好感度教育

蝸牛まいまい

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第二章

月添う星

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「侑輝さん」
「え?ああどうしたの?」
「何を…話していたんですか?」
「いや、その…」
村木恵介との長い話を終えた後、部屋に戻りソファに座り天井を見ていると不思議そうに見つめる近衛乙月。先ほどの話を教えるべきか黙っておくべきか。しかし教えたところでなんだという話でもある。
「侑輝さん」
にっこりと笑う近衛さんがゆっくりと顔を近づける。
「…あ、えっと…」
「侑輝さん」
隣に座ると顔を10センチメートルほどまでに近づける。
「ユウキサン」
「ま、まあ、1位になったからおめでとうってことと、よかったら別の研究所で数日間好感度を見せてくれと言われたんだけど…もし研究所に来てくれたら片腕のオートメイルの試作品をくれるらしい。」
「…そうなんですか?」
「ああ、それで近衛さんにも一緒に来てほしい…て。」
「…」
「どうかな?」
「…オートメイルがあったら、私はもういらないんですか?」
「え…?」
「そうなんですか?」
近衛乙月は泣きそうな顔で侑輝を見た。決して泣くことはないだろうが、相当不安なのが伝わってくる。
「そんなことはないと思う。…オートメイルにも限界はあるし、一日中付けているわけでもなさそうだから、少しは世話してもらわなくてもよくなると思うけど…その、これからも近衛さんにはよろしく頼むよ。」
近衛乙月の顔から少し不安の色が無くなった。しかし完全には無くなっていない。それでも安心と納得はしたのだろう。少し息をついて言った。
「わかりました。でも私にも何かください。」
「え?」
「侑輝さんがオートメイルを貰うのなら、私にも何かあってもいいと思うんです。」
確かに…。近衛乙月のことを知るために行くといっても過言ではないが、それは言えない。となると半分は侑輝の我儘に連れて行くようなものである。強制でもないわけだし、侑輝だけが報酬を貰うのは不平等である。
「…ちょっと待ってて取り合ってみる。」
研究室に向かうべく立ち上がろうとした刹那
「待ってください」
「ん?」
「頼んでいるのは星乃君なので星乃君が私に与えるべきだと思います。」
近衛さんは身体を嬉しそうに小刻みに揺らしている。まるで遠足前日の子供のような期待感が感じられる。
「え?…じゃあジュース一本」
「足りません」
「二本」
「足りません」
近衛さんはプイッと顔を背けるがいたずらっぽく微笑む。
「じゅ、十本!」
「足りません」
「わかった百…」
「足りません」
「……じゃあ、なんだったらいいの?」
「…そうですね…。なんでもいいんでしょうか?」
「なんでもはよくないかな、とりあえず最低限の条件として俺があげられるものかな…」
近衛さんは悩まし気に斜め下を見つめると、石のように固まった。
近衛さんは今までにないくらい、授業でも見ることがない、否テストでも見ることはないであろうくらいに真剣な顔になっている。まるで人生の大きな選択をしているかのような感じである。
そんな近衛さんを隣で見ていると何故かものすごいお願いをされるのではないかと怖気づいてしまう。
「こ、近衛さん、俺にできることだからね?俺にできること。それにそんなに悩むなら今、答えを出さなくてもいいんじゃないかな。」
「……そうですね…もう少し考えてみます。少し寝室に行って考えてきます。」
珍しく近衛さんは俺が立つ前にソファから離れると悩まし気な様子で自分の寝室へと向かっていった。




「侑樹さん…少し私の寝室に来てくれませんか?」
日も沈み、風呂から上がった侑輝は珍しく一人でソファで読書をしていると、数分して同じくお風呂から上がってきた近衛乙月が目の前に来た。いつものようにドライヤーを掛けた少し髪を濡らしている白くて薄いパジャマ姿である。下着こそ見えないが、身体のラインが分かってしまって色っぽい。侑輝は少しは慣れたのだが、やはりなれたと言っても素人が旧世代2輪バイクの運転するくらいには緊張する。
「近衛さんの部屋ですか?」
「いえ…そういうわけではないんですけど…侑樹さんの寝室でもいいのであれば、寧ろそっちへ…」
ぐちゃぐちゃになった布団が脳裏に浮かぶ。
「いや、近衛さんの寝室へ行くよ。」


近衛さんの寝室はちゃんとベットメイクされていた。しかし見た感じ何もない。ほぼデフォルトである。この学園のシステム上、移動しやすいようにあまり寝室に個性を出さないことを宇田先生もお勧めしていたが、本当に何もない、小さい荷物くらいだ。それでも近衛乙月の部屋は本人の匂いが立ち込めていた。近衛乙月の匂いについて何度も開設しているが、近衛乙月の匂いは恐らく普通の女子より多い。勿論嫌な臭いではなく。いい匂いである。侑輝は鼻感をそそる匂いに顔を少し赤くしながら部屋に入り、促されるようにベッドに座った。
「そ、それでなんの用かな…」
「…」
近衛さんは後に寝室へ入るとガチャと音を立てて、鍵を閉めた。
「な、なんで鍵を閉めるの?」
近衛乙月はその質問には答えずに話始める。
「私、考えたんです。侑輝さんと今の状態を続けるのも決して嫌ではないんです。でも、私我儘ですし。もっと侑輝さんに必要とされたいんです。」
「ん?うん」
「それで、侑輝さんへのお願いとして…」
「うん」
「これからは私と一緒に寝てください。」
「一緒に?」
「はい」
「…」
「ダメですか?」
「ちなみに理由は…?」
「はい、試験期間の時、一度侑輝さんと一緒に寝たことがありましたよね?」
「…そ、そうだね」
「その時、いつもより凄く眠りが深かったんです。なんというか安眠できました。心の中が満たされて、とても気持ちよかったです。」
「そう、なんだ」
「私、以前にショートスリーパーと言ったことがありましたが、眠りたくても寝られないことが多かっただけなんです。でもあの時は寝つきもよくて、いつもより長く寝られました。ですから、いやでなければ…」
すぐに村木恵介との話を思い出した。やはり好感度の反動があるのかもしれない。確証はないが、可能性は大いにある。加えて侑輝は学力テストの朝を思い出した。確かに侑輝が起きたのは近衛乙月と同じくらいであり、近衛乙月からするといつもより長く寝ていた。
「でも、年頃の男女が一緒に寝るっていうのは…」
「お願いします。侑輝さんの睡眠の邪魔はしません、約束します。」
彼女の目は真剣だった。黒い目には光が差しており、とても充血していた。
「…」
実は、侑輝の答えは最初から決まっていた。それは侑輝自身のほんの少しの下心と大きな罪悪感によるものだった。近衛乙月が今の今まで、一人で寝ているときにどれほどのストレスを感じているか想像すると侑輝に否定なんてものは不可能なことである。それが自身で解消するなら…
「わかった」

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