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第二部
138.地下の拷問部屋
しおりを挟む魔法協会の地下に入ってはいけない。
一級魔術師試験を合格したとき、ライゼ様にそう言われた。
『そもそもに広いから、中の構造を知らずに入ると迷子になって、最悪、永遠に出られなくなる』
『永遠に出られなくなる、なんてこと、あるんですか?』
『ある。そういう造りにしてある』
永遠に出られなくなる造りってどんな造りなんだろう、と興味を持ったが、軽い気持ちで踏み入れてはいけない話題だというのを肌で感じた。
罪人を閉じ込め、尋問・拷問するための場所。
それが、魔法協会の地下だ。
一度閉じ込められれば外へ逃げるのは不可能となり、助け出そうと地下へ踏み込んだ者もまた、出られなくなる。
そんな地下に、今、私は足を踏み入れた。
「こっちだ」
ミア様に案内され、小さな明かりを頼りに進む。
ここはまるで迷路だ。
「⋯⋯ユリアーナには、ハイネ・アルドワーズと話をしてもらいたい」
「ハイネ先輩とですか? 別に構いませんが⋯⋯それはラディア様の領域では?」
「本来なら、な。ハイネ・アルドワーズが言ったんだ。『ユリアーナ・リンドールと話をしたい』って」
「えっ⋯⋯?」
模擬戦と昨日の魔法戦以外で、ハイネ先輩とは会ったことがない。
もっと言えば、ちゃんと話したこともない。
ハイネ先輩はいつだってノエル先輩に固執していた。
それなのに、話したい相手が私?
いったい何故―――。
「理由は分からん。だが、ユリアーナになら今回の一件について、詳しく話すと言ったらしい」
数分歩くと、ある部屋に通された。
ここにハイネ先輩がいるらしい。
「私は手前で待機している。何かあったら呼べ。ラディア様は別の部屋で拷問中だ」
「分かりました」
ミア様が部屋の鍵を開け、中へ入れる。
そこは、小さな明かりが一つだけある、仄暗い部屋だった。
鉄格子の先に、薄い布切れをまとった人物がいた。
艶のあった綺麗な黒髪は乱雑に切られ、陶器のような肌には痛ましい傷や痣が見える。
―――ハイネ先輩、なのか⋯⋯。
私の知るハイネ先輩の姿とは遠くかけ離れていて、まるでその姿は下町の中でも最下層に住む飢えた貧民に見えた。
「⋯⋯ユリアーナ・リンドール」
「!」
「あぁ。来たのね。そう」
ハイネ先輩はよろよろと起き上がり、こちらを向いた。
錆びた鉄のような、ツンとする匂いがした。
―――あっ⋯⋯。
ハイネ先輩は両目が潰れていた。
指は何本か欠けており、あり得ない方向に曲がっているものもあった。
気持ち悪さで吐き気が押し寄せる。
既《すんで》のところで飲み込むも、口の奥で胃酸の味がした。
「どうして、私を呼んだのですか」
「聞いてないの? 私が、あなたと話をしたいと言ったの」
「私とハイネ先輩に、そこまで接点はなかったと思いますが?」
「ふふっ、そうね。そうだったわ。少し前までは」
ふふ、ふふふ、とハイネ先輩は笑った。
気味が悪い。
あんなに痛めつけられているというのに、何故ハイネ先輩は笑えるのだ。
感覚が麻痺していて、痛いと感じていないのか?
「―――あなた、転生者なんですって?」
「!」
転生者。
それは、この世界にはまだ存在していない言葉のはずだ。
なのに、ハイネ先輩が知っているということは―――
「あなた、花蓮とつながっているの?」
私の前世の妹、牧野花蓮。
あるじ様という呼び名以外、姿も、声も、まだ分かっていない、私の妹。
ハイネ先輩は不敵に微笑む。
「さあ? どうかしらね?」
「っ、答えてください!」
「い・や」
「~~ハイネ先輩!」
知りたい。
知らなきゃいけない。
花蓮に関する手がかりは、マナちゃんに襲撃されて以来、一度もつかめていないのだ。
「あぁ、でも、これだけは教えないとね。私が〈竜〉を召喚した理由」
「⋯⋯殿下の暗殺、ですか?」
「私もそうだと思ってたんだけど、違うのよね。『殿下の命なんて小物に等しい』だそうよ」
殿下の命が、小物?
信じられない。
あの場所に、殿下以上に殺害の価値がある人間がいたというのか?
「では、誰を狙ったのですか?」
ハイネ先輩はくすりと笑うと、正面を指さした。
「―――あなたよ」
「え⋯⋯?」
「あなたを狙うよう、殺すよう、言われたわ。〈氷上の魔術師〉ユリアーナ・リンドール様」
私が、殺害対象だった⋯⋯?
〈竜〉を召喚したのは、私を、殺すため⋯⋯?
「な、なんで、私なんですか!」
「知らないわよ。私は殺せとしか言われてないもの。⋯⋯でも、そうね。邪魔だったんじゃない? あなたの存在が」
「っ⋯⋯」
「私の話は終わりよ。さ、帰って。話したいことは全部話したから」
その後、ミア様とラディア様に会話の内容を伝え、魔法協会にある自室に帰った。
―――花蓮⋯⋯。
あの子はいったい、何を考えているのだろう。
私は、どうすべきなのだろう。
―――話したい。
花蓮と話をしたい。
前みたいに眠っている時にでもいいから、もう一度、話をしたい。
だけど、私から花蓮に接触する術はない。
どう足掻こうと、花蓮が動かない限り、私は花蓮と話をすることはできないのだ。
―――⋯⋯ん?
廊下からドタドタと誰かが走って来る音がして、ドンドンドンと強くドアを叩かれた。
「ユリアーナ! ユリアーナ、いるか!?」
声の主はミア様だった。
「どうしたんですか、ミア様?」
ミア様は荒い息を吐きながら、切羽詰まった様子で私に言った。
「大変だ。あいつが―――ハイネ・アルドワーズが、暗殺された」
一度閉じ込められれば外へ逃げるのは不可能となり、助け出そうと地下へ踏み込んだ者もまた、出られなくなる。
そんな魔法協会の地下室で暗殺が行われたという事実は、大きな衝撃を与えた。
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