〜豊後切支丹王国奇譚〜

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炎の竜と清流の巫女

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 こうしてサルベエは、三太の家に居候しながら清流の里で過ごすことになった。朝起きて三太と朝餉を食べると、まずは白水神社に異常がないことを確認する。その後は里の内外を巡回する。
 ひととおり巡回が終わり異常がないことを確認すると、白水神社の前に戻り侵入者がないよう警戒に当たる。昼になればツル婆がおむすびを差し入れてくれた。
 日が傾く頃に、もう一度里の内外を巡回し、日が落ちると三太の家へと帰って酒を飲んで寝た。
 三太の家は物見櫓に近い。何かあれば知らせを聞いてすぐに駆けつけられる算段だ。
 そんな暮らしを数日が続けているうちに、里の様子がだいたい飲み込めてきた。
 興味を引いたのはこの里の食糧事情だ。自給自足しているように見えて、そうではない。各人とも家の周囲に申し訳程度に野菜を植えているが、食べていけなるだけの量は作っていなかった。
 そしてなにより重要なものが、この里では作られていなかった。
 昼の差し入れを食べながらツル婆に聞いてみる。
「この里には稲がないようだが?」
 そう、野菜があっても稲がない。つまりは米が作られていないのだ。
「米だけは毎年、府内のほうから届けられちょります」
 ツル婆は言う。
「水を守っちょる見返りやけん」
 届けられた米は、一際丈夫な蔵の中に納められているという。
「頑丈な蔵があると思ったが、そういうことか」
 話を聞いて蔵の周りを徘徊してみたが、中からぷぅんと酒の匂いがした。どうやら米を備蓄しているだけではなさそうだ。
 蔵には市郎太、次郎吉、吾平という三人の男たちが出入りしている。
「この蔵では酒を作っておるのか?」
 次郎吉が一人で出てきたところをつかまえて尋ねてみた。
「この匂いでわかるやろ。でも入ったらいかんよ。酒がいたむ」
 作った酒は里の中で飲むだけでなく、山間の市に卸しているのだという。
「なるほど。うまくできてるものだ」
 府内から来る米は、おそらく無償のものではない。
 府内から送られてきた米を酒に加工して、府内にまた送り返すことで、加工賃を得ているのだ。暮らしに必要なものはその利益で揃えているのだろう。
 そうして里のことを観察しているうちに一月ひとつきほどたったが、平和な日々が続くだけで、警護が必要なことは何も起きなかった。
(こんなことをしていて意味があるのだろうか)
 時間を持て余し気味なサルベエは、里の人々の暮らしを手伝おうとするのだが、
「お侍さんには大事なお役目があるやろ。そんなことさせられん」
 と言って、断られるのが常だった。
 結局持て余した時間を、サルベエは三太と相撲をとったり酒をのんだりして潰すしかなかった。
 そんなある日とのこと。
(もっと何かできることがあるのではないだろうか)
 と、今日も今日とて悩みながら鳥居の前に立つサルベエのもとに、三太が駆け込んできた。
「サルベエ様。山賊や」
「なんだと?」
「物見の与平が見つけよった。一緒にきちくれ」
 わかったと即答すると、サルベエは三太と共に駆け出した。
「山賊は?」
 物見櫓に着くと、サルベエは与平に尋ねた。
「へい。あっちにおります。やけどだけと別の獲物を見つけちから、里から離れて行きよります」
「別の獲物?」
 安心したような顔の与平とは対称に、サルベエの顔が険しくなった。
「俺にも見せてくれ。櫓に登ってよいか?」
 与平に断りを入れるとサルベエは櫓に登った。
 周囲を見下ろすと、木々の間から、ちらちらと蠢く男たちの姿が確認できる。なるほど、確かに大勢の男が一人の男を追いかけているようだ。
「里から遠のいていきよりますけん、ひとまず気にせんでいいやろと……」
「いや見知らぬ者であろうと、山賊に襲われているところを捨てはおけぬ。助太刀してくる」
「へ?」
 驚いている三太と与平を置いて、サルベエは櫓を飛び降りて駆け出した。
 隆起した木の根を飛び越える。
 生い茂る草むらを突き抜ける。
 サルベエはまっすぐに山賊たちのいた方向へひた走った。
 あっという間に山賊たちのいた場所までたどり着く。
「そこまでだ!」
 山賊の姿を認めたサルベエは刀を抜くと、上段に構えて叫んだ。
 山賊たちがぎょっとした顔で振り返る。
「そこまでだ狼藉者どもめ! ここで引かねば剣のサビにしてくれようぞ!」
 得体のしれない侍の乱入に、山賊たちが戸惑うのが見て取れた。
 だが、
「なんやお前? 訳も知らずに割って入っとはいい度胸しとっとなぁ」
 小太刀を構えた小柄な山賊が、サルベエを正面からにらみつけた。
(こいつ、できるな)
 まとう気迫が他の山賊たちとは全く違うのを感じる。
「お前こそ、何者だ? ただの山賊のようには見えぬが?」
「はっ! 山賊にタダも小銭もありゃせんたい」
 山賊の言葉に筑後なまりが出ていた。
「龍造寺家臣の落人といったところか」
 龍造寺は筑後、肥後方面を縄張りとする守護大名だった。が、先日、配下の鍋島により下克上されたと聞いている。
 そのあおりで行く先を失った落ち武者かと、あてずっぽうに言っただけだった。
 だが、山賊はその言葉に怒りをあらわにする。
「だとしたら、何ね?」
「図星か。哀れだな。弱い者を守るための侍が、弱い者を狩ることでしか生きていけぬとはな」
「何を?」
 怒気を孕んだ山賊が構える。小太刀を逆手に持ち、後ろに引いた状態でサルベエの隙をうかがいだした。
(なるほど、変わった構えだが隙はない。だが……)
 いかんせん、上背が大きく大刀を構えるサルベエと、小柄で小太刀持ちの山賊では間合いに差がありすぎる。山賊に勝機はないだろう。
重蔵じゅうぞう様、ここは引きましょう」
 おろおろしながら山賊の一人が言った。
「馬鹿が。こんな侮蔑を受けておきながら引けんちゃろう」
 重蔵と呼ばれた山賊はサルベエから眼を離さずに答える。しかし、そう言いながら重蔵も仕掛けられずにいる。自分の不利が分かっているからだ。
(引き際を失っているようだな。ならば……)
 サルベエは大きく息を吸い込んだ。その呼吸を感じ取り、重蔵が警戒を強めたとき、
「死にたくなければ去ね!!!!」
 山中に響くこえで、サルベエは一括した。
 あまりの迫力に周囲の山賊たちは散り散りになって去っていった。そして、
「馬鹿デカい声出しおってからに……覚えとれよ……」
 重蔵もまた、耳を押さえながら去っていった。
 重蔵の姿が見えなくなると、サルベエは刀を下ろし警戒を解いた。
「さて、大丈夫か?」
 山賊たちが去ったあとには、一人の男が倒れていた。服装から、その男が南蛮人であることに気がつく。
「助けて、くれたのですか?」
 南蛮人は辿々しい日本語で聞いた。
「もう大丈夫だ。怪我はないか?」
 南蛮人が往来を歩く府内で育ったサルベエは、南蛮人に対する偏見が薄い。なので相手が南蛮人だろうと自然に接することができた。
「傷は大したこと、ありません。それより、水筒は、ありませんか。水が、飲みたいです」
「それもそうか。だがあいにく水筒は持っておらぬ。里までついて来れるか? 里に着けば水は豊富にある」
「わかりました、ついて、行きます。ありがとう、ございます」
「俺はサルベエだ。そなたの名前は?」
「私の名前は、メルクリオと言います。ポルトガルから、神の教えを広めに来ました」
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