道ならぬ恋を

天海みつき

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過去

3 一か八かの賭けと言う名の、運命の再会

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 兄弟の会合から暫くした後、グランは城内を険しい面持ちで歩いていた。向かう先はオールターの執務室。話す内容を頭の中で整理し最終確認する。視察の報告はともかく、此度の戦利品に関する報告は、一言でも間違えたら大変な事になる。普段はへらりとした緩い笑みを浮かべる事も少なくない顔を引き締める。

 そこはかとなく固い顔をしている護衛の面々を引きつれゆっくり歩いていた彼の視界で、揺れるものがあった。それとなく視線を向けると、柱の陰に隠れて様子を伺っているアクアの姿が。グランが彼に気付いたことに気付き、そっと合図を送ってくる。

 グランは顎を引くことで返答とし、引き返せない所まで来たことを覚悟した。すぐに質素だが重厚な雰囲気を持つ扉が現れ、その前に立つと深呼吸をする。護衛の者達が気遣わし気な顔をするのに目礼で返し、静かに腕を上げると思い切ってノックした。

 「入れ」

 すかさず帰ってきた返答。ヘラりとした緩い笑みを、意識的に浮かべて扉を開ける。そして、息をのんだ。

 「グランか」
 「おっと。ゲルヴァーがいるとはねぇ。タイミングミスったかも」
 「何だと?」

 そこに居たのは、オールターだけではなかった。オールターの護衛騎士隊長、ゲルヴァーの姿があったのだ。ゲルヴァーは剣の腕が立つ良き護衛なのだが、如何せん潔癖すぎる。融通が利かず、典型的な頭の固い正義感の塊のような男だ。目的と最良の結果の為であれば、清濁併せ吞むのが一流と豪語するグランとは全くそりが合わないのだ。

 ゲルヴァーものらりくらりとしているグランが気に入らないのだろう。引きつった笑いを零したグランに、険しい顔を向けている。

 すっとその手が剣の柄に掛かったのをみて、目を眇めたグランが酷薄な笑みを浮かべた。グランの本領分は頭脳戦。どう言い負かしやろうか、と考え始めたのだが、その一瞬即発な気配を制したのは、オールターだった。すっと黙って手をかざし、止めろと合図してきたのだ。

 「いい加減にしろ。お前らは顔を合わせる度にそれをやらなきゃ気が済まないのか」
 「悪いけど、コイツの顔がいくらカッコよくても俺の守備範囲外なんだよね。いろんな意味で」
 「気色悪い。こっちから願い下げだ」

 せせら笑うと、負けじとゲルヴァーも吐き捨ててくる。睨み合っていると、ため息をついたオールターがゲルヴァーに退出を指示した。難色を示す彼を、オールターが睨み据える。

 「お前らが揃うと話が進まん。コイツが俺に危害を加える可能性は低いのだからとっとと出てけ。仕事の邪魔だ」
 「手伝うどころか邪魔する事しか出来ないとか。ホント、存在意義を疑うわぁ」
 「貴様!」
 「黙れと言っているのが分からないか。グラン、茶々を入れるな。ゲルヴァーもさっさと出て行け」
 「……はっ」

 面倒そうに手を振るオールターに、不満そうな顔をしつつもそのまま退出していくゲルヴァー。満面の笑みで見送るグランを、射殺さんばかりに睨み据えて。パタン、と音を立てて扉が閉まった事を確認し、グランはため息をついた。

 「全く。あの石頭をよく傍に置いておくな。正気と思えんが?」
 「ヤツは裏切らん。例え誰が裏切ろうとも、お前ですら裏切ったとしても、ヤツは裏切る位なら自害するだろう。よっぽど信頼できる」
 「ま、そんなところだろうと思ったけど」

 昏い瞳で嘲笑するように呟くオールター。ゲルヴァーは心底オールターに心酔しているため、裏切る事はなく、裏切り者を蛇蝎の様に嫌い蔑む。裏切り裏切られが日常だった革命軍時代の状況と、とどめを差された最愛からの裏切りというトラウマがオールターを蝕んでいた。グランはため息をつくと、すっと冷ややかな瞳をした。

 「いつまでも立ち止まってるんじゃねぇ。いい加減人間不信から脱却しろ。お前の立場は他人をたやすく信じられる立場じゃないが、同時に信じる事が出来なければ息をすることもままならない事くらい理解してるだろうが」
 「知った事か」

 俺は甘やかさないぞ、と半眼になるが意にも介されない。ますます自分に対する労わりがなくなっているオールターに、グランは内心舌打ちする。もう時間がない。偶然とはいえ、状況を打開する最強のキーが見つかった事を天に感謝した。

 「で、報告は」
 「ああ。特に問題なし。子細はこっちの紙に書いておいたから質問があったら呼べ」

 あらかじめ用意しておいた報告書を机に置き、グランは深呼吸した。オールターは報告書の少なさに怪訝そうな顔をして、グランを見上げる。何を企んでいる?と視線で聞かれ、苦笑した。流石に鋭い、と舌を巻きつつグランはゆっくりとオールターに歩み寄り、その腕を引いた。然して抵抗せず従った彼は、益々不信そうな顔をする。

 「おい。何処に行く気だ」
 「黙ってついて来い。重要な事だ」

 そう言ってグランはオールターの腕を引いたまま外に出た。そのまま腕を開放すると、スタスタと歩き出す。少しためらって執務室を振り返ったオールターだったが、諦めてグランの後を追う。どうせ仕事の段取りはグランがしている事もあり、フォローもするだろうと呑気に考えていたオールターの耳に、グランの固い声が飛びこんでくる。

 「俺はお前に負い目がある。そういう役回りだったとは言え、お前に一番きつい所を押し付けた。結果、お前を壊す事になった。過去を変えられると言われても、俺は結局同じ道を進むだろう。それが最善だと自信を持って言えるからな。だから、俺に出来る事はこれくらいなもんだ。後悔しているとすれば、それはお前たちともっと真剣に向き合えばよかったという事くらいだからな」
 「いきなりどうした?」

 自棄に殊勝な台詞を吐きつつ歩き続けるグラン。オールターは首を傾げていたが、方向から行先に思い至り、ますます困惑する。辿り着いた先は、オールターの私室。立ち止まって道を開けたグランは中に入る気は無さそうだ。強張った顔で部屋を示し、そっと目を伏せた。

 「一週間だ。一週間予定を開けた。お前もきちんと向き合ってやれ。信じるべきは、信じたいものは何なのか。どんな思惑が蠢き、本当に起きた事は何だったのか。俺たちに必要なのは、見つめ直し、向き合う事だ」
 「……?」

 とりあえず扉に手をかけたオールターがゆっくりと開き、飛び込んできた光景に目を見張った。ぴん、と耳を立て全ての意識を一点に集中させている彼の肩をぐっと掴んだグランは、そのまま中に押し込めた。

 「落ち着け、とは言わん。すぐに冷静になれ、とも言わん。だが、落ち着いたら話をしろよ。それが、お前たちにとって最も重要な事で、前に進むための最重要キーだ」

 そんな言葉と共に。

 一人部屋に残されたオールターは、暫くの間動けなかった。しかし、徐々に状況が飲み込めてくると当時に、強張る四肢を無理に動かしてに近寄った。そして、見下ろしたその視線の先に居たのは。

 「ツェル……!?」

 艶を失った不揃いな薄い金髪をソファに散らせた、華奢な人影。クッタリと意識なく寝そべるその人の頭にあるのは大きな三角の耳で、尻には大きな木の葉型の尻尾。オールターのかつての恋人であり、最大の裏切り者として知られたその人。生存を根拠なく確信し、ずっと追い求めいた、ツェーダン・シュタインであった。

 その姿を目にした瞬間。オールターの頭の中で何かが切れる音がし、その瞳はツェーダン以外を映す事を忘れた。

 吉と出るか凶と出るか。グランが一縷の可能性にビットした、大きな賭けと言う名の運命の再会だった。
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