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光明の色
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徐々に部屋が紙で埋まっていく。色鉛筆で緻密に描き込まれた絵はスケッチブックに。衝動を抑えきれないように書きなぐられるモノクロの絵は適当な紙に。スケッチブックを手に入れたお陰で、発作はかなり緩和されたものの、やはり常盤の中から溢れ出る絵は、偶に洪水のように流れだしておかなければならないらしい。
初期の頃の発作から比べれば大分マシになったか、と青藍は苦笑しつつ散らばった紙を集めた。散々暴走した末に力尽きた飼い猫は、くったりと床に伏せている。集めた絵は一か所にまとめて置いておいたのだが、部屋を圧迫しかねない量の紙の山に、青藍はふと考え込んだ。
「いい加減、どうにか処理しないとな……」
どうしたものか、と考えている青藍の背後でモゾリと動いた影が。しかし、そんな事に気付かなかった青藍は、脳内の買い物リストに付けたしをした。
翌日、一限からだ、と慌てて朝食をかきこんで飛び出していった常盤を見送り、ゆったりと外に出た。
「まずはっと」
のんびりと外を歩きつつ、脳内で今日の予定を確認する。最適なルートを考えて、と思案していた青藍だったが、ふいに立ち止まった。住宅街の中にひっそりと存在する小さな公園。野良猫と出会い、拾った場所。しばしじっと見つめていたが、おもむろに足を向けた。
「……思った以上に小さいな」
小さいことは分かっていたが、出会ったその時は土砂降りで、まともに視界が機能していなかった。今日は晴天とまでいかずとも、晴れている為よく見える。改めて見回してみると、申し訳程度に置かれた遊具に砂場。
「幼稚園児が何人かで駆けまわる位のスペース、だな」
ぼんやり呟くと、脳内に幼子が走り回る映像が浮かんだ。一緒に居るのは、親か、保育園の教師か。それとも、いっそ動物や異世界の獣だったり……。無限に空想が広がっていく久しぶりの感覚に、青藍の顔がほころんでいく。楽しい。そんな風に思った自分に気付き、瞠目する。
「……おいおい。馬鹿猫に影響でもされたか?」
いつからか文章を書くのが義務的に感じていた事を漸く思い知り、青藍はくしゃりと前髪を握りしめて笑った。楽しそうに絵を描く常盤自身の姿や、生み出される世界に、昔は唯々脳内に浮かぶ様々な世界が好きで、書き起こす事が愉しくてしょうがなかったことを思い出す。
つい、と視線を巡らせると小さな花壇が目に入った。ビル群の隙間で細々と、でも誇らしげに咲き誇る小さな色とりどりの花たち。ビルの割れ目から覗く穏やかな青空とも相まって、不思議と身近でありながら幻想的にも思えた。
「……」
思わずスマホを取り出して、写真にとる。それなりに構図に気を付けて、丁寧に光景を切り取っておく。確認すると、悪くない出来の写真が。
「ま、素人にしちゃ十分か」
果たして、この写真を見た常盤は一体どんな世界を紡ぐのか。そもそも、常盤にはコレがどんな風に見えるのか。自分の世界と照らし合わせるのも面白い、と青藍はアレコレ考えながら公園を後にした。
久しぶりに、早く家に帰りたいと思った。
そうはいっても、やらなければならない事がある。
青藍は、足早に目的地へと向かった。最初に訪れたのは、画材店。間を開けつつも定期的に通う青藍に、店主はおやおやと苦笑しつつ色鉛筆とスケッチブックをセットで売ってくれる。
「余程、絵を描くことが好きなご様子で」
「好きを通り越して、描かないと生きていけないんですよアイツ。流石にそろそろ俺も紙がなくなると叫ばないとなくなりそうで」
若干引き気味な店主に乾いた笑いを返し、次に行く。向かった先は100円ショップ。ファイルを大量にカゴに放り込む。レジのおばさんの顔が微妙に引きつっていた気がしたが、気の所為と思う事にする。
そのまま適当な食材も買い足すと、足早にアパートに戻る。まだ昼過ぎだし戻って来ていないだろう、と時計を確認する。常盤が帰ってくるまでに、一度パソコンの前に座って、先ほどの写真から連想できるショートストーリーを描いてみたい。
込み上げる衝動をどうにか抑え込みつつ、ドアを開けようとしたが、鍵がかかっていない事に気付き首を傾げた。
「あ、おかえりー」
「なんだ。早いな」
中に入ると、ソファに転がって画集を広げている常盤が居た。パタパタと足を動かして楽しそうだ。
「課題も早く終わったし、帰って来ちゃった」
「あっそ。絵具で汚れた服はちゃんと別にして出しておけよ」
一度常盤が何も考えずに洗濯機に入れたせいで発生した大惨事を思い返し、釘をさしておく。はいはい、と軽く返しつつも目が泳いでいる所を見るに、あの時の説教大会が地味にトラウマになっているようだ。そっちの方が楽でいいが、と思いつつ視線をある一点に向けた瞬間、手に持っていた袋を取り落とした。
「青藍ー?」
「おい、そこにあった絵はどうした」
「ふぇ?……ってうわぁ?!」
ガバリと振り向くと、常盤が勢いに押されたように体勢を崩し、そのままソファから落ちた。青藍の指さす方向にあったはずの紙の山が無い。それこそ綺麗いサッパリである。頭を打った、と丸まっている常盤に近寄り、腕をつかんで引き起こす。涙目になっていた常盤は、青藍の凄まじい形相にぎょっと目を見開いた。
「えっと、あの、青藍さん?」
「そこに、あった、絵は、どうした」
「ミックスペーパーに出しました?」
「……はぁ?!」
青藍の絶叫が部屋に木霊した。
初期の頃の発作から比べれば大分マシになったか、と青藍は苦笑しつつ散らばった紙を集めた。散々暴走した末に力尽きた飼い猫は、くったりと床に伏せている。集めた絵は一か所にまとめて置いておいたのだが、部屋を圧迫しかねない量の紙の山に、青藍はふと考え込んだ。
「いい加減、どうにか処理しないとな……」
どうしたものか、と考えている青藍の背後でモゾリと動いた影が。しかし、そんな事に気付かなかった青藍は、脳内の買い物リストに付けたしをした。
翌日、一限からだ、と慌てて朝食をかきこんで飛び出していった常盤を見送り、ゆったりと外に出た。
「まずはっと」
のんびりと外を歩きつつ、脳内で今日の予定を確認する。最適なルートを考えて、と思案していた青藍だったが、ふいに立ち止まった。住宅街の中にひっそりと存在する小さな公園。野良猫と出会い、拾った場所。しばしじっと見つめていたが、おもむろに足を向けた。
「……思った以上に小さいな」
小さいことは分かっていたが、出会ったその時は土砂降りで、まともに視界が機能していなかった。今日は晴天とまでいかずとも、晴れている為よく見える。改めて見回してみると、申し訳程度に置かれた遊具に砂場。
「幼稚園児が何人かで駆けまわる位のスペース、だな」
ぼんやり呟くと、脳内に幼子が走り回る映像が浮かんだ。一緒に居るのは、親か、保育園の教師か。それとも、いっそ動物や異世界の獣だったり……。無限に空想が広がっていく久しぶりの感覚に、青藍の顔がほころんでいく。楽しい。そんな風に思った自分に気付き、瞠目する。
「……おいおい。馬鹿猫に影響でもされたか?」
いつからか文章を書くのが義務的に感じていた事を漸く思い知り、青藍はくしゃりと前髪を握りしめて笑った。楽しそうに絵を描く常盤自身の姿や、生み出される世界に、昔は唯々脳内に浮かぶ様々な世界が好きで、書き起こす事が愉しくてしょうがなかったことを思い出す。
つい、と視線を巡らせると小さな花壇が目に入った。ビル群の隙間で細々と、でも誇らしげに咲き誇る小さな色とりどりの花たち。ビルの割れ目から覗く穏やかな青空とも相まって、不思議と身近でありながら幻想的にも思えた。
「……」
思わずスマホを取り出して、写真にとる。それなりに構図に気を付けて、丁寧に光景を切り取っておく。確認すると、悪くない出来の写真が。
「ま、素人にしちゃ十分か」
果たして、この写真を見た常盤は一体どんな世界を紡ぐのか。そもそも、常盤にはコレがどんな風に見えるのか。自分の世界と照らし合わせるのも面白い、と青藍はアレコレ考えながら公園を後にした。
久しぶりに、早く家に帰りたいと思った。
そうはいっても、やらなければならない事がある。
青藍は、足早に目的地へと向かった。最初に訪れたのは、画材店。間を開けつつも定期的に通う青藍に、店主はおやおやと苦笑しつつ色鉛筆とスケッチブックをセットで売ってくれる。
「余程、絵を描くことが好きなご様子で」
「好きを通り越して、描かないと生きていけないんですよアイツ。流石にそろそろ俺も紙がなくなると叫ばないとなくなりそうで」
若干引き気味な店主に乾いた笑いを返し、次に行く。向かった先は100円ショップ。ファイルを大量にカゴに放り込む。レジのおばさんの顔が微妙に引きつっていた気がしたが、気の所為と思う事にする。
そのまま適当な食材も買い足すと、足早にアパートに戻る。まだ昼過ぎだし戻って来ていないだろう、と時計を確認する。常盤が帰ってくるまでに、一度パソコンの前に座って、先ほどの写真から連想できるショートストーリーを描いてみたい。
込み上げる衝動をどうにか抑え込みつつ、ドアを開けようとしたが、鍵がかかっていない事に気付き首を傾げた。
「あ、おかえりー」
「なんだ。早いな」
中に入ると、ソファに転がって画集を広げている常盤が居た。パタパタと足を動かして楽しそうだ。
「課題も早く終わったし、帰って来ちゃった」
「あっそ。絵具で汚れた服はちゃんと別にして出しておけよ」
一度常盤が何も考えずに洗濯機に入れたせいで発生した大惨事を思い返し、釘をさしておく。はいはい、と軽く返しつつも目が泳いでいる所を見るに、あの時の説教大会が地味にトラウマになっているようだ。そっちの方が楽でいいが、と思いつつ視線をある一点に向けた瞬間、手に持っていた袋を取り落とした。
「青藍ー?」
「おい、そこにあった絵はどうした」
「ふぇ?……ってうわぁ?!」
ガバリと振り向くと、常盤が勢いに押されたように体勢を崩し、そのままソファから落ちた。青藍の指さす方向にあったはずの紙の山が無い。それこそ綺麗いサッパリである。頭を打った、と丸まっている常盤に近寄り、腕をつかんで引き起こす。涙目になっていた常盤は、青藍の凄まじい形相にぎょっと目を見開いた。
「えっと、あの、青藍さん?」
「そこに、あった、絵は、どうした」
「ミックスペーパーに出しました?」
「……はぁ?!」
青藍の絶叫が部屋に木霊した。
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