悪役令嬢の妹(=モブのはず)なのでメインキャラクターとは関わりたくありません! 〜快適な読書時間を満喫するため、モブに徹しようと思います〜

詩月結蒼

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第二部

110.派閥

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「席を共にしてくださりありがとうございます。わたくし、ユリアーナ様とお話してみたかったのです」

 エトワールの庭園近くにある個室のカフェテリアで、私は偽物の笑顔を貼り付けて座っていた。

―――ううっ、ううっ⋯⋯。

 もちろん、心の中では泣いている。
 それぐらい私にとっては避けたいことだったのだ。

―――私が社交に顔を出さない理由ぐらいわかってるはずなのに⋯⋯っ。

 演技をしながらどうでもいい話をするお茶会とか苦手だから、私はずっと逃げてきた。
 逃げるために何度、一級魔術師の肩書を使ってきたことだか。
 それぐらい嫌なのに⋯⋯嫌なのに!
 なんで知りもしない人と急にお茶会しないといけないのだ!!

「ユリアーナ様の英雄譚はいつも聞いておりますわ。〈竜〉に襲われた領地を死傷者ゼロで救ったお話なんて歴史に語り継がれることでしょうね」
「⋯⋯ありがとうございます」
「ユリアーナ様の一級魔術師試験での活躍は特に有名です。一瞬で半数の参加者を氷漬けにしたというのは本当ですか?」
「⋯⋯えっと、はい」
「ぜひ、その瞬間を見てみたかったですわ。ああ、でも、ユリアーナ様ならすぐにでもできるのですか? 〈氷上の魔術師〉と呼ばれる所以ゆえんとなった【息吹の結晶】の発動」
「⋯⋯あれは、使うと判断した場合のみ、発動を許可されています」
「まあ、そうなのですね! では、あの⋯⋯」

 いつまで経っても終わる気配がない。
 このお茶会を開催する理由ってなんだ?
 特に考えもせず始めたものなら、早く帰りたいんだけど。

『いい、ユリィ? お茶会を早く切り上げたいなら、まずは核を見つけることが大事よ』
『核?』
『そう。必ずどのお茶会でも中心人物がいるの。爵位が高い子とか、仕切るのがうまい子とか。大抵は主催者だけど、そうじゃない場合もあるわ』

 エリィ姉さんは社交界で名だたる令嬢だ。
 エリィ姉さんのアドバイスに間違いはない。

―――今回だとこの金髪縦ロールの人⋯⋯リーシュ様だね。

 典型的なお貴族様である。

『次に、話題の共通点を見つけて。関係のない話が急に始まることはほぼないわ。もし始まったらそれが本題か、それまでの話題に何か聞かれたくないこととか居心地が悪くなる要素があるはずよ』
『そういう話題に触れるのはあんまりよろしくなさそうだね』
『ええ。だから、苦手だろうなって思うことはよくよく覚えておいたほうがいいわ』

 今のところリーシュ様から話題を振っているので、話しちゃいけないものはわからない。
 でも―――

―――私に関する話、長くね?

 単に緊張や警戒を解くために私の話題にしているのかもしれないが、それにしたって長い。

―――リーシュ様の目的は私?

 いや、自意識過剰かもしれない。
 その可能性のほうが高い。
 しかし目的が何にしろ、なにか、私といることによるメリットがあるはずだ。

―――私の利点⋯⋯騎士団長のお父様と〈精霊の愛子〉のお母様を持つリンドール公爵家の次女で、最年少の一級魔術師、未来の王族の血縁⋯⋯って、なんか自慢をしてるみたいでやだな。

 事実だが、自分で言うのは恥ずかしい。

―――考えろ。

 何かあるはずだ。
 リーシュ様が私を誘った理由、私をおだてるような話題を続ける理由⋯⋯。

『ユリィはお茶会嫌いだって言うけど、参加したときは感情を顔に出しちゃだめだよ』
『⋯⋯エリィ姉さんは嫌だなって思うときないの?』
『あるわよ』
『えっ、そうなの!?』
『そりゃあ、苦手な人もいるわよ。たとえば⋯⋯』

 もし私の予想が正しければ、もう、私はリーシュ様と話す理由などない。
 さっさと帰って本を読むほうが有益だ。

「それでわたくし、ユリアーナ様に⋯⋯」
「―――私はどの派閥にも入る気はありませんよ、リーシュ様」
「⋯⋯派閥?」

 なんのことかしら、とリーシュ様は言った。

「そのままの意味ですよ。もう少し詳しく言ったほうがいいですか? 私はツェツィーリア派に入る気はありません」
「⋯⋯」
―――だんまりか。ま、当たってるっぽいからいっかな。

 エトワールには現在、大きく分けて3つの派閥が存在する。

 第一王子を次期国王に支持するブライト派。
 第二王子を次期国王に支持するノーブル派。
 そして隣国・フリジア王国の次期国王に支持するツェツィーリア派。

 ツェツィーリア派とは、フリジア王国の現王女であらせられるツェツィーリア・レーヴ・フリジア様を次期国王に支持する派閥のことだ。
 何故隣国の派閥がアンリィリルの、それもエトワールで大きなものになっているかというと、ツェツィーリア派の代表者のツェツィーリア様がエトワールの生徒だからである。

―――なんで自国のフリジアにある学校じゃなくてエトワールに来たんだろ。

 しかもツェツィーリア様はエトワールの生徒会長を務めている。
 他国の王女様がうちの学校の生徒会長って、変な感じだ。

「たしかリーシュ様の出身は北方の領地でしたよね⋯⋯一昨年から続く天候不良で不作が多いと聞いています。国としても補助金を出しているはずですが―――もしかして、ツェツィーリア様からも援助をしてもらっていますか?」
「っ⋯⋯わたくしは⋯⋯!」
「別に、悪いだなんて思っていませんよ。ツェツィーリア様は懐の深いお方なんだなぁと思うだけです。―――けど、なにか対価を要求されたのなら話は別です」

 内容によってはアンリィリルが滅びかねない。
 相手は大国フリジア。
 今のところ仲は良いが、攻められでもしたら勝敗は明白だ。
 こんな私でも一応国の防衛機関に所属している一級魔術師。
 無視はできない。

「ツェツィーリア派に入って支持してほしいと言われたのですか? ああでも、フリジアは国王の任期が終わったら新しい王を決めるために各種族の代表者が王座をかけて闘うのですよね? 王族の血筋だなんて関係なく、実力勝負で決めるはずです。なら、派閥に入る意味なんてあるのでしょうか」

 どんなに周辺国が反対しても、フリジアの国民が革命を起こさない限り、実力勝負で決まった人が王様となる。
 だから、どの派閥よりも支持者を多く抱えていても、そんなのは何の力も持たない。

「もしもの保険のために派閥に入ってほしい、だとしてもその対価は大きすぎますね。他国の公爵でもない貴族に支持されても、評価が上がるかと言われるとそうでもありませんし⋯⋯」

 だけどもし公爵家の者に、それも国全体を見ても権力のある人が支持すると言ったら―――。

一級魔術師わたしとツェツィーリア様をつなぐための仲介役になってほしい、とでも言われましたか?」
「っ⋯⋯!」

 一級魔術師は他国の人でも権力者として通じる称号だ。
 一級魔術師のことを知らない人なんていないだろうし、自国はもちろん、他国でも簡単に意見を無視できない。
 実力主義のフリジア王国ならなおさらだろう。

―――公爵家の生まれで最年少の一級魔術師。それに加えて外交官として働くシュヴァリエ家に嫁入りするとなっていれば⋯⋯。

 他国の支持者としてはこれ以上にない優良物件だ。

「自国はもちろん、他国であるフリジア王国の政治に関わる気はない、とツェツィーリア様にお伝えください。アンリィリル王国に害を為そうとする者でなければ、私は誰が王になろうと構いません。では、私はこれで⋯⋯」
「っ、お待ちください!」

 要件は済んだと思ってたけど⋯⋯まだ何かあるの?

「ユリアーナ様の意思は理解しました。ツェツィーリア様にもちゃんとお伝えします。しかし⋯⋯まだ、少なくともあと1回は、お話の時間をいただくことになるかと」
「⋯⋯どういう意味ですか?」
「『いずれご挨拶に参ります』と、ツェツィーリア様から言伝を頂いております」

 何度断られようと諦める気はない、というわけか。

―――ん、待てよ? いずれご挨拶に参りますってことは⋯⋯ツェツィーリア様本人から呼び出しがあるかもってこと!?
「それと、ひとつ訂正させてください」

 私が脳内で慌てていると、リーシュ様は真剣な顔つきで言った。

「わたくしがツェツィーリア派に入ったのはユリアーナ様のおっしゃったように領地のためもあります。―――けれど、わたくしは領地への支援が途絶えたとしても、わたくしが派閥を抜けることはありません。わたくしはわたくしの意志でツェツィーリア様を支持しているのです。そこは絶対に勘違いしないでください」
「⋯⋯」

 私にとって本や家族が大切なのと同じように、リーシュ様にとってのツェツィーリア様はとても大事な人なのだろう。
 感謝してもしきれない、尊敬する人。

「⋯⋯承知しました」

 そう言うとリーシュ様は満足したようで、「本日は貴重な時間をわたくしたちのために使ってくださりありがとうございました」と恭しく礼をした。

―――うまく付き合わないとな。

 派閥はお貴族様である限り永遠につきまとう問題だ。
 私は子供だけど一級魔術師という権力者でもある。
 今度、エリィ姉さんに付き合い方のコツを教えてもらおうと決めた。


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