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第二部
212.良き教師とは
「―――良き教師とは、どのようにすればなれるものでしょうか?」
「難しいことを聞くなぁ、ユリアーナは」
難しいことだから相談しているのだ。私には、この答えを出せない。
「どうしてそのようなことを? 何かきっかけが?」
「……きっかけは、問題児三人を停学処分にした時の魔法戦です」
私は彼らと賭けに近い契約を結び、私が魔力圧縮と魔力制御技術を教えた生徒三人―――クラリス、グリシャ、エイダンと彼らに魔法戦をしてもらい、見事、勝利を収めた。
契約通り今後は真面目に授業を受けてもらう予定だが、それ以上に私は彼らの目に余る言動に憤りを覚え、謝罪してもらい、停学処分を下した。
「停学処分にしたことに関して、後悔はしていません。彼らは停学するに値する問題行動と問題発言をしましたから。……でも、本当にそれでよかったのかな、って」
「どういうことだ?」
「もし私ではない他の先生だったら、彼らを正しく導けたのではないかと思ったのです。私は、結局、停学処分にしただけで、彼らを変えたわけじゃない。多少のお灸を据えることはできたと思いますが、根本的解決には至っていないように感じています。それに―――」
私は、自分が彼らにしてきたことを思い出す。
「―――……私は、彼らに何も教えていません。魔力圧縮も、魔力制御技術も、何も教えていません。問題児とは言え、一応は私の生徒なのに」
教師は、生徒を正しく導く存在だと、私は考えている。
どのような生徒であれ、それは変わらないことだ、と。
「教えることを、放棄したんだと思います。放棄したかったんだと思います。私は人に教える機会など、これまでほとんどありませんでしたし、何より、一緒にいて不快な相手はとことん嫌いです。なるべく関わりたくないと思っています」
だが、教師ならば。仕事ならば。
そんな私情は挟まず、やるべきことをやるべきだったのではないだろうか。
「私は、正しく在りたいのです。正しい教師として、良き教師として、働きたいと思っています。でも……」
心が、ぐるぐる、ぐるぐる、渦を巻いている。
「わからないのです、良き教師とは、何なのか。何をするのが正解なのか」
対価にはそれ相応の結果を残すべきだ。だが、私は、彼らに、何をした? 何もしていないではないか。ただ勝手に教えるのを諦めて、停学処分を下した私に、臨時教師としての仕事は務まるのだろうか。これから先、同じようなことが起こった場合、私はまた今回のようなことを繰り返すのだろうか。
「……ユリアーナは、何を目指しているんだ?」
「え……? だから、良き教師を……」
「良き教師とはなんだ? すべての生徒を正しく導くこと、ってか?」
「……そう、ですね。はい。そんな感じだと思っています」
「はぁ」
ミア様は軽く呆れてため息をついた。
「んなわけねぇだろ」
「っ」
はっきりとした声で、ミア様はそう断言した。
「先に前提条件として聞いておく。良き教師とはすべての生徒を正しく導くこと、とおまえは肯定したな?」
「は、はい」
「じゃあ聞かせてもらう。『導く』とはなんだ? 自分の言葉で説明してみろ」
「え……っと、導くっていうのは……その……分かれ道があったとして、どちらが正解の道なのか教えて、そちらへ行かせること、だと……」
「はい不正解ー」
「えっ」
ど、どこが違うのだろうか。分からない。
「そんじゃ次な。『正しく導く』とはなんだ?」
「正しく……」
「そうだ」
「…………正しい道を教えても、間違った道に進もうとする人を、止めて、正しい方へ行かせる、こと……?」
「疑問形はやめろ。誰かに聞こうとするな。考えろ。あと、それも間違いだからな」
―――ええぇ……。
分からない。分からないよ。ミア様のしようとしていることが、理解できない。
ミア様はいったい、私に何をさせようとしているのだろうか。
考えて、考えて、ずっと黙っていると、ミア様が口を開いた。
「……リュカ」
「っ、はい」
「たとえば、今リュカの目の前に数学の問題が解けなくて困っている生徒がいたとする。おまえはその問題の解き方を知っていて、答えも分かっており、且つ、それが正しいとする。―――このとき、リュカはどうする?」
「……」
リュカ様は数秒考えると、一言。
「何もしません」
「えっ……?」
リュカ様はいつもの真面目で凛々しい表情のまま、そう告げた。
―――何も、しないの? 答えを教えないの、普通? 私だったら教えるのに。
それは意地悪というものではないだろうか。リュカ様は確かに厳しい人だけれど、困っている人には手を差し伸べる、そんな人だと思っていたのに……。
「次、ライゼ様。―――『外でまだ遊びたいの~!!』と駄々をこねる自分の子供がいたとする」
「私の子供たちはそんなことを言わない」
「もしもの話だよ。口をはさまないでくれ。……それで、もしそうなったら、ライゼ様はどうする?」
「……場所は?」
「屋敷の敷地内の庭。ただし、窓やドアはすべて閉まっていて、屋敷に入るには鍵を持っているライゼ様と一緒に入るしかない」
それを聞いたライゼ様は、即決で回答した。
「屋敷の外に置き去りにする」
―――なんで??
意味が分からなかった。何故にそんなひどいことをするのだ。父親失格では?
「もちろん、安全上の対策として、使役獣を監視役としてみておいてもらうが、自分から謝らない限り、私は屋敷の中に入れないだろうな」
「ひどい! なんてことするんですかライゼ様! 虐待です!!」
「……」
「なんで屋敷に入れてあげないんですか! 可哀想です!」
その言葉を聞いたライゼ様とリュカ様は『なるほど』と言った。
なにが『なるほど』なの?
ちゃんと説明してよ!!
「ユリアーナ。三つ質問する。一つ目、何故リュカの答えに驚いた?」
「だって、目の前にいる人は、問題が解けなくて困っていたんですよ? 分かるなら、教えたほうがよくないですか? せめて、ヒントを与えるとか……」
「ほぅほぅ。……では、リュカの意見は?」
「私は、自力で解くことに意味があると思います。分からないからこそ自分なりに考え、答えを出すことに意味があると、そう、思います。しかし、もちろん人によっては頑張ったも解けない問題はありますので、その時は問題の答えを自分で見るか、または、答えがない場合は数学の教師に聞くのが一番でしょう。学びへの意欲は大切ですから」
「だそうだ」
うーむ。リュカ様の言い分も、理解できる……。
「次にいこうか。……ライゼ様はどうして子供を屋敷の外に置き去りにすると言ったんだ?」
「くだらぬことで駄々をこねる子供などエトワール家には不要だ。それがたとえ年端のいかぬ子供だったとしても関係ない。遊びたい気持ちは理解できるが、あまり聞き入れすぎると我儘な子供になる。私は、我慢のできる子供になってほしい」
「……質問二つ目。ユリアーナはこれを聞いてどう思った? ライゼ様の意見に賛成か、反対か」
結構迷うなぁ~。リュカ様同様、ライゼ様の意見は理解できる。だが、だからといって外に置き去りにするか? ちょっとやりすぎな気がする……。
「……置き去りは、良くないと思います」
「なら、ユリアーナならどうする? まだ遊ぶといって聞かない子供を、どうやって説得する?」
「…………お菓子で釣る、とか」
「それで釣られるのはおまえだけだ」
「えぇっ!? そんなことないですよ」
「お菓子で釣れたらいいほうだ。……子供はなかなかに頑固だからな」
えぇ……でも、だったらどうすればいいのだ?
ミア様の言いたいことがよく分からないよ……。
「ユリアーナの気持ちは、理解できる。分からない問題があるなら答えを教えてやればいい。遊びたいと言う子供には遊ばせてやればいい。……だがな、それは私たちの自己満足感を満たすだけでしかないんだ」
「自己満足感を、満たすだけ……?」
「ああ。そうだ」
ミア様の挙げた二つの例で示されたことは、なんだろう。
「解けない問題を教えることは“優しいこと”かもしれない。だが、その優しさは“本当の優しさ”か? 難しくて解けない問題は、解けた時に大きな喜びとなり、その人を成長させる。解くまでの過程に意味がある。それを“おせっかいの優しさ”で奪うことは、果たしてどうなのだろうか?」
「っ……」
「駄々をこねる子供もそうだ。甘やかせば甘やかすほど、要望を受け入れるほど、その子供は我慢を知らない“大人”となる。おまえなら分かるだろう? 無駄に自信に溢れたお坊ちゃんとかいるだろう? 将来的に“アレ”になる」
うわぁ、嫌だ。ああいう大人は嫌いだ。
「時に優しさは毒となる。それを忘れるな。優しくすればいいってもんじゃない。もちろんその逆も然り。適度な優しさと厳しさが必要だ。要は、飴と鞭の使い分けだな。この割合で良い方向に成長するか悪い方向に成長するかが決まる。人によってその割合が違うから、そこを見極めるのが難しいところだな」
飴と鞭の使い分け、か。
たしかにそうだよなぁ。
「それでは、最後の質問だ。―――良き教師とは、なんだ?」
私が最初にした質問を、ミア様が私に尋ねた。
「…………良き教師とは、」
ミア様が、リュカ様が、ライゼ様が教えてくれたこと。そこから考える、私の考える良き教師とは。
「その人のためを思って、助言をしたり、見守ったりすることができる人」
あくまで教師は生徒を“支える”のであって、前に立って進むべき道を教えることは、良くないのではないだろうか。どちらが正解か分からなくとも、勇気を出して一歩を踏み出す力を出す手伝いをすることが、大切なのではないだろうか。
悲しかったり、辛かったりしている時は、一人になりたいことがある。そういう時に、そっとしておいてくれるのも、大事なことだと思う。
ミア様はふっと笑って、『いい答えだ』と言った。
「お悩みは解決したか?」
「はい。ありがとうございます」
「そろそろ時間ですね。作業に戻るとしましょう」
「私も王宮に戻らねば。また会うときは、今日のようにスイーツを持ってくるとしよう」
「私も研究所に戻るよ。仕事がたまっていてね。お互い、頑張ろう」
こうしてまた、それぞれの日常に戻って行くのだった。
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