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デスマスク(7)
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「栄、君は少し休んだほうがいい」
学校では先生からそんな言葉を頂戴した。せっかくなのでお言葉に甘えることにしたが、どこに行くというあてもなかったので、心の整理も兼ねて父の遺品整理を行うことにした。
父の部屋の押し入れの奥からはたくさんの本が出てきた。日本各地の神話、伝承の本。それから歴史書。寺社仏閣のガイドもいくつも出てきた。
いつ読んでいたのかさっぱりわからないが、父はそうとうの歴史マニアだったようだ。
ガイドブックのあちこちにチェックマークがついていたのは、実際に足を運んだ場所なのかもしれない。今となっては真意を知ることはできないのだが。
真面目腐ったチェックマークが続く中に、可愛らしいハートマークが付いているのが目に入った。
「に、似合わない……」
ハートマークがついているのは、古ぼけた狛犬の写真だった。苔の生しているその顔は、厳しいようでいて、どことなく愛嬌が感じられた。
「……なるほどなぁ」
見れば見るほど、なんだか愛着が湧いてくる。父がハートマークを付けたのも分かる気がする。
父はこの狛犬に会うことができたのだろうか。と、理杏は思った。
「僕も会いに行こう」
そうすれば、この狛犬を通して父と繋がれるような気がしたのだ。
写真説明に書かれていた神社の住所を見たところ、さほど遠くないことに気がついた。六峰堂のほうがよっぽど遠い。
理杏は片付けを投げ出して外に出た。郊外に向かって走った。丘を駆け上がり、石段を駆け登った。
しかしそこにあったのは、ガイドブックの写真とは似ても似つかない、白く綺麗な新しい狛犬だった。
「そんな……」
汚れはまったく付いておらず、顔は可愛いというよりマンガチックだ。
一瞬場所を間違ったのかと思ったが、そうではないようだ。古い狛犬は新しい狛犬に取り替えられてしまったのだ。
狛犬の下では猫が寂しそうナアナアと鳴いていた。理杏は思わず猫に話しかける。
「取り替えなくてもいいだろうに……なあ?」
猫は顔を掻きながら、ナアナアと理杏に同意した。
走る元気もなく、とぼとぼ歩きながら帰る理杏は、気がつけば祇園社の、スサノオの前まで来ていた。
「スサノオ、教えてくれよ」
理杏はスサノオに問いかける。
「父さんは、死んでどこに行ったかな?」
もちろん神輿の上のスサノオは何も答えない。
「天国に行ったのかな。ヨミの国に行ったのかな。それとも動物に生まれ変わるのかな」
答えはない。
「答えてくれないかな? 答えてくれないよね。そうだよね」
スサノオら何も答えず、血走った目で理杏を睨み続ける。そんなスサノオを見て、理杏の心は一つの核に収束しようとしていた。
「僕ね、わかったんだ。死んだら何も無いんだ。死後の世界なんてただの物語なんだ。君が教えてくれたことは、僕が夢見た妄想に過ぎないんだ」
理杏は気づいてしまった。絵の中の世界に浸ることで、この世のいろいろな事実から逃げていることに。そして何より、
「僕は逃げていたんだ。次郎が死ぬという事実から」
父の死は、死から逃げ続けていた自分への罰であり、戒めなのかもしれないと理杏は思った。そして、そうやって父の死に意味づけしようとしている自分に気付いて、おかしくなった。
「今は次郎のそばにいてあげよう」
祇園社を後にして病院に向かう。
病院に着くと顔なじみの看護士が理杏気付いて駆けつけてきた。
「すぐに来て。次郎くんの容態が急変したの。明日までもたないかもしれない」
学校では先生からそんな言葉を頂戴した。せっかくなのでお言葉に甘えることにしたが、どこに行くというあてもなかったので、心の整理も兼ねて父の遺品整理を行うことにした。
父の部屋の押し入れの奥からはたくさんの本が出てきた。日本各地の神話、伝承の本。それから歴史書。寺社仏閣のガイドもいくつも出てきた。
いつ読んでいたのかさっぱりわからないが、父はそうとうの歴史マニアだったようだ。
ガイドブックのあちこちにチェックマークがついていたのは、実際に足を運んだ場所なのかもしれない。今となっては真意を知ることはできないのだが。
真面目腐ったチェックマークが続く中に、可愛らしいハートマークが付いているのが目に入った。
「に、似合わない……」
ハートマークがついているのは、古ぼけた狛犬の写真だった。苔の生しているその顔は、厳しいようでいて、どことなく愛嬌が感じられた。
「……なるほどなぁ」
見れば見るほど、なんだか愛着が湧いてくる。父がハートマークを付けたのも分かる気がする。
父はこの狛犬に会うことができたのだろうか。と、理杏は思った。
「僕も会いに行こう」
そうすれば、この狛犬を通して父と繋がれるような気がしたのだ。
写真説明に書かれていた神社の住所を見たところ、さほど遠くないことに気がついた。六峰堂のほうがよっぽど遠い。
理杏は片付けを投げ出して外に出た。郊外に向かって走った。丘を駆け上がり、石段を駆け登った。
しかしそこにあったのは、ガイドブックの写真とは似ても似つかない、白く綺麗な新しい狛犬だった。
「そんな……」
汚れはまったく付いておらず、顔は可愛いというよりマンガチックだ。
一瞬場所を間違ったのかと思ったが、そうではないようだ。古い狛犬は新しい狛犬に取り替えられてしまったのだ。
狛犬の下では猫が寂しそうナアナアと鳴いていた。理杏は思わず猫に話しかける。
「取り替えなくてもいいだろうに……なあ?」
猫は顔を掻きながら、ナアナアと理杏に同意した。
走る元気もなく、とぼとぼ歩きながら帰る理杏は、気がつけば祇園社の、スサノオの前まで来ていた。
「スサノオ、教えてくれよ」
理杏はスサノオに問いかける。
「父さんは、死んでどこに行ったかな?」
もちろん神輿の上のスサノオは何も答えない。
「天国に行ったのかな。ヨミの国に行ったのかな。それとも動物に生まれ変わるのかな」
答えはない。
「答えてくれないかな? 答えてくれないよね。そうだよね」
スサノオら何も答えず、血走った目で理杏を睨み続ける。そんなスサノオを見て、理杏の心は一つの核に収束しようとしていた。
「僕ね、わかったんだ。死んだら何も無いんだ。死後の世界なんてただの物語なんだ。君が教えてくれたことは、僕が夢見た妄想に過ぎないんだ」
理杏は気づいてしまった。絵の中の世界に浸ることで、この世のいろいろな事実から逃げていることに。そして何より、
「僕は逃げていたんだ。次郎が死ぬという事実から」
父の死は、死から逃げ続けていた自分への罰であり、戒めなのかもしれないと理杏は思った。そして、そうやって父の死に意味づけしようとしている自分に気付いて、おかしくなった。
「今は次郎のそばにいてあげよう」
祇園社を後にして病院に向かう。
病院に着くと顔なじみの看護士が理杏気付いて駆けつけてきた。
「すぐに来て。次郎くんの容態が急変したの。明日までもたないかもしれない」
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