悪役令嬢の妹(=モブのはず)なのでメインキャラクターとは関わりたくありません! 〜快適な読書時間を満喫するため、モブに徹しようと思います〜

詩月結蒼

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第二部

107.夜の来訪者

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―――さてと。

 歓迎会が終わり部屋に戻った私は、窓を開けて息を吸う。
 春の夜風は冷涼で心地いい。
 すぐに体が冷えてしまうので、風に当たりすぎるのはあまりよろしくない。
 少しの間で閉めるのであれば問題ない。
 しかし、命を狙われている人物や、恨みを買ってはいけない人たちに恨みを買われた人は危険だ。
 たとえば、そう―――

「……エトワールの結界をすり抜けて来るところをみると、本当にあなたって恐ろしい人ね。エヴァ」

 裏社会の人間や暗殺者に部屋に入られてしまうかもしれないから。

「この程度、あのお方の命令に比べれば大したことありませんよ。それと、窓を開けるのは危険ですよ。王子たちほどではないでしょうが、あなたも売れば金になるのです。少し気が緩んでいるのではないですか?」
「気が緩む? まさか。緩ませたくても緩ませられないわよ。一級魔術師って、面倒な役職よね……あなたとの契約がなければ絶対にならなかったわ」
「そうですか」

 私は窓を閉め、エヴァの方を向く。

「それで、どうだった? 殿下たちを狙う刺客は強かった?」
「弱い奴らでしたよ。あんな弱さで王子たちを暗殺しようと思えるその知能の低さに驚くばかりです」
「突飛な考えを思いつくところと無謀な策でも行動に移すその勇気は認められるって感じかしら?」
「勇気? 面白い冗談ですね。馬鹿で阿呆な人間未満のクソどもには勇気なんてありません。あるのは肉体と歪んだ精神だけです」
―――わぁ。

 エヴァにしては珍しく口が悪い。

「ふふっ。疲れているのね、エヴァ」
「あのような低レベルの輩といると、非常に疲れるのですよ」
「その気持ちはよくわかるわ。話が合わない時のあの苛立ちや不快感は唯一無二のものよね」
「……それがわかっているのに私にやらせるとは……あなたも悪い人になりましたね、ユリアーナ様」

 私を良い人だと思っていたとは意外だ。
 裏社会の人間と契約を結んでる時点で、悪い意味でヤバい人ではないか。
 複製体のユリもほとんど裏社会で活動しているし、闇でまみれていると言っても過言ではない。

―――やっぱりエヴァに頼んで正解だったね。

 エトワール入学前、私はエヴァにブライト様とノーブル様を狙う輩のお掃除を依頼していた。

『護衛任務でエトワールに入学するのでしょう? 外部の……それも、裏社会の人間に頼んでいいのですか?』
『ずっと監視してろとは言われてないし、他に護衛を雇うなとも言われてないもの。別に問題はないでしょう?』
『裏社会の者にこのような情報を渡してもいいのかと聞いているのです』
『平気よ。あなたは今、私を裏切ることはしないもの』
『何故、言い切れるのです?』

 これにはちゃんと理由がある。

『あなたは私の専属教師よね?』
『それがなにか?』
『そうなった理由はお母様にお願いされたからと、前にあなたは言ってたわ』

 お母様が『ユリアーナの教師になってくださらない?』と言って、お願いしたから、エヴァは私の専属教師になったらしい。
 もし断れば裏社会そっちのことを騎士団長おとうさまに通報されかねない。
 だからエヴァは私の専属教師になったのだ。

『エヴァはお母様に弱みを握られているから、私に何かあったら、矛先がエヴァに向かないとは限らないわ』
『私がユリアーナ様のお願いを聞かなければいいだけのことです』
『それでも別にいいのよ? でも、そうしたら私はユリに頼んでステラとしてレグルス様にエヴァを貸してもらうよう、頼むつもりよ』
『ほぅ……? あのお方を甘く見すぎているようで』
『まさか。―――他の人にも聞こえるようにお願いすればいいのよ』

 ステラはなんとエヴァの妹で、しかも、エヴァの父のレグルス様の愛娘という設定だ。

―――愛娘のお願いを無下にはできないわよね。

 現実はどうか知らないが、設定として演じているのなら、少しは検討してもらえるはずだ。
 それに、もし仮にお願いが通れば、エヴァはレグルス様に逆らえないから、協力してもらえることになる。
 それをエヴァもわかっているはずだ。
 協力せざるを得ない状況なら、必然的にエヴァは少しでも自分の⋯⋯ノイア・ノアールの利になるように動く。
 長年の付き合いから私はそれを知っている。

『はぁ……高くつきますよ』
『これでも一級魔術師だから、お金はあるわ。ユリ経由で受け取ってちょうだい』
『わかりました。この仕事、お受けします』

 そんなわけでエヴァには今、刺客の排除をしてもらっているのであった。

「どんな奴らが殿下たちを狙っていたの?」
「先程も言ったように弱い奴らですよ」
「そうじゃなくて、そいつらの背景よ。バックに挟む黒幕とか、狙った理由、所属しているグループとか」
「ああ。そっちでしたか。―――狙ってきたのはほとんど宗教でしたよ。〈三英雄〉を信仰するものや、王政廃止を求める宗教です」
「〈三英雄〉の宗教……?」

 どうして〈三英雄〉の宗教が絡んでくるのだろう。
 それも、王政廃止はわかるけど、〈三英雄〉を信仰する宗教が絡む理由がわからない。

「〈三英雄〉はこの世界の頂点に君臨する者、と〈三英雄〉の宗教の教徒は思っています。王族に自分たちを支配されるのが嫌なのですよ。王族は同じ人間なのに、他より特別強いわけでもないのに、と思っているのです」
「……でも、だからって王族を殺そうとするかしら? 意味がわからないわ」
「言ったでしょう? 教徒《かれら》は知能も思考も人間として低レベルなのです」
―――うわぁ。エヴァ、機嫌悪そう……。

 冷静沈着なイメージのエヴァにしては珍しく顔に感情が出ている。
 敵に回す気なんてないけど、回したら怖いね。

「ユリアーナ様は宗教についてどれぐらいご存知ですか?」
「……平和的な宗教と暴動を引き起こす宗教があることと、国内最多の教徒をもつ宗教が『ヴァンドラ教』ってことぐらいよ」
「なるほど。では、少し宗教についての話をしておきましょうか」

 エヴァはそう言うと、簡単に解説してくれた。

「宗教には様々なものがありますが、主に2つの種類に分けることができます。あるものを至上主義とする至上主義宗教と、あるものを根絶させようとする根絶宗教です」
「……『信仰する宗教』と『根絶させたい宗教』ってこと?」
「はい。そういうことです」
「でも、宗教って、なにかしらを信仰する団体のことを言うんじゃないの?」

 根絶宗教は宗教と言えるのだろうか。

「今回王子を狙った宗教団体に『黒の雨』という〈黒竜〉を信仰する宗教がありました。『黒の雨』は根絶宗教です。王政廃止を求める宗教と協力して、今回の暗殺計画に参加しました」
―――『黒の雨』……かつて〈黒竜〉が悲しみで降らせた涙のことか。

 用語を知らないと中二病の言葉に聞こえる。

「本来『黒の雨』は至上主義宗教ですが、一部の信者には〈黒竜〉を過剰に崇拝し、名前だけの支配者である王族をいらないと思っている人がいます。ひとつの宗教の中でも様々な考えの人がいるのです。平和な人から過激な人まで、本当に様々です。最初は至上主義宗教の思想でも、根絶宗教の思想になることもあります。至上主義宗教も根絶宗教も根本の考えは一緒です」
「だから根絶宗教は宗教と言えるというわけね」
「そういうことです」

 とても複雑な話だが、エヴァの言いたいことは理解できた。

―――にしても、初日から狙われているのか。

 これはかなり厄介な案件のようだ。

「……帝国は絡んでそう?」
「今はまだなんとも言えないですね。しかし、帝国が裏に潜んでいる可能性は高いです」
「そう……」

 私のメインの仕事は来年、入学するラーマオ殿下の護衛だ。
 言ってしまえば、ブライト様とノーブル様の護衛はついでである……が、エヴァの情報を聞くと、殿下たちの護衛はかなり大事な任務と言えるだろう。
 あまりにも刺客が多すぎる。
 それも、宗教絡みとなれば、相手に常識が通じるとは思えない。
 殺しはだめだが、相手は自分を殺す気でくるのだ。
 面倒なことこの上ない。

「引き続き、刺客の排除は頼むわね」
「契約した以上、仕事はします。もちろん、情報提供も」
「ありがとうエヴァ」

 エヴァが部屋から去り、再び静かな時間が訪れる。

―――寝るか。

 リンドール邸ほどではないが、ここのベッドもふかふかで、とても気持ちいい。
 シーツが肌に触れる感覚を楽しみ、眠りについた。



――――――――――――
注意/
 至上主義宗教と根絶宗教という単語は、著者が造った造語ですので、現実世界にこのような言葉はございません。

解説/
 『ヴァンドラ教』は〈三英雄〉を信仰する至上主義宗教です。アンリィリル王国の国民の三分の一は『ヴァンドラ教』の教徒だと言われています。


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