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第二章 燃える冬の夕景
2-9 戦場に馳せる意志 ……ヤンネ
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燃える雪原に、灰と雪の舞う夕景に、極彩色の風が吹き荒れる。
黒騎兵の指揮の下、動き出した極彩色の馬賊が、戦場に狩りの狂騒を奏でる。
二百騎の手勢を引き連れ駆けるヤンネの前に、月盾の軍旗が翻る。千騎ほどの月盾騎士団の人馬が、行く手を阻もうと向かってくる。足止めのためだろうか、身を粉にしても遮ろうとする意志が、ひしひしと伝わってくる。
「見ろ! 鈍間な〈教会〉の豚どもだ! 馬は傷つけることなく分捕れ! 馬上の奴らは好きに殺せ!」
父オッリの笑い声に呼応し、極彩色の馬賊の戦士たちが殺意を滾らせる。
野蛮人め──父の背に嫌悪感を抱きながら、しかしヤンネもあとに続く。
迫る馬蹄が、その圧力を増していく。
互いの前衛が射撃体勢を取る。騎士たちが歯輪式拳銃を、極彩色の馬賊が弓矢を構える。
接敵を前に、銃弾が撃ち鳴らされ、硝煙を矢が切り裂く。
唸りをあげる矢が、月盾の騎士たちを次々に射抜く。対して、敵の銃弾は空を切るばかりで、ほとんど命中していない。熟達した弓馬の腕と、弾幕頼りの銃火、それも短銃身の拳銃とでは、命中精度がまるで違う。
前衛の騎射に続き、騎馬群が交錯する。
「「叩き殺せ!!」」──猛然と襲いかかる極彩色の馬賊の雄叫びが、大地を震わす。
すれ違い様、血が風に舞う。
父を先頭に、極彩色の戦士たちが月盾の騎士たちを馬上から叩き落す。確固たる意志を持った殺意を、さらに狂猛な殺意が鏖殺する。
「仕留めきれなくとも、そのまま前に駆け抜けろ! 乱戦に持ち込ませるな!」
配下の者たちを鼓舞しながら、ヤンネもサーベルを振るう。
きらめく剣身が、厳めしい甲冑が、眼前に迫り来る。剣先を躱し、その剣を持つ腕を斬り落とす。掴みかかろうとする敵は、甲冑か馬腹を蹴り飛ばし、地面に転がす。戦いながらも疾駆の勢いは緩めず、人馬の隙間を駆け抜ける。
敵の多くは半甲冑を着、剣と拳銃で武装した汎用騎兵である。足を止められ、殴り合いに持ち込まれた場合、軽装の極彩色の馬賊はやや分が悪い。だが機動戦ならば、〈東の王〉の末裔である騎馬民に勝る者はそうはいない。
そう、たとえ装備は劣っていても、野蛮人だと思われていても、自分たちは名ばかりの騎士などよりも強いのだ──その自負が、ヤンネの心を燃やす。
極彩色の風が、月盾の騎士たちを穿つ。
敵の隊列を突破する。麾下の二百騎も、しっかりとついてきている。
反転しての再攻撃は必要なかった。雪煙舞う背後では、黒騎兵が残存する月盾の騎士たちを早くも包囲し始めていた。
同じ帝国軍第三軍団の騎兵、漆黒の胸甲騎兵の姿を、ヤンネは羨望の眼差しで見た。
ヤンネはずっと、黒騎兵に、それを率いるマクシミリアン・ストロムブラード隊長に憧れていた。上官であり、師でもあるストロムブラード隊長のことを、ヤンネは本当の父親のように思っていた。
もちろん生みの親はいるし、ローペのような部族の守り役もいる。しかし親身になって面倒を見てくれたのは、ストロムブラード隊長と、その妻のユーリア夫人である。父には事あるごとに折檻され、母には放置されて生きてきたヤンネにとって、育ての親は紛れもなくストロムブラード夫妻だった。
没落した下級貴族の出身ながら、己が力で第三軍団の騎兵隊長にのし上がった騎士殺しの黒騎士は、その出自や異名ゆえ、旧家や名家の王侯貴族からは煙たがられていたが、しかしヤンネにとっては最も身近な英雄だった。
身分が低くても、卑賎の身でも、〈帝国〉と皇帝のために戦う者には、平等に道は拓かれている──。
〈東の王〉の末裔である自分も、同じようになれると思った。そして〈東からの災厄〉から二百年経った今でも、敵味方から蛮族扱いされる極彩色の馬賊を、もっと気高く誇りある部隊に変えたかった。
だが父がいる限り、それは到底果たせない夢だった。
極彩色の馬賊を率いる父オッリは、確かに強き北風の二つ名に違わぬ猛将ではあったが、同時に傍若無人を絵に描いたような蛮人だった。王や貴族や上官に一切の敬意を払わず、兵士だろうが民衆だろうが気の赴くままに嬲り殺し、女を見つければ奪い犯す。仕える〈帝国〉を毛嫌いし、その無学で粗暴な言動により、自分たちが嘲られていることに気づきもしない。
部族の大半の大人たちも同様で、特に父の取り巻きの多くは、酒場の悪漢にも劣る畜生である。ヤンネ隊の副官で、ヤンネの曾祖父の顔も知る鋼の戦人のローペも、今でこそ落ち着いた人物だが、〈帝国〉に臣従する前は手の施しようがない悪漢だったらしい。
父のことが、部族の大人たちが、ヤンネは大嫌いだった。ストロムブラード隊長は父のことを戦友と呼ぶが、なぜこんな野蛮人と仲がいいのか、なぜこんな野蛮人たちと共闘してくれるのか、理解ができなかった。
本当は黒騎兵の兵士として戦いたかったが、父は部族の後継者であるヤンネにそれを許さなかったし、ストロムブラード隊長にも時期尚早だと断られた。
光は未だ遠くにある。それでも、ヤンネは諦めていなかった。
いつかきっと、ストロムブラード隊長と、その妻であるユーリア夫人に、〈帝国〉で生きるための術を授けてくれた育ての親である二人に、恩返しをする。弟や妹たちのため、部族の未来のため、志を同じくする戦友たちのため、何より自分自身のため、この〈大祖国戦争〉で戦功を上げ、その力を示すのだと──。
ヤンネは決意を新たに、視線を前方に戻した。
冬の夕景に、教会遠征軍の姿が現れる。
その敵は後退こそしているが、背を向けて逃げ出してはいなかった。
天使の錦旗を中心に、第六聖女親衛隊は方陣を組んでいる。鈍重な動きの古臭い密集方陣だが、それは一目で崩せないとわかるほど強固であり、そばには月盾騎士団の軍旗がはためいている。
ふと、ヤンネは父に目をやった。
血を噴き出す首を弄びながら、父は頬を歪めていた。それは獲物を前に狂喜する、獣の笑みだった。
「ヤンネ! 騎士団の背中に回り込め! 味方が砲を準備する間、月盾騎士団を攪乱しろ! 豚どもを親衛隊の方陣から引き剥がせ!」
ヤンネは命令を承服すると、部族伝統の杯を交わすポーズは取らず、帝国軍人として敬礼した。
「行け! 狩りの前の余興だ! 〈東の王〉のため、遥かなる地平線に血の雨に降らせろ!」
何が血の雨だ。何が〈東の王〉だ──ヤンネは父の声に振り返ることなく、馬腹を蹴り駆け出した。
眼前に、月盾の軍旗が翻る。第六聖女の天使の錦旗を守る四千騎ほどの月盾騎士団は、敗勢の中でも雄々しく、勇ましく見えた。
「よっしゃあ! 次も一番槍は俺が貰うからな!」
接敵を前に、ヤンネと同年の戦友で、子供のように小柄なコッコが、手斧を振り上げ発奮する。
「落ち着け! 俺たちの役目は敵の攪乱と、後続の歩兵隊の援護だ! 規律を守って行動しろよ!」
「わかってらぁ! 〈教会〉の騎士どもを皆殺しにして、俺たちの力を帝国人どもに見せつけてやろうぜ!」
ヤンネはコッコを諫めたが、当の本人は興奮状態で聞いていなかった。ヤンネと同じく帝国人の軍装をする同年代の戦友たちも、コッコの気勢に当てられたのか、勝ち戦の勢いゆえか、冷静さを失っているように見える。
「若殿は部隊の指揮に専念なされ。コッコや新兵どもの面倒は、わしが見ますゆえ」
副官の鋼の戦人のローペが、コッコらを叱咤しながら、熱の籠った手でヤンネの背中を叩く。
「みな遅れを取るなよ! 我らが大将、強き北風の前で、その武勇を示すのだ!」
鋼の戦人の老人が叫ぶその二つ名は、反吐が出るほど嫌いだったが、しかしヤンネの思いとは裏腹に、その言葉は兵たちを勢いづかせる。
ヤンネは唇を噛み締めた。
鬱屈する思いに苛まれるまま、馬上で弓を引き絞り、つがえる矢に力を込める。
「〈帝国〉の地を踏み躙る侵略者どもを許すな! 完膚なきまでに叩きのめせ!」
ヤンネは吼え、そして月盾の騎士に向かい矢を放った。
黒騎兵の指揮の下、動き出した極彩色の馬賊が、戦場に狩りの狂騒を奏でる。
二百騎の手勢を引き連れ駆けるヤンネの前に、月盾の軍旗が翻る。千騎ほどの月盾騎士団の人馬が、行く手を阻もうと向かってくる。足止めのためだろうか、身を粉にしても遮ろうとする意志が、ひしひしと伝わってくる。
「見ろ! 鈍間な〈教会〉の豚どもだ! 馬は傷つけることなく分捕れ! 馬上の奴らは好きに殺せ!」
父オッリの笑い声に呼応し、極彩色の馬賊の戦士たちが殺意を滾らせる。
野蛮人め──父の背に嫌悪感を抱きながら、しかしヤンネもあとに続く。
迫る馬蹄が、その圧力を増していく。
互いの前衛が射撃体勢を取る。騎士たちが歯輪式拳銃を、極彩色の馬賊が弓矢を構える。
接敵を前に、銃弾が撃ち鳴らされ、硝煙を矢が切り裂く。
唸りをあげる矢が、月盾の騎士たちを次々に射抜く。対して、敵の銃弾は空を切るばかりで、ほとんど命中していない。熟達した弓馬の腕と、弾幕頼りの銃火、それも短銃身の拳銃とでは、命中精度がまるで違う。
前衛の騎射に続き、騎馬群が交錯する。
「「叩き殺せ!!」」──猛然と襲いかかる極彩色の馬賊の雄叫びが、大地を震わす。
すれ違い様、血が風に舞う。
父を先頭に、極彩色の戦士たちが月盾の騎士たちを馬上から叩き落す。確固たる意志を持った殺意を、さらに狂猛な殺意が鏖殺する。
「仕留めきれなくとも、そのまま前に駆け抜けろ! 乱戦に持ち込ませるな!」
配下の者たちを鼓舞しながら、ヤンネもサーベルを振るう。
きらめく剣身が、厳めしい甲冑が、眼前に迫り来る。剣先を躱し、その剣を持つ腕を斬り落とす。掴みかかろうとする敵は、甲冑か馬腹を蹴り飛ばし、地面に転がす。戦いながらも疾駆の勢いは緩めず、人馬の隙間を駆け抜ける。
敵の多くは半甲冑を着、剣と拳銃で武装した汎用騎兵である。足を止められ、殴り合いに持ち込まれた場合、軽装の極彩色の馬賊はやや分が悪い。だが機動戦ならば、〈東の王〉の末裔である騎馬民に勝る者はそうはいない。
そう、たとえ装備は劣っていても、野蛮人だと思われていても、自分たちは名ばかりの騎士などよりも強いのだ──その自負が、ヤンネの心を燃やす。
極彩色の風が、月盾の騎士たちを穿つ。
敵の隊列を突破する。麾下の二百騎も、しっかりとついてきている。
反転しての再攻撃は必要なかった。雪煙舞う背後では、黒騎兵が残存する月盾の騎士たちを早くも包囲し始めていた。
同じ帝国軍第三軍団の騎兵、漆黒の胸甲騎兵の姿を、ヤンネは羨望の眼差しで見た。
ヤンネはずっと、黒騎兵に、それを率いるマクシミリアン・ストロムブラード隊長に憧れていた。上官であり、師でもあるストロムブラード隊長のことを、ヤンネは本当の父親のように思っていた。
もちろん生みの親はいるし、ローペのような部族の守り役もいる。しかし親身になって面倒を見てくれたのは、ストロムブラード隊長と、その妻のユーリア夫人である。父には事あるごとに折檻され、母には放置されて生きてきたヤンネにとって、育ての親は紛れもなくストロムブラード夫妻だった。
没落した下級貴族の出身ながら、己が力で第三軍団の騎兵隊長にのし上がった騎士殺しの黒騎士は、その出自や異名ゆえ、旧家や名家の王侯貴族からは煙たがられていたが、しかしヤンネにとっては最も身近な英雄だった。
身分が低くても、卑賎の身でも、〈帝国〉と皇帝のために戦う者には、平等に道は拓かれている──。
〈東の王〉の末裔である自分も、同じようになれると思った。そして〈東からの災厄〉から二百年経った今でも、敵味方から蛮族扱いされる極彩色の馬賊を、もっと気高く誇りある部隊に変えたかった。
だが父がいる限り、それは到底果たせない夢だった。
極彩色の馬賊を率いる父オッリは、確かに強き北風の二つ名に違わぬ猛将ではあったが、同時に傍若無人を絵に描いたような蛮人だった。王や貴族や上官に一切の敬意を払わず、兵士だろうが民衆だろうが気の赴くままに嬲り殺し、女を見つければ奪い犯す。仕える〈帝国〉を毛嫌いし、その無学で粗暴な言動により、自分たちが嘲られていることに気づきもしない。
部族の大半の大人たちも同様で、特に父の取り巻きの多くは、酒場の悪漢にも劣る畜生である。ヤンネ隊の副官で、ヤンネの曾祖父の顔も知る鋼の戦人のローペも、今でこそ落ち着いた人物だが、〈帝国〉に臣従する前は手の施しようがない悪漢だったらしい。
父のことが、部族の大人たちが、ヤンネは大嫌いだった。ストロムブラード隊長は父のことを戦友と呼ぶが、なぜこんな野蛮人と仲がいいのか、なぜこんな野蛮人たちと共闘してくれるのか、理解ができなかった。
本当は黒騎兵の兵士として戦いたかったが、父は部族の後継者であるヤンネにそれを許さなかったし、ストロムブラード隊長にも時期尚早だと断られた。
光は未だ遠くにある。それでも、ヤンネは諦めていなかった。
いつかきっと、ストロムブラード隊長と、その妻であるユーリア夫人に、〈帝国〉で生きるための術を授けてくれた育ての親である二人に、恩返しをする。弟や妹たちのため、部族の未来のため、志を同じくする戦友たちのため、何より自分自身のため、この〈大祖国戦争〉で戦功を上げ、その力を示すのだと──。
ヤンネは決意を新たに、視線を前方に戻した。
冬の夕景に、教会遠征軍の姿が現れる。
その敵は後退こそしているが、背を向けて逃げ出してはいなかった。
天使の錦旗を中心に、第六聖女親衛隊は方陣を組んでいる。鈍重な動きの古臭い密集方陣だが、それは一目で崩せないとわかるほど強固であり、そばには月盾騎士団の軍旗がはためいている。
ふと、ヤンネは父に目をやった。
血を噴き出す首を弄びながら、父は頬を歪めていた。それは獲物を前に狂喜する、獣の笑みだった。
「ヤンネ! 騎士団の背中に回り込め! 味方が砲を準備する間、月盾騎士団を攪乱しろ! 豚どもを親衛隊の方陣から引き剥がせ!」
ヤンネは命令を承服すると、部族伝統の杯を交わすポーズは取らず、帝国軍人として敬礼した。
「行け! 狩りの前の余興だ! 〈東の王〉のため、遥かなる地平線に血の雨に降らせろ!」
何が血の雨だ。何が〈東の王〉だ──ヤンネは父の声に振り返ることなく、馬腹を蹴り駆け出した。
眼前に、月盾の軍旗が翻る。第六聖女の天使の錦旗を守る四千騎ほどの月盾騎士団は、敗勢の中でも雄々しく、勇ましく見えた。
「よっしゃあ! 次も一番槍は俺が貰うからな!」
接敵を前に、ヤンネと同年の戦友で、子供のように小柄なコッコが、手斧を振り上げ発奮する。
「落ち着け! 俺たちの役目は敵の攪乱と、後続の歩兵隊の援護だ! 規律を守って行動しろよ!」
「わかってらぁ! 〈教会〉の騎士どもを皆殺しにして、俺たちの力を帝国人どもに見せつけてやろうぜ!」
ヤンネはコッコを諫めたが、当の本人は興奮状態で聞いていなかった。ヤンネと同じく帝国人の軍装をする同年代の戦友たちも、コッコの気勢に当てられたのか、勝ち戦の勢いゆえか、冷静さを失っているように見える。
「若殿は部隊の指揮に専念なされ。コッコや新兵どもの面倒は、わしが見ますゆえ」
副官の鋼の戦人のローペが、コッコらを叱咤しながら、熱の籠った手でヤンネの背中を叩く。
「みな遅れを取るなよ! 我らが大将、強き北風の前で、その武勇を示すのだ!」
鋼の戦人の老人が叫ぶその二つ名は、反吐が出るほど嫌いだったが、しかしヤンネの思いとは裏腹に、その言葉は兵たちを勢いづかせる。
ヤンネは唇を噛み締めた。
鬱屈する思いに苛まれるまま、馬上で弓を引き絞り、つがえる矢に力を込める。
「〈帝国〉の地を踏み躙る侵略者どもを許すな! 完膚なきまでに叩きのめせ!」
ヤンネは吼え、そして月盾の騎士に向かい矢を放った。
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