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逃走
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しおりを挟む「学園祭って普通さ、生徒が楽しむものじゃなかったっけ?」
風紀委員室。几帳面な正確の竜崎がトップを張るだけあって、普段は整理整頓が行き届いている。のだが、ここ数日はドアを開けると、視界が真っ白になる。何故か。
「どうして仕事をいつも以上に片付けてるのに書類減らない訳?!」
「口動かす暇あったら手を動かせ」
「そんなレベル越してるからねコレ?!」
学園内の可愛い所担当と言えば、小柄なチワワズだろう。そのチワワズに負けず劣らずの美少女顏を持つ颯斗の顔が、見るも恐ろしい般若顏になっていた。顔色も悪く、目が血走っている。一年にしてシレっと親衛隊を持っている颯斗だが、親衛隊のメンバーが見たら卒倒するレベルである。それに対する怜毅。彼も、鋭利な美貌がくすむほどの疲労感に満ちている。最早反射条件で動き、気力で持たせていると言って良い。
体力温存の為に口を動かすべきではない。しかし、動かさずに入られない、と颯斗も怜毅も思っている為軽いやり合いである。そんな中、彼らのスマホがピコン、と着信音を鳴らした。その瞬間、凄まじい顔でスマホを振り返った二人が、何も起こっていなかった、と素知らぬ顔でスマホを放置した。ゴミ箱に捨てようとして流石に竜崎に窘められたのは、かなり前の話である。
「二人揃って無視するな。それでも風紀か」
「これ以上仕事増やされたら、風紀の活動以前の問題だからね?!」
「過労死して、風紀を守る人間いなくなるだろうな」
「こんな時だけ団結するな馬鹿ども」
口を揃えて正当化を始める風紀二人。気持ちはわかるが、と竜崎も苦笑気味だ。やれやれ、とスマホを操作し、一般生徒からの通報である事を確認する。ついでに、それが緊急度が低い事も確認して、近くにいる風紀委員に出動を命じる。
「さて、仕事がもう一つ増える前に今ある物を一つ以上か片付けろ」
「片付けても終わりが見えないんだけど?!」
「言うな」
ここもまた平常運転だった。
「龍さ……じゃなかった、委員長!通報の合った被害者君、確保してきました」
「ん。ご苦労」
例にもれず、Nukusに所属する風紀委員の一人が、一人の男子生徒を連れてきた。取調室に通しておきますねーと軽く声を掛けてきた風紀委員は、そのまま外へ出て行った。
「僕も外行きたい!」
「行ってもいいが、後で仕事量が倍になって戻ってくるぞ」
恨めし気にその後ろ姿を見ていた颯斗だったが、竜崎の一言に撃沈する。どうして風紀には脳筋か、書類仕事も出来ない馬鹿ばっかりなのか、と嘆く颯斗。不良だからだろ、とあっさり怜毅に返されて、黙り込んだのは余談である。
そんな二人を見ていた竜崎は、ため息をついて立ち上がった。本来ならば取り調べは担当が行うが、今回は警備の人数の関係で彼らも駆り出されている。となると、必然的に取り調べは三人の内の誰かがやる事になるのだ。口下手で圧の強い怜毅は論外。颯斗にこれ以上をやらせたら確実に暴走する、との判断の末だった。
寝不足からくる頭痛に蟀谷を揉みつつ、取調室へ向かう。中に入ると、居心地悪そうな少年の姿が目に入った。まぁ、取り調べ室に入れられて寛ぐ人間はいないか、とどうでもいい事を思って、少年の顔をなんとなく見た竜崎の目が見開かれる。
「えっと、あの、すみません……?」
気弱そうに頭を下げたのは那波。暫く前に、聖月に繋がる手がかりとなった少年だった。
「うわ。まさかのこのタイミング」
「あの野郎」
「らしいといえばらしいけど。アイツにとっては絶好のタイミングだろうけど」
いつか絶対ぶん殴る。風紀三人は据わった目で決意した。囲まれた那波少年は可哀想に委縮している。
被害者が那波であると気付いて絶句していた竜崎は、我に返るや否や、二人を呼び寄せた。心底嫌そうに顔を出した二人もまた、那波の顔を覚えていたらしく、固まった。もしかしなくても、と思った瞬間に口に出たのがさっきの言葉だったのだ。
「悪い。とりあえず、桜庭だったな。また事件に巻き込まれたのか」
「はぃ。なんかすみません」
「被害者なんだから、まぁ、誤らなくていいよ。加害者は仕事を増やしてくれた事を全力でお礼したいけどね」
「ちょっと黙ってろ颯斗」
鬱憤が溜まっている颯斗が早くも毒舌を吐き始める。那波の視線が泳いでいるのを見た竜崎が天を仰いでしっしっと手を振る。不満げな颯斗だったが、大人しく引き下がる。
「詳細は」
「えっと、外部のお客さんに絡まれて。それで、困ってた時に助けてもらいました」
「外部か。面倒だな。それで誰に助けてもらった?通報者は」
「あの、その、前にたすけてもらった人です。通報もその人が」
三人の視線が鋭く交わる。那波は聖月に繋がる手がかりをよくよくもたらしてくれるようだ。ぱっと外に出て行った怜毅。置きっぱなしのスマホを取りに行ったのだろう。竜崎は那波に向き直る。
「怪我とか、被害は?」
「いえ、特に。早い段階で助けてもらえたので。一応報告だけしておいた方が良いんじゃないかって」
「そうだな。特に酷い事になっていなかったならそれでいい。それで、助けた人間の事なんだが。前回は顔も分からず話もしていないそうだが、今回は?名前は聞いたのか」
「あ、はい。ちょっとお話しました。名前は、しみずみづき、らしいです」
丁度その時戻って来た怜毅が黙って一緒に持って来たパソコンを颯斗に渡す。心得たようにパソコンを弄り出す。すぐに目当てのものを見つけたようだ。キーボードをたたくその指は止まったが、颯斗自身は怪訝そうな顔をしている。
「どうした」
「新入生で、その名前にヒットしたのは一人」
でも、となんとも言い難い顔で続けた。
「一年生の、清水美月。ターゲットリストに載ってない」
とりあえず詳細を聞きだし、報告書も作った事で那波は帰した。特に大きな事件でなかったことと、名前以外の情報を特に持っていなかった、という事でその判断を下した。下したのだが。
「さて、どういうことか。リストに載っていない、新たな登場人物」
“清水美月”のパーソナルデータを前に、三人は険しい表情を崩せなかった。先だっての聖月からのプレゼントのおかげで、かなり骨を折ったが、とりあえず復旧に目途が立っていた。復旧したデータの中から、彼らは"聖"の漢字がつく生徒をピックアップしていたのだ。単純、と思うかも知れないが、以前聖月が本名から適当に取ったといっていたのを信用する事にしたのだ。
"聖"の字がつく生徒は地味に沢山いた。その中で、髪や眼鏡の所為で写真から人相がはっきりしない生徒も何人かいた。その中にいるのでは、と睨んでいたのだが、ここに来て全く違う人物が浮かび上がったのだ。長い前髪と眼鏡で顔立ちはかなり分かりにくい。その点では疑わしいが、それでは聖の名前がどこからきているのかが分からなくなる。
「龍はこの写真みて何か感じないの?」
「ハッキリと断定できん」
顔を見ているとは言え、合っていたのは常に夜。明るい所で見る顔と全く印象が変わる。そのうえ、特徴的な白髪と碧眼は隠されているとなると、更に印象が変わっているとみていい。それを考慮しない相手ではないのだ。
「ミスリード?でも、このタイミングで?」
「単純に、俺はココだ、なんていうタイプじゃないだろう」
先の事件も合わせれば、この"清水美月"というのが聖という事になる。しかし、そんな単純な事をするか。それとも、"清水美月"という人物に焦点を当てて逃げる気か。聖月の罠にはまっていると分かっていても、動けないのが口惜しいと颯斗は地団駄を踏んだ。竜崎は、ため息をついて前髪をかきあげた。
「さっきの那波という生徒。生徒会長の親衛隊に所属しているらしい。とりあえず高宮に相談して、状況によっては彼を上手く利用する」
「しかないな。ルールに引っかからないようにするのが面倒だが、ヤツがやったように引っかからなければ問題はない」
怜毅が賛同し、早速メールを打っているようだ。颯斗は今だ不満そうだが、竜崎のもの言いたげな顔に首を傾げた。
「どうしたの?」
「心情としては、このまま色々調べたいところだが」
そう言って竜崎は取調室のドアを開けた。その瞬間、颯斗の顔から表情が消えた。
「残念ながら、俺たちが気を取られている隙に更に仕事が増えているようだ。こんな事してる場合じゃない」
風紀委員や教師が勝手に置いて行ったであろう書類が更に増えていて。終わらない仕事に、颯斗の絶叫がこだました。
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