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今日も今日とて
今日も今日とて痴話げんか
しおりを挟む若葉の青々と茂る初夏。とある大学のカフェテリアで、一人の青年がのんびりとパフェをつついていた。その向かいには、もう一人の青年がおり、呆れたような顔で見つめていた。
「うーん。やっぱりパフェ最高」
「何つうか、大学のカフェテリアにパフェがあるっていうのにも疑問がわくし、お前も良くそんな甘ったるいもの食べれるな」
「甘いものは正義。好き」
小さなスプーンでざっくりとアイスの山を崩して頬張るの青年。名前は碧。大学三年生で、自由な学生生活を謳歌している。一緒に居るのは呉羽。高校時代からの友人であり、碧の良き理解者である。甘いものの山をせっせと切り崩す事に集中する友人を呆れ半分感心半分で見ていたが、ふと入り口付近でざわめきが起きたのを感じ、碧に声を掛ける。
「おーい、一度戻ってこい。この騒ぎ様は多分お前の旦那だ」
「あいすくりーむ。ちょこれーと。びすけっと。……むふふ」
「駄目だこりゃ」
一向に戻ってこない碧に、呉羽は早々に諦めた。どうせ、怒り狂った旦那が無理やりにでも引きずり戻すだろうと考えて。思った通り、碧に大きな影が差した。その背後には人影が。
「てめぇ」
「むぅ?」
がん、と音を立てて碧の両側に手が突かれる。テーブルが振動してパフェが一瞬宙を舞い、流石の碧もきょとんとした顔で現実世界に帰還を果たした。低く唸る声に反応してクルリと振り返ると、青白い炎を纏った精悍な顔立ちの青年が、満面の笑みに青筋を立てるという実に器用な表情で碧に覆いかぶさっていた。
「おー。青葉じゃん。お疲れー」
「おつかれー、じゃねぇ。何してやがんだここで?」
「え、パフェ食べてる」
見てわかるでしょ、と首を傾げられ、青葉の笑顔にヒビが入る。あーあ、火に油注いじゃって、と他人事のように見守る呉羽の前で青葉の雷が落ちた。
「パフェ食べてる、じゃねぇ!待ってろって言ったろうが!一緒に昼食うからって!」
「えー、だって青葉が捕まってるんだもん。お腹すいたしぃ」
「なんなら突っ込んで来い!お前は俺の恋人だろう!」
「え、だって番候補君だったらマズいかなって」
「断じて違う!つか、番を作る気がないって何度言ったらわかるんだ!」
「えー、だって運命の番っているんでしょ?憧れない?つか、すごくない?」
「知るか!」
正しく最愛の恋人につれなくされて怒り狂う男の図である。これだけ見ると破局寸前のカップルにも見えるが、そうではない。幼馴染という事で幼稚園から大学までずっと一緒にいる彼らは、付き合ってすでに6年ほどたつにも関わらずいまだに熱い関係である。これもひとえに、男の顔にべたぼれな碧と、最愛の恋人に恐ろしいまでの執着心と独占欲を持つ青葉故だろう。
「つまりは痴話げんか、と」
「えー。そんなんじゃないよ別に」
「ああ。単純に何も分かっていないこの馬鹿に説教しているだけだ」
「うん。それを痴話げんかと」
どれだけぎゃおぎゃお騒ごうとも、周囲の様子には気を配っているらしい。小さな呉羽の呟きに即答が返ってくる。じつに仲が良いことで何より。呉羽はため息をついた。
今日も今日とて平和である。
この世界には、男女のほかに三つの性がある。支配者としてカリスマ性に優れたα。人口の8割以上を占め世界を動かすβ。生殖に特化したΩ。この三つ、所謂オメガバースである。
一時期はΩの人権はあって無いに等しいものだったらしいが、いまは法整備が進み、Ωの人権は守られるようになって久しい。これもひとえに、三カ月に一回の発情期は面倒だが、優秀なαを生み出すのはΩであるという事と、番のΩを溺愛するαの性質によるところが大きい。もっと言うのであれば、それを利用して社会全体に喧嘩を売った、空前絶後の天才的頭脳を持った一人のΩの奮闘によるものであるともいえるが、それは割愛。
今では、優秀だが生殖に難があるαは社会的には重要だが、種の保存に関しては重大な欠陥を持ち生物として成立していないと言わざるを得ず、その点、社会的ハンデは大きくとも生殖の観点から生物的に秀でているのはΩという理解が一般的である。どっちもどっちという事だ。科学進歩によって抑制剤品質が飛躍的に向上している事も要因としてあげられるが。
さて、オメガバースにおける重要な概念と言えば、やはり番だろう。Ωの発情期にαが項を噛むことによって成立する関係。紙一枚の薄っぺらい婚姻関係とは違い、魂を結びつける行為。これによってΩの発情は番のαのみに感じ取れるものとなり、αは他のΩに反応しなくなる。特にその結びつきが強くなるのは、運命の番と呼ばれるもので、一目見ただけでそうと分かるという。これらにβは関わる事が出来ず、指をくわえて見ているだけの存在となる。
「で、何でこうなるかなぁ」
カフェテリアの一件の後、怒りの収まらない青葉に更に火薬とダイナマイトをぶっこんだ碧は、引きつった笑顔を浮かべた青葉にそのまま拉致された。担ぎ上げられ目を白黒させている間に、青葉のマンションに直行。あれよあれよという間に押し倒され今に至る。素肌に当たる滑らかなシーツの感触を感じつつ、逞しい腕に頭をのせ熱い胸板に頬を付けて鼓動を聞いている。物わかりの悪い恋人に、体で教え込むと意気込んだ当の本人は気持ちよさそうに爆睡中である。
「む。やはり無理か」
もぞもぞと腕の中でもがくが、その腕はピクリともせず早々に脱出を諦めた。その代わり、間近にある恋人の顔を見つめる。絶妙な配置によって成立するその美しい顔は、碧が一番気に入っているものでもある。面食いはカミングアウト済み。イケメンと美女に目を奪われる度に、この男の機嫌が悪くなるので秘密にしてこっそり楽しめばよかったかと後悔しているが。
「カミングアウトしようがしまいが、どうせ見とれてることに気付くんだから意味ないだろう」
「あら、起きちゃった」
考えていたことが言葉に出ていたらしい。ふるりと揺れた長いまつげの下から、強い光を宿した瞳が姿を現す。凛とした在り方を貫く青葉を象徴するような、力強い意志を感じられるこの瞳。碧の密かなお気に入りである。恥ずかしいからそこまではいっていないのだが。
「なぁ」
「なに」
「俺の事が好きか」
「好きだよ。たぶん、これ以上の恋はこの先ないだろうねぇ俺の人生で」
絶対的事実を述べるように、碧は熱烈な愛の告白を至極あっさりと口にする。ため息をついてぐっとその体を抱き寄せた青葉がなら、と苦し気に呟いた。
「どうしてΩが寄ってくるたびあっさりと逃げ出す」
「だってβだもん。そんで青はα。理由なんてそんなもんでしょ」
運命の番。繋がりが強いゆえに、本人は幸せになっても他の人を悲劇に陥らせないという絶対の確証はない。恋人を運命に取られるなどこれ以上の悲劇はないだろう。
「俺はお前がいい」
「まぁ今はそれでいいんじゃない?俺もお前が好きで一緒にいるし」
「いまは、じゃなくてずっと、だ」
「それはそれでまた一興」
つかみどころのない彼は、また青葉がΩに迫られれば、また告白?さすが最上級αだねぇ、と笑うのだろう。傷つく瞳をそっと柔らかな色で覆い隠して。誰よりも大切で愛しているから、幸せになって欲しいんだと笑う碧。いい子と番って子供を作れば、と強がるその姿勢に青葉の心がどれだけ強く掴まれているかに気付くことなく。
「全く。虫がつかないように俺がどれだけ苦労させられていると思っているんだか」
「なに?」
「なんでも。お前は一生俺のモノだと言っただけだ」
「わぉ。αらしい発言」
「αだからな」
男も女も、αβΩ、碧につく全ての悪い虫を追い払い威嚇し続けている青葉。堪え切れず番になれないβの項を執拗に噛むαの執着が理解される日がくるのは何時になる事やら。それはまた別のお話ではある。
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