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第一部
75.かわいいぐらい言えよ、おい
しおりを挟むお父様との稽古はどうしたのか、と聞くと「もう終わった」と帰ってきた。
―――エヴァとルアの対決かぁ……見たい。
実際どのくらいの速さで動くのか、そして主要人物同士の対決はどのくらいすごいものなのか、見てみたい。
「一戦、頼みますよ」
「なんであんたと戦わなきゃならないんだ」
「ユリアーナ様の教育のためです」
「教育の意味、わかってんのか?」
「主人で従者は決まる、と聞いたことがありますが本当にそのようですね」
「はぁ……?」
―――うわぁ……バチバチだ。
改めて2人の仲が悪いことを再確認した。
「エヴァ。観客を1人、入れていい?」
「誰を入れるつもりで?」
「私の優秀なメイドよ。……ユリ」
私の複製体にして、自我を持つ特別なメイドさんのユリ。
最近ハマっている『萌える猫×メイド』の姿の要素がなければ完璧な黒髪黒目の脇役メイドさんだろう。
「お初お目にかかります。ユリアーナ様の忠実な僕のユリと申します」
「……複製体ですか」
「どう? ユリはかわいいでしょー?」
「いえ、そうではなくて」
―――かわいいぐらい言えよ、おい。
反応があんまり良くない。
聞く人を間違えただろうか。
「複製体を顕現するのには魔力をかなり消費するはずです。ゼロでないとはいえ、その少ない魔力でどうやって顕現させたのですか?」
「? 魔力なんて使ってませんよ?」
今、ユリを呼び出した時に魔力は一切使っていない。
「ではどうしてそれが現れたんですか?」
―――むっ……。
ユリをそれ扱いするだなんてひどい。
訂正してもらわねば。
「それ、ではなくユリです。ちゃんと名前があります。二度とそんな呼び方しないでください。次、同じことをしたら怒りますからね」
「……何故ユリが現れたんですか?」
―――謝らないんかーい。
まあいい。
私もちゃんと負けを認めたわけではない。
ここはおあいこにしよう。
「ユリには事前に魔力を上げてるから、今みたいに魔力が少なくても、こうして顕現できるの。自我があるから善悪の区別はできるし、魔力の無駄遣いもしない。ね? 優秀でしょ?」
「……」
エヴァが黙ってしまった。
そんなにユリの素晴らしさに衝撃を受けたのだろうか。
よくわからない。
「ユリには何ができるんですか?」
「見た目通りメイドの仕事ができるのと……あ、魔法もちょっとは使えるよね。【幻影】とか隠れる系は一通り覚えてたはず。基本的に私の代役をやってもらってるの」
「……私の知る限り、複製体は自我を持ちませんし、魔法も使えません」
「そうなの?」
「はい」
私はユリを見る。
ユリも私を見た。
「ユリってすごかったんだね」
「実感はありませんが……これからも精進いたします」
さすがユリ。
向上心のあるいい子だよ、ほんと。
「ユリにも武術を覚えてさせたいの。だからエヴァ、ルアと戦うところをユリにも見せさせて」
エヴァは少し悩むと「かしこまりました」と言って了承した。
そこで私は大事なことを思い出した。
「あっ! 勝負するのはいいけど殺すのはダメ! 絶対ダメ! 大怪我させるのもダメ! 魔法も禁止!」
「「⋯⋯⋯⋯」」
殺人事件が起きては困る。
これは最低限守ってもらわなくては。
「厳しい制限ですね。……すぐに勝負が終わってしまいそうです」
「勝負の意味分かってんのか? ……生きていた方が勝ちだ」
「相手に傷をつけたらそこで終了だからね!?」
よく言い聞かせると、二人は仕方なくルールを受け入れてくれた。
稽古場を戦場にする気なのか?
あくまで稽古だってことを忘れられては困る。
「ユリ」
「はい。両者の動きを記憶、保存します」
「ん、よろしく。……じゃあ構えてー。よーい、はじめ!」
まず初めにきたのは風だ。
荒く、重い風。
ふたりの剣(念のため竹刀)が正面からぶつかった。
―――うーわー⋯⋯。
動きをほとんど目で追えない。
やっぱすごいね主要人物は。
絶対に戦いたくない。
ユリの見学をお願いしたのにはもうひとつ理由がある。
目に追いつかない速さで戦闘されたとき用対策としてあとで見返せるよう記録係になってほしかったのだ。
記録の魔法は自分の目で見たことを記録する魔法だ。
つまり、目に見えない速さで動かれると変な動画になる。
その点ユリはすべての能力において群を抜いているので、ちゃんとした動きを見ることができるのだ。
―――うん。ユリに頼んでおいて正解だったね。
私はユリの記録を見ることができ、ユリは記録した動きを模倣して戦えるようになる。
一石二鳥だ。
―――それにしても……戦闘はいつまで続くんだ?
エヴァが本気を出したらおそらくルアはすぐやられてしまう。
今のエヴァは手加減をしているのだ。
―――私の見取り稽古とルアの稽古を同時に行ってるのか。
エヴァは裏社会の人間で、ルアやこどもたちにひどいことをした悪い人だ。
でも、実際のところはどうなのだろうか。
―――私の稽古の時はちゃんと手加減してたんだ。
私が弱いだけで、エヴァはそんなにひどいことをしていないのではないか。
私はエヴァのことを勘違いしているのではないだろうか。
十数分後、エヴァの勝利で戦いは終わった。
そのあとエヴァがとても美味しいケーキをくれた。
最終的に完膚なきまでにやられたルアの分もあって、最初、ルアは「いらない!!」と強い拒絶を示していたが、私が美味しい美味しいと食べていると無言で恐る恐る食べ始め、最後にはすべて食べきっていた。
エヴァの手作りだとは思っていなかったので、教えられた時はものすごく驚いたのを覚えている。
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