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第二部
143.お叱りの言葉(代表者:エリィ姉さん)
しおりを挟む「ユリィ~~?」
「⋯⋯本当に申し訳ございませんでした」
私は今、女子寮の一室―――エリィ姉さんの部屋でお説教を受けている。
「何が悪かったのか、ちゃんと言って」
「⋯⋯〈竜〉にやられて瀕死状態になって、心配をかけてごめんなさい」
「次からはどうするの?」
「ひとりで無茶しません。油断しません。隙を見せません」
「周りに誰もいなかったら?」
「自分の命を最優先に考えて逃げます」
かれこれ30分ほど、このやりとりをしている。
一体いつまで続くのかと言うと、エリィ姉さんの怒りが鎮まるまでである。
早く終わると思ってはいけない。
期待した分だけ辛くなるだけだと私は知っている。
―――うぅ⋯⋯エリィ姉さんはいつも女神みたいに優しいけれど、怒ると般若みたいになる⋯⋯めっちゃ怖いよぉ⋯⋯。
昔はそこまで怖くなかったし、むしろ可愛いとすら思っていた。
しかし、美少女から美人へと成長したエリィ姉さんは怒ると可愛さより凄みが増した。
「こういう危険なこと、今までに何度あったか覚えてるかしら?」
「⋯⋯5回ぐらい、です」
「そんなに少ないと思ってるの? 私とユリィの危険なことの基準、かなりズレてるみたいだね」
声が⋯⋯エリィ姉さんの声がものすごく低い。
普段の2オクターブぐらい低い。
腹の底から沸々と煮えたぎる怒りが分かる。
「お母様の〈精霊の加護〉はどうしたの? 春の入学式前にかけてもらったよね?」
「⋯⋯⋯⋯〈竜〉に攻撃された時に、使われたと思う、よ」
「なのに、死にかけたと?」
「⋯⋯はい」
「つまり〈精霊の加護〉を使用してなお治癒できない大怪我をした、と?」
「⋯⋯⋯⋯多分、そう、です」
即死レベルの攻撃を3回ぐらいされた気がする。
今、生きているのは奇跡と言ってもいい。
ウィリアム様の治癒のおかげもある。
―――『お母様の〈精霊の加護〉+ウィリアム様の治癒:〈竜〉の攻撃=1:1』ってことか。
そう考えると〈竜〉ってすごく強い生き物だと分かる。
「⋯⋯はぁ」
「っ」
「どうしたらユリィは無茶しないのかしら? 危険な目に遭っているのに、痛みもあったはずなのに、同じことを繰り返して⋯⋯―――いっそのこと、縄でベッドにでも縛りつけてみようかしら?」
エリィ姉さんが怖いよぉ~~!!
目が、目がヤバい!
これはガチなときの目だ。
今のエリィ姉さんならやりかねない。
誰か助けて⋯⋯っ!
「―――そこまでにしたらどうです。エリアーナ様」
パタン、と本を閉じる音がした。
「レティシア、様⋯⋯」
実はエリィ姉さんのルームメイト、レティシア様。
助けに入ってくれたのかな⋯⋯?
「ユリアーナ様だって、好きで〈竜〉にやられたわけではないでしょう。運が悪かった。そう捉えるべきでは?」
「⋯⋯では、もし死んでしまったら、運が悪かったと思えと?」
「ええ。そうです」
「っ」
―――えぇ!?
いや、ちょっと待て。
不運だったら死ぬとか、それはさすがに極論すぎでは?
「そもそもに、ユリアーナ様は一級魔術師なのですよ。国の防衛機関に所属する人間のひとりです。命の危機にさらされることなんて、この先、何度だってあります」
「でも、今回はいくらなんでも危険すぎで⋯⋯」
「皆、そうです。騎士団も、魔法兵団も、一級魔術師も⋯⋯皆、国のために命をかけて動くと誓った者たちです。どんな危険にさらされようと、火中に向かうと約束した者たちです」
どんな任務でも、基本的に拒否権はない。
私は国の犬のようなものである。
「それに、ユリアーナ様は『たとえ死んでもアンリィリル王国及び騎士団・魔法兵団は一切の責任を取らない』という誓約書の内容に同意しているはずですよ。一級魔術師の就任時にその誓約書を提出しているはずです」
―――え? そうだっけ?
全く記憶にないが⋯⋯レティシア様が言うのならそうだろう。
―――つまり、私が死んだら私のせいってこと? ヤベェ契約をしちゃったんじゃね、私?
細かいことを考えてはいけない。
それが長生きする秘訣だと思っている。
「エリアーナ様の気持ちもよく分かります。ユリアーナ様はまだ12歳。国のために命をかける年齢ではありません」
ですが、とレティシア様は続けた。
「先程も言いましたようにユリアーナ様は一級魔術師です。国の秩序と安寧を保つ責務があります。何歳であろうが、関係ありません」
レティシア様の言葉は、正しい。
何一つ間違っていない、正しいことだ。
だからこそ、それは時にナイフのように鋭く人の心を抉る。
人間が真偽や善悪でのみで判断できる生き物だったら、きっと苦しむことはないのだろう。
「わたくしの兄は騎士団に所属しております。いつ死んでもおかしくない仕事です。できることなら、危険の少ない部隊に所属してほしいと思っていますが、兄や兄の部隊がいなければ、この国は危険にさらされます。それは、あってはならないことです」
ある程度の人間は危険な仕事に就く必要がある。
その人たちがいなければ、国を存続できないからだ。
―――言い方悪いけど、必要な犠牲ってことだよね。
死にに行くわけではないが、一般人に比べて死亡率が高いのは事実だ。
実際、騎士団の人間は戦争時でなくとも、年に何十人かは命を落としている。
「エリアーナ様。エリアーナ様は、ユリアーナ様を誇るべきなのです。国のために命をかけられる妹君を、誇ってください。そしてユリアーナ様。あなたはもっと、自分を大切にしてくださいませ。あなたが死ぬと、悲しむ人がいることを、忘れないでください」
レティシア様の言葉は、正しい。
正しいからこそ、真っ直ぐだからこそ、人の心に響く。
「⋯⋯ごめんなさい。エリィ姉さん。エリィ姉さんが私のことを想っているのは、私が誰よりも分かってる。―――でも、ごめん。私は、きっとこれからも今回みたいな出来事に関わらなきゃいけない。もしかしたら⋯⋯死んじゃうかもしれない」
死なないなんて保証はない。
保証できないことを約束することは、できない。
「けど、私は一級魔術師だから、やらなきゃいけないの。危険なことでも、それが私に与えられた仕事ならやらなきゃいけない。たとえ、死にに行くようなものでも、私は―――〈氷上の魔術師〉ユリアーナ・リンドールは、やらなきゃいけない」
一級魔術師の肩書に大きな力を持つのは、実力と、与えられる任務が難しいからだ。
何かを得るには代償が伴う。
「だからごめん、エリィ姉さん」
私はエリィ姉さんを抱きしめた。
とても、温かかった。
「危なっかしい妹で、ごめん。何度も死にかけて、何度も心配かけて、ごめん」
「⋯⋯死んだら、許さないから」
「うん」
「絶対絶対、私より先に死んじゃダメだから」
「努力する」
「約束して」
「⋯⋯ごめんね」
「ユリィはずるいよ」
「ごめん」
「⋯⋯好きだよ、ユリィ。私は、ユリィが大好きなの」
「私もだよ、エリィ姉さん」
いつ死ぬかなんて分からない。
だからこそ、愛おしい。
この平穏な日常が永遠に続いてほしいと願う。
―――私は。
これから、どうなるのだろう。
先の見えない暗闇《みらい》に、今も、少しずつ進んでいる。
―――私は、エリィ姉さんより先に死んじゃうだろうな。
長生きしたいけど、私には敵が多すぎる。
厄介事はこれからどんどん増えるだろうし、今以上に忙しくなるだろう。
―――死ぬまでに、私はどれだけのものを大切な人に返せるだろう。
――――――――――――
補足/
エリアーナとレティシアがルームメイトなのは、学校側が気を使ったからです。公爵令嬢&未来の王族と一緒に同室で過ごせる強靭な精神をお持ちなお貴族様は、なかなかいないからです。
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