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知らない時間
72:客観的視点
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静かな部屋の中でページをめくる音だけだ小さく聞こえてくる。掠れたその音は、慣れ親しんだ波の音を彷彿させるようで耳に心地好い反面、約半年ぶりに伸びた髪の長さに違和感がある。
過去でも最期は髪を切られていたから、この長さは邪魔とさえ思えた。
「本当に今回のお礼はそれで良いのですか?」
病み上がりで、未だベッドの住人である私が部屋の端にいるフルクトスに尋ねると、彼は本から顔を上げてくれる。
アガタ、コラーロ達が私の看病(という名の監視)をするようになってから何故かフルクトスもそのメンバーになっている。
「それ、とは?」
「ですから、『書斎の本をお貸しする』だけで良いのかと言うことを聞いているのです」
「だけではございませんよ。私のような身からしますと、このように読書が出来るのは金銀財宝にも勝ります」
「…承知しました。では、体調が戻りましたら私の方でも勝手にさせていただきます」
「では楽しみにしていますーーが、それは戻りましたらにしてくださいね。アガタさんもコラーロさんも、トゥットさんも今回の件でとても悲しんでいらっしゃいます。勿論私もです」
「悲しんで?どうして?」
「どうしてとはまた…皇女様がお一人で危ないことをされるからです。こんなにも心配してくれる人がいるんですから、相談してからにしても良かったのでは?」
フルクトスの指摘に、毒を飲む直前にしていたアガタとの話を思い起こす。あの時も、一人で動くことを悲しそうに言われてしまったのだった。そして話をすると言っていた矢先、私はまた一人で勝手に動いて皆を心配させたのだ。
完全に自己嫌悪になる。
「同じことを、毒を飲む前にアガタからも言われました」
「ですかーーでは早めにお話をされた方が良いでしょうね」
「早めに・・・?」
とはいえ、目が覚めてからアガタ達は普通に接しているし、私が回復していることを喜んでいる。もう聞いてこないのなら、『私は過去に1回カエオレウムで悪女として処刑されて、過去に時間逆行して来た』なんて発言しない方が良いのではないかしら。そんなことを言えば毒を飲んで錯乱していると思われるかもしれないし。
なんて考えていたら、フルクトスは仮面ごしでも分かる大きなため息をついた。
「ずっと人と接触していない私でもわかりますよ。皆心配されていますが、特にアガタさんとコラーロさんは気落ちしていました」
「どうしてですか」
「自分達では皇女様のお役に立てないから、教えていただけないのだと思っているのではないでしょうか?」
ああ・・・そうではないのに。また私は言葉足らずだったのね。
しかし伝えてまた心配されるというのも困るし。でも聞いて信じて貰える物なのかが一番心配なのよ。アケロンはアケロンだから信じてくれたのだろうし。
そうだ、試しに聞いてみようかしら。
「フルクトス様」
「なんですか?何か持って来ますか?」
「いいえ、ちょっと話を聞いていただきたいのですけど」
「私で分かることでしょうか」
「聞いてくれるだけで良いわ。その後で感想を教えて」
「いいですよ」
「あの、フルクトス様は時間を逆行するって信じられますか?過去に戻るのです」
「時間を?それは子供時代に戻るって理解で良いですか?」
「ええ、それで良いです。例えば私が毒を飲む直前に戻るですとか…」
探りながら話を進めていけば、フルクトスは茶化すこともなく真剣に私の言うことに頷いたり相づちを打ったり、時には質問をしたりして聞いてくれた。
「ーーそれで、私はもう一度この国に来たけど今度はペルラに帰ろうと思って行動をしているの。特にあなたの兄であるオケアノスとは絶対に結婚しないようにしたいですわね」
「面白いですね」
「信じてくれ、とは言いませんわ。あまりにも突飛な出来事ですから、私も自分のことでなければ絶対に信じません」
なんて強がってみせればフルクトスはしばらく無言になっていて、仮面のせいで表情も見えない。だから私の話を嘘と思っているのかすら判断が出来ない。
返事を返してくれるのを手持ち無沙汰に髪を三つ編みに編んだりして誤摩化していた。
「私は世間を知らないので不思議だなぁと思う程度です。しかし、過去でのことがあるから皇女様は囚われている王位継承者を御存知だったと説明がつきますね」
「頭がおかしくなったとは…思わないの?」
「頭なら、うまれてこの方ずっと塔に居た私の方がおかしいでしょうよ。聞いた限り論理的に変なのは『時間の遡り』という点だけで、その他の皇女様のお話は筋が通っていると思いました。ーーアガタさん達にも話してみては?きっと信じてくださると思いますよ」
「かしらね」
せめて表情が見えれば、慰めで言っているのか本心で言ってくれているのかいくらか分かるのに。
仮面が憎い。
なんて思っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「皇女様、よろしいでしょうか?」
「ええ、コラーロ大丈夫よ」
「失礼いたします。外部には皇女様の状況は話していないはずなので、お客様がいらっしゃいました。いかがしましょう?」
「ええそれが、私もお会いしたことがない方でして…」
「名乗っていないの?」
「おかしな名前なのです」
「おかしな?」
「ネスキオ氏とおっしゃっておりまして、皇女様がカエオレウムに来てからお知り合いになった方でしょうか?」
過去でも最期は髪を切られていたから、この長さは邪魔とさえ思えた。
「本当に今回のお礼はそれで良いのですか?」
病み上がりで、未だベッドの住人である私が部屋の端にいるフルクトスに尋ねると、彼は本から顔を上げてくれる。
アガタ、コラーロ達が私の看病(という名の監視)をするようになってから何故かフルクトスもそのメンバーになっている。
「それ、とは?」
「ですから、『書斎の本をお貸しする』だけで良いのかと言うことを聞いているのです」
「だけではございませんよ。私のような身からしますと、このように読書が出来るのは金銀財宝にも勝ります」
「…承知しました。では、体調が戻りましたら私の方でも勝手にさせていただきます」
「では楽しみにしていますーーが、それは戻りましたらにしてくださいね。アガタさんもコラーロさんも、トゥットさんも今回の件でとても悲しんでいらっしゃいます。勿論私もです」
「悲しんで?どうして?」
「どうしてとはまた…皇女様がお一人で危ないことをされるからです。こんなにも心配してくれる人がいるんですから、相談してからにしても良かったのでは?」
フルクトスの指摘に、毒を飲む直前にしていたアガタとの話を思い起こす。あの時も、一人で動くことを悲しそうに言われてしまったのだった。そして話をすると言っていた矢先、私はまた一人で勝手に動いて皆を心配させたのだ。
完全に自己嫌悪になる。
「同じことを、毒を飲む前にアガタからも言われました」
「ですかーーでは早めにお話をされた方が良いでしょうね」
「早めに・・・?」
とはいえ、目が覚めてからアガタ達は普通に接しているし、私が回復していることを喜んでいる。もう聞いてこないのなら、『私は過去に1回カエオレウムで悪女として処刑されて、過去に時間逆行して来た』なんて発言しない方が良いのではないかしら。そんなことを言えば毒を飲んで錯乱していると思われるかもしれないし。
なんて考えていたら、フルクトスは仮面ごしでも分かる大きなため息をついた。
「ずっと人と接触していない私でもわかりますよ。皆心配されていますが、特にアガタさんとコラーロさんは気落ちしていました」
「どうしてですか」
「自分達では皇女様のお役に立てないから、教えていただけないのだと思っているのではないでしょうか?」
ああ・・・そうではないのに。また私は言葉足らずだったのね。
しかし伝えてまた心配されるというのも困るし。でも聞いて信じて貰える物なのかが一番心配なのよ。アケロンはアケロンだから信じてくれたのだろうし。
そうだ、試しに聞いてみようかしら。
「フルクトス様」
「なんですか?何か持って来ますか?」
「いいえ、ちょっと話を聞いていただきたいのですけど」
「私で分かることでしょうか」
「聞いてくれるだけで良いわ。その後で感想を教えて」
「いいですよ」
「あの、フルクトス様は時間を逆行するって信じられますか?過去に戻るのです」
「時間を?それは子供時代に戻るって理解で良いですか?」
「ええ、それで良いです。例えば私が毒を飲む直前に戻るですとか…」
探りながら話を進めていけば、フルクトスは茶化すこともなく真剣に私の言うことに頷いたり相づちを打ったり、時には質問をしたりして聞いてくれた。
「ーーそれで、私はもう一度この国に来たけど今度はペルラに帰ろうと思って行動をしているの。特にあなたの兄であるオケアノスとは絶対に結婚しないようにしたいですわね」
「面白いですね」
「信じてくれ、とは言いませんわ。あまりにも突飛な出来事ですから、私も自分のことでなければ絶対に信じません」
なんて強がってみせればフルクトスはしばらく無言になっていて、仮面のせいで表情も見えない。だから私の話を嘘と思っているのかすら判断が出来ない。
返事を返してくれるのを手持ち無沙汰に髪を三つ編みに編んだりして誤摩化していた。
「私は世間を知らないので不思議だなぁと思う程度です。しかし、過去でのことがあるから皇女様は囚われている王位継承者を御存知だったと説明がつきますね」
「頭がおかしくなったとは…思わないの?」
「頭なら、うまれてこの方ずっと塔に居た私の方がおかしいでしょうよ。聞いた限り論理的に変なのは『時間の遡り』という点だけで、その他の皇女様のお話は筋が通っていると思いました。ーーアガタさん達にも話してみては?きっと信じてくださると思いますよ」
「かしらね」
せめて表情が見えれば、慰めで言っているのか本心で言ってくれているのかいくらか分かるのに。
仮面が憎い。
なんて思っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「皇女様、よろしいでしょうか?」
「ええ、コラーロ大丈夫よ」
「失礼いたします。外部には皇女様の状況は話していないはずなので、お客様がいらっしゃいました。いかがしましょう?」
「ええそれが、私もお会いしたことがない方でして…」
「名乗っていないの?」
「おかしな名前なのです」
「おかしな?」
「ネスキオ氏とおっしゃっておりまして、皇女様がカエオレウムに来てからお知り合いになった方でしょうか?」
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