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第二部
144.朝の庭園にて
しおりを挟む『エトワールの庭園でお待ちしております』
学校再開を控えた前日、私はアルトゥール様と少し会うことになった。
場所はエトワールの庭園、朝の6時半。
昼間だと他の人がいるかもしれないし、夜は少し危険なため、朝、会うことになったのだ。
―――服、これで大丈夫だよね……?
最近、暑くなってきたので、今日は肩出しのワンピースを着ている。
レースのフリルが可愛いお気に入りの一着だ。
―――あ、いた。
アルトゥール様は庭園の花を鑑賞していた。
しゃがみ込んで、じっと見ている。
何かあるのだろうか?
「何をしているのですか、アルトゥール様?」
「ユリアーナ様⋯⋯」
リン、と澄んだ音が鳴る。
氷の鈴が揺れて、アルトゥール様がこちらを向いた。
声をかけるまで、私に気づかなかったようだ。
「昨夜の雨で花が濡れていまして⋯⋯とても、綺麗だな、と」
愛おしむような、そんな目をしていた。
「雨が降った翌日は、花が、とても綺麗なのです。花弁や葉が露を纏っていて、それが陽光に反射していて⋯⋯宝石にも引けを取らないくらい、美しいものになるのです」
花に触れると、雫が地に垂れた。
見る角度によって輝きが増減するその様は、たしかに宝石のようにも見えた。
―――ほんとだ。綺麗。
身近にこんなものがあるとは知らなかった。
「よく、ここへ?」
「はい。シュヴァリエ領にいる時は、いつも屋敷の庭を散歩していたので、今は代わりにエトワールの庭園を歩いているのです。同じ道でも、日が変われば見る景色も変わります。ほぼ毎日来ていますが、飽きません」
―――ほぼ毎日⋯⋯。
相変わらずの植物好き。
気持ちは分かる。
私も、同じ本でも何度も読んでしまうから。
「ユリアーナ様が来たことに気づけず、申し訳ございませんでした」
「いえ、そんな。アルトゥール様が見惚れていた理由がよく分かって、すごく嬉しいです」
「っ、見惚れて、って⋯⋯」
「まるで恋しているかのような表情でしたよ、アルトゥール」
「!? ⋯⋯ユリアーナ様は、少しずるいです」
「え?」
アルトゥール様にずるいと言われる心当たりがない。
私、知らぬ間に何かやっちゃった?
「あの、具体的にどの辺ですか?」
「~~そうやってお聞きするところですよ。本当に、もう⋯⋯」
「??」
全く分からない。
いったいどうしたのだ、アルトゥール様は?
「……けど、安心しました」
アルトゥール様は私の頭に触れ、髪、頬、顎……と手を滑らせる。
「ユリアーナ様が無事に帰って来てくださったことが、私は何よりも嬉しいです」
「アルトゥール様……」
「生きていてくれて、ありがとうございます。ユリアーナ様」
「っ……」
それは、ちょっと恥ずかしい。
きっとアルトゥール様のことだから。社交辞令などではなく素の言葉なのだろうけど……聞いていて照れるというかなんというか、すごく、その……反応に困る。
それに加えて、私を見るときの目が、ほんのりと熱を帯びているように感じる。
さっきの植物を見てるときみたいな、愛おしむような視線に、心臓が小さく跳ねる。
主要人物だからなのか、盲目の貴人だからなのかは知らないが、とにかく、長時間一緒にいると身が持ちそうにない。
―――顔面偏差値の高い人にはもう慣れたと思ってたのに……っ。
アルトゥール様のせいで耐性が下がってしまった気がする。
すると―――
「あ、あの、アルトゥール様」
「はい。なんでしょう」
「な、なんで抱き締めるんですか……?」
気付けば自然な手つきでアルトゥール様に抱擁されていた。
「あぁ、すみません。ユリアーナ様への想いが溢れてしまって、つい」
「よ、よく分からないです……」
―――『つい』で抱き締めるって、なに!? どういうこと??
想いが溢れるっていうのも、理解できない。
いつ、そんな出来事があった?
私、特に何もしていないと思うのだが……。
「ちゃんと説明してもらわないと、困ります。アルトゥール様」
「ちゃんと説明すれば、抱き締めてもいいのですね?」
「っ……!? なんでそうなるのですか?」
「そうとしか聞こえなかったからです」
―――ア、アルトゥール様が意地悪だ……。
絶対それ以外の解釈もあるのに、なんでそんなこと言うのだろう。
私のこと、好きだって言ってたけど、本当は嫌いなんじゃないか……?
「好きな子を抱き締めたいと思う理由なんて、好きだから以外にありませんよ」
「っ! ……あの、そういうこと、あんまり言わないでください」
「何故です?」
「何故って……」
恥ずかしくなるからに決まっているじゃないか!
そんな分かり切ったことを私に言わせる気なのか、アルトゥール様は!?
そっちがその気なら、私だって―――。
「アルトゥール様には教えませんっ。絶対っ」
「絶対、ですか?」
「絶対ですっ! もしこれ以上聞くなら、ウィリアム様に言って怒ってもらいますよ!」
「っ」
ピクリ、とアルトゥール様が反応する。
―――むふふんっ。どうかな、どうかな? 効いたかな?
ウィリアム様は同じ一級魔術師!
今回の〈竜〉の件でその実力は示されたも同然だし、一級魔術師はとても強い権力を持つ権力者なので、伯爵家のアルトゥール様はウィリアム様に勝てない。
これならもう、意地悪されないよね?
「―――ユリアーナ様」
「はい」
なんだかいつもより声が低いような……気のせいかな?
「エリアーナ様からお話は伺っています。〈天蓋の魔術師〉ウィリアム・アスター様とは第二の親子のような関係で、深い仲ではないのだと。私はエリアーナ様のことを信用して、そう、信じております」
「……?」
ですが、とアルトゥール様は続けた。
「さすがに今のは無理です」
「え? ……っ」
生温かい柔らかな何か、右の鎖骨あたりに触れるのを感じた。
白薔薇の香りがふわりと舞う。
アルトゥール様は私から離れると、羽織っていた薄手の上着を私にかけた。
「夏でも朝は冷えます。あまり、手足や肩を露出してはいけませんよ」
「あ、ありがとうございます……」
「それと、私と二人きりの時に他の男の名前は出さないでください。……妬いてしまいます」
―――え、焼く?
あとで呼び出して半殺しにするってこと?
いやいや、アルトゥール様に限ってそんなこと……。
「嘘じゃないですからね。本当ですよ」
―――本気かもしれない……。
次から気を付けよう。
「ならアルトゥール様も意地悪しないでください」
「意地悪……?」
「そうです。意地悪、しないでくださいね」
「……ふふ」
「? な、なんで笑ってるんですか……」
「いえ、なんでも……ふふっ、はははっ」
「何かありますよね、それ? 教えてください、アルトゥール様!」
「申し訳ありませんが、これは教えられません」
「なんでですか?」
「それは秘密です」
結局、なんでアルトゥール様が笑ったのかは分からずじまいとなった。
唯一、分かったことがあるとするならば、それは―――
「……あああぁっ!」
アルトゥール様が私に上着をかけたのがキスの跡を隠すためだったということぐらいである。
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