好感度教育

蝸牛まいまい

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第二章

月の影

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好感度は脳の伝達された電子量、ホルモン量、神経伝達物質量が主に沢山の要因をある関数に入れることによって数値化されている。
研究の統計では夫婦間の好感度の目安は2人が大体100の時らしい。
「勿論、国によって実際の夫婦間の好感度平均値は異なる。例えば日本では約95.3、その他の国では105を超えることが多い。日本は何故か少し好感度が低い状態での結婚が多くてね…だからだろうか、離婚や再婚も多いんだ。」
村木恵介は頭に手を当てながら少し困った顔をする。
「まあ、それはいいとして…私が知っている研究結果でも常時、150を超える組なんて皆無に等しい。だが…150であればまだギリギリ許容範囲なんだ。…しかし君のパートナーは180を超えている。私は160を超えた領域を超愛好感度領域と言っている。」
「超愛好感度領域…」
「超愛好感度領域はある条件によって発生することがある。一番多い例として…って言ってもそんなに多く発生することはないんだが。ある好感度の高い夫婦のどちらかが死に目に会うとき片方または両方の相手に対する好感度が一時的に急激に上がることがある。その時160以上になった場合を超愛好感度領域と呼んでいるんだが…近衛さんの場合…それがずっと続いている。」
間抜けずらの顔が急に小難しい顔になった。
「これは異常だよ…」
「は、はあ…」
そんなことを言われても、いいのか悪いのかすらわからない。
「それで…星乃君。君の腕のことは聞いている、その時の近衛さんと出会った話を聞かせてほしい。」
「え?まあいいですけど…」

俺はコーヒーを一口飲むと、偽りなくあったことをそのまま話した。近衛乙月がどこにいて、どのような状態だったか。その後目が覚めた後の事実も話した。
「…君の左腕が無くなったのは残念な話だが…そうか…特に何か特別変なこともないように思える。確かに命の恩人ということで好感度が上がるのは納得はいく。それでも180を超えることは異常すぎる」
「そう…なんですか…」
好感度の研究が分からない者からすると、それがどういうことを意味するかなんていうのは分からない。目の前の男は、顎に手を当ててまた黙っては考えているようだった。
「そうだ、明日近衛さんを連れて私の研究所に一緒に行ってくれないか?データとしてとても貴重だ」
「え…明日」
「私も意外と忙しくてね、これと決めたら極力早めに片付ける性分なんだよ。学力試験が終わったら1週間は休みができるんだろう?次の申請は少し遅れるかもしれないが、時間は十分あるだろう」
「まあ…そうですけど」
「勿論、お礼はしよう…そうだな…」
村木恵介は俺の様子を、特に片腕の状態をじっくりと見た。
「私の研究協力者に脳の伝達を使ったオートメイルを研究している者がいる。試作品をプレゼントするというのはどうかな?」
「……マジですか!?」
ついつい普段使わない言葉を使って感情を露わにしてしまった。
機械の腕とはいえ、今の不便さが改善されるのは願ったり叶ったりである。この数か月、やはり片腕の不便さを痛感していた。ご飯を食べるとき、歯磨きをするとき、身体を起こすとき、そのほかにもいろいろな問題があった。そしてその度に近衛乙月にお世話してもらうこともなくなる。
「そんなに嬉しいかね。まあ試作品だから完全ではない。定期的に検査することになるし、使用したデータも提供してもらうがね。どうだね?」
先程の神妙な面持ちとは反して村木恵介は笑った。
悩む余地なし
「…やります!」
「そうか、よかった。それじゃ少し好感度について教えてあげよう。気楽に聞いてくれればいい」
「は、はあ」
「星乃君、君はなぜ好感度の数値化が生まれたと…いやなぜ私が好感度の数値化を生んだと思う?」
「…それは日本国民のコミュニケーション能力の増強のためでしょうか…」
「ははは…実はそれは表向きなんだよ。私は…人が、他人が私をどう思っているか知りたかった。つまり私自身がコミュニケーション障害だったんだ」
「そうだったんですか…」
「上手くいくとは思わなかったけどね…。そしたら政府のお偉いさんがぜひ今の日本を変えるために協力してくれと言われたんだ。まあ日本のためと言われたら引き下がるわけにもいかなくて協力し、すぐに教育に進出した…この学園だね」
「へえ…」
「α、β、γ、δ、ε学園。それぞれの学園は好感度を利用した別々の教育を施している。例えばα学園では好感度を知ることができるのはテストの後、しかもパートナーだけだ。しかしε学園では常時誰でもどんな相手からの好感度を知ることができる」
「へえ…便利だな…」
しかし、村木恵介は少し困った顔をした。
「実のところε学園はあまり上手くいってないんだ。誰からの好感度も知ることができるから人間不信に陥る人がいるんだよ。というのも、心理学には初頭効果と言うものがある。美人やかっこいい人ほど性格がよく見えたり、またその逆もあったりする。つまり悪い言葉ではあるが容姿の醜い人は最初から好感度がマイナス値で始まったりする。そういう人が自分自身にショックを受けて転校したり退学したりすることがあってな…」
「そうなん…ですか…」
侑輝自身、顔は特別良いほうでもなかったため、少し胸が締め付けられた。しかし、186という数字がすぐに自分を引き戻す。

「まあ、それも貴重なデータだ…」
村木恵介は少し変な人であったが、人間の良心は十分にあるのか、データを言ったわりには肩を落とした。しかし、切り替えも早いのか、すぐに話題が戻った。
「それよりも、近衛さんの様子はどうだね星乃君。好感度186と言うと相当な好意が向けられるはずだが…」
この数か月のことを思いだす。偶に出てくるダークな面や異常なくらいの世話焼き、少しヒヤッとすることもあるが確かに好意は感じる。
「まあ、偶に心理状態が危ない状態になるみたいですが、確かに好意は感じます」
「…偶にというとどういうことだね?」
「俺が別の女性を無意識に見たり、少し近衛さんを離すような言動をとったり、または俺に対して危害が及んだりすると…なんていうか…すごく怒るというか…怖くなったりすることがあります」
初めてあった相手に対してこんなに自分のことや自分の周りのことを言う自分に違和感を覚えていたが、目の前の科学者には言ってもいい気がした。それは近衛さんのことを知っておきたいと思う気持ち半分、彼がいろいろなことを教えてくれたことに対するお返し半分だろうか…
「…なるほど…まあそうか…186あるとそんなこともあるのか…。一昔前の言葉にヤンデレなんて言う言葉もあるが、それかもしれないな、ははは」
「いや、笑えないです」
本当に笑えない…
「好感度が高いということは脳の電子量も多いということだ、つまり君の情報や状態を察知する能力も高い。覚えておくといい、彼女はきっと誰よりも君のことを知っているだろう。もしかすると君以上に君のことを知っているかもしれない。そして少しばかり彼女の精神が心配だ」
「精神ですか?」
「そう」
「なぜです?」
「先ほど、超愛好感度領域の条件について話したと思うが、なぜ超愛好感度領域が発生するかというと…実は詳しいことはまだわかっていないんだが、もしかすると苦痛を緩和するためにあるんじゃないかというのも一つなんだ」
「緩和…」
「愛する者の目の前、または目の前じゃなくても死ぬ寸前に、それまで愛してきた者への好感度を最高にして多幸感を得ることで死への苦痛を大きく緩和する。緩和と言っているが、実際には好感度160を超えると多幸感のほうがずっと苦痛より大きい」
「じゃあ、精神は安定するんじゃないんですか?」
「確かにその時は安定する。しかし人間、過剰な幸福を得ると通常時に大きな苦痛を感じてしまうようにできている。麻薬やドラッグの様に。もしかすると、星乃君のいないときの近衛さんは相当なストレスを蓄積しているかもしれない。彼女が気づいていないだけで…例えば、そう不眠になるとか」
侑輝は大きく目を開いた。思い当たるのはショートスリーパーということ。もしかしてショートスリーパーなのではなく、ただ眠れないだけなのかもしれない。
「そんな…」
侑輝はよくわからい罪悪感を感じた。決して悪いことをしているわけではないのだが、なぜか心に重くのしかかる。
「やはり思い当たる節はあるみたいだね」
「ええ…近衛さんはショートスリーパーと言っていました」
「なるほど、ショートスリーパーか…。んー…」
「どうなんですか?」
「ショートスリーパーということは不眠ではないということか?」
「わかりません」
「しかし、もしショートスリーパー程度で済んでいるのなら、別の影響は出ていると思うんだけど」
「別の影響ですか?」
「ああ、例えば錯乱とか、鬱とか…それこそ他の精神障害の発生は濃厚だ。それか…もしかすると…」
「?」
「近衛さんはどういう家庭環境で育ったか知っているか?」
「いえ…あまり知らないです」
「そうか…」
「家庭環境に影響があるんですか?」
「ああ…。もしかすると近衛さんにとって家庭というのは相当苦痛だったのかもしれない。約17年間ずっと苦痛の中で生きてきたとしたら、その反動で現在の状態が幸せに感じるのはおかしいことでもない。つまり麻薬やドラッグの反対。17年間、猛毒を飲まされ続けたが、ここにきて毒を止めたとしたら相当幸せな状況だろう」
「毒…。あのやっぱり好感度186の反動みたいなものって大きいんでしょうか」
侑輝は今までのことを聞いて不安に駆られた。もしかすると、自身がいないとき近衛乙月の精神状態は恐ろしく悪くなっているのではないのか。本当は知らないところで錯乱しているのではないのか。そういった不安が頭の中で広がっていた。
「そうだな、死のストレスや苦痛から逃れるほどの数値だ。反動がどれほどなのかはそれが意味しているよ。」
侑輝の額に一粒の汗が流れた。
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