに喜んでみせた。しかし人好きのするその瞳の奥は冷静に私を観察しているままである。
そんな始めの挨拶が途切れると、どちらから話を切り出すのか私たちはお互いに出方をうかがっていた。シンと静まり返った部屋で、書斎にある時計の針の音まで聞こえて来そうだ、とか思っているとネスキオ氏が深呼吸をしはじめた。

「いやいや、今日来ましたのはこちらをお渡ししようと思ってのことだったのです。侍女の方にお渡しして帰ろうと思っていたのですが…」
「これはっ!?『ムンドゥス』のバックナンバーですか!?」
「はい、皇女様は以前に街の書店で私が掲載している『ムンドゥス』を取り扱っていた号全てを購入されたと耳にしまして、嬉しくていつかお渡ししたいと思っていたのです」
「あのとき、私は身分を名乗らなかったと思いますが」
「それはまぁーーノーメン・ネスキオとしての企業秘密ですので」
「怖いですね」
本当に怖いわね。とりあえず笑って誤摩化しておきましょう。
ふふふ、と私たちはまた愛想笑いをしあうと、ネスキオ氏は立ち上がった。
「では、私はこれで」
「もう帰ってしまわれるのですか?」
「ええ。今度、お顔を合わせる機会に恵まれましたら是非ご感想を」
「わかりました。それか・・・へお伝えしますわね」

驚かされるだけでは性に合わない。
なんとかお返しをしたいと思って出した最期の台詞で、ネスキオ氏はようやく本心から目を丸くしていたようだった。
するとネスキオ氏は扉の前で振返り、お返しだと言葉を出し始めた。
「見た所皇女様のお顔色があまり良くないようですが、壷を花瓶にすればいつか良くなると思いますよ」
「なんのことでしょう?」
最期の言葉にしらを切ると、もう一度振返ってくれることはなかった。

その3日後、シドンが持って来てくれた『ムンドゥス』に久々に私に関する記事が載ったのである。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

眠り姫の憂鬱~私が視えるのはお前だけかよ?!~

ほりとくち
恋愛
ある日、左手の薬指が動かせなくなった。 一過性のものだと思われていたが、どんどん動かせない部位は増えていき、やがて寝たきりになってしまったアメリア。 「その身では、務めを果たせないだろう」 両親に告げられた婚約破棄に胸を痛めつつも、仕方がないと受け止める。 そんな彼女のもとにお見舞いに訪れた元婚約者セオルは、ひどく憔悴していた。 ……って、どこを触っているんだ! 倫理観の壊れたセオルの暴挙に、とっさにアメリアは魔法で彼を吹き飛ばしていた。 魔法の力で精神体となって肉体を抜け出せることに気づいたアメリアだが、彼女の姿は誰にも視えないーー 「は?」 はずなのに、なぜか元婚約者とは目が合ってる?! なんでよりにもよってコイツにだけ視えるんだ……! 果たしてアメリアは、健康な肉体を取り戻せるのか。 幽体離脱令嬢×愛が重い婚約者のラブコメディ。 ーーーーーーーー 「小説家になろう」にも掲載しています。 いいね・感想・お気に入り登録頂けるとすごく嬉しいです。 どうぞよろしくお願いします!

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

私は本当に望まれているのですか?

まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。 穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。 「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」 果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――? 感想欄…やっぱり開けました! Copyright©︎2025-まるねこ

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

もしも嫌いになれたなら

豆狸
恋愛
辛いのです、苦しいのです、疲れ果てたのです。 愛してくれない方を愛し続けるのは。 なのに、どんなに諦めようとしても感情が勝手に荒れ狂うのです。

処理中です...