68 / 158
第一部
67.全部聞こえてますよー?
しおりを挟む「今日もすごい人……」
パーティは貴族として生まれれば必ず出席する面倒なものだ。
お金がかかってんなぁ、と思いながら毎回参加する。
「見て、ユリアーナ様よ」
「目を合わせたら呪われるらしいわ」
「いつも一人だよな」
「えっ、こわーい……」
―――全部聞こえてますよー?
ま、よくあることだから気にしないけど。
「ユリアーナ。あいつらだが……」
「傷つけるのはダメよ」
「主人を悪く言われて黙って静観する従者などいない」
きっと本当にそう思っているわけではないだろう。
忠実な従者を演じているに違いない。
では私も寛容な主人を演じるとしよう。
「私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、今は感情を抑えて。ここにいる人たちはみんなお貴族様よ。本人が強くなくても、権力っていうのは物理的な力に勝るわ」
「……わかった」
今日はルアを公爵令嬢の護衛として初めて公の場に姿を現す特別な日だ。
美形の平民の護衛なので当然注目も浴びる。
「あの人素敵……いったいどこのお方なのかしら」
「ユリアーナ様の護衛らしいわよ。平民なのに貴族の、しかも公爵家の護衛に抜擢されるなんて……。とても強いのでしょうね」
「女に媚びるのがうまそうだな」
「成り上がりか。汚い生まれの平民を雇うだなんて、リンドール家も落ちたな」
―――うん。男女で意見が違うのは容姿のせいだろうね。
ルアはかっこいいから女子からはモテるし、男子からは妬まれる。
罪な男だよね、ルアは。
「ルア」
「なんだ」
「ルアはパーティ好き?」
「参加するのはこれが初めてだが、すでに嫌いだ」
「どうして?」
「悪口、グループ、人混みがどれも嫌いだからだ。居心地が悪いし、いざって時にあんたを守りにくい」
「私と同じね。中庭に出られるんだけど一緒に来ない?」
「俺はあんたの従者だ。拒まれない限り、俺はおまえの隣にいる」
「そう。じゃあこっちに……」
「少しよろしいでしょうか、ユリアーナ嬢」
―――え、なに、だれ?
私よりも2、3歳ぐらい年上のちょっと太った男性が話しかけて来た。
全く面識がない。
黒髪黒目……生粋の脇役だ。
「ドレッド男爵家の次男のアーサー・ドレッドと申します」
「⋯⋯初めまして。リンドール公爵家のユリアーナ・リンドールです。何かご用でしょうか?」
「ええ。ユリアーナ様はまだご婚約されていないと伺ったのですが、それは本当でしょうか?」
「ええ。本当です」
だからなに?って感じなのだが、そういう問題ではない。
公爵令嬢なのに、しかも姉は王族への嫁入りが決まっているのに私に婚約者がいないというのは、好奇と嘲笑の対象になる。
「その白髪。お母上の遺伝ですよね?」
「それがどうかしましたか?」
「お可哀想な容姿は継いでいるのに〈精霊〉を見ることができないとお聞きしたので、気になってしまいまして」
―――あー、そういうことね。
くすくすと声が聞こえた。
私を笑いの種にしたいのだろう。
「その無表情、やめた方がいいですよ。社交にもあまり出ないと噂になってました。リンドール家の未来が心配です」
うわぁ、これ、あとで恥かいて「くそう、あの悪女め……!」的な脇役の定番のお決まりセリフを言うやつだ。
甘やかされて育った悪役のアレだ。
「あなたに心配されるほど、リンドール家は落ちぶれてなどいませんのでご安心を」
「おや、虚勢はやめた方がいいですよ」
「虚勢ではありません」
「嘘はよくないですよ、ユリアーナ様」
―――しつこいなぁ……。
私は社交が苦手だ。
人と接するのは得意じゃないし、そこまで好きじゃない。
家族や特定の人……ノーブル様のようにいい人や、レティシア様やエヴァ、ルアのように静かな人は気を楽にすることができる。
けれど、陰湿なクソ王子やこうしてうざ絡みしてくる脇役《モブ》といると気分も良くないし、早くひとりになりたくなる。
「何か言ったらどうなんですか?」
―――どう対処しよっかな~。
すると―――
「〈ユリアーナ〉」
ルアが脳内に話しかけてきた。
「〈俺にやらせろ〉」
―――なにを?
「〈この豚野郎に現実を見せることをだ〉」
―――豚野郎って……。
でも、わからなくもない。
―――ダメ。
「〈だがこいつは……〉」
―――私がやるからルアは手を出さないで。
「〈……わかった〉」
ルアの殺気が弱まった。
私は安心してことを進められる。
―――みんな舐めすぎなんだよ、私のこと。
練習した成果を見せてやろうじゃないか。
「そう言えば、アーサー様のお兄様が優秀だとお聞きしたのですが本当ですか?」
「っ、……ふん、それがどうかしたか?」
―――この様子ならいけそうだな。
「魔法にも勉学にも才があるとお聞きしましたが、ドレッド家を継ぐわけではないのだとか」
「そうだ。兄上は王宮勤めになるからな」
「だから私、少し心配なんです」
「? なにがだ?」
「―――アーサー様がドレッド家を継ぐことを、です」
「!? なんだと……!?」
うんうん、うまく釣れそうだね。
「噂で聞いたのです。アーサー様はそんな優秀なお兄様と比較されていつも苦しい思いをしていらっしゃるのに、まるで努力する気配がない、と」
「貴様……いくらリンドール家でもその侮辱はどうなんだ!!」
声を荒げる脇役と私に視線が集まる。
さすが脇役《モブ》の中の脇役。
視線を集めるのが上手だね。
あ、もちろん悪い意味で。
「本当に、侮辱でしょうか?」
「なんだと!! 噂ごときでよく知りもしないくせに……!」
―――よし。言質《げんち》取れた。
私はその言葉を待っていた。
「噂ごときと仰いますけど、はたして、アーサー様が言えるようなお立場でしょうか?」
「どういう意味だ!」
「だって……」
ここは悪役令嬢のようにやるのがかっこよさそうだね。
小さく首を傾げ、「ざまあ」のような勝気な表情で私は言った。
「アーサー様は先ほど、私が『社交にもあまり出ないと噂になってましたよ?』と、おっしゃっていましたよね?」
「それと何の関係が……!」
「アーサー様も噂ごときでよく知りもしない私のことをさも知っているかのようにおっしゃっていたではありませんか」
「え? あっ……、ぐっ……」
私はこいつと同じ言葉を使って言っただけだ。
だから何も言い返すことができない。
ちなみに「噂ごときでよく知りもしないくせに……!」という言葉も使うことであの脇役さんにより自分の失言を思い知ることになる。
たまにはこういうのもアリだね。
「もう一度お聞きします。私は、アーサー様のことを、侮辱しましたか?」
「~~っ」
肯定すれば、自分も私のことを侮辱したと認めることになる。
悔しそうに顔を歪めると、「覚えてろよ!」と弱者の捨てセリフを言って去って行った。
周りが動揺する中、私はルアに目配せして一緒に中庭へと出て行った。
109
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)
犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。
『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』
ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。
まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。
みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。
でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる