悪役令嬢の妹(=モブのはず)なのでメインキャラクターとは関わりたくありません! 〜快適な読書時間を満喫するため、モブに徹しようと思います〜

詩月結蒼

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第一部

83.アリなのか?

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「はふー……疲れが消し飛ぶわぁ~」

 夜、入浴の時間。
 それは最近の私の楽しみの一つだ。

「いい匂い……」

 アルトゥール様のシュヴァリエ家から贈られた白薔薇の入浴剤は驚くほど疲労が回復する。
 小さな花びらがぷかぷか浮いてるのも素敵だし、匂いで癒される上に効果も抜群。
 今度、アルトゥール様にお礼の手紙を送るつもりだ。
 すると―――

「お隣よろしいでしょうか、ごしゅじんさま」
「あ、ユリ」

 ユリが隣にやってきた。

「いいよ。どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」

 そーっと入るユリ。
 肩まで浸かり軽く息を吐くと、「気持ちいいですね」と言った。

「ユリにもそういうのあるんだ」
「そういうの、とは?」
「ほっとする、とか、気持ちいい、とか」
「……言われてみると、そうだと感じます」

 ユリには自我がある。
 だが人ではない。
 複製体なので、そもそも生物であるかさえ怪しい。
 ユリの抱くものが感情だとして、その名が『感情』かどうかはまた別問題な気もする。

―――ユリは『何』なんだろう。

 魔力を動力とする魔道具のようなものであり、人と同じ生き物であるとも言える。
 自分で創っておいて申し訳ないのだが、現存する分類法で分類ができないのだ。

「ごしゅじんさま」
「ん? なあに?」
「御髪を少しお借りしてもよろしいでしょうか? 湯船に浸かるのはあまりよろしくないかと」
「ああ……。それじゃあお願いしていい?」
「もちろんです」

 慣れた手つきでゆわくユリ。
 あっという間にお団子ができた。
 形も綺麗だ。

「ユリすごい。魔法みたい」
「簡単なものですので、むしろ恥ずかしいです」
「こんなに綺麗なのを簡単にできるなんてすごいと思うよ。私、不器用だし」
「ありがとうございます」

 ユリは恭しくそう言った。

「……それで?」
「……?」
「何か、話があるんでしょ? 特にルアに聞かせられないやつ」
「……さすがです。ごしゅじんさま」

 公爵家だから(?)か、お風呂は男女別になっている。
 住み込みで働いている人もいるからだろう。
 ルアは男の子なので女湯に入ることはできない。
 私を一日中警護するとなると、入浴時は外で待ってもらうことになる。
 だからルアは私が入浴時に何をしているのかを知らない。
 ま、その辺はルアを信用してるので女湯を覗くこととかしないだろうと思っている。
 いざとなればユリもいるしね。

「で? どうしたの?」
「……2つ、お願いがあるのと、1つ、聞きたいことがございます」

 ユリからのお願いとはめずらしい。
 いったいなんだろう。

「まず1つ目ですが……ルア様に新しい剣を買っていただけないでしょうか?」
「剣?」
「はい。ルア様が現在お使いになられている剣ですが、あれはかなり……刃こぼれがひどいです」
「わあ」

 ユリは遠くを見つめている。
 ルアの剣はかなり、その、ひどいらしい。

―――お父様が気づかないとは思わないけど……。

 ルアのこと嫌ってるお父様が素直に買ってくれるとは思えない。
 折れたら「鍛錬が足りないからだ」とか言って冷たくあしらうと同時に罵る気がする。

「包丁みたいに研げないの?」
「多少は良くなりますが……同じ『切るもの』ですが、剣と包丁を一緒にしないでください」
「だよねぇ~」

 そんな簡単に手入れできるものではないのだろう。
 それに、あの真面目なルアのことだ。
 きっと毎日ちゃんと手入れはしているだろうし、自分から買ってほしいだなんて頼まないだろう。

「今後のことを考えて、ルア様には新しいものを買った方がよろしいかと」
「ん。じゃあ2週間後のお出かけの時に一緒に見るのが良さそうだね。いいお店、選んでくれる? 私、あんまりわかんないし」
「承知しました」

 ユリはいろんな姿になれるし、私よりも物知りなので、こういうのはユリに任せた方がいいと知っている。
 ユリを信頼してのことだ。

―――可愛くて有能なメイドのユリ、最高。

 某顔面偏差値高めの有能な護衛もいい仕事をしてくれるのだが、私のくだらない話にきっちりと対応してくれるユリの方が個人的にポイント高めである。

「もう一つは?」
「えっと、これはすごく個人的なものなので優先順位は最下位でいいのですが……私にも、専用の武器が欲しい、です」
「え? 武器?」
「だめ、でしょうか?」
「いや。全然そんなことないよ。ちょっと驚いてるだけ。武器って言ってるけど、何がいいの?」
―――ユリの個人的なお願いってのもレアだけど、そのお願いが武器ってのもまたレアだわ。

 どの武器がいいのだろうか?
 剣は王道だよね。
 槍とかもよくありそう。
 そういう扱いやすくて比較的軽いものを想像していたのだが、次の瞬間、ユリの口から予想外の言葉が出た。

「―――おのが欲しいです」

 一瞬、思考が停止した。
 そして、阿呆のような気の抜けた声で

「……斧?」

 と私は聞き返した。

「はい。斧です」
「斧。斧かぁ……」

 小さい斧かと考えたが、そう訊けばユリはきっと真面目な顔つきで「そんなの武器とは言えませんよ」と言いそうな気がした。

―――アリなのか?

 フリフリふわふわの猫耳付きメイド服を着た可愛らしい黒髪黒目の脇役モブメイドさんが身の丈以上の大きな斧を持ってブンブン振り回し敵を薙ぎ倒し殲滅する……。

―――……え、この天使のように愛くるしい純粋無垢なユリが?

 私はユリを見つめる。
 ユリも私を見ている。

―――どうしよう。え、結構迷う。

 ちょーっと怖くなったのは気のせいだと信じたい。


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