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第一部
93.なにが起こってるの……?
しおりを挟む男たちはユリとルアの登場にどよめく。
私もここまで派手にかっこよく登場するとは思ってなかったので少し驚いているが、最高の登場を最悪の言葉で台無しにするわけにはいかない。
こういうのは雰囲気が大事なのだから。
しかし―――
―――『武力行使の許可を』……って言ってるけど、さっき敵を吹っ飛ばしてたよね?
もちろんこういうことを口にして言及するのもダメなのだが、疑問に思うのは当然のことだと思う。
ユリにとっての武力行使とはなんなのかはわからないが、個人的に斧の持ち手を敵の腹部に当ててドミノ倒しになるのは武力行使に入ると思っている。
てか、入るよね?
入らなきゃおかしいよね?
「おい馬鹿主人」
どうでもいいことを考えていると、ルアがいつにも増して殺気立った目で私を見た。
「ああ、殺しはダメだからね。あとで尋問することを考えて行動してよ?」
「わかってる。―――つまり、話せる限界までなら殺っていいんだよな?」
ルアー、目が怖いよー?
ちゃんと落ち着いてねー?
―――ルアの『やる』は『殺る』なんだよな……。でも、半殺しはギリ許容範囲だと思うからいっか。
「ちゃんと約束守ってね」
「ああ」
「なら好きにしていいよ」
結局、条件付きでのぶっ倒しの許可を出した訳だが、大丈夫だろうか。
ルアはいい子だからちゃんと守ってくれるだろうけど……手加減しても敵が弱そうなので殺しかねないのが心配である。
―――ユリもルアも容赦なく敵に一撃を入れるんだよね……。
敵に回ると恐ろしいので、ずっと味方でいてほしい。
「じゃ、2人ともお願いね。あ、そうそう。魔力封じの魔法陣は早めに壊してくれる? そしたら自衛できるし、2人の補助もできるから」
「わかった」
「承知しました」
そう言うと、2人は次々に敵に向かって攻撃を入れた。
洗練された動きだ。
見ていてとても気持ちがいい。
特に敵がポイポイと後方へ投げられるシーンは最高である。
―――さて。
私はしゃがみ、女の子と目線を合わせた。
「あなた、名前は?」
「っ……わたしのなまえ……」
「ええ、そう。あなたの名前」
女の子は躊躇う様子を見せるも、私に教えてくれた。
「……わたしは、マナ。マナ・ライアー」
「マナ、ね。素敵な名前じゃない」
「っ! ありがとう、おねえちゃん。……えっと、あの……」
「ユリアーナよ。ユリアーナ・リンドール」
「~~ありがとう、ユリアーナさん……っ」
―――また泣いちゃった……。
私がハンカチをあげると、マナは会釈して受け取った。
「落ち着いた?」
「……はい。ほんとうにありがとうございます。それと……」
「ん?」
「ごめんなさい」
何度も聞いたその言葉からは、自責の念が感じられた。
「おにいちゃんのためとはいえ、わたしはユリアーナさんを、その……りよう、しました。わるいことだってわかってたのに、わたし、わたし……っ」
「いいよいいよ。マナちゃんは悪くない。むしろえらかったよ。お兄ちゃんのために必死だったんだよね。怖かったのに頑張ったね」
「~~っ」
こんなに小さい子を利用して私を誘き出すだなんてクズの所業だ。
私は今、ものすごく怒っている。
早く魔法陣消えないかな……。
「あの……おにいちゃんは……」
「今は眠ってるだけ。さっきも言ったようにちゃんと生きてるよ。私が保証する。だから安心してね」
「っ~~! ありがとうございます、ありがとうございます……っ」
―――また泣いちゃった……。
チラリと後ろを見ると、ユリとルアが敵を薙ぎ倒していた。
新しい武器にしたこともあってか、前見た時よりも威力が倍増している。
―――やっぱすごいね~。
身軽さを利用して身の丈以上の大きな斧を振り回して戦うユリ。
無駄のない動きで確実に急所を突いて斬って無力化させるルア。
稽古もあってか、息ぴったりの攻撃を繰り広げている。
私の護衛、めっちゃ優秀だわ。
超かっこいい。
―――お。
それから少しして、魔力封じの魔法陣が消えてなくなった。
ユリかルアが核を壊してくれたのだろう。
これで魔法が使える。
「あの、ユリアーナさん……」
「ん?」
「あの人たち、さっき、上から来ましたよね?」
「ああ、うん。そうだね」
「私がユリアーナさんをここに連れてくるって知ってたんですか? 本屋さんにいたはずですが……」
「実はユリに―――あっちのかわいい女の子にこっそりつけてもらってたんだよね」
「!? そうなんですか?」
「うん」
マナちゃんに連れられて走ってる時、私はユリに連絡を取っていた。
というより、連絡を受けていた。
『〈ごしゅじんさま、どこに行くつもりで?〉』
―――あ、ユリ! ちょっと訳ありで連れ去られてるから、いざとなったとき助けてくれない?
『〈やはり連れ去られているのですね。……やりますか?〉』
―――どの「やる」かは聞かないでおくけど、まだダメだよ。てか、やはりってどういうこと? まさか……。
『〈はい。現在進行中でつけております。尾行というやつですね〉』
―――え!? なんかかっこいい!!
『〈私もそう思います。探偵や怪盗といった役になりきっている気分です〉』
―――私も今度やりたい!
『〈ごっこ遊びでよければ付き合います〉』
―――ほんと!? ありがとユリ!
とまあ、後半は関係ないものになってしまったが、こういうやりとりをしていたのだ。
襲われそうになったらすぐに助けに来ることを条件に、ユリとルアには隠れてもらっていた。
そんなわけでずっと「待て」状態だった2人は今、猛獣の如く敵をやっつけているのである。
暴れるのはストレス発散にもいいらしい。
―――じゃ、私もやりますかね。
魔法が使えるようになったので私も思うように動くことができる。
それに、ユリたちの現在の戦闘スタイルは守ることに重点を置いている。
私が自衛できるようになれば、戦いやすくなるだろう。
―――【防御】【結界】【強化】【反射】
マナちゃんを中心としたクソ硬防護結界を展開する。
攻撃の反射機能も入れたので、やられたら自動的にやり返すことができる。
あとは―――
―――【身体強化】【能力向上】【威力倍増】
2人の能力を上げ、強くする。
そして―――
―――【創造】【促成】【強化】【付与】【追尾】【拘束】【停止】
まず【創造】で植物の種子を作り【促成】で大きくして【強化】する。
そこに【追尾】を【付与】して敵を【拘束】したとわかれば動きを【停止】させ、2人の攻撃でとどめを入れてもらう。
処刑場のような景色の完成だ。
―――うわ、すごいわ。
自分でやっておいて言うのもなんだが、この方法で次々に敵を無力化していくのは罪悪感がある。
殺してないけど、なんか申し訳ないなぁと思うのだ。
戦力差がありすぎるのが主な理由だろう。
すると―――
「おねえちゃん……!」
「っ! どうし……」
どうしたの?
そう、言い終えることはなかった。
「え……?」
振り返った先にあったのは、全く予想していなかった光景だった。
赤いなにかが世界を埋め尽くしていた。
―――な、に、これ。
視界が歪む。
体の感覚がおかしい。
周りの音が聞こえない。
―――なにが起こってるの⋯⋯?
赤いなにかが広がっている。
錆びた鉄のような匂いが鼻を掠めた。
―――なに、や、だ、うそ、なに、これ、わたし、ど、して……。
混乱している。
状況を飲み込めていない。
ただわかるのは。
―――どう、して……。
唯一わかる、確かなことは。
「まな、ちゃん……?」
マナちゃんがナイフを私の腹部に深く刺していることだけだ。
「―――ごめんなさい、おねえちゃん」
マナちゃんの顔は見えない。
声は震えている。
だけどわかる。
マナちゃんは顔をあげて言った。
「ずっと、この機会を待ってたの」
その言葉には、謝罪の意も、罪悪感の念も存在していなかった。
マナちゃんは―――嗤っていた。
「あぁ、やっと刺せた……。おねえちゃんのその絶望した顔を見れて、私、すごく嬉しい」
頬を薔薇色に染めたマナちゃんは、心の底からそう言った。
「この状況にするために、私、たくさん準備したんだー。本当に大変だったよ。特に護衛の2人をおねえちゃんから引き剥がす方法はめっっっちゃ難しかった! でもうまくいってよかった。敵の人選にいっぱい時間をかけた甲斐があったよ」
さっきまでつたない喋り方だったのに、まるで別人になったかのようにマナちゃんは話した。
「演技は自信あったから心配してなかったんだ。実際、うまかったでしょ? 私の特技の1つなんだぁ~。見事に騙されてたよね。泣き真似、上手だったでしょー?」
ごめんなさいと謝っていたあの時も。
男の子が生きていると知って喜んでいたあの時も。
―――全部、嘘だった。
それがショックで、驚きで。
身体と意識が現実に戻った。
「あ……ああああああああああぁぁぁっ」
―――痛い、痛い痛い痛い痛い痛い……!!
腹部の刺し傷の痛みが全身を駆け巡る。
痛みで悶えて地面に倒れ込む。
「ごしゅじんさま……っ!!?」
「っ!? まさか、あいつ……!!」
ユリとルアが事態に気づく。
だが、敵の数が多いのか私の方に行こうとするも敵に憚《はばか》られてしまう。
―――早く、治さなきゃ……!
激痛で失神しそうなのを耐え、傷元に触れる。
「~~っ……!」
治せなければ、死ぬ。
【治癒】をするため、魔力を集めて魔法を展開、発動させる。
だが―――
―――魔力を、操作できない……!?
体の中にある魔力が言うことを聞かない。
力を入れられないとはいえ、魔力を操作できないわけではない。
―――なんで、どうして……。
こんなことは今までに起きたことがない。
何かが起きている。
異常事態だ。
「っ……【治癒】! 【治癒】【回復】!」
魔力を操れないのだから詠唱しても魔法が発動するはずもない。
だが、私は一縷の希望にかけて詠唱をし続ける。
すると―――
「教えてあげよっか?」
視界が暗くなり、上から声が降った。
マナちゃんだ。
「そのナイフにはね、毒をいくつか仕込んであるの。痛みを後から感じる毒とか、体が痺れて動きにくくなる毒とか。とにかくいっぱい。でも、魔力封じの毒は入ってないの。あれれ? それだとどうして魔法が使えないかわからないね。どうしてだと思う?」
答える力がない。
意識を保つだけでも精一杯だ。
「それはねー」
マナちゃんが私の顎をぐっと上に持ち上げ、近距離で言った。
「毒じゃなくて呪いだからだよ」
呪い。
それは、古来から伝わる魔術の一種だ。
強い感情を利用した術で、強力なものだと一瞬にして殺すことができる術だ。
〈精霊術〉と同じように誰でも使えるわけではない。
〈精霊術師〉よりも強力で危険なため呪術師は厳しく管理されているはずなのだが……。
「魔力封じは一時的な呪いだから安心してね? ……どうして呪術師《わたし》がおねえちゃんに関わるのかって顔してるね。でもごめんね。私の口からは言えないの。あるじ様から言われてるから」
―――あるじ様……?
すぐに分かるよ、とマナちゃんは言った。
いったい誰のことなのだろう。
わからないことが多すぎる。
「い゛っ……!」
激しい頭痛が私を襲う。
腹部の傷によるものか、呪いかはわからないが、私の体になにかが起こっているのは分かった。
―――だれか、たすけて……っ。
遠くで誰かが叫ぶ声がしたが、うまく聞き取れない。
最後にはっきりと聞こえたのは、
「おやすみ、おねえちゃん。また会おうね」
という意味深なマナちゃんの言葉だった。
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