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不穏の色
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「で、いい加減何しに来たのかを言えっての」
「そんなの分り切ってるでしょうに」
ひとしきり青藍を構いまくって満足したのか、菫はそろえた膝元に頬杖をついて呆れ顔をした。常盤については後でじっくり聞くわよ、と恐ろしい宣言が聞こえたのは気のせいにしておく。
「これよこれ」
「……相変わらず良く分かるなお前」
ひょいと取り出したのはスマホ。そしてサクサクと指を滑らせた末に向けてきた画面には、小説投稿サイト。ご丁寧に、青藍が新しく取り直したアカウントのホーム画面。これアンタでしょ、と自信満々に言われた嘆息する事で返答にする。
「分るわよ。だって、昔のアンタの作風そのものじゃない。最近のクズ作よりかよっぽど好感が持てるわ。特にコレの前のアカで投稿していたヤツ。怒りの所為でこっちが死にそうだったわよ」
「その一言多い所をどうにかしろ」
密かに気にしていた所を蹴り飛ばされ、菫を睨むも、本当の事しか言っていないと相手にされない。口は悪いが菫は優秀な編集者だ。数ページも読めば、売れる売れないから始まり、名前を伏せたり変えていてもどの作者かを完璧に当てる。
趣味と実益を兼ねて、常にネット小説を読み漁っている菫ならば遅かれ早かれ気付くとは思っていたが、予想以上だ。菫がスマホを元に戻しつつ、真剣な顔で詰め寄ってくる。
「"僕らの全く同じで全く違う世界のはなし"。同じものを見ている二人の子供が、それぞれの世界をそれぞれのやり方、視点で紡ぐ。粗くてあのままじゃ出版できないけど、手を入れれば話は別。編集長にも見せたわ。ゴーサインも出た」
という訳で。そう言って菫はぱっと取り出したUSBメモリを突きつけてくる。
「大幅に加筆修正して、出版するわよ。これは決定事項。いいわね」
「……強引通り越していっそ天晴だな」
とりあえずメモリを受け取り指で弄びつつ、呆れ顔を隠せない青藍。
「だって、アンタに"相談"なんて形で持ちかけて見なさいよ。嫌だ、断るの二つしか言わないじゃない。面倒な」
「……」
なんか凄くデジャヴ。そんな風に遠い目をしていたが、青藍は髪を掻き回し、渋い顔で口を開く。
「スランプはどうにかなった。それはまぁ、どうせまだスランプだって言っても信じないだろうから素直に吐く」
「当然ね。そこで馬鹿な事言ったらぶん殴ってたわ」
「だが、出版はまだ待て。もう少し落ち着いてからやり直したい」
「だまらっしゃい。アンタはいつもそうやってグダグダしてるから話が進まないのよ」
鼻で笑った菫が、青藍の頼みを一蹴する。俺には俺のペースが、と低く唸って睨みつけてくる青藍を馬鹿にしたように見返す。青藍の圧力は慣れない人を青ざめさせるであろう程のもの。しかし、菫にはどこ吹く風。むしろ煽るかの様にせせら笑う。
「何事も切っ掛けが必要よ。あの投稿がアンタなりのけじめである事は想像がつく。方ついたならとっとと動きなさいな。私の役目はアンタの背中を蹴り飛ばす事なんだから。私に従ってればいいのよ」
その時、青藍のスマホが通知を告げる。投稿した小説に感想がついたようだ。ここ最近はひっきりなしに通知がなる。喧しいと思いつつも、受け入れられている事が嬉しい。にやりと笑った菫が、最後の一押しとばかりに指を突きつけてくる。
「否定派なんてほっときなさい。相手にするだけ時間の無駄。アンタの小説を待ってる人間なんて山といんのよ。私を含めた、ファンがね」
同時に、素早くカバンから手紙の束を取り出してくる。多くはないソレにさっと目を通すと、過去作の感想や、新作を待つ声が。それを読んだ瞬間に、青藍の心が揺れて。やれやれ、と苦笑した。
「うっし。じゃ、今日の目的は果たした詞、これで帰るわ。それ、ちゃんとやっときなさいよ」
さっとコーヒーを飲み干して、菫が立ち上がる。抜け目なくUSBメモリを指さして仕事を申し付けつつ、玄関へと足を向ける。ひらひらと手を振って背をむけた青藍は、送る気は全くない様だ。何かを考えている様な顔で手の中のメモリを弄っている。すると、ふと立ち止まった菫が上半身だけ捻じって振り返ったかと思うと。
「そうそう。例の常盤ちゃんについて教えなさいよね。恋愛方面でも思いっきりそのデカい背中蹴り飛ばしてあげるわ」
「余計なお世話だ」
ぱっとソファにあったクッションを投げつけるが、一枚上手の菫がさっとリビングの扉を閉めてガードする。そのまま笑い声を残して去っていく菫に、頭痛がした。
どれほど足掻いても、あの様子では根掘り葉掘り聞いてくるだろう。
どうやって回避しようか、と考えていたのだが、はたと動きが止まる。いっそのこと、利用してやるか。なにせ、これまでは迫ってくる者を相手にしていただけなので、自分から口説いた経験がない。
「初恋だのなんだの、また言われそうだ……」
しかし、相手はあの常盤。ふわふわと掴みどころのないあの飼い猫は、実のところ、肝心な所では逃げ足が速い。これでもし迫った時に逃げられては目も当てられない。そう考えた瞬間に、菫を最大限利用する事に決めた。
そして、その決断が、良くも悪くも二人の関係を変える起点となったのだ。
「そんなの分り切ってるでしょうに」
ひとしきり青藍を構いまくって満足したのか、菫はそろえた膝元に頬杖をついて呆れ顔をした。常盤については後でじっくり聞くわよ、と恐ろしい宣言が聞こえたのは気のせいにしておく。
「これよこれ」
「……相変わらず良く分かるなお前」
ひょいと取り出したのはスマホ。そしてサクサクと指を滑らせた末に向けてきた画面には、小説投稿サイト。ご丁寧に、青藍が新しく取り直したアカウントのホーム画面。これアンタでしょ、と自信満々に言われた嘆息する事で返答にする。
「分るわよ。だって、昔のアンタの作風そのものじゃない。最近のクズ作よりかよっぽど好感が持てるわ。特にコレの前のアカで投稿していたヤツ。怒りの所為でこっちが死にそうだったわよ」
「その一言多い所をどうにかしろ」
密かに気にしていた所を蹴り飛ばされ、菫を睨むも、本当の事しか言っていないと相手にされない。口は悪いが菫は優秀な編集者だ。数ページも読めば、売れる売れないから始まり、名前を伏せたり変えていてもどの作者かを完璧に当てる。
趣味と実益を兼ねて、常にネット小説を読み漁っている菫ならば遅かれ早かれ気付くとは思っていたが、予想以上だ。菫がスマホを元に戻しつつ、真剣な顔で詰め寄ってくる。
「"僕らの全く同じで全く違う世界のはなし"。同じものを見ている二人の子供が、それぞれの世界をそれぞれのやり方、視点で紡ぐ。粗くてあのままじゃ出版できないけど、手を入れれば話は別。編集長にも見せたわ。ゴーサインも出た」
という訳で。そう言って菫はぱっと取り出したUSBメモリを突きつけてくる。
「大幅に加筆修正して、出版するわよ。これは決定事項。いいわね」
「……強引通り越していっそ天晴だな」
とりあえずメモリを受け取り指で弄びつつ、呆れ顔を隠せない青藍。
「だって、アンタに"相談"なんて形で持ちかけて見なさいよ。嫌だ、断るの二つしか言わないじゃない。面倒な」
「……」
なんか凄くデジャヴ。そんな風に遠い目をしていたが、青藍は髪を掻き回し、渋い顔で口を開く。
「スランプはどうにかなった。それはまぁ、どうせまだスランプだって言っても信じないだろうから素直に吐く」
「当然ね。そこで馬鹿な事言ったらぶん殴ってたわ」
「だが、出版はまだ待て。もう少し落ち着いてからやり直したい」
「だまらっしゃい。アンタはいつもそうやってグダグダしてるから話が進まないのよ」
鼻で笑った菫が、青藍の頼みを一蹴する。俺には俺のペースが、と低く唸って睨みつけてくる青藍を馬鹿にしたように見返す。青藍の圧力は慣れない人を青ざめさせるであろう程のもの。しかし、菫にはどこ吹く風。むしろ煽るかの様にせせら笑う。
「何事も切っ掛けが必要よ。あの投稿がアンタなりのけじめである事は想像がつく。方ついたならとっとと動きなさいな。私の役目はアンタの背中を蹴り飛ばす事なんだから。私に従ってればいいのよ」
その時、青藍のスマホが通知を告げる。投稿した小説に感想がついたようだ。ここ最近はひっきりなしに通知がなる。喧しいと思いつつも、受け入れられている事が嬉しい。にやりと笑った菫が、最後の一押しとばかりに指を突きつけてくる。
「否定派なんてほっときなさい。相手にするだけ時間の無駄。アンタの小説を待ってる人間なんて山といんのよ。私を含めた、ファンがね」
同時に、素早くカバンから手紙の束を取り出してくる。多くはないソレにさっと目を通すと、過去作の感想や、新作を待つ声が。それを読んだ瞬間に、青藍の心が揺れて。やれやれ、と苦笑した。
「うっし。じゃ、今日の目的は果たした詞、これで帰るわ。それ、ちゃんとやっときなさいよ」
さっとコーヒーを飲み干して、菫が立ち上がる。抜け目なくUSBメモリを指さして仕事を申し付けつつ、玄関へと足を向ける。ひらひらと手を振って背をむけた青藍は、送る気は全くない様だ。何かを考えている様な顔で手の中のメモリを弄っている。すると、ふと立ち止まった菫が上半身だけ捻じって振り返ったかと思うと。
「そうそう。例の常盤ちゃんについて教えなさいよね。恋愛方面でも思いっきりそのデカい背中蹴り飛ばしてあげるわ」
「余計なお世話だ」
ぱっとソファにあったクッションを投げつけるが、一枚上手の菫がさっとリビングの扉を閉めてガードする。そのまま笑い声を残して去っていく菫に、頭痛がした。
どれほど足掻いても、あの様子では根掘り葉掘り聞いてくるだろう。
どうやって回避しようか、と考えていたのだが、はたと動きが止まる。いっそのこと、利用してやるか。なにせ、これまでは迫ってくる者を相手にしていただけなので、自分から口説いた経験がない。
「初恋だのなんだの、また言われそうだ……」
しかし、相手はあの常盤。ふわふわと掴みどころのないあの飼い猫は、実のところ、肝心な所では逃げ足が速い。これでもし迫った時に逃げられては目も当てられない。そう考えた瞬間に、菫を最大限利用する事に決めた。
そして、その決断が、良くも悪くも二人の関係を変える起点となったのだ。
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