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第一部
88.なかなかの策士だね
しおりを挟む「では、今日はわたくしからでよろしいでしょうか?」
惚気話の一番手はレティシア様らしい。
「いつものようにわたくしがノーブル様とお会いするため、王宮に来た時のことです。廊下でノーブル様の声が聞こえたので向かってみると、そこには男爵家の令嬢がおりました」
―――わぁ。
レティシア様とノーブル様の婚約は、貴族であるならば全員が知っていることだ。
もし王族との関係を目的で近づいたのであれば、かなりよろしくない事態だ。
「お話を聞いていれば、ご自身のお話や王家と領地の関係など、非常に目的のわかりやすいご説明をしていらして……。ノーブル様も困っていらっしゃる様子なのに、一向に終える気配がありませんでしたの」
―――うわぁ。
男爵は一番下の爵位。
王族との関わりは少ないし、客観的に見ても権力が強いわけでもない。
しかもその男爵家、最近お金に困っているらしい。
王族と婚約をすれば玉の輿で家も領地も安定……ということで近づいたとのこと。
博打といえるだろう。
「それで苛立ってしまって、思わずそのお方の前に立って言ってしまったのです。『わたくしの婚約者に何かご用でも?』と」
頑張って怒りを抑えたんだろうなぁ~と思うセリフである。
「そしたらその方、なんとおっしゃったと思います? ―――『ノーブル様との時間を邪魔しないで!』ですって。わたくし、思わず笑ってしまいましたわ」
―――こ、怖い。目が笑ってない。
レティシア様はノーブル様ラブのお方だ。
私が王宮図書館に行く時は、ノーブル様に見つからないよう話しかけられないよう、ブライト様対策も兼ねて男装しろと言われるほどである。
警戒心が強いのはいいことだと思うのだが、もう少し緩和してくれないかな~と思っている。
……口にはできないけど。
「レティシア様、レティシア様。ご令嬢はそのお言葉で身を引いたのですか?」
「それが、なかなかに粘り強い人でして……本当に同じ貴族かと疑うほど無知で哀れなお方でした」
―――訳、『同じ貴族として恥ずかしく、哀れに感じるほど愚かな方』ってところかな。
レティシア様が膨大な知識で押し返したのだろう……と、予想していたのだが―――
「だんだんとご令嬢の言葉が棘のある、不敬なものに変わり、あろうことか、『あなたはノーブル様にふさわしくないわっ!』と言ってきたのです。そうしたら―――」
『下がれ。彼女を侮辱するのであれば、私も黙ってはいられない』
と、ノーブル様がレティシア様の前に立って言ったらしい。
「はわわ……ノーブルお兄様、カッコよすぎです……っ」
「大事な方を傷つける言葉は誰でも見過ごせないもの。ノーブル様にとってのレティシア様の存在の価値が察せられますね」
さすがノーブル様、かっこいい。
「それでそれで? そのあと、ノーブル様とは?」
「ふふ。不快にさせてすまないと謝罪されました。不快にしたのは男爵令嬢ですのに、ご自身の対応の甘さのせいだと……。お礼として、今度ふたりきりで出かけるお約束をしたので、楽しみです」
「わぁ~! よかったですね、レティシア様」
「ええ。本当に」
―――さりげなく『ふたりきり』の部分を強調させてるところがレティシア様らしいね。
あの令嬢の男爵家が爵位を剥奪される日は近いかもしれない。
レティシア様を……いや、ノーブル様も含め、敵に回せば、それぐらい覚悟しなければならないということだ。
最悪の場合、
レティシア様はノーブル様に相応しくない
→王族の婚約が不釣り合い
→未来の王族に対して不敬
→王族に対する不敬罪
と、なりかねない。
「エリアーナ様はどうなのです? ブライト様とは進展しましたの?」
「んー……これという進展はないけど……」
―――なくていいよ、なくて。
あんなクソ王子とのイチャイチャラブラブなんて進展しなくていい。
正直に言えば婚約破棄してほしいぐらいだが、それだとエリィの体裁が悪い。
私はエリィが幸せになってほしいのであって、決してバツイチ的な腫れ物扱いを受けてほしいわけじゃないのだ。
「あ! この前、王宮に来た時にリンドール家と交流のある侯爵家の人たちに声をかけられて、お話ししてたんです。そしたらブライト様が来て―――」
『私の婚約者に何か用ですか?』
とキラキラスマイルで言ったらしい。
「……それは普通の反応なのでは?」
「ふふっ。これには続きがあるの。ブライト様が『私の婚約者に何か用ですか?』って言った時、その侯爵家の方に何をしてたと思う?」
―――あの腹黒クソ王子のことだし……あ! わかった!
「右腕でエリィ姉さんを守って、左手で侯爵令息の腕をめっちゃ強く握りしめて、あのキラキラの裏のありそうな黒い笑みで圧をかけてた!!」
「……色々と言いたいことはあるけど一応正解だよ、ユリィ」
「やったぁ!」
仮にあのクソ王子がエリィのことを好きで、その侯爵令息のことが嫌いだった場合、外面ではよくある王子様像を保ちつつ、裏で攻撃してると思ったのだ。
ブライト様ならそれができる。
―――誰か守るような姿勢は、その人が大事である証拠。腕を握っているのは『彼女に触れることは容認できない』と甘い言葉を吐けば多少強く握っても攻撃する意思はなかったとなる……。
あのブライト様のことだ。
全部計算済みで行動したことに違いない。
―――なかなかの策士だね。
これに加えて足を踏んでいたらもっと面白いのだが……さすがに数人の人目はあるはずなので難しいだろう。
「エリアーナ様が羨ましいです……っ。女の子なら、一度はそのように好きな殿方から守られてみたいものです」
「きっと不敵に微笑んでいたことでしょうね。その令息たちはどうなったの?」
「しつこく迫られたわけではないから、注意だけで終わらせてもらったわ」
―――エリィが優しい! マジ天使!
2人の惚気話を聞いていて、思ったことがある。
―――やっぱり性格とかセリフは、色に関係してるのか?
王子が2人だけの場合、どちらかはブライト様のようなキラキラスマイルで、もう1人はノーブル様のような真面目で現実的な人が多い。
筋肉バカとかインテリ、または、王位を狙っていて拗れちゃってる系もいるが、大半は想像から生まれた理想とかだ。
そして、これは王子が2人だけの話だった場合である。
―――王子が3人以上の場合、他者よりも独占欲が強い甘えん坊や、女慣れしてる誑し魔が候補に上がるよね。
そう。
女性向けで考えた場合、やはり王道は外せないが、一定数の人気を誇る現実離れした性格保持者のキャラクターは存在する。
小悪魔や闇落ち、暴走族など、危険な香りのするキャラクターに惹かれる人は多い。
現に、この世界にはルアのいた、エヴァみたいな人が集まる裏社会があった。
―――それらを含めて考えると、ブライト様とノーブル様ってかなりの王道系王子様だよね。
優秀な王子2人のいるアンリィリル王国だ。
しばらくは安泰だろう。
「次はリズ様ですよ」
「きょ、今日はあんまりありませんが……」
「あるにはあるのでしょう?」
「はっ、はい……っ」
そういえば、今はお茶会という名の謎の惚気話タイムだった。
どうやら順番がリズ様に回ってきたらしい。
あれ、でも……
「エリィ姉さん」
私は小声でエリアーナに聞いた。
「リズ様って婚約してたっけ?」
私の知識が正しければ、リズ様はまだ婚約していないはずだ。
王族が婚約したらすぐに情報が降りてくるはずだし、「どうでもよくね?」と思っている私だけれど、知らないのは貴族失格。
社交界で名を馳せるエリアーナとスパルタ教育をするエヴァがそばにいながら、リズ様の婚約の情報がこないのはおかしい。
「あっ……ユリィ、えっとね……」
「時期に発表があるかと思いますが、既にクローリス様はラーマオ・グランティルド様との婚約が決まっておりますよ」
「えっ! グランティルド、って……」
正式名称・グランティルド帝国。
強い軍事力を持ち、この世界で最も大きな発言力を持つと言っても過言ではない、大国の名前である。
――――――――――――
補足/
エリアーナの口調が砕けて柔らかくなっているのは、素の自分を見せても平気だと安心しているからです。他の貴族の前では公爵令嬢らしく敬語をちゃんと使ってます。
この世界での貴族のお茶会は、ちゃんとした話をしたり、遠回しに誰かの悪口を言ったりします。ユリィが「なんで惚気話に?」となったのはこのためです。
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