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4 息抜いて つまんだ駄菓子が呼ぶ懸念
4-8 解散
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もう話は終わったとばかりに、さっさと功巳は席を立っている。
「いいですね、お店選びはお任せします……あ、如月さんはなにか食べたいものありますか?」
乗り気らしい清巳は、これから食事といいながらも、並んだ菓子をぱくぱくと口に放りこんでいっている。
「……あの、私……今日は想定外の運動をしてくたくたなので、今日はすみませんが」
建前でもなんでもない、百合の本音である。
安全を確保された場所で椅子にすわり、お茶を飲み、下半身が倦怠感に包まれている。足や腰の筋肉がバリバリに強張っていて、その上、強い眠気も覚えてきていた。
「気がつきませんで……あ、お菓子持って帰りますか、おいしいですよ。すぐ支度できると思いますから――ねえや、ちょっといい?」
襖のあるほうに向かって、清巳が気軽にねえやさんを呼ぶ。
「い、いいです、お昼のお弁当もありますから……」
「えっ如月さんお昼抜きなの? じゃあそれ食べて待ってなよ……ねえや! 如月さんになにかお菓子包んだげて!」
「支度いたします、少々お待ちください」
襖の向こうで返答があり、清巳と功巳がこぞって菓子盆を百合に押しつけてくる。
「支度ができるまで、これ食べてな」
「ねえや! 急いであげてくれる?」
功巳といい清巳といい、気軽にねえやさんに用を頼む。ねえやさんもそれに不満を持った様子はなく、どういった関係なのか百合は気になっていた――が、それを尋ねていいものか。
ねえやさんの支度はあっという間で、百合が菓子盆から選んだ栗の入った和菓子を口に入れようとしたときには、もう襖の前に戻ってきていた。
手に和菓子を持ったまま追い立てられ、気がつくとカバンと弁当を持った八咫と一緒に玄関を出ている。
「俺もとちゅうまで」
首を縦にしながら、百合は手にしていた和菓子を口にした。ほくほくと甘い栗餡がおいしいが、身体が空腹を思い出してしまった。咀嚼中にも胃袋から音が聞こえてくる。
「今日は大変だったな」
「正直びっくりしました。あやかしさんがいるところだと、こういうことって珍しくないんでしょうか」
カバンに焼き肉弁当が袋ごと入りそうなので、足を止めて詰めこんでいく。
興味深そうに八咫がのぞきこんでいて、不快でなかったのでカバンのなかを広げて見せた。ポーチやハンカチなどのこまかい荷物と、菓子の包みと弁当がある。
「あちらもこちらとおなじだ、揉め事ばかりではない――まあ、いろいろいるがな。それでその、荷物はいつもそんなに多いのか。功巳たちも大荷物だが」
「いつもこんな感じですね。学生のころのほうが、ずっと大荷物でした」
教科書も参考書も辞書もない、百合にすれば軽いカバンだ。
八咫は感心したようにうなずき、そこからはふたりで並んで駅までゆっくり歩きはじめた。
空は夕焼けで怖いほどの赤だった。
見上げて歩くなか、街灯に明かりが灯っていく。
今日ははやめの退社となり、時間がずれると、様々なものが姿を変える。
いつもなら店を開けている飲食店はまだ準備中で、混み合っているカフェが閑散としていた。疲れ切った足を空席で休めたくなったが、自分ひとりではないためそれはあきらめた。
疲れからのため息を噛む。まさか首の塊たちが、百合と話をしたいだけだなんて想像もできなかった。
緩んで隙間のできたマフラーを巻き直す。暖かくてちょうどいいが、そろそろ手袋もほしくなっていた。
となりを歩く八咫は、微塵も寒そうに見えない。袴履きのほうが百合には見慣れていたし、彼によく似合っていた。
「はじめて八咫さんと会ったの、神社でしたよね」
「そうだな、うまそうに食っていたが、あれは」
「コロッケパン、そういえば片づけていただいていたんですよね……すみませんでした」
顔が熱くなっていく。粗相もいいところだ。
「気にするな。驚かせたのは俺だしな。神社に清巳がいただろう? あのあと香料の回収の話し合いをしていたんだ」
百合はうなずいた。鹿野に対して怒れないが、においのことを思い出すと、それにまつわる出来事までよみがえってしまう。
それを考えないようにしよう、と百合は話題を変えた。
「八咫さんは、こちらはけっこう散策されるんですか?」
「いや、俺は早々ほっつき歩けない。歩く前に、挨拶まわりが必要になる」
「そうなんですか」
挨拶――それは誰に対してだろう。
「本来こちらに在るべきものではないからな、俺は。勝手ができなくもないのだが、それだと土地の気に障りかねん」
それぞれにルールがあるのだろう。
そこを尋ねていいか――踏みこんでいっていいものか。
「うかつな行動は、後々九重に面倒をかけることになる。それは避けたい」
八咫の話すことは、百合の育ったこの世界とあまりに乖離している。
そこに身を沈める覚悟などない自分が、あれこれと知りたがっていいものなのか。そこがどうしても気にかかってしまう。
「……今日はどちらまでいかれるんですか?」
「はじめて百合と会った神社があるだろう、そこだ。戻ることを報告に」
なるほど、とうなずき、一緒に駅に向かった。
八咫が交通ICカードを使って入場する姿はなんだか楽しい。
ちょうどホームに電車が入ってきて、小走りになった。
路面を進むタイプの混雑のすくない路線で、電車が発車してみると目線の低い車窓の景色が物珍しい。
民家の間に線路があるため、カーテンの開いた家の様子が目に入ることがあった。慌てて目を逸らすが、いつの間に目は暮れていく町並みを眺め、流れる景色を追うともなしに追いはじめている。
乗っているのが楽しくなる路線だが、今日ばかりは周囲の視線が八咫に集まっていて居心地が悪い。
「このあたりの人間はよく顔を見てくるが、うまく溶けこめていないだろうか。見た目でなにかおかしいところはあるか?」
耳打ちしてくる姿が車窓に映りこむ。
「ああ……」
そこからの返答ができない。
たぶん人目を集めるのは、彼の顔が整っているからだ。
なにか目を引くような、あやかし特有の気配があるのかもしれないが、百合にはもうそれがわからない。
「……逆に、スーツがよく似合ってるとか、そういうことかもしれないですよ。おかしいんじゃなくて」
苦し紛れの返答に、八咫は短く唸った。あまり納得できていないらしい。
八咫はあやかしのひとりであり、会社上司の協力者――どちらかというと友人らしき立ち位置だ。
――そしてなにより怖くない相手だ。
百合は彼のことを、そういう目で見ている。
「いいですね、お店選びはお任せします……あ、如月さんはなにか食べたいものありますか?」
乗り気らしい清巳は、これから食事といいながらも、並んだ菓子をぱくぱくと口に放りこんでいっている。
「……あの、私……今日は想定外の運動をしてくたくたなので、今日はすみませんが」
建前でもなんでもない、百合の本音である。
安全を確保された場所で椅子にすわり、お茶を飲み、下半身が倦怠感に包まれている。足や腰の筋肉がバリバリに強張っていて、その上、強い眠気も覚えてきていた。
「気がつきませんで……あ、お菓子持って帰りますか、おいしいですよ。すぐ支度できると思いますから――ねえや、ちょっといい?」
襖のあるほうに向かって、清巳が気軽にねえやさんを呼ぶ。
「い、いいです、お昼のお弁当もありますから……」
「えっ如月さんお昼抜きなの? じゃあそれ食べて待ってなよ……ねえや! 如月さんになにかお菓子包んだげて!」
「支度いたします、少々お待ちください」
襖の向こうで返答があり、清巳と功巳がこぞって菓子盆を百合に押しつけてくる。
「支度ができるまで、これ食べてな」
「ねえや! 急いであげてくれる?」
功巳といい清巳といい、気軽にねえやさんに用を頼む。ねえやさんもそれに不満を持った様子はなく、どういった関係なのか百合は気になっていた――が、それを尋ねていいものか。
ねえやさんの支度はあっという間で、百合が菓子盆から選んだ栗の入った和菓子を口に入れようとしたときには、もう襖の前に戻ってきていた。
手に和菓子を持ったまま追い立てられ、気がつくとカバンと弁当を持った八咫と一緒に玄関を出ている。
「俺もとちゅうまで」
首を縦にしながら、百合は手にしていた和菓子を口にした。ほくほくと甘い栗餡がおいしいが、身体が空腹を思い出してしまった。咀嚼中にも胃袋から音が聞こえてくる。
「今日は大変だったな」
「正直びっくりしました。あやかしさんがいるところだと、こういうことって珍しくないんでしょうか」
カバンに焼き肉弁当が袋ごと入りそうなので、足を止めて詰めこんでいく。
興味深そうに八咫がのぞきこんでいて、不快でなかったのでカバンのなかを広げて見せた。ポーチやハンカチなどのこまかい荷物と、菓子の包みと弁当がある。
「あちらもこちらとおなじだ、揉め事ばかりではない――まあ、いろいろいるがな。それでその、荷物はいつもそんなに多いのか。功巳たちも大荷物だが」
「いつもこんな感じですね。学生のころのほうが、ずっと大荷物でした」
教科書も参考書も辞書もない、百合にすれば軽いカバンだ。
八咫は感心したようにうなずき、そこからはふたりで並んで駅までゆっくり歩きはじめた。
空は夕焼けで怖いほどの赤だった。
見上げて歩くなか、街灯に明かりが灯っていく。
今日ははやめの退社となり、時間がずれると、様々なものが姿を変える。
いつもなら店を開けている飲食店はまだ準備中で、混み合っているカフェが閑散としていた。疲れ切った足を空席で休めたくなったが、自分ひとりではないためそれはあきらめた。
疲れからのため息を噛む。まさか首の塊たちが、百合と話をしたいだけだなんて想像もできなかった。
緩んで隙間のできたマフラーを巻き直す。暖かくてちょうどいいが、そろそろ手袋もほしくなっていた。
となりを歩く八咫は、微塵も寒そうに見えない。袴履きのほうが百合には見慣れていたし、彼によく似合っていた。
「はじめて八咫さんと会ったの、神社でしたよね」
「そうだな、うまそうに食っていたが、あれは」
「コロッケパン、そういえば片づけていただいていたんですよね……すみませんでした」
顔が熱くなっていく。粗相もいいところだ。
「気にするな。驚かせたのは俺だしな。神社に清巳がいただろう? あのあと香料の回収の話し合いをしていたんだ」
百合はうなずいた。鹿野に対して怒れないが、においのことを思い出すと、それにまつわる出来事までよみがえってしまう。
それを考えないようにしよう、と百合は話題を変えた。
「八咫さんは、こちらはけっこう散策されるんですか?」
「いや、俺は早々ほっつき歩けない。歩く前に、挨拶まわりが必要になる」
「そうなんですか」
挨拶――それは誰に対してだろう。
「本来こちらに在るべきものではないからな、俺は。勝手ができなくもないのだが、それだと土地の気に障りかねん」
それぞれにルールがあるのだろう。
そこを尋ねていいか――踏みこんでいっていいものか。
「うかつな行動は、後々九重に面倒をかけることになる。それは避けたい」
八咫の話すことは、百合の育ったこの世界とあまりに乖離している。
そこに身を沈める覚悟などない自分が、あれこれと知りたがっていいものなのか。そこがどうしても気にかかってしまう。
「……今日はどちらまでいかれるんですか?」
「はじめて百合と会った神社があるだろう、そこだ。戻ることを報告に」
なるほど、とうなずき、一緒に駅に向かった。
八咫が交通ICカードを使って入場する姿はなんだか楽しい。
ちょうどホームに電車が入ってきて、小走りになった。
路面を進むタイプの混雑のすくない路線で、電車が発車してみると目線の低い車窓の景色が物珍しい。
民家の間に線路があるため、カーテンの開いた家の様子が目に入ることがあった。慌てて目を逸らすが、いつの間に目は暮れていく町並みを眺め、流れる景色を追うともなしに追いはじめている。
乗っているのが楽しくなる路線だが、今日ばかりは周囲の視線が八咫に集まっていて居心地が悪い。
「このあたりの人間はよく顔を見てくるが、うまく溶けこめていないだろうか。見た目でなにかおかしいところはあるか?」
耳打ちしてくる姿が車窓に映りこむ。
「ああ……」
そこからの返答ができない。
たぶん人目を集めるのは、彼の顔が整っているからだ。
なにか目を引くような、あやかし特有の気配があるのかもしれないが、百合にはもうそれがわからない。
「……逆に、スーツがよく似合ってるとか、そういうことかもしれないですよ。おかしいんじゃなくて」
苦し紛れの返答に、八咫は短く唸った。あまり納得できていないらしい。
八咫はあやかしのひとりであり、会社上司の協力者――どちらかというと友人らしき立ち位置だ。
――そしてなにより怖くない相手だ。
百合は彼のことを、そういう目で見ている。
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