恋するαの奮闘記

天海みつき

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拝啓、溺愛の候

拝啓、溺愛の候。お食事会へのお誘いです。(後編)

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 いつにもまして素早く仕事を片付け、オフィスを出たのは定時ピッタリであった。周囲の人間の眼付きが、異常な速さで仕事をしている茜に引いているか、もしくはそれに影響されて仕事のペースが狂って泣いていたかのどちらかだったが、茜は全く意に介していなかった。

 「待ちに待った終業後です。さて、彼はいつ迎えに来てくれるのでしょうか」

 番の整った顔を思い浮かべ、にへらと相貌を崩す。そわそわしつつエレベーターが下りきるのを待ち、そそくさと一階ホールに出る。すると、フロアに居る者達の視線がチラチラと一点に向けられている事に気付いた。

 「コレは……」

 既視感のある光景に、茜の瞳が輝く。すぐさま皆の視線を追いかけると、待合替わりに使われているソファ群が置いてある場所で、背中を壁に預けて俯いている青年が居た。全身を歓喜が走り抜け、茜は殆ど小走りに近い勢いで、しかしそうとは見えない優雅な動きで歩み寄る。

 久しぶりの番。何をしようか、してあげようか、はたまたしてくれるだろうか。まずは抱きしめてもらって、キスしてもらって。

 そんな妄想が暴走していたのだが、何か様子が変である。一歩一歩歩み寄るたびに空気が重くなっていく。はて、一体何が、と考えて。彼と目が合った。

 「よぉ。久しぶりだな茜?」
 「お久しぶりです。お元気なようで安堵いたしました、青天きよたか。……いかがなさいましたか?」
 「……いかがなさいましたか、だと?」

 分析する限り、どうやら重い空気の発生源は彼——青天のようだ。ふわりと口元に笑みを刻み、端正な目元を細めて茜を見つめている。傍から見れば、普通に恋人を迎えに来た青年だろう。纏う空気が余りに不穏で、何故か般若の面の幻覚が見える気がする点を横に置けば。

 「もしかして、大学がお忙しかったとか。お忙しいなか、お手数おかけして申し訳ありません」
 「……なるほど、よくわかった」

 彼の在籍する大学は、はっきりいって偏差値が滅茶苦茶高い。流石司東家御曹司、双子そろって一発合格とはと双子がそろって合格通知を興味無さそうに手にしていたのをはっきり覚えている。

 それもあってか、かなり課題が厳しいのだと青天の双子の兄の恋人たるβがぼやいていた事を思いだし、謝罪をするも、ヒクリと青天の口角が引きつらせただけであって。あれ?なんか思ってた展開と違う?と首を傾げたその時。

 「ひえ?!」
 「ああ、よく分かったよ。どうして俺がここに居るのかも、どうしてむしゃくしゃしているのかが全く分かっていないことがな!」

 がっと顎を掴まれ、仰け反った所を腰を浚われる。あっという間に番の腕の中に閉じ込められたのだが、茜の顔色は悪くなる一方。どうして、何か失敗したか?!と想像とは真反対な方向に向かっている状況を整理しようとするが、いつもは優秀な頭もから回るばかり。ヒント、とばかりに目の前にちらつかされたのは青天の持つスマホ。それを見た瞬間、これだ、と茜の瞳が輝き。

 「いかがでしたか?私の渾身の恋文は!」
 「何がいかがでしたか、だこの馬鹿が!やっぱりアレは恋文か、恋文だったのか、いっそ違うのだと思いたかったがそうなのか!つか、恋文って一体いつの時代だお前は!」

 超弩級の雷が勢いよく降りかかってきた。





 ホール全体に響き渡る怒声を至近距離で浴び、目を回している番を見つめる青天の眼は冷やかである。おもむろにスマホを操作して呼び出した画面には。


――――――――――
件名:お食事会へのご案内

本文:
拝啓

惜春の候、貴殿にはますますご健勝のことと、お喜び申し上げます。常々なにかとお心配りを賜り誠にありがとうございます。

さて、この度、同僚より良きお食事処を紹介いただきましたので、お誘い致したくご連絡差し上げました。場所は貴殿のマンションからもほど近く、季節の食材を使用した料理が楽しめるとの事です。それにともない、ご予定を伺いたく存じます。

まずは是非の連絡をいただきたく、ご検討のほどよろしくお願い致します。色良きお返事をお待ちしております。

敬具
―――――――――


 「って見た瞬間に頭を抱えた俺の心情考えやがれ!ただでさえ、一般的な誘いが出来ないから、出来るようになるまで会いませんとか突然宣言されて出て行かれているんだぞ、こっちは!」

 まるでビジネス文章もかくや。一日千秋とばかりにその連絡(一般的な誘いが出来るようになった連絡)を待っているというのに、一向に改善されない。出会って何年経ったことやら。初めてメールを貰った時の衝撃は、「俺は権力を笠に立てて運命を襲った強姦魔扱いなのか?!」と衝撃を通り越してトラウマである。

 しかも、今回は謎の完璧主義を発揮したかと思うと、謎の宣言の末に出て行くという。呆気にとられて見送った結果、最後にあってから半年である。この半年を思い返し、青天が虚ろな笑みを零しても、誰も責めないであろう。むしろ、番の意思をおもんばかって耐える、健気なαだと褒められるべきだ。決して、やたらと逃げ回るのが得意なΩに逃げられたとは言ってはいけない。

 「私が仕事において大事にしている事が三つあります。一つは、出来ない事の把握。二つは、出来ない事がどうしてできないかの分析。三つは出来るようになるまでしぶとく諦めずに挑戦する事。私の言動が、恋人・番のそれとはかけ離れている事は自覚していますので、やる事は決まっています!」
 「だからと言って、番を半年放置?!こちとら、甘い雰囲気を期待して待つ理性と、どう足掻いても無理だからいっそ諦めろという本能の闘いが激化し過ぎて狂うかと思ったぞ?!発情期ヒートでやっと会えたと思ったら、終わった瞬間にさっさと出て行きやがって。"これは例外です"っていう書置きを見つけた時の脱力感をどうしてくれる!」
 「発情期……!そんな、大きな声で言うなんて」
 「恥じるべきはそこか、そこなのか?!」

 片手を赤く染まった頬に手を当てて、恥じらいの表情を見せる茜。全く、これだけ見れば極上のΩなのだが。

 青天の額に青筋が浮かぶ。周囲の者達も、状況を理解し同情の視線を向けてくるのがいたたまれない。司東三兄弟の事は有名なのだ。優秀なクセに不憫なα兄弟として。まぁ、真正面から言う度胸がある者もいなければ、司東家は何故か代々不憫なαを輩出することで有名な為、やたらと親近感を抱かれる羽目になるのだが。

 「そうは仰いますが、今回は自信作です。一体どこに不備があるとでも!」
 「問題大ありだ!むしろ問題しかない事にどうして気付かない!ついうっかり接待の連絡かと思ったじゃねぇか!そもそも一体何なんだ、敬具って!ビジネスメールかこの仕事中毒ワーカーホリック!」

 むぅ、と頬を膨らませている番に怒鳴ると、分かってないなぁ、と呆れ顔をされる。一体なんだ、と睨みつけると、自信満々に胸を張られて。

 「メールに拝啓敬具なんて使いません!マナー違反です!だからこれだって思いましたもので!」
 「何がこれだと思っただ!誰がボケ大会を開催しろと言った!アホなのか!」

 全く意味が分からない。冗談として送ってきたのかとも思ったが、この馬鹿仕事中毒に冗談のセンスはない事を考えれば、本気でのお誘いにピッタリだという結論に至った結果、マナー違反は寧ろ信頼の証などと訳の分からない着地点に至ったのだろう。青天はそう予測したのだが。

 「流石青天ですね……!その通りです。キチンと通じているという事は、やはり、今回の恋文は完璧だという事ですね!ようやくです!」

 プツリ。

 青天の頭の中で、糸がはちきれた。飢えた獣の様な瞳をしているくせに、満面の笑みで茜にじりじり迫っていく。

 「何か煩いと思ったら……。ああ、あの馬鹿。だから先手必勝で謝れって言ったのに。むしろ悪化してんじゃねぇか」

 嬉しそうに声を上げた次の瞬間、凄まじい圧力で迫ってくる青天に気付き、茜が狼狽えている背後から、ぼそりと知った声が。

 え、まって、どうして怒られているのか分からないから助けて。そう言おうとした次の瞬間。

 「ふえぇ?!」
 「よぉく分かった。普通の恋人、番ってのがどう過ごすのかを一から十までレクチャーしてやる。そうすれば満足だろう?」
 「え、いや、その、嬉しいは嬉しいですけど、なんか不穏?!」
 「相変わらず空気を読むことだけは出来るようだな。手遅れ以外の何物でもないが」

 ひょいと担ぎ上げられ、急に上がった視点に悲鳴を上げる茜。引きつった笑みを張り付けた青天の声は、怖ろしく低くて。茜は己の失敗を漸く悟った。

 「も、申し訳ございませんでした!」
 「あー、それ遅いどころか悪手」

 とりあえず謝れという勢いの謝罪に、青天の表情が消え。額を押さえて天を仰ぐ稲葉は、ちらと寄こされた視線にため息交じりに頷いた。

 「どうぞ、御曹司。後は任せてくだせぇ」
 「恩に着る」
 「え、ちょっと、どういう事です?!説明を……説明をぉ!」

 拉致されていく茜の悲痛な悲鳴を最後に、二人は凄まじい勢いで去っていく。今日は帰ろう、とそそくさと出てきたのが裏目にでた、と稲葉が嘆いて踵を返す。

 これから暫くは、番に愛情表現の何たるかを教え込む為に青天が茜を軟禁することが目に見えている。その分、茜の仕事を誰かが引き受けなければならなくて。

 「どうして俺が尻拭いを」

 嘆きつつもしっかりこなしていく稲葉が、結局貧乏くじを引く事になるのだ。



 仕事が好きすぎてどっぷりハマった結果、最愛の番を喜ばせる愛情表現ができずにから回るΩと、そのΩに振り回されるα。

 拝啓、溺愛の候。

 つつしんで、今既に、溺愛の季節にあることを申し上げる。季節、と言えばすぐに過ぎ去るものではあるが、彼らの創り上げる溺愛の季節は、長いもの、を通り過ぎて永遠だろう。

 まぁ、愛情表現はどうでもいいからとりあえず傍で笑っていてくればいいという切実なαの願いが、完璧主義で猪突猛進な仕事中毒Ωに伝わる日も、永遠に近い先の話なのだろうが。


**********
 突然、こんなシーンが思い浮かび、勢いで書いてしまいました……。
 確信犯な紫ちゃんとは別で、茜ちゃんは天然。余計にタチが悪い、なんて書きながら思ってしまいましたね。

 本文では記載がないので、念のため。青天君は青葉君と双子。青天君が一応弟という設定なので、三男になります。

 いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたのであれば、幸いです。
 それではまた、お会いできることを楽しみにしております。 
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