君の絵を探して

天海みつき

文字の大きさ
18 / 25
不穏の色

4

しおりを挟む
 「で、いい加減何しに来たのかを言えっての」
 「そんなの分り切ってるでしょうに」

 ひとしきり青藍を構いまくって満足したのか、菫はそろえた膝元に頬杖をついて呆れ顔をした。常盤については後でじっくり聞くわよ、と恐ろしい宣言が聞こえたのは気のせいにしておく。

 「これよこれ」
 「……相変わらず良く分かるなお前」

 ひょいと取り出したのはスマホ。そしてサクサクと指を滑らせた末に向けてきた画面には、小説投稿サイト。ご丁寧に、青藍が新しく取り直したアカウントのホーム画面。これアンタでしょ、と自信満々に言われた嘆息する事で返答にする。

 「分るわよ。だって、昔のアンタの作風そのものじゃない。最近のクズ作よりかよっぽど好感が持てるわ。特にコレの前のアカで投稿していたヤツ。怒りの所為でこっちが死にそうだったわよ」
 「その一言多い所をどうにかしろ」

 密かに気にしていた所を蹴り飛ばされ、菫を睨むも、本当の事しか言っていないと相手にされない。口は悪いが菫は優秀な編集者だ。数ページも読めば、売れる売れないから始まり、名前を伏せたり変えていてもどの作者かを完璧に当てる。

 趣味と実益を兼ねて、常にネット小説を読み漁っている菫ならば遅かれ早かれ気付くとは思っていたが、予想以上だ。菫がスマホを元に戻しつつ、真剣な顔で詰め寄ってくる。

 「"僕らの全く同じで全く違う世界のはなし"。同じものを見ている二人の子供が、それぞれの世界をそれぞれのやり方、視点で紡ぐ。粗くてあのままじゃ出版でき出せないけど、手を入れれば話は別。編集長にも見せたわ。ゴーサインも出た」

 という訳で。そう言って菫はぱっと取り出したUSBメモリを突きつけてくる。

 「大幅に加筆修正して、出版するわよ。これは決定事項。いいわね」
 「……強引通り越していっそ天晴だな」

 とりあえずメモリを受け取り指で弄びつつ、呆れ顔を隠せない青藍。

 「だって、アンタに"相談"なんて形で持ちかけて見なさいよ。嫌だ、断るの二つしか言わないじゃない。面倒な」
 「……」

 なんか凄くデジャヴ。そんな風に遠い目をしていたが、青藍は髪を掻き回し、渋い顔で口を開く。

 「スランプはどうにかなった。それはまぁ、どうせまだスランプだって言っても信じないだろうから素直に吐く」
 「当然ね。そこで馬鹿な事言ったらぶん殴ってたわ」
 「だが、出版はまだ待て。もう少し落ち着いてからやり直したい」
 「だまらっしゃい。アンタはいつもそうやってグダグダしてるから話が進まないのよ」

 鼻で笑った菫が、青藍の頼みを一蹴する。俺には俺のペースが、と低く唸って睨みつけてくる青藍を馬鹿にしたように見返す。青藍の圧力は慣れない人を青ざめさせるであろう程のもの。しかし、菫にはどこ吹く風。むしろ煽るかの様にせせら笑う。

 「何事も切っ掛けが必要よ。あの投稿がアンタなりのけじめである事は想像がつく。方ついたならとっとと動きなさいな。私の役目はアンタの背中を蹴り飛ばす事なんだから。私に従ってればいいのよ」

 その時、青藍のスマホが通知を告げる。投稿した小説に感想がついたようだ。ここ最近はひっきりなしに通知がなる。喧しいと思いつつも、受け入れられている事が嬉しい。にやりと笑った菫が、最後の一押しとばかりに指を突きつけてくる。

 「否定派なんてほっときなさい。相手にするだけ時間の無駄。アンタの小説を待ってる人間なんて山といんのよ。私を含めた、ファンがね」

 同時に、素早くカバンから手紙の束を取り出してくる。多くはないソレにさっと目を通すと、過去作の感想や、新作を待つ声が。それを読んだ瞬間に、青藍の心が揺れて。やれやれ、と苦笑した。

 「うっし。じゃ、今日の目的は果たした詞、これで帰るわ。それ、ちゃんとやっときなさいよ」

 さっとコーヒーを飲み干して、菫が立ち上がる。抜け目なくUSBメモリを指さして仕事を申し付けつつ、玄関へと足を向ける。ひらひらと手を振って背をむけた青藍は、送る気は全くない様だ。何かを考えている様な顔で手の中のメモリを弄っている。すると、ふと立ち止まった菫が上半身だけ捻じって振り返ったかと思うと。

 「そうそう。例の常盤ちゃんについて教えなさいよね。恋愛方面でも思いっきりそのデカい背中蹴り飛ばしてあげるわ」
 「余計なお世話だ」

 ぱっとソファにあったクッションを投げつけるが、一枚上手の菫がさっとリビングの扉を閉めてガードする。そのまま笑い声を残して去っていく菫に、頭痛がした。

 どれほど足掻いても、あの様子では根掘り葉掘り聞いてくるだろう。

 どうやって回避しようか、と考えていたのだが、はたと動きが止まる。いっそのこと、利用してやるか。なにせ、これまでは迫ってくる者を相手にしていただけなので、自分から口説いた経験がない。

 「初恋だのなんだの、また言われそうだ……」

 しかし、相手はあの常盤。ふわふわと掴みどころのないあの飼い猫は、実のところ、肝心な所では逃げ足が速い。これでもし迫った時に逃げられては目も当てられない。そう考えた瞬間に、菫を最大限利用する事に決めた。

 そして、その決断が、良くも悪くも二人の関係を変える起点となったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

狂わせたのは君なのに

一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...