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イルカ御殿
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あるところに、シマタロウという男の子がいました。
シマタロウは、海の近くに住んでいて、毎日、海のそばをお散歩するのが好きのでした。
シマタロウのお家の近くには、イルカの調教師さんがいて、いつもイルカのバンドウくんと、イルカショーの訓練をしているのです。
ある日、シマタロウがいつものようにお散歩していると、
「どうしてこんなこともできないんだ! お前なんか、もう知らない!」
そんな調教師さんの声が聞こえました。
声のするほうに行ってみると、イルカのバンドウくんが海から顔を出して悲しそうに泣いていました。
「どうしたの? バンドウくん」
シマタロウは声をかけました。
「僕、どうしてもわっかくぐりジャンプができないの。高く飛べないし、あんな小さなわっかくぐれないよ」
バンドウくんはめそめそと泣きました。
「そうか。それで調教師さんと喧嘩しちゃったんだね」
シマタロウはバンドウくんをよしよししてあげました。
「調教師さんがいなくなっちゃったから、僕、イルカ御殿に帰らないといけない」
「イルカ御殿?」
「うん、イルカはイルカ御殿から来ているんだ。みんなを楽しませるために、調教師さんのところで、ショーの練習をしにきてるんだよ」
その話を聞いて、シマタロウはイルカ御殿がどんなところなのか、見てみたくなりました。
「僕もイルカ御殿に連れて行って」
シマタロウはバンドウくんに頼みました。
「だめだよ。人間はイルカ御殿にはいっちゃいけないんだ」
バンドウくんは断りましたが、シマタロウイルカ御殿が気になって仕方ありません。
「どうしても見てみたいんだ。頼むよ、バンドウくん」
あまりの熱意に、バンドウくんも、これ以上断ることができなくなってしまいました。
「 僕のお腹の中に入りなよ。一緒に連れて行ってあげる。そのかわり、ぜったいに喋っちゃだめだよ」
そう言うと、バンドウくんはシマタロウをパクリと飲み込みました。
そして、そのまま海の彼方を目指して泳ぎ始めました。
「うわあ、イルカのお腹の中って、あったかいんだなあ」
バンドウくんのお腹の中で、シマタロウはそんなことを考えていました。
「ついたよ、シマタロウさん」
バンドウくんが声をかけました。
シマタロウは喉の奥から顔を出すと、周りの光景を眺めました。
なんと美しい世界でしょう。
青い海の中には、たくさんのキラキラとした鱗の魚が泳いでいます。
立派な岩山がそびえたっていて、あちこちにあいた穴からはうっすらと灯りが見えます。
鮮やかないろのサンゴが、桜の花のように咲き誇って、青い岩肌を飾り付けていました。
そして岩山の周りでは何頭ものイルカが、上へ下へと自由に泳ぎ回っていました。
「あの岩山がイルカ御殿だよ」
「岩のお城だね。すごいなあ」
シマタロウが感心していると、
「声を出さないで、シマタロウさん。見つかったら追い出されちゃうよ」
シマタロウが口をあわてて塞ぐと、泳いでいたイルカたちがこっちに向かってやってくるのが見えました。
急いで首を引っ込めます。
「やあ、バンドウ。君も訓練を終えて、今日のイルカ祭のために帰ってきたのかい?」
イルカの声が聞こえます。
「僕、調教師さんを怒らせてしまって。訓練できずに帰ってきたんだ」
バンドウくんはしょんぼりと答えます。
するもまた別のイルカの声が聞こえました。
「なーんだ。そんなやつはイルカ祭の邪魔だ。ゴミ捨て場からイルカ祭を眺めてるといいよ」
そう言って、イルカたちはまた遠くに行ってしまったようでした。
バンドウくんのお腹の中にいるシマタロウには、バンドウくんが震えているのが分かりました。
「泣いてるの? バンドウくん?」
バンドウくんはなにも答えません。
なので、
「イルカ祭って何をするの?」
シマタロウは違うことを聞いてみました。
「イルカ祭では、御殿の入り口からてっぺんにあるゴールを目指してみんなで競争するんだ」
バンドウくんは、答えました。
「面白そうだね。バンドウくんも競争に参加しようよ」
「えっ! 僕が出てもだめに決まってるよ!」
「そんなことないよ。バンドウくんはとっても泳ぐのが上手だもの」
「でも、僕、訓練も終わってないのに……」
「参加しようよ。イルカ御殿も近くで見たいし」
シマタロウがあまりにも勧めるので、バンドウくんは仕方なく、御殿の入り口までやってきました。
御殿の入り口にはイルカたちでいっぱいです。
みんな競争が始まるのを待っているのです。
御殿の高いところのくぼみから、一際大きなイルカが顔を出しました。イルカ王様です。
「みなのもの、よく集まった。それではイルカ祭を始める。この御殿のてっぺんにあるゴールを、一番早くくぐり抜けたイルカの願いを、なんでも1つ叶えようぞ。それでははじめ」で
イルカ王様の声が合図になって、競争がはじまりました。
みんな華麗な動きで、てっぺん目指して御殿の中を泳いでいきます。
そしてなんと、その一番前を泳いでいるのはバンドウくんなのでした。
「すごいじゃないか、バンドウくん」
シマタロウは大喜びです。
そのまますごい速さで、バンドウくんは御殿の中を上へ上へと登っていきます。
しかし、
「やっぱりだめだよ、シマタロウさん。もうおよげない」
あと少しというところで、バンドウくんは疲れ果ててしまいました。
「あともう少しだよ、がんばろう」
シマタロウは声を掛けます。
バンドウくんはもうヘトヘトに、なりながらてっぺん目指して泳ぎましたが、
「あ!」
と、声を上げて泳ぐのをやめてしまいました。
「御殿のてっぺんが海の上に出ちゃってるよ」
そうです、岩山のてっぺんは、海の上に突き出ているのです。
そして、そのてっぺんには、銀色の輪っかが置いてありました。
あれがゴールです。
「これじゃあ、ゴールに行けないよ」
バンドウくんは困った顔で言いました。
「ジャンプしたら届かないかな?」
シマタロウが言うと、
「僕、あんなに高くジャンプできないよ」
バンドウくんは泣きそうな顔で言いました。
そんなことをしているうちに、他のイルカたちが追いついてきました。
「よし、ここは僕がなんとかしよう」
シマタロウはバンドウくんの口から飛び出すと、イルカたちの前に立ちふさがりました。
「わあ、人間だ! なんで人間がいるんだ!」
突然あらわれた人間に、イルカたちはびっくり。
「人間を御殿から追い出せ! ゴミ捨て場に捨ててしまえ!」
イルカたちはシマタロウを捕まえようと追いかけます。
「さあバンドウくん、今のうちにジャンプするんだ!」
スイスイと逃げ回りながら、シマタロウはバンドウくんの言いました。
その様子を見て、
「シマタロウさんが捕まる前に、ゴールしないと」
バンドウくんは心を決めました。
ぐるぐる回って勢いをつけると、
「えい!」
と、声を上げて銀色の輪っか目指してジャンブしました。
それは見事な大ジャンプでした。
バンドウくんの体はそのまま銀色の輪っかをくぐり抜けて、ザブンときれいに海の中に降りました。
「やったじゃないか、バンドウくん!」
イルカたちからかじられながら、シマタロウは叫びました。
「ほんとうに、みごとじゃった」
そういいながら泳いできたのは、イルカ王様でした。
「さあ、バンドウ、願い事を言うがいい」
イルカ王様は、バンドウくんの前までくると、そう尋ねました。
「僕は何もいらないです。だから、シマタロウさんを、陸に返してあげてください」
バンドウくんは迷わず答えました。
「そうかそうか、お前たち、その人間を離してやれ。そしてバンドウ、お前が陸まで連れて行ってやれ」
イルカ王様の声をきいて、イルカたちは、シマタロウをかじるのをやめました。
そんなシマタロウに、バンドウくんは近よって言いました。
「シマタロウさん、ありがとうございました。帰りましょう」
こうしてシマタロウは、バンドウくんの背中に乗って、お家に帰りました。
それからというもの、シマタロウが海のそばを散歩すると、バンドウくんと調教師さんが楽しそうにショーの訓練をしているのを見かけるようになりました。
まだまだ輪っかくぐりを失敗することもあるみたいです。
だけど、バンドウくんはもう泣いたりしません。
「僕、次はきっとうまくやるからね」
そう言って笑うようになったのでした。
シマタロウは、海の近くに住んでいて、毎日、海のそばをお散歩するのが好きのでした。
シマタロウのお家の近くには、イルカの調教師さんがいて、いつもイルカのバンドウくんと、イルカショーの訓練をしているのです。
ある日、シマタロウがいつものようにお散歩していると、
「どうしてこんなこともできないんだ! お前なんか、もう知らない!」
そんな調教師さんの声が聞こえました。
声のするほうに行ってみると、イルカのバンドウくんが海から顔を出して悲しそうに泣いていました。
「どうしたの? バンドウくん」
シマタロウは声をかけました。
「僕、どうしてもわっかくぐりジャンプができないの。高く飛べないし、あんな小さなわっかくぐれないよ」
バンドウくんはめそめそと泣きました。
「そうか。それで調教師さんと喧嘩しちゃったんだね」
シマタロウはバンドウくんをよしよししてあげました。
「調教師さんがいなくなっちゃったから、僕、イルカ御殿に帰らないといけない」
「イルカ御殿?」
「うん、イルカはイルカ御殿から来ているんだ。みんなを楽しませるために、調教師さんのところで、ショーの練習をしにきてるんだよ」
その話を聞いて、シマタロウはイルカ御殿がどんなところなのか、見てみたくなりました。
「僕もイルカ御殿に連れて行って」
シマタロウはバンドウくんに頼みました。
「だめだよ。人間はイルカ御殿にはいっちゃいけないんだ」
バンドウくんは断りましたが、シマタロウイルカ御殿が気になって仕方ありません。
「どうしても見てみたいんだ。頼むよ、バンドウくん」
あまりの熱意に、バンドウくんも、これ以上断ることができなくなってしまいました。
「 僕のお腹の中に入りなよ。一緒に連れて行ってあげる。そのかわり、ぜったいに喋っちゃだめだよ」
そう言うと、バンドウくんはシマタロウをパクリと飲み込みました。
そして、そのまま海の彼方を目指して泳ぎ始めました。
「うわあ、イルカのお腹の中って、あったかいんだなあ」
バンドウくんのお腹の中で、シマタロウはそんなことを考えていました。
「ついたよ、シマタロウさん」
バンドウくんが声をかけました。
シマタロウは喉の奥から顔を出すと、周りの光景を眺めました。
なんと美しい世界でしょう。
青い海の中には、たくさんのキラキラとした鱗の魚が泳いでいます。
立派な岩山がそびえたっていて、あちこちにあいた穴からはうっすらと灯りが見えます。
鮮やかないろのサンゴが、桜の花のように咲き誇って、青い岩肌を飾り付けていました。
そして岩山の周りでは何頭ものイルカが、上へ下へと自由に泳ぎ回っていました。
「あの岩山がイルカ御殿だよ」
「岩のお城だね。すごいなあ」
シマタロウが感心していると、
「声を出さないで、シマタロウさん。見つかったら追い出されちゃうよ」
シマタロウが口をあわてて塞ぐと、泳いでいたイルカたちがこっちに向かってやってくるのが見えました。
急いで首を引っ込めます。
「やあ、バンドウ。君も訓練を終えて、今日のイルカ祭のために帰ってきたのかい?」
イルカの声が聞こえます。
「僕、調教師さんを怒らせてしまって。訓練できずに帰ってきたんだ」
バンドウくんはしょんぼりと答えます。
するもまた別のイルカの声が聞こえました。
「なーんだ。そんなやつはイルカ祭の邪魔だ。ゴミ捨て場からイルカ祭を眺めてるといいよ」
そう言って、イルカたちはまた遠くに行ってしまったようでした。
バンドウくんのお腹の中にいるシマタロウには、バンドウくんが震えているのが分かりました。
「泣いてるの? バンドウくん?」
バンドウくんはなにも答えません。
なので、
「イルカ祭って何をするの?」
シマタロウは違うことを聞いてみました。
「イルカ祭では、御殿の入り口からてっぺんにあるゴールを目指してみんなで競争するんだ」
バンドウくんは、答えました。
「面白そうだね。バンドウくんも競争に参加しようよ」
「えっ! 僕が出てもだめに決まってるよ!」
「そんなことないよ。バンドウくんはとっても泳ぐのが上手だもの」
「でも、僕、訓練も終わってないのに……」
「参加しようよ。イルカ御殿も近くで見たいし」
シマタロウがあまりにも勧めるので、バンドウくんは仕方なく、御殿の入り口までやってきました。
御殿の入り口にはイルカたちでいっぱいです。
みんな競争が始まるのを待っているのです。
御殿の高いところのくぼみから、一際大きなイルカが顔を出しました。イルカ王様です。
「みなのもの、よく集まった。それではイルカ祭を始める。この御殿のてっぺんにあるゴールを、一番早くくぐり抜けたイルカの願いを、なんでも1つ叶えようぞ。それでははじめ」で
イルカ王様の声が合図になって、競争がはじまりました。
みんな華麗な動きで、てっぺん目指して御殿の中を泳いでいきます。
そしてなんと、その一番前を泳いでいるのはバンドウくんなのでした。
「すごいじゃないか、バンドウくん」
シマタロウは大喜びです。
そのまますごい速さで、バンドウくんは御殿の中を上へ上へと登っていきます。
しかし、
「やっぱりだめだよ、シマタロウさん。もうおよげない」
あと少しというところで、バンドウくんは疲れ果ててしまいました。
「あともう少しだよ、がんばろう」
シマタロウは声を掛けます。
バンドウくんはもうヘトヘトに、なりながらてっぺん目指して泳ぎましたが、
「あ!」
と、声を上げて泳ぐのをやめてしまいました。
「御殿のてっぺんが海の上に出ちゃってるよ」
そうです、岩山のてっぺんは、海の上に突き出ているのです。
そして、そのてっぺんには、銀色の輪っかが置いてありました。
あれがゴールです。
「これじゃあ、ゴールに行けないよ」
バンドウくんは困った顔で言いました。
「ジャンプしたら届かないかな?」
シマタロウが言うと、
「僕、あんなに高くジャンプできないよ」
バンドウくんは泣きそうな顔で言いました。
そんなことをしているうちに、他のイルカたちが追いついてきました。
「よし、ここは僕がなんとかしよう」
シマタロウはバンドウくんの口から飛び出すと、イルカたちの前に立ちふさがりました。
「わあ、人間だ! なんで人間がいるんだ!」
突然あらわれた人間に、イルカたちはびっくり。
「人間を御殿から追い出せ! ゴミ捨て場に捨ててしまえ!」
イルカたちはシマタロウを捕まえようと追いかけます。
「さあバンドウくん、今のうちにジャンプするんだ!」
スイスイと逃げ回りながら、シマタロウはバンドウくんの言いました。
その様子を見て、
「シマタロウさんが捕まる前に、ゴールしないと」
バンドウくんは心を決めました。
ぐるぐる回って勢いをつけると、
「えい!」
と、声を上げて銀色の輪っか目指してジャンブしました。
それは見事な大ジャンプでした。
バンドウくんの体はそのまま銀色の輪っかをくぐり抜けて、ザブンときれいに海の中に降りました。
「やったじゃないか、バンドウくん!」
イルカたちからかじられながら、シマタロウは叫びました。
「ほんとうに、みごとじゃった」
そういいながら泳いできたのは、イルカ王様でした。
「さあ、バンドウ、願い事を言うがいい」
イルカ王様は、バンドウくんの前までくると、そう尋ねました。
「僕は何もいらないです。だから、シマタロウさんを、陸に返してあげてください」
バンドウくんは迷わず答えました。
「そうかそうか、お前たち、その人間を離してやれ。そしてバンドウ、お前が陸まで連れて行ってやれ」
イルカ王様の声をきいて、イルカたちは、シマタロウをかじるのをやめました。
そんなシマタロウに、バンドウくんは近よって言いました。
「シマタロウさん、ありがとうございました。帰りましょう」
こうしてシマタロウは、バンドウくんの背中に乗って、お家に帰りました。
それからというもの、シマタロウが海のそばを散歩すると、バンドウくんと調教師さんが楽しそうにショーの訓練をしているのを見かけるようになりました。
まだまだ輪っかくぐりを失敗することもあるみたいです。
だけど、バンドウくんはもう泣いたりしません。
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