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バキュラビビーの葛藤
バキュラビビーの休日
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「茅野宮くん……どうしたの、その顔」
出社するなり、上司の臼田武から呼び止められた。
「ちょっと階段から転びまして」
「ちょっと……って、まぶたのところがぷっくり腫れてお岩さんみたいになってるよ?」
「え? 岩みたいですか?」
「いや、なんでもない。若い人には分かんないかな……」
臼田武は困ったような顔をした。
「もう、今日はいいから有休とりなさい。そんな顔じゃお客さんのところにも行けないでしょ」
「休み……ですか」
「そうそう」
「しかし、今日休むと販売計画に支障が出てしまうのですが……」
「う……」
臼田武は心底困ったような顔をした。
「いいよ、いいよ。君だって大事な時期だろ。もう帰ってやすみなさい」
「臼田部長がそういうのなら。わかりました。今日は休ませてもらいます」
「うんうん。ちゃんと病院にも行くんだよ」
なんとなく、追い出されてしまったような気もする。
(そんなにひどい損傷に見えるのだろうか)
臼田武だけでなく、他の人間もこちらをチラチラ見ているようだ。
(しかし、休み……か)
いったい私は何をしたらよいのだろうか。
今までひたすらこの世界に潜むべく擬態に集中してきたが、擬態すら必要のない時間が訪れてしまった。
私が使命としてきた戦いはこの世界にはない。
戦いのために力を蓄える必要もない。
(困ったな。こんなときは佐山定のところで情報収集したいところだが……)
昨日から佐山とは敵対状態が続いている。今の状態で、さすがに彼を頼るわけにはいかない。
茅野宮美郷の記憶を探り出す。
彼女が休みにしていたことをトレースしてみることにしたのだ。
(とりあえず、彼女の記憶のままやってみよう)
私は会社から出ると、駅前に向かった。しかし駅には行かずにその周囲のビルに侵入する。
様々な店舗が入っているファッションビルというやつだ。
私は衣服の店を巡り、靴の店を巡り、鞄の店を巡り歩いた。
(1か月後に1つずつ買えば擬態としては事足りるな)
そう思いながら、何も購入することなく、どの店も後にすることになった。
茅野宮美里は毎週のように何かしら買い足していたようだが、今の私には衣服や靴を新たに購入する意義が感じられなかった。
(少し疲労を感じてきたな)
このビルの6階には茅野宮美郷がよく行く喫茶店がある。
私はそこで、のどの渇きを癒すことにした。
「喫茶アンパサンド」と書かれた木製の扉に空ける。
入り口近くのテーブルに着くと、記憶通りにいつものコーヒーを頼む。
ほどなく運ばれてきたコーヒーを飲んで私は呟いた。
「にがい」
苦い。茅野宮美里はなぜにこんな苦いものを飲んでいたのだろうか。
ちびちびと飲んでみるが、やはり苦いものは苦い。
結局カップに半分ほど残ったままで、私はコーヒーを放置することにした。
(私は何をしているのだろう)
無為だった。
あまりにも自分自身のやっていることが無意義だった。
(茅野宮美郷はこんなことをしていて満足だったのだろうか?)
私は茅野宮美郷の記憶回路はいくらでも検索することができる。
しかし、茅野宮美郷が「その時々に感じたこと」は検索することができない。
要するに私は茅野宮美郷の感情を共有することができていないのだ。
だから、私は茅野宮美郷がコーヒーを飲みながら何を感じていたのか知ることができない。
(茅野宮美郷の行動をなぞりながら、私自身が体験するしかないのだな)
椅子に深く腰掛けて体を休めながら、こんなときに茅野宮美郷がとっていた行動を探り出す。
私は携帯端末を取り出すと、通信履歴から1つの名前を呼び出した。
『西原諒介』
茅野宮美郷は空き時間があると、いつも彼に通信していたようだ。
「……かけてみるか」
名前にタッチしようとしたとき、携帯端末が震えだした。
端末に表示されている名前は郡山重文に変わっていた。
「私だ」
「大丈夫ですか? ひどい怪我をしていたと聞きましたが」
「大したことはない。階段から落ちた、だけだ」
「みんなDVにあったのではないかと噂していましたよ」
「DV?」
DVという単語を記憶回路から検索する。
夫婦や恋人の間で行われる暴力のようだ。
「なるほど。DVといえばDVかもしれないな。まあ心配するほどの損傷ではないよ」
「それならいいのですが……」
「それより、ちょっと教えてくれないか。何もすることがないときは、一体何をすれば良いのだ?」
「暇なんですか?」
「暇……そうか。私は暇なのか」
「……駅の改札で待っていてください。30分後に行きます」
コーヒーを残したまま支払いをして喫茶店を出ると、私は駅の改札口に向かった。
待つこと30分。言葉どおり郡山重文は現れた。
「お待たせしました」
「いや、時間通りだ」
「行きましょうか」
「どこに行くんだ?」
「宇宙戦争ですよ」
「何?」
それ以上の解説はせずに、郡山重文は歩き出した。
着いたのは、やたらとピカピカした建物だった。
中に入るとうるさい音であふれている。
「こっちです」
激しい光と音の中を、郡山重文は進んで行く。
エスカレーターを登り、3階にたどり着く。
このフロアは、今までのフロアと違い薄暗く、静かだった。
そして異様な物体が立ち並んでいるのが見える。
高さ1メートルくらいのカプセル状の黒い物体。
1つ1つに銀色で「Starship Bondage」と書かれているのが見えた
「この中に入ってください」
カプセルの一部分が扉になっているようだ。
郡山が扉を開けて待っている。
「なんなんだこれは?」
「入ればわかりますよ」
中に入るとフカフカとした椅子があった。
そこに座ると同時に、郡山がカプセルの扉を外から閉めた。
『パシュン』
という音がしたかと思うと、私の目の前に一面の星空が広がった。
「おお……おお……」
私の口から呻き声が漏れた。
ここは、宇宙なのか?
それにしては重力が残ったままのようだが?
『バキュラビビー、聞こえますか?』
郡山重文の声がどこからともなく聞こえた。
「ああ、聞こえる。これはいったい……」
『言ったでしょう。宇宙戦争ですよ。ほら、見えますか? あれが敵です』
星空の彼方から、無骨な人形が10体ほど姿を現した。
「視認した。あいつらを蹴散らせばいいのだな?」
状況はよくわからなかったが、体が熱くなってきた。
自分の中に「敵を殲滅してやる」という強い意志を感じる。
『戦況は私が逐次伝えます。いけますか? バキュラビビー』
「おうとも!!」
自分でもびっくりするくらいの大声で、私は叫んでいた。
出社するなり、上司の臼田武から呼び止められた。
「ちょっと階段から転びまして」
「ちょっと……って、まぶたのところがぷっくり腫れてお岩さんみたいになってるよ?」
「え? 岩みたいですか?」
「いや、なんでもない。若い人には分かんないかな……」
臼田武は困ったような顔をした。
「もう、今日はいいから有休とりなさい。そんな顔じゃお客さんのところにも行けないでしょ」
「休み……ですか」
「そうそう」
「しかし、今日休むと販売計画に支障が出てしまうのですが……」
「う……」
臼田武は心底困ったような顔をした。
「いいよ、いいよ。君だって大事な時期だろ。もう帰ってやすみなさい」
「臼田部長がそういうのなら。わかりました。今日は休ませてもらいます」
「うんうん。ちゃんと病院にも行くんだよ」
なんとなく、追い出されてしまったような気もする。
(そんなにひどい損傷に見えるのだろうか)
臼田武だけでなく、他の人間もこちらをチラチラ見ているようだ。
(しかし、休み……か)
いったい私は何をしたらよいのだろうか。
今までひたすらこの世界に潜むべく擬態に集中してきたが、擬態すら必要のない時間が訪れてしまった。
私が使命としてきた戦いはこの世界にはない。
戦いのために力を蓄える必要もない。
(困ったな。こんなときは佐山定のところで情報収集したいところだが……)
昨日から佐山とは敵対状態が続いている。今の状態で、さすがに彼を頼るわけにはいかない。
茅野宮美郷の記憶を探り出す。
彼女が休みにしていたことをトレースしてみることにしたのだ。
(とりあえず、彼女の記憶のままやってみよう)
私は会社から出ると、駅前に向かった。しかし駅には行かずにその周囲のビルに侵入する。
様々な店舗が入っているファッションビルというやつだ。
私は衣服の店を巡り、靴の店を巡り、鞄の店を巡り歩いた。
(1か月後に1つずつ買えば擬態としては事足りるな)
そう思いながら、何も購入することなく、どの店も後にすることになった。
茅野宮美里は毎週のように何かしら買い足していたようだが、今の私には衣服や靴を新たに購入する意義が感じられなかった。
(少し疲労を感じてきたな)
このビルの6階には茅野宮美郷がよく行く喫茶店がある。
私はそこで、のどの渇きを癒すことにした。
「喫茶アンパサンド」と書かれた木製の扉に空ける。
入り口近くのテーブルに着くと、記憶通りにいつものコーヒーを頼む。
ほどなく運ばれてきたコーヒーを飲んで私は呟いた。
「にがい」
苦い。茅野宮美里はなぜにこんな苦いものを飲んでいたのだろうか。
ちびちびと飲んでみるが、やはり苦いものは苦い。
結局カップに半分ほど残ったままで、私はコーヒーを放置することにした。
(私は何をしているのだろう)
無為だった。
あまりにも自分自身のやっていることが無意義だった。
(茅野宮美郷はこんなことをしていて満足だったのだろうか?)
私は茅野宮美郷の記憶回路はいくらでも検索することができる。
しかし、茅野宮美郷が「その時々に感じたこと」は検索することができない。
要するに私は茅野宮美郷の感情を共有することができていないのだ。
だから、私は茅野宮美郷がコーヒーを飲みながら何を感じていたのか知ることができない。
(茅野宮美郷の行動をなぞりながら、私自身が体験するしかないのだな)
椅子に深く腰掛けて体を休めながら、こんなときに茅野宮美郷がとっていた行動を探り出す。
私は携帯端末を取り出すと、通信履歴から1つの名前を呼び出した。
『西原諒介』
茅野宮美郷は空き時間があると、いつも彼に通信していたようだ。
「……かけてみるか」
名前にタッチしようとしたとき、携帯端末が震えだした。
端末に表示されている名前は郡山重文に変わっていた。
「私だ」
「大丈夫ですか? ひどい怪我をしていたと聞きましたが」
「大したことはない。階段から落ちた、だけだ」
「みんなDVにあったのではないかと噂していましたよ」
「DV?」
DVという単語を記憶回路から検索する。
夫婦や恋人の間で行われる暴力のようだ。
「なるほど。DVといえばDVかもしれないな。まあ心配するほどの損傷ではないよ」
「それならいいのですが……」
「それより、ちょっと教えてくれないか。何もすることがないときは、一体何をすれば良いのだ?」
「暇なんですか?」
「暇……そうか。私は暇なのか」
「……駅の改札で待っていてください。30分後に行きます」
コーヒーを残したまま支払いをして喫茶店を出ると、私は駅の改札口に向かった。
待つこと30分。言葉どおり郡山重文は現れた。
「お待たせしました」
「いや、時間通りだ」
「行きましょうか」
「どこに行くんだ?」
「宇宙戦争ですよ」
「何?」
それ以上の解説はせずに、郡山重文は歩き出した。
着いたのは、やたらとピカピカした建物だった。
中に入るとうるさい音であふれている。
「こっちです」
激しい光と音の中を、郡山重文は進んで行く。
エスカレーターを登り、3階にたどり着く。
このフロアは、今までのフロアと違い薄暗く、静かだった。
そして異様な物体が立ち並んでいるのが見える。
高さ1メートルくらいのカプセル状の黒い物体。
1つ1つに銀色で「Starship Bondage」と書かれているのが見えた
「この中に入ってください」
カプセルの一部分が扉になっているようだ。
郡山が扉を開けて待っている。
「なんなんだこれは?」
「入ればわかりますよ」
中に入るとフカフカとした椅子があった。
そこに座ると同時に、郡山がカプセルの扉を外から閉めた。
『パシュン』
という音がしたかと思うと、私の目の前に一面の星空が広がった。
「おお……おお……」
私の口から呻き声が漏れた。
ここは、宇宙なのか?
それにしては重力が残ったままのようだが?
『バキュラビビー、聞こえますか?』
郡山重文の声がどこからともなく聞こえた。
「ああ、聞こえる。これはいったい……」
『言ったでしょう。宇宙戦争ですよ。ほら、見えますか? あれが敵です』
星空の彼方から、無骨な人形が10体ほど姿を現した。
「視認した。あいつらを蹴散らせばいいのだな?」
状況はよくわからなかったが、体が熱くなってきた。
自分の中に「敵を殲滅してやる」という強い意志を感じる。
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