ガミジ童話

GMJ

文字の大きさ
1 / 5

イルカ御殿

しおりを挟む
あるところに、シマタロウという男の子がいました。
シマタロウは、海の近くに住んでいて、毎日、海のそばをお散歩するのが好きのでした。

シマタロウのお家の近くには、イルカの調教師さんがいて、いつもイルカのバンドウくんと、イルカショーの訓練をしているのです。

ある日、シマタロウがいつものようにお散歩していると、

「どうしてこんなこともできないんだ! お前なんか、もう知らない!」

そんな調教師さんの声が聞こえました。
声のするほうに行ってみると、イルカのバンドウくんが海から顔を出して悲しそうに泣いていました。

「どうしたの? バンドウくん」

シマタロウは声をかけました。

「僕、どうしてもわっかくぐりジャンプができないの。高く飛べないし、あんな小さなわっかくぐれないよ」

バンドウくんはめそめそと泣きました。

「そうか。それで調教師さんと喧嘩しちゃったんだね」

シマタロウはバンドウくんをよしよししてあげました。

「調教師さんがいなくなっちゃったから、僕、イルカ御殿に帰らないといけない」
「イルカ御殿?」
「うん、イルカはイルカ御殿から来ているんだ。みんなを楽しませるために、調教師さんのところで、ショーの練習をしにきてるんだよ」

その話を聞いて、シマタロウはイルカ御殿がどんなところなのか、見てみたくなりました。

「僕もイルカ御殿に連れて行って」

シマタロウはバンドウくんに頼みました。

「だめだよ。人間はイルカ御殿にはいっちゃいけないんだ」

バンドウくんは断りましたが、シマタロウイルカ御殿が気になって仕方ありません。

「どうしても見てみたいんだ。頼むよ、バンドウくん」

あまりの熱意に、バンドウくんも、これ以上断ることができなくなってしまいました。

「 僕のお腹の中に入りなよ。一緒に連れて行ってあげる。そのかわり、ぜったいに喋っちゃだめだよ」

そう言うと、バンドウくんはシマタロウをパクリと飲み込みました。
そして、そのまま海の彼方を目指して泳ぎ始めました。

「うわあ、イルカのお腹の中って、あったかいんだなあ」

バンドウくんのお腹の中で、シマタロウはそんなことを考えていました。

「ついたよ、シマタロウさん」

バンドウくんが声をかけました。
シマタロウは喉の奥から顔を出すと、周りの光景を眺めました。

なんと美しい世界でしょう。
青い海の中には、たくさんのキラキラとした鱗の魚が泳いでいます。
立派な岩山がそびえたっていて、あちこちにあいた穴からはうっすらと灯りが見えます。
鮮やかないろのサンゴが、桜の花のように咲き誇って、青い岩肌を飾り付けていました。
そして岩山の周りでは何頭ものイルカが、上へ下へと自由に泳ぎ回っていました。

「あの岩山がイルカ御殿だよ」
「岩のお城だね。すごいなあ」

シマタロウが感心していると、

「声を出さないで、シマタロウさん。見つかったら追い出されちゃうよ」

シマタロウが口をあわてて塞ぐと、泳いでいたイルカたちがこっちに向かってやってくるのが見えました。
急いで首を引っ込めます。

「やあ、バンドウ。君も訓練を終えて、今日のイルカ祭のために帰ってきたのかい?」

イルカの声が聞こえます。

「僕、調教師さんを怒らせてしまって。訓練できずに帰ってきたんだ」

バンドウくんはしょんぼりと答えます。
するもまた別のイルカの声が聞こえました。

「なーんだ。そんなやつはイルカ祭の邪魔だ。ゴミ捨て場からイルカ祭を眺めてるといいよ」

そう言って、イルカたちはまた遠くに行ってしまったようでした。

バンドウくんのお腹の中にいるシマタロウには、バンドウくんが震えているのが分かりました。

「泣いてるの? バンドウくん?」

バンドウくんはなにも答えません。
なので、

「イルカ祭って何をするの?」

シマタロウは違うことを聞いてみました。

「イルカ祭では、御殿の入り口からてっぺんにあるゴールを目指してみんなで競争するんだ」

バンドウくんは、答えました。

「面白そうだね。バンドウくんも競争に参加しようよ」
「えっ! 僕が出てもだめに決まってるよ!」
「そんなことないよ。バンドウくんはとっても泳ぐのが上手だもの」
「でも、僕、訓練も終わってないのに……」
「参加しようよ。イルカ御殿も近くで見たいし」

シマタロウがあまりにも勧めるので、バンドウくんは仕方なく、御殿の入り口までやってきました。

御殿の入り口にはイルカたちでいっぱいです。
みんな競争が始まるのを待っているのです。

御殿の高いところのくぼみから、一際大きなイルカが顔を出しました。イルカ王様です。

「みなのもの、よく集まった。それではイルカ祭を始める。この御殿のてっぺんにあるゴールを、一番早くくぐり抜けたイルカの願いを、なんでも1つ叶えようぞ。それでははじめ」で

イルカ王様の声が合図になって、競争がはじまりました。
みんな華麗な動きで、てっぺん目指して御殿の中を泳いでいきます。

そしてなんと、その一番前を泳いでいるのはバンドウくんなのでした。

「すごいじゃないか、バンドウくん」

シマタロウは大喜びです。
そのまますごい速さで、バンドウくんは御殿の中を上へ上へと登っていきます。

しかし、

「やっぱりだめだよ、シマタロウさん。もうおよげない」

あと少しというところで、バンドウくんは疲れ果ててしまいました。

「あともう少しだよ、がんばろう」

シマタロウは声を掛けます。
バンドウくんはもうヘトヘトに、なりながらてっぺん目指して泳ぎましたが、

「あ!」

と、声を上げて泳ぐのをやめてしまいました。

「御殿のてっぺんが海の上に出ちゃってるよ」

そうです、岩山のてっぺんは、海の上に突き出ているのです。
そして、そのてっぺんには、銀色の輪っかが置いてありました。
あれがゴールです。

「これじゃあ、ゴールに行けないよ」

バンドウくんは困った顔で言いました。

「ジャンプしたら届かないかな?」

シマタロウが言うと、

「僕、あんなに高くジャンプできないよ」

バンドウくんは泣きそうな顔で言いました。
そんなことをしているうちに、他のイルカたちが追いついてきました。

「よし、ここは僕がなんとかしよう」

シマタロウはバンドウくんの口から飛び出すと、イルカたちの前に立ちふさがりました。

「わあ、人間だ! なんで人間がいるんだ!」

突然あらわれた人間に、イルカたちはびっくり。

「人間を御殿から追い出せ! ゴミ捨て場に捨ててしまえ!」

イルカたちはシマタロウを捕まえようと追いかけます。

「さあバンドウくん、今のうちにジャンプするんだ!」

スイスイと逃げ回りながら、シマタロウはバンドウくんの言いました。
その様子を見て、

「シマタロウさんが捕まる前に、ゴールしないと」

バンドウくんは心を決めました。
ぐるぐる回って勢いをつけると、

「えい!」

と、声を上げて銀色の輪っか目指してジャンブしました。

それは見事な大ジャンプでした。
バンドウくんの体はそのまま銀色の輪っかをくぐり抜けて、ザブンときれいに海の中に降りました。

「やったじゃないか、バンドウくん!」

イルカたちからかじられながら、シマタロウは叫びました。

「ほんとうに、みごとじゃった」

そういいながら泳いできたのは、イルカ王様でした。

「さあ、バンドウ、願い事を言うがいい」

イルカ王様は、バンドウくんの前までくると、そう尋ねました。

「僕は何もいらないです。だから、シマタロウさんを、陸に返してあげてください」

バンドウくんは迷わず答えました。

「そうかそうか、お前たち、その人間を離してやれ。そしてバンドウ、お前が陸まで連れて行ってやれ」

イルカ王様の声をきいて、イルカたちは、シマタロウをかじるのをやめました。

そんなシマタロウに、バンドウくんは近よって言いました。

「シマタロウさん、ありがとうございました。帰りましょう」

こうしてシマタロウは、バンドウくんの背中に乗って、お家に帰りました。

それからというもの、シマタロウが海のそばを散歩すると、バンドウくんと調教師さんが楽しそうにショーの訓練をしているのを見かけるようになりました。
まだまだ輪っかくぐりを失敗することもあるみたいです。
だけど、バンドウくんはもう泣いたりしません。

「僕、次はきっとうまくやるからね」

そう言って笑うようになったのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...